くじらと影と地球(ほし)の守手(まもりて)
他山小石
猫とおじいさん
1年生の二学期が始まった。
中学からの帰り。帰宅部なのでソロ活動だ。
少し伸びてきて鬱陶しい髪をいじりながら。大人になると化粧とかもっと鬱陶しいんだろうなぁ、とか思いながら。
ため息が出る。
別になんでもないのに憂鬱になる。
右の壁あたりから、すっと飛び降りてきた猫。
賢そうな美形でお気に入りの子だ。
白くて黒い縞のような模様が特徴の猫だ。どこかに行こうとしてるのに、今日はこっちを何度も振り返る。
ついてこいってこと?
いいね、いいよ! 時間も余裕があるので後をつけてみる。
猫の集会所。そんなイメージが浮かぶ。
ほんとにあるのかな?
猫は小さい体を駆使してどんどん進む。私も小柄な方だけど、こっちはスカートだぞ? 草木にあいたトンネルをくぐり抜けたら。
ただの公園だった。
少しだけ猫の世界を期待した。でも現実はそんなことなくて。
繋がる道も団地の敷地内の細い道だけ。団地と住宅に囲まれて、外からは見えない。猫たちに囲まれるベンチに座ったおじいさん。
杖と茶色いコートのおじいさん。
なんだろう? どこかで見たことある。
いかにも公園用の木製ベンチに座る白髪のおじいさん。猫たちとおしゃべりしてるように見えるけど?
こちらに気づいて手を挙げるおじいさん。なんだか猫たちのリーダーに見える。
「つららを追いかけてきたのかい? ああ、ごめんごめん。つららみたいな模様してるからつららって呼んでるんだよ」
白くてしっとりした毛並みの猫の背中から、縞模様。確かにつららっぽい模様が3本ぐらいおなかに向かってる。この模様がなければ?
なんだろう? 伸びをしてる猫を見ながら、職人技で伸びるアイスクリームを思い浮かべる。
「今日はくじらも良く見えるねぇ」
空に浮かぶ大きな白いクジラ。大きな影の巨人が追いかけまわしている。
「影さんもはしゃいでますね」
天気のいい昼間に空で繰り広げられる光景。
いつからかはわからない。人間の歴史より古いのかもしれない。夜になると消えて朝になるとあらわれる。
学者は「毎日生まれては消えてる」という。空は繋がってるのに。夜に取り残されると消えて、朝の境界線からまた生まれる。
「君は、この場所をどう思う?」
寂しい場所、忘れられた場所、でも私は見つけた。
「また来たいです」
おじいさんは満足そうに微笑む。
「うん、それはよかった。この子たちの居場所をみつけてくれて」
空を見上げるとくじらを追いかける影さんが転んだ。
「あっ」
灰色にも見える巨人は、何事もなく起き上がって首を振るしぐさ。ぬいぐるみ? みたいでかわいい。
おじいさんの方を見た。ベンチには誰もいなかった。
ベンチを囲む猫たちを残して消えてしまった。
家に帰ってテレビをつけた。大したニュースもやってないんだろうな、と。
速報だった。
くじらと影の研究で知られた博士が病院で亡くなった、という。
でかでかと報道される元気だった頃の姿。
さっきのおじいさん……。
家族はいなかったそうだ。
でも、さびしくはなかったと思う。たくさんの命に見送られていきました。
これからは寄り道が増えそう。
「これから、きみがー、この地球(ほし)をー守っていけー」
うろ覚えのヒーローの主題歌を口ずさみながら。
別に地球(ほし)を託されたわけじゃないのに。
ばかみたい。少しだけ笑った。
くじらと影と地球(ほし)の守手(まもりて) 他山小石 @tayamasan-desu
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