謹賀新年2022
shell
謹賀新年2022
家族と初日の出を見に行くでもなく
友人と鍋をつつきあう訳でもなく
愛する恋人と身を寄せ合うわけでもなく
こたつで一人微睡む内にあっけなく新年はやってきた。
テレビから流れる有名司会者の「明けましておめでとうございます!」の声に意識が飛びかけていた私はぴくりと肩を揺らす。
「…寝かけてた。」
四角い液晶画面の中で派手に飛び散る紙吹雪を呆然と眺めながらあくびを噛み殺す。
「新年だ、新年。おめでとー」
独りそう呟きながら私はのそのそと起き上がると空になったお椀を流しに運ぶ。お椀の中でゆるりと蕎麦の欠片が揺れる。
鉛色の蛇口をひねると氷のように冷たい水がシンクの中で踊るように跳ねる。
「つめてー」と思わず声を漏らしながらお椀を洗う。
身を切るように冷たい水は、寝ぼけていた私の意識さえもさっぱりと洗い流すように感じた。
手先から体が目覚めていくような感覚になり、私は小さく息を吐いた。
今頃、世間では新年のメッセージが飛び交っているのだろう。目には見えない電波に乗って、日本中を駆け抜けているであろうメッセージはきっと、私の頭上でも行き来してるのだろう。
親しい友人に、親愛を込めて。
大切な家族に、感謝を込めて。
愛しい恋人に、愛を込めて。
様々なメッセージ、想いが世界を飛び回っているのだろう。独りそんなことを考えながら食器の水を切り片付ける。
きっと、今頃私のiPhoneも忙しなく通知が鳴り響いている。あの小さな機械で、誰かとの繋がりを感じて私たちは毎日一喜一憂している。去年の私はまさに新年を迎えた瞬間に挨拶の返信に追われていた。小さな小さな画面を通じて、大丈夫。私はまだ誰かと繋がれている。まだ関心を持ってもらっている。そんな気持ちで小さな画面に向き合っていた。
縋るように、安堵するように。画面の中に広がる世界を奔走した。そうしている内に、プツリと何かが切れた気がした。
そうして私は決めたのだ。
「今回は、返信は後回し。」
悪戯に微笑み、私はお気に入りの赤いマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れると熱いお湯を注ぐ。途端に香ばしい香りが鼻先をくすぐった。
両手で包むようにマグカップを持つと、冷えた指先がジワジワと温まる。
白い湯気を揺らしながら、ベランダに向かい裸足のままサンダルを履く。
冷たい風が6畳の小さな部屋に吹き込み、駆け抜ける。白いレースカーテンが海月のようにゆるりと揺れた。
マグカップを両手で持ったまま、ゆっくり息を吸う。
1月1日の新鮮でひんやりとした空気が肺を満たす。数秒、息を止めてからゆっくりゆっくりと息を吐く。
なんだか、体の中までも新年に合わせてピカピカになったような気がした。
空を見上げると、寒空の中爛々と輝く星が見える。青、赤、銀、金、緑。
さまざまな色に瞬いてみえる星たちは何度目の新年を迎えたのだろうか。
意識が遠のくほどの長い長い時間。並んでるように見える星々は思っているよりずっとずっと遠く離れた場所にあって、孤独に美しく、物も言わずに輝き続ける。
〝星のような人になりたい。〟
不意にそんな想いが頭をよぎる。
誰かのためでもなく、何にも縛られることなく自由に輝く姿には名状し難い力強さを感じる。
「星のような人になりたい。」
改めて口にしてみると、あまりに幼稚な響きに思わず自分で頬が緩んだ。
ふと手元を見ると、熱い珈琲の中に小さな星空が映り込んでいた。ゆらゆらと揺れる掌の中の宇宙を私は一口啜る。
熱い熱い小さな宇宙の雫は、私の喉元を流れ落ちていく。それがなんだか、とても素敵なことに思えて私はとても気分が良くなった。
今年も新しい一年がやってきた。今年もここまで来ることができた。ゴールであり新たなスタートでもある今日この日。どうか、誰かにとってもよき日でありますように。
「なんちゃって」
浸るような思考を切り上げ、私は部屋に戻る。珈琲を、飲み干すと温かい布団に包まる。枕元に転がっていたリモコンで部屋の電気を消すと、狭い部屋は暗闇に包まれた。
(寝る前に珈琲を飲んだから、きっと朝はトイレに行きたくて目が覚めるのかしら。)
なんて、馬鹿みたいなことを考えながら私は静かに瞼を閉じた。
謹賀新年2022 shell @hosininaritai
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