君の言葉に反吐が出る
藍ねず
君の言葉に反吐が出る
ある日、自分は勇者だと名乗る男が現れた。彼曰く、大山に住んでいる我らの存在が麓の村人を怖がらせているとのこと。我らは確かに体は大きく力も強い。皮膚の色も違うが、だからと言って怖がられているなど初耳である。
我らが勇者の言い分を聞いているうちに、不意を突かれて攻撃された。悪夢の始まりはそこからだ。勇者の仲間に気づてはいたが、魔法だのなんだのを使ってくるとは思わないではないか。
動けなくなった我らを勇者は剣で貫いた。彼の持った力は、剣で貫いた物をパズルに変えるのだという。パズルなど私達は知らないが、貫かれた物が何かは直ぐに分かった。勇者に奪われた物も、勇者の言葉も、我らが忘れた日など一度もない。
我らは、いや、私は、あの日から、泣くことしか出来なくなった。
* * *
私には三つの目がある。顔のやや上部に横並びで二つ、額に一つ。横並びなのは何度か見た村人と同じなのだが、肌の色は青色なので額を隠しても村には下りられない。あぁ悲しい。
私の三つの目からは常に涙が流れている。朝日が昇ることが悲しくて、大山に住む小魔物たちの鳴き声が悲しくて、木々のざわめきが悲しくて、自分の状況が悲しいから。
研ぎ石で剣を研ぐことも悲しい。全部悲しい。とても悲しい。全てがどうでもいいくらいに悲しい。
剣を研ぐ両手に大粒の涙が落ち続ける。泣き続けた私の目は常に赤く擦れて、腫れ気味で、視界も若干悪い。悲しい。あぁ悲しい。悲しい。
私は自分の体の中心を掻いて、指が貫通する感触も悲しくて堪らなかった。
ある日現れた勇者は、私の胸を剣で貫いた。パズルに変えられたのは、大事な大事な心である。
私の心はパズルのピースとなり、〈笑いのピース〉、〈怒りのピース〉、それらと〈悲しみのピース〉を纏める〈喜びの杭〉にばらけてしまった。悲しい。
勇者は私から〈笑いのピース〉と〈怒りのピース〉、〈喜びの杭〉を取り上げた。悲しい。
そして、心をバラバラにされたのは私一人というわけでもない。これもまた悲しい。
私は研ぎあげた剣を日の光りに掲げて、流れる涙で窒息しそうだった。
「ア゛ン゛!!」
「ひぇぇぇッ」
私の研ぎ場に潰れた声が木霊する。私は素早く立ち上がり、研ぎたての剣で斧を受け止めた。
目の前で火花が散る。私に向かって斧を振り下ろしたのは、顔の左側に目が集まった者。縦に並んだ三つの目は吊り上がり、元々赤い皮膚がより一層燃え上がるような色になっている。
彼はゲーゲン。私の兄で、我ら三きょうだいの長男だ。悲しい。
我らは大山から生まれた精霊三きょうだい。赤兄のゲーゲン、青姉の
麻の衣を身に纏い、肌よりも濃い色の髪を揺らし、大山を守っていた。過去形なのが悲しい。
ゲーゲンは魔物を操る力がある。食物連鎖を管理して、大山の魔物の数を管理するのが仕事だった。悲しい。
私は水を操る力がある。恵みの流水を途絶えさせず、地脈を見て山全体に水が行き渡るように管理する役だった。悲しい。
グリフは植物を操る力がある。育ちすぎた植物を枯らし、土に還し、大山の美しい自然を管理する任だった。悲しい。
悲しい、悲しい、あぁ悲しい。そんな我らが大山の麓の人間達に怖がられていたなどとは知らなかった。知らなかっただけなのだ。
大山は危険だから入山できないようにちょっと細工をしただけななのに、細工の噂が広がって「大山は呪われている」と言われていただなんて、知らないだけだったんだ。
「泣゛い゛て゛ん゛し゛ゃ゛ね゛ぇ゛そ゛ム゛カ゛つ゛く゛な゛!!」
「うあ、あぁ、あぁぁ、ごめん、ごめんなさいゲーゲン、あぁ、あああ、兄様ぁぁ……うあぁ、あぁ」
三つの目から大粒の涙を零しながら剣を振り被る。斧を回したゲーゲンは顔中に血管を浮き上がらせ、胸の中心には悲しい空洞があった。
ゲーゲンに残されたのは〈怒りのピース〉
彼は常に怒りを覚え、全てに堪忍袋の緒が切れて、眠っている時以外は常に怒号を響かせている。
朝日が昇ることが苛立たしく、大山に住む小魔物たちの鳴き声が煩わしく、木々のざわめきが鬱陶しく、自分の状況に激怒して。
怒り過ぎたゲーゲンの喉は潰れた。あんなにもよく通り、魔物達を誘導する勇ましい声だったのに。今では聞くも無残な荼毘声と化してしまっている。悲しきかな、そんな声になってしまっても意識があるうちは怒らずにいられないゲーゲン。だから喉が回復することはないんだ。悲しい、悲しい、悲しいね。
斧を躱した私の顔から、大粒の涙が宙を舞う。ゲーゲンの刃は滴を両断し、大地を踏む足は地鳴りを響かせた。
互いの胸の中心で悲しみと怒りのピースが煌めいている。奪われたピースと杭の部分は空洞となり、私達の胸の中心を空っ風が吹き抜けた。
虚しい、悲しい、あぁ、悲しい。
悲しくて涙が止まらない。鼻水でいつも鼻が詰まってる。目は摩りすぎて痛いし、視界は滲んで悲し過ぎる。
「兄様、姉様!!」
刃をぶつけ合っていた私達の間に、黄色い肌が飛び込んでくる。顔の右側に三つの目を持つ弟。縦に並んだ目は全てが楽しそうに細められ、口角はこれでもかと上がっている。
両手に手甲剣をつけた末弟、グリフは、輝く笑顔で私とゲーゲンを見定めた。
〈笑いのピース〉を胸に残されたグリフ。朝日が昇ることが笑えて、大山に住む小魔物たちの鳴き声がツボに入り、木々のざわめきに満面の笑みを浮かべ、自分の状況を笑うしかない弟。
あぁ悲しい。三きょうだいが揃ってしまった。
悲しい、今日も悲しい。悲しくて、悲しくて、涙を止める術がない。
――君達は悪い魔物だから、退治して欲しいと依頼を受けたんだ
脳裏にこびりついたのは、我らの胸からピースを抜き取っていく勇者一行の言葉。私を悲しみのどん底に突き落とした男の声。
――でも、三人全員を退治すると大山の魔物がどうなるか分からないって怖がっている人もいてね
グリフの拳を剣で叩き落とす。満面の笑みを浮かべた弟は身軽な動きで私とゲーゲンの刃を躱して見せた。
――だから君達に選んで欲しい。誰がこの大山の、たった一人の長になるか
今まで山に金属音を響かせたことなどなかった。魔物達の神経を逆撫でし、川が濁り、植物が元気を失くしてしまうから。
ゲーゲンの足が地面に亀裂を入れる。大山全体から響く魔物の遠吠えを彼が一心に背負っているような気迫だ。悲しい。
グリフの拳が新緑の枝を吹き飛ばす。木々の葉が謳う音は癒しなど微塵もなく、暗くしなだれるような空気で山を満たした。悲しい。
私の膝が上げた砂塵が川に入る。透き通っていた水は流れが滞り、淀みが山に停滞していると肌で感じた。悲し過ぎる。
それでも私達の動きは止まらない。怒号が響いて、泣き声を上げて、笑い声を轟かせる。
我らの胸では、たった一つの感情だけが輝いた。
――俺達は戻って来る。その時、残っていた一人に喜びの杭を返してあげる。それまでに他の二人から自分に欠けたピースを取って、自分にはめるんだ。それが大山の長の証になる
勇者の優しい笑顔が瞼に焼き付いている。泣き出した私を、怒り狂ったゲーゲンを、壊れたように笑いだしたグリフを魔術師が縛り上げたその前で。勇者は私達の心を取り上げて、喜びの杭を見せて、微笑んでいたのだから。
――これは優しい折衷案だよ。君達を怖がって、恐れて暮らしていた人達の今までを思えば猶予なんていらないんだ。それでも全員退治はしない。俺は村の人達の意思を汲んであげたいから
優しい優しい勇者様。王国に伝わる剣に選ばれ、悪しき魔物を倒す旅に出たみんなの味方。
――残った長はもう悪さをしないって村の人達にも俺から伝えてあげる。だからどうか、みんなの為に、よろしくね
村人を想って、数々の街を救い、魔物を斬ってきた勇者様。そんな彼が我らに告げた折衷案など、受け入れる理由も無いと言うのに。
私達は山が危険だから村人を追い払っていただけだ。先に恐れたのは村人だ。私達の姿を恐れ、声を恐れ、山は危険だと教える言葉に耳を塞いで。
それでも我らは山を守り続けた。魔物が村を襲わないようゲーゲンは言い聞かせていたし、私とグリフは山の恵みである水や果物を村へと分けていたのだから。
けれども我らは恐れられた。恐ろしい魔物なのだと勇者に告げられ、勇者は村人の言葉を鵜呑みにし、我らの心を変えてしまった。
「ア゛ン゛!! ク゛リ゛フ゛!!」
怒りのゲーゲンは肩で大きな息をする。怒る事しか出来なくなった彼は、長い活動も出来なくなった。
怒りの力は絶大でも、長時間持続は出来ない。息切れして、胸が痛くて、疲れ果てて眠ってしまう。
斧を落として顔を覆ったゲーゲンは、地面に膝から崩れ落ちた。何度も何度も額を地に打ち付ける姿は痛々しく、見ている私は悲しくて堪らない。
「兄、様! 姉様!」
笑いのグリフは顔中に汗をかいている。笑う事しか出来なくなった彼もまた、長い活動が出来なくなった。
笑いの力は諸刃の剣。周囲に影響を与えても、自分の内部が摩耗する。口角が痙攣して、全てがどうでもよくなるのに、グリフの笑顔が剥がれない。
しゃがみ込んで笑っているグリフは、両手から手甲剣をぞんざいに外した。地面に叩きつけられた武器は虚しく音を立て、私の悲しさが倍増する。
「ゲーゲン……グリフ……」
対する私の悲しみは底なしだ。止めどなく涙は溢れ、疲れ果てた二人を見て悲しさは膨れるばかり。凛としたゲーゲンと穏やかなグリフの姿を重ねて悲しみは爆発寸前まで大きくなり、私の泣き声だけが最後に残る。いつもいつも、毎日毎日、私だけが最後まで心に遊ばれ泣いている。
体から気力が抜けて、空笑いするグリフと唸るだけのゲーゲン。私は剣を捨てて、二人の体を引きずった。
木陰に入り、二人の頭を膝に乗せる。悲しくて、悲しくて、悲しくて。
ぼたぼたと落ちる涙が兄弟の顔に当たり、片方には怒鳴られ、片方には笑われた。
「泣゛く゛な゛! ア゛ン゛!!」
「あはは、姉様、泣かないで、あはははは!」
「うぅ、あぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁ、あ、あぁ……」
生まれた時から一緒だったゲーゲンとグリフ。三人で山を守る私達は精霊だ。魔物とはまた違う。それすら分からない人間達に恐れられて、通りがかった勇者に今までを奪われた。悲しい。
悲しい、悲しい、あぁ悲しい。
それでも、ゲーゲンの怒りのピースも、グリフの笑いのピースも取る気になれない。取ってしまえば二人の心は空っぽになる。心がないなんて人形になるのと同じだ。生きていける筈がない。二人がいなくなったその先で、私が一人大山の長を務められる筈もない。
私は二人の胸を撫でる。泣いて、泣いて、泣きながら。
勇者は私達に心を奪い合えと言った。だから互いに笑いを、怒りを、悲しみを奪おうと躍起になってみたけれど、結局はこうして三人固まって目を閉じるのだ。
空いた胸を風が過ぎていく。寒い風が過ぎていく。私達の胸に空いた穴は、風と一緒に空しさが吹き抜ける。
私は痛くなった目元を摩って、今日も勇者が来なかったことに涙した。
* * *
心を取られて数十日。
大山はすっかり枯れ果てた。
河川は淀み、山の木々でも村の田畑でも何も実らなくなった。大変悲しい。
山の木々は茶色く変色し、枯葉すら落とさない朽ち木になった。悲しい。
魔物達は山から麓に下りて村を襲い、聞きつけた勇者一行に退治された。悲しい。
可愛い魔物達の返り血をつけた勇者一行は、山の中腹の平地にいた我らを見つけた。
「……まさか、こんなことになるなんて」
唖然とした勇者に対し、我らは全く動じない。涙を流し続ける私は、笑みが張り付いたグリフの顔に肩を貸している。砂塵と枯れた雑草だけが残った大地に座り込み、我ら三きょうだいは争う事すらやめたのだ。
ゲーゲンは私とグリフと背中合わせで胡坐を組み、沸々と溢れる怒りを口の中で唱えている。彼の手には斧すらなく、怒号では止まらなかった魔物の亡骸が抱かれている。悲しい。
グリフの腕には枯れた苗が倒れている。笑うしかなくなった彼は植物の悩みを聞き取ることが出来ず、萎んでいく木々を見ても声を上げて笑っていた。悲し過ぎて涙が止まらない。
毎日泣き続けた私に同調するように、山から水は沸き続けた。けれども水を綺麗にしたい私が泣いていては、川は濁って迷ってしまった。渦を巻いて、水路を間違え、行き止まり。悲しいを通り過ぎて空しさが胸を吹き抜けた。
「君達は、どれだけ村の人達を困らせたら気が済むんだ」
一歩一歩我らに近づく勇者が、自分の頭を悔し気に掴んでいる。その手についた血はどの魔物のものだろう。分からないなんて、悲しいな。
「俺は、俺達は、村の人達を救いたかっただけなのに。村の人達が望むように、魔物に恐怖しない、穏やかな日々を願って、君達に猶予を与えたのに」
「……我らは、何も村人に悪さなどしてこなかった。この大山は魔物の住む場所。危険だから、入れないように、してきただけだ」
震える声で訴える。
涙を流して訴える。
そうして私達は守って来たのだと伝わればいいのに、勇者の顔は歪むのだ。まるで異物を見るように。
「この山に自由に入ることが出来れば、村の人はもっと豊かに暮らせるんだ。それを邪魔していたのは君達じゃないかッ」
「山に入れば命が危うい! 僕達は水も木の実も十分与えてた! それでも足りないなんて言ったのか村人は!! ははは!!!」
グリフが枯れた声で笑っている。空しく空しく笑っている。成長しない苗木を抱いて、茶色い山を見上げている。
「十分だなんて、それは君達の尺度だろ!」
「不゛十゛分゛こ゛そ゛、お゛前゛達゛の゛尺゛度゛し゛ゃ゛な゛い゛か゛」
潰れた声で、ゲーゲンが静かな怒りを吐き出した。湧き出る彼の怒りは黒く黒く渦巻いた。
我らは見る。
勇者の金色の瞳から、涙が一筋零れる様を。
彼の背後にいる彼の仲間が、痛々しい顔で勇者を見つめる様を。
前髪を無造作に掴み、勇者は哀れな怒りを口にした。
「君達を退治しなかったのは、俺の間違いで、弱さだった」
鼻を啜り、涙を止めた勇者が剣を持ち直す。「そんなことはない」「正しかった」と告げる、彼の仲間に背中を押されるように。
最初に来た頃より勇者は逞しくなった。背も伸びたのだろう。何度も死線を抜けてきたのだろう。何度も魔物を殺してきたのだろう。
両手で剣を掲げた勇者は、涙の跡が残る顔に凛々しさを浮かべた。
世界を救う勇者様。
魔物を倒すみんなの味方。
悪しきを罰する正義の味方。
そんなお前に、反吐が出る。
我らは泣いて、怒り、笑って、武器を振り抜いた。
血飛沫と共に勇者の首が飛ぶ。尊い血液を大山の大地に撒き散らす。
魔物だけを相手にしてきた勇者達。頭を奪われた仲間など、思い上がった雛鳥同然。飛べない癖して力だけは持ってしまって。
不意を突かねば我らに傷などつけられまい。正面からでは太刀打ちできまい。
何故なら我らは精霊だから。お前達が悪だと罵る魔物を愛していた、精霊だから。
今まで出会った精霊は優しかったか? 導いてくれたか? 味方になってくれたのか?
答えろ剣士。逃げるな魔術師。怯えるな聖職者。
お前達を鼓舞してきた勇者なら、みんなの味方の勇者なら、既にこの世を去ったのだ。
ゲーゲンの斧が剣士の頭を割る。
グリフの手甲剣が魔術師の胸を貫く。
私の剣が聖職者の首を刎ねる。
人を殺した精霊は、それでも精霊に変わりない。天使のような堕天もなければ、人間のような処刑もない。
我らは精霊。魔物を愛し、水を愛し、植物を愛した精霊だ。
その心を砕き奪った愚か者。世界を救いし正義の味方。
「「「あぁ、反吐が出る」」」
潰れた声で、掠れた声で、涙ぐんだ声で息をして。
我らは勇者の鎧を砕き、荷物を弾かせ、それでも求めたピースは見つからない。
「あぁ、どこ、どこ! 僕の怒りと悲しみはッ、ははは!」
「俺゛の゛、悲゛し゛み゛と゛笑゛い゛い゛!!」
「私の、ぃ、怒りと、わらぃ……」
空しさを埋める感情がどこにもない。隙間風に晒され続けた穴が枯れていく。
勇者一行の身を剥いで、肉を削いで、それでも見つからない我らの心。
きっと捨てられたのだと、察してしまった。こいつらは元々、我らの一人しか残っているとは思っていなかったのだから。
手に残ったのは一本だけの喜びの杭。三人の誰のものかも分からない喜びは、何も支えてくれはしない。
「あっははははは! さいってー!!」
グリフが喜びの杭を地面に叩きつけて笑っている。枯れた声を山に響かせ笑っている。
「畜゛生゛、畜゛生゛、畜゛生゛か゛!!」
ゲーゲンが勇者一行の体を粉砕して、返り血いっぱいの怒号を上げる。
私は相変わらず泣き続け、涙し続け、空いた胸に渦巻いた隙間風を抱き締めた。
「無くなったなら、創らなきゃ……」
隙間風が隙間を埋める。空しさが心の隙間を潰していく。
涙で視界が滲むけど、摩りすぎた目の縁は切れてしまったのだろうけど。
「天使なら創れるかな? どうかな!?」
「い゛い゛や゛、天゛使゛よ゛り゛悪゛魔゛た゛ッ」
「探しに行こう……もう、ここには、住めないよぉ……」
枯れた苗を抱えたグリフ。
魔物の死体を食したゲーゲン。
両手に涙を溜めた
我らは大山を離れ、魔物に襲われる村を横目に、悪魔を探す旅に出た。
空しさと怒りのゲーゲン。
空しさと悲しみのアン。
空しさと笑いのグリフ。
我ら三精霊は、悪魔に心を創ってもらう旅に出た。
人の正論など耳にせず、聖職者の蔑みなど諸共せず、我らの心を求めて歩み出た。
世界に勇者はもういない。人の正義など反吐が出る。
我ら心を砕かれた三精霊。
魔物を滾らせ、水を濁らせ、植物を枯れさせる三きょうだい。
あぁ悲しい。悲しくて、悲しくて、悲しくて。
互いに感情をぶつけ合いながら旅をする。
怒り狂って旅をする。
噎び泣いて旅をする。
虚に笑って旅をする。
心を創ってくれる悪魔を求めて、旅をする。
世界を救う勇者はいない。それでもきっと、いつかまた現れるのだろう。それもまた悲しい。
しかし、今の世界に勇者はいない。勇者一行は斬り捨てた。正論を叫ぶ者だけで、武器を持つ者は知れた数。
あぁ悲しい。
悲しい、空しい、あぁ悲しい。
人の正しさで、人は世界を狂わせた。
真っ直ぐな勇者の輝きで、人は我らの心を砕いた。
そんな愚かな人々よ。我ら三精霊、三きょうだい。心を取り戻したその時は、再び魔物を鎮めてみせよう。水を清らかにしてみせよう。大地の木々を茂らせてみせよう。
どうかその日まで、死なずに無様に、生き延びて。
私の滲んだ視界が澄む頃に、人がいないと、やっぱりちょっと、悲しいわ。
――――――――――――――――――――
人の正論など聞き飽きた。
人の感傷など聞き飽きた。
これは三精霊が旅を始めるまでの物語。
行きつく先はどこなのか。結果はどんなものになるのか。
それはまだ、誰も知らないどこかの話。
終わる年、最後に精霊たちを見つけて下さってありがとうございます。
新しい年も、どうぞ我が子達をよろしくお願い致します。
2021年12月31日
藍ねず
君の言葉に反吐が出る 藍ねず @oreta-sin
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