第37話 僕と迷子の女の子
現在は、夕方の4時半。このぐらいの時間なら、マナと同じか、少し遅れるぐらいなので、連絡はしなくてもいいだろう。そう思って、駅のホームで電車を待っているのだが、いくら待っても、電車が来ない。
『お客様にご連絡します。只今、線路内で人が立ち入ったと言う情報があり、一時運転を見合わせています』
こんな時に限って、まさかの電車の遅延。運転を見合わせているという事は、相当時間がかかりそうなので、マナに帰りが遅くなると、ラインでメッセージを送ろうとしたら。
「……マジですか」
送信を押そうとしたら、僕のスマホの画面が真っ暗になった。やっぱりお婆さんを待っている時に、ずっとスマホを触っていたので、充電が切れてしまったようだ。電気代を少しでも節約しようと思い、ギリギリまでスマホを充電していなかった、僕も悪いかもしれない。
「……早く電車来て」
苛々で、僕は地団駄を踏んでいた。
このままでは、マナを待たせてしまうだろう。マナのマンションには固定電話も無いし、流石の僕もマナの携帯のアドレスまで覚えていない。なので、マナに連絡する手段がない。
そして電車に待たされること1時間ほどの5時半。ようやく運転が再開して、僕はすぐに電車に乗り込んだ。
車内は、遅延もあったせいでものすごく混雑している。仕事帰りのサラリーマンや学生が多く乗っていて、僕もしっかり踏ん張っていないと、この人混みに飲み込まれてしまうし、頂いた扇風機もすぐに壊してしまうだろう。
「……駅。……駅」
そしてようやく見慣れた駅に到着した。僕は鳴れない満員電車で疲れてしまい、一度ホームの上にあるベンチに座って呼吸を整える。
「……あの」
休んでいるとき、小学生と思われる女の子に声をかけられた。
「……おかーさん、知りませんか?」
勿論、この子とは初対面なので、この子の母親なんて知る由もない。
「……迷子?」
「ううん。おかーさんがまいご」
間違いなく、この子が迷子だろう。電車が行った後なので、少し静穏になっているホームでも、誰かの名前を叫ぶ声は聞こえてこない。やはり、この子は母親とはぐれてしまったのだろう。
「……それなら、お母さんを探さないと。……けど、僕だけじゃ大変だから、他の人にも協力してもらおうか」
「うんっ!」
なぜ僕は、迷子の母親を探さないといけないのだろうか。早く帰らないと、マナを心配させてしまうだろうし、すぐに駅員に事情を説明して、マンションに帰ろう。
僕は駅員に事情を話して、あとは任せようとしたが。
「みてみて~。これ、しずくがおったの~」
しずくと言う女の子は、僕を解放してくれなかった。僕が傍にいて欲しいとせがむため、僕はやむを得ずに、この子の母親と連絡が付くまで、駅長室にお邪魔して、女の子の相手をすることにした。
「……鶴?」
「うんっ! しずく、ようちえんでおしえてもらったんだよ~」
小さなポシェットから、女の子は折り鶴と折り紙を取り出して、呑気に折り紙で遊びだした。
「おねーさんもおって~」
「……一枚だけな」
黄緑色の折り紙を渡されて、僕は知っている範囲で、折り紙を折った。
「出来たぞ」
僕は、蛙を折った。鶴を折っても良かったのだが、鶴ばかり作ってもどうかと思って、僕はあえて蛙にした。
「なにこれ~?」
「蛙。ほら、こうやってちょっと押せば」
「とんだ~っ!」
折り紙の蛙は、本物のように跳ねるような動きをする。折り紙でも一番なれるようにと、僕の母親が色んな物を折らせたので、これぐらいの折り紙なら、すぐに作れる。
「けど、しずくはおままごとしたいな~。おねーさんも、つるおって? しずくがおしえてあげるから~」
「はいはい。よろしくお願いします」
折り鶴でおままごとをしたいようなので、僕は女の子に教えられながら、折り鶴を折った。
「ぎゃお~。がいじゅうだぞ~」
「怪獣なんだ」
女の子らしくない、折り鶴を怪獣のソフビ人形にようして遊び始めた。
「くちばし、あたっく~」
「ぎゃー」
僕の折った折り鶴に、女の子は容赦なく突いている。
「おねーさん、せいぎのかいじゅうなんだから、はんげきしてよ~」
「僕が正義のヒーローなんだ」
あまり本気を出して、攻撃したら、女の子が泣いてしまうかもしれない。なので、適当に思いついた技で、女の子が精いっぱい折った鶴に攻撃した。
「がいじゅうのつるがやられそうなときに、あらたなかいじゅうがとうじょう~」
女の子は、さっき僕が折った蛙の折り紙を手に取って、僕の鶴に、鶴と蛙で攻撃し始めた。
「こうなったら、トルネードアタック」
「うわ~やられた~」
適当に攻撃してみたら、女の子の折り紙は、床に落ちた。
「……あっはははは。おねーさん、とってもゆかいなおねーさんだ~」
「そうかもね」
僕と遊んでいるうちに、女の子は笑うようになった。これで少しは、女の子も退屈しのぎにはなっただろう――
「しずくっ!」
「おかーさんっ!」
そしてようやくこの女の子の母親が見つかったようで、母親は泣きながら女の子に抱き着いた。
母親から話を聞くと、この親子も僕が乗っていた電車に乗っていたらしく、駅の出入りで、女の子が外に出されてしまったらしい。
「ありがとうございます。その、お礼と言ってはなんですが……」
「別にいいです。僕も久しぶりに折り紙で遊んで楽しかったですから」
少しだけ楽しい時間を提供してくれたことが、僕にとってのお礼だった。もし、この女の事で合わなければ、僕は電車の遅延によってずっと苛々して、もしかするとマナに当たっていたかもしれない。
「それじゃ、その蛙は遊んでもらったお礼にあげる。もうお母さんを迷子にしちゃ駄目だからね」
僕は親子に別れを告げ、僕は真っ暗になった夜道を歩き、早足でマナのマンションに向かった。
伝説の木の下から始まる、ズボラ美少女の同棲生活 錦織一也 @kazuyank
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