第2話 初恋成就は30年後【下】

 ◇ ◇ ◇


 下船間際の12月25日、船上でのクリスマスパーティが盛大に行われたその2日後、乗客達は長い船旅の思い出を胸に船を降りた。


私たちは、雅也のマンションに向かった。都心からは離れているが、木々に囲まれたかなり広い敷地に、見るからにお洒落な五階建ての低層マンションが四棟立っている。


 2棟は高級分譲マンションで、他の2棟は賃貸のマンションだ。地下駐車場もあるが、2台目からは外の駐車場を利用することになる。 


 マンションの一階部分が繋がっていて、コンシェルジュが常駐している。


 敷地内には、ジムとカフェレストランの建物がある。どちらもマンションの住人だけが利用出来る。そういった安心感もあって、朝からのんびり利用する住人も多いと言う。


 雅也は、その分譲タイプのマンションの最上階に住んでいると言うか、玲と暮らすため旅行前に引っ越していた。


 ここは6階に当たるが、広いマンションの屋上部分なので、外からは6階が見えない。特別なカードキーでしか反応しない、専用のエレベーターで上がるようになっている。


「セレブだね」とちょっと睨んでしまった。


 直通のエレベーターを降りるとドアはここと屋上ガーデンへの出入り口しか無い。


 雅也が「どうぞ」と玄関を開けた。

 入ってみてびっくり。兎に角広い。


 マンションの6階部分が一戸建てみたいで、他にサンルームと庭だ。面積の4割が住居、6割が屋上ガーデンだ。まだ殆ど何も植えられていない庭に、何人も座れるガーデンソファが置いてある。


 ゴルフ出来そう。・・・したことないけど。


 雅也が慣れた手つきでコーヒーメーカーを弄り始めた。


「ブラックで良いよね」


「はい」コーヒーが出来るまで部屋を見て回る。


 リビングの壁には、玲が好きな印象派の絵画が何点か飾られている。(おしゃれ!)


 最新のL型キッチンは調理スペースが広くて良かったと思う。オーブンも食洗機も付いている。後ろの壁には大きな冷蔵庫とパントリーがある。ダイニングにはお洒落な八人掛けのテーブルセットがトルコ絨毯の上に乗っている。


 床はリビングまで続いているが、リビングだけで100畳以上もありそうだし、ソファも見たことが無いような、お洒落で豪華な感じだ。絶対外国製なんだろう。


 それぞれの家具はどれも大きな物だけど、部屋が広すぎて、がらんとして見える。


 離れはゲストルームになっている。ツインベッドを置いている広いゲストルームは3部屋あって、それぞれ専用のパウダールーム・バスルームが付いている。


 颯太夫妻や七星を呼んでも大丈夫そう。


 広すぎてリビングからトイレが遠そうだな。お掃除も大変そうって思う。


 ここは私の部屋だ。コンシェルジュの立ち会いの下、引っ越し業者が荷物を全てほどいて仕舞ってくれていた。おかげで何もすることがない。でもこの部屋何畳あるの?


 広いクローゼットもついているから、衣替えが必要無いみたい。これは楽ね。


 部屋には、毛足が短いけれどフカフカの絨毯が敷いてある。


 鎌倉彫の着物用和箪笥に、ドレッサーはやはり見たことが無いくらいの高級ぽいのが置いてあった。ソファはクリーム色の布張りで落ち着いた感じだ。それらを置いても広さはまだまだ余裕だ。


 私専用のトイレが付いているのにはビックリするだけだ。


 あれ?ベッドが無い。


「玲、コーヒー出来たから来て」


サンルームのテーブルにはウエッジウッドのカップがあって、お揃いのお皿には美味しそうなチョコが乗っている。


 かなり寒くなってきたとは言え、明るくて広いサンルームに居れば寒さは感じない。どちらかと言うと暑いくらいだ。床はタイルで出来ているので濡れても安心だ。


「冬でも、ここならお花を置いても大丈夫そうね」


「玲の好きなように使ってくれて良いんだよ。庭もね。花を植えてもいいし、野菜を育ててもいいよ」


 玲は、うーんと『何を植えよう』とコーヒーを飲みながら考え始めた。

「美味しい。コーヒー入れるのが上手だね」


「豆が良かったんだよ。明日からは僕が毎日入れてあげるよ」


「あの家具は全部雅也さんが選んだの?高級そうな物ばかりだよね」 


「殆どはデザイナーに頼んだんだ。気に入ってくれたなら良いけど、そうじゃなきゃ買い換えようか。何か足りない物があったら今度買い物に行こう」


「ううん。今、考えられる中で足りない物は無いと思う。高級な物ばかりで落ち着かないだけ」


「あと、居間が広すぎて、向こう側ががらんとしているのは、何か置くつもりなのかなって思ったけど」


「あそこはね、玲と踊る為にスペースを空けてるんだ。リビングの床材もダンス用だよ」


「最初からそこまで考えてたの?驚いた」


「あっ、そうそう。雅也さん、私の寝室はまだ無いの?」


「玲、何言ってんの。今日から一緒のベッドで眠るんだよ。覚悟して」


 ひぇー覚悟って何?覚悟って。


 顔を赤くしながら口を手で押さえて、雅也を見つめた。


   ◇ ◇ ◇


 コンシェルジュから渡された書留の封筒をテーブルの上に置いたのに目が行った。


「颯太から何が届いたの?」


「開けてごらん」


 雅也が良いというので、A4サイズの封筒を開けてみた。


「あれ、私の戸籍謄本。必要なの?」


「そうだね。玲は本籍地が向こうだから、こっちで婚姻届出すには必要なんだ。明日出しに行くから今書いてね」


そう言って自分の部屋から婚姻届を持ってきた。見ると、保証人の欄も埋めてある。


「雅也さんの保証人は、お父さんが書いてくれたのね」


「これくらいで罪滅ぼしは終わらないけど、黙って書いてくれたよ。玲の保証人は、颯太君が喜んで書いてくれたしね」 


「全く、本当に仲が良くなっちゃって」


 すっかり雅也と颯太の作戦にやられた感がある。渡された万年筆で、婚姻届けに記入する。


 震える手でゆっくり、丁寧に。


「書いたよ。本当に良いの、後悔しない?」


「そんなことない。嬉しくて泣きそうだ。明日出しに行こう」


 書いた届けを封筒に収めて、大事だからと部屋に持って行った。


   ◇ ◇ ◇ 


 雅也は隣で眠る玲の顔を見つめていた。


 はじめは同じベッドに入るのを躊躇っていたけど、ゲストルームの部屋に鍵を掛けたからここしか寝室が無くなったのだ。


 渋々だったけど、ベッドに入ってきた玲を抱きしめた。恥ずかしそうに僕の胸に顔を埋める玲の可愛いさは、30年前と何ら変わらない。 


 僕だってまだまだ男だ。あの時より柔らかくなった身体の玲を、唇で・手で・指で、たっぷり時間をかけて愛した。玲の中に自分自身を挿入したときは、うれしさで震えた。

「ああ、やっと玲を手にいれた」雅也は、一心不乱に腰を振った。

「もっと、もっと」と。


 玲の大きな目からはなぜだか涙があふれていた。悲しいわけじゃ無い。公輔とは10年以上も夜の生活は無かった。


 思えば、公輔が食生活に異常に興味を示したあたりから、お互いなんとなく性生活に興味が無くなったような気がする。今日、雅也に抱かれて涙が流れたのは、公輔への謝罪と、雅也への思いが綯い交ぜになっているのだろう。


「あぁ・・雅也さん・・・」


玲のそんなことを思う気持ちを打ち捨てるよう、雅也が玲の身体を追い立てた。


 船からは降りているのに、波間に揺れているように揺れて重なり合う。

 玲は、いつの間にか眠ってしまった。


   ◇ ◇ ◇


 大きな窓から明るい日が差し込んだ。


「玲、玲、・・起きられる?起きたら出掛けるよ」


 そう言って、おでこやまだ開けられない瞼、頬そして唇、顔中にキスをし始めた。


「や・めて。起きるから」ベッドに手をついて起きようと思ったら腰が重くて起き上がれない。


「洗面台まで連れてってくれる?」


「おいで」脇に腕を入れて抱えてくれる。


 ダブルシンクの洗面台の前にある椅子に座らされ、濡らしたタオルで顔を拭いてくれた。キスの所為でベタベタした顔が、いくらかましになった。


 12月27日とうとう婚姻届を出した。けど「本当にやっていけるのだろうか?」今更不安に思う玲である。


 師走の人混みの中、お正月のおせちなどの買い物をしにデパートに寄った。年が明けたら、颯太がリフォームした家を見にいくつもりなので、それほど沢山の買い物は必要ない。


「おせちの宅配はもう締め切っているんじゃない?」


「大丈夫だよ。何とでもなるさ」


「それってセレブの我が儘だよ」などど言いながら、種類の少なくなったおせちを眺めていると、「久我様」と声を掛けられた。


「やあ、真野さん。今年はお世話になりました。来年も宜しくお願いしますよ」


「こちらこそ、会長ご夫妻、社長ご夫妻共々12月早々に起こし下さいました。いつもご贔屓にありがとうございます。来年もどうぞ宜しくお願い致します」


「ところでそちらの美しいご婦人は?」と爽やかな笑顔をつけて玲を伺った。


 玲は美しいと言われることをお世辞だと思って居る。


 本当に美人なのだけれど、どうもそう言った言葉を本気に出来ない事を雅也は知っている。


 見た目だって、まだまだ50才には見えないし5才は若く見える。そんな玲を見せびらかしたくなる。


「玲、こちらは営業部長の真野さんだよ。真野さん、玲は私の妻だ」と双方に紹介した。


「ええ!いつご結婚なさったんですか?」いつもなら絶対出さないような大きな声で言うものだから、周りのお客さんも何事かとこっちを見ている。


 恥ずかしくて、雅也さんの腕に回している手にぎゅっと力を入れて掴んでしまった。その手に雅也さんが手を乗せて、トントンした。「大丈夫」というように。


「つい先ほど婚姻届を出して来たんですよ。


長年の片思いがやっと実りましてね」と、幸せそうに玲の顔を覗き込んだ。


 ああなるほど、今まで独身を貫いた御曹司には思い人がいると、陰でまことしやかに噂されていた女性がこの人なのだと。


 いつも、笑顔なんて殆ど見ることの無い雅也から漂う彼女への甘さを感じ確信するのだった。


「こちらのおせちを配達してくれるかな。それに今度玲の普段着から、よそ行きまで用意したいから外商を寄越して欲しい」


「承知致しました。外商の方は日時確認のためにあとでご連絡を差し上げます。いつもありがとうございます」


 こちらも丁寧に腰を折って挨拶を交わし、私たちはデパートを離れた。


「疲れた?すぐだからもう少し頑張って」


「今度はどこへ行くの?」


 着いたのは高級ジュエリーの店だ。


「ここに入るの?恥ずかしい」


 今日は婚姻届けを出すのと銀座で買い物だと言うので、とりあえず旅行のために用意したサファイヤブルーのツイードスーツに黒いカシミヤのコートを羽織っていたが、化粧はいつも本当に薄らだ。


 本当に久々にデパートに入るだけでもドキドキしたのに、高級なジュエリーショップなんて恥ずかしくて入りたくない。


「ようこそ久我様、お待ち申し上げておりました」とドアが勝手に開いたのでビックリした。


「大丈夫だよ。ほら、入って」


 何が大丈夫か分からないが、彼はこの店を予約していたらしい。ドアが開いた絡繰りに一人納得していた。


 奥の豪華な部屋に促されて入っていくと、テーブルの上には次々とゴージャスなジュエリーが並んだ。


 そして、婚約指輪と結婚指輪を重ねてつけるもの、普段使いのネックレス、パーティ用の指輪、ブローチ、ネックレスにイヤリング、そして時計。


 石も赤、青、緑、紫、光る物など取り取りで、どれも『私が一番よと』輝く事を競っているかのようだ。


 そんなジュエリー達を、何時・何処に着けていくのよって気持ちを一言に纏め「必要無いよ」と言ってみたい。が、口を開く間もなく、雅也がどんどん決めていった。


『もう好きにして』と心で叫び、呆れて見つめていた。いろいろ決めた雅也は満足したようだ。ブラックカードを出して精算している間、出されたチョコを口に入れコーヒーを飲む。


 そして「そんなに買ってもジュエリーBOXなんて持ってないわよ。どこに仕舞えばいいの」とちょっと嫌みを言ってみた。


「そうか、ちょっと待ってて」と部屋から出て行った。なんと、追加で大きなジュエリーBOXまでオーダーして来たと言う。ほんと呆れて言葉も出ない。


 座っていただけなのにものすごく疲れた。


「何か食べようか?」


「ん、何でもいいけど安いところでお願い」玲は、自分を保つのがやっとになっていた。


 銀座に美味しいおそば屋さんがあるというのでそこに行った。『天ざるそば』を食べてやっと元気を取り戻した玲が、そば湯を飲みながら言う。


「ねえ、外商なんて利用しなくても・・・」


「大丈夫だよ。僕がいるときに来て貰うから」


「そういうことじゃなくてですね、デパートのお洋服ってお値段も高いし、汚れるのを気にして着られないでしょ。スーパーやユニアカでオーケーなのよ」


「玲、僕の我が儘を聴いて欲しい。僕が買ってあげたいんだ。だから汚れたらクリーニングに出してどんどん着て欲しいし、時々はこういう買い物に付き合ってくれ」


 私たちの会話が聞こえた周りの客も興味津々で、耳をダンボにしているのが分かる。


『いきなりセレブに変身させないで』と心で呟いて、雅也の見ていないところで、マンションに近いモールやユニアカをスマホで探していた。


   ◇ ◇ ◇ 


 お正月に颯太達へのお土産を持って、新しくなった家を見に行った。


 以前より建坪は狭いものの、物置や収納などが多くあって暮らしやすくなっている。小さい部屋ながらも、仏間をリビングの隣に置いてくれていた。


 誰が来てもすぐにお線香を上げられるようにと考えてくれたらしい。それには本当に感謝した。 


 玲は静かに仏壇の前に正座し、お線香を立てて鈴を鳴らした。


「公輔さん今までありがとう」静かに手を合わせた。


 いつの間にか雅也が隣に座り、手を合わせている。少し頭を下げた雅也の口角が上がっているのは、玲には見えなかった。


「雅也さん、ありがとう」


 離れは客間になっていて、玲と雅也が利用することになった。


 雅也が玲と交代してお風呂から上がって来た。タオルで頭を拭いている雅也にビールを渡そうと颯太が後ろから近づいて動きが止まった。


「えっ?」


「颯太君?」


「・・・久我さん、ちょっと相談したいことがあります。お母さんがいないうちに・・・」


 美沙ちゃんはお正月休みで帰省した友達と食事に行っていて居ない。


 お正月の三が日が終わる。それこそ三ヶ月も休んだ雅也も明日から仕事が始まる。


 雅也さんが玲に話していた【手伝って欲しい仕事】とは、このマンションの管理会社の社長を引き受けて欲しいということだった。


 事務所に毎日行く必要は無いが、マンションの経営を任せたいとのこと。玲は自信がなかったが、彼が協力と相談に乗ってくれるならと、仕方なくOKした。


 仕事を引き受けたのには、玲なりに考えてのことだ。


 雅也からは、毎月十分すぎるほどの生活費が通帳に入金されるが、やはり自分のお小遣いは自分で稼ぎたかった。そのお金で、雅也さんの誕生日などにプレゼントを用意したいし、こんな広い部屋に一人だけで留守番していても淋しい。


 雅也さんの帰りは早くて8時頃。今日は夕食を一緒に摂れそうだ。


 外食が多い彼に、なるべく魚と野菜メインの料理を考えている。


「お帰りなさい」


「ただいま、玲。お土産だよ」と行って袋を渡した。


「これって、ダンスシューズよね」


 私たちは船を降りてから、夕食の後二人でダンスを踊るようになっていて、昨日も、『熱帯の果実』『SHIRANAMIほか』他、彼の好きなジャズに合わせて踊った。いつもスリッパを履いたままなので、時々脱げたりする。


「これで足下を気にしないで踊れるだろ」とにっこり。


「ありがとう」ちょっとでも何か気になると、すぐ買ってくるんだから。まあ嬉しいから良いけど。


 踊り終わって、スポーツドリンクを冷蔵庫に取りに行く。


 いつもなら、このあとシャワーを浴びた雅也が玲を抱きながらベッドに連れていく。早く帰れた時は必ず玲を抱いていた。否、毎日でも抱きたいから頑張って早く帰ろうとしていた。


 玲と一緒になって思う。


 歳を取ったせいもあると思うが、自分がこんなにSEXに夢中になるなんて事が無かったから。でも、玲と結婚して夜を共にするようになると抑えきれなくなる。


 パジャマの上から玲の胸に顔を埋めていると、それだけでは済まなくなる。タマネギの皮を剥ぐように、パジャマや下着を一枚一枚脱がせる。そして露わになった豊満な乳房に齧りつき、舌と手をつかい時間をかけて玲の官能を引き出す。


すると今日はここまでなんて、途中で終わることなんて絶対出来ないくらい自分自身も昂ぶってくる。それから、そろそろ眠くなって反応が鈍くなっている玲の中に自身を挿入するのだ。


 すると、眠くても身体を好きにさせていた玲は官能に呼び起こされ艶めき身体が揺れてくる。いつもより感じ乱れるのだ。そんな風になる玲の中は熱くて最高に気持ちが良い。


   ◇ ◇ ◇ 


「玲、大事な話があるから座って。と雅也が座っている隣の座面を指でとんとんした」


 玲が座ると、雅也が玲の顔を覗き込んだ。


「どうしたの。なんか怖いよ」


「そう?僕にとっては嬉しい話なんだけどね」


「颯太君の事だけどね、・・・実は・・、彼は僕の息子だったんだよ」


 玲は驚いて口を開いたまま言葉が出ない。そして27年前の、雅也との最後の関係を思い起こしていた。


 雅也と別れる決心をして地元に帰った。公輔からは早く結婚したいがために、子供が出来た方が誰からも邪魔が入らないからと、半ば無理矢理にホテルに連れて行かれた。


 あの時は、雅也と最後に関係を持って10日くらい後だ。


「ねえ、雅也さん、あの時、あの最後の時避妊しなかったっけ?」玲の声は涙声になっている。


「あの時離れるのが嫌で、抱き潰そうとした最後の時、焦っていてゴムに爪を引っかけたんだ」


「その時傷が付いたんだろうと思ったけど、玲が妊娠したらそれはそれで構わないと思っていたし、子供が出来たと連絡が来たら、すぐに日本に帰って来ようと思っていたんだ」


「まさか僕を捨てて他の男に嫁ぐなんて考えはなかったからね。でも颯太君が僕の子だったなんて・・・本当に嬉しくて」


「・・・どうして分かったの?」


「お正月に向こうで、お風呂上がりに颯太君が僕の項、髪の毛の生え際に黒子があるのを見たんだ」


「『自分も同じ処に黒子がある』と、黒子は遺伝しないって言うけど、あまりに黒子の位置と形がそっくりだったからもしかしてって、調べて欲しいと髪の毛を渡されたんだよ。久我病院に持って行ってDNA鑑定した結果、間違いなく僕の子だったって訳」


「確かに颯太にはそこに黒子があるのは知っているよ。でも雅也さんにあったなんて知らなかった」泣き声で話す玲の目から止めどなく涙が溢れた。


「公輔さんごめんなさい。ごめんなさい。・・・・何も知らないで、疑わないで、颯太を育てて貰って・・あぁぁ・・」玲はソファに泣き崩れた。


 雅也は黙って玲の背中を摩っていた。


 公輔も雅也も血液型はA型だし、颯太の見た目は玲によく似ている。誰も気づかなかった。


 雅也にしてみれば棚ぼた気味にラッキーな事だった。玲と公輔の子でも、なかなか男気のある奴で気が合った。だから大事にしなければと思っていたが、まさか本当の息子だったなんて。


 しばらく泣いた後、鼻を啜りながら、「七星には知らせたの?」と聞いた。


「いいや、いつかは話さなければと思っているが、まだ決めていない。颯太君には結果を知らせたが、今は誰にも話さないように言ってある」


   ◇ ◇ ◇


 結婚してから玲も忙しくなった。


 マンションが建つ前にお願いしていた役所も、電車の駅の誘致に動いてくれていた。交通の便が良くなれば、マンションを増やす事も考えなくてはと思う。そうなれば地域の人口増にもなる。


 玲は考えていた。広い土地はまだ余裕がある。子供達のために何か出来ないか。


 今まで玲は舅姑から逃げるように菜園を作り野菜を育てたり、花を植えたりしていた。マンションの土地の一部に菜園を作り、近所のリタイヤした農家のおじさん達にアドバイスや管理をして貰ったらどうだろう。


 都会の子は土いじりが嫌いかな?近くの幼稚園にアポを取って話を聞きに行ってみた。


 雅也さんは今日も遅い。もう10時を過ぎている。


「ただいま」帰って来るとすぐに抱きしめてくる。


「お帰りなさい。疲れたでしょ。大丈夫?」


「ん、大丈夫だよ。やっぱりうれしいね。帰って来て、ここに玲がいると」


「そうかな、そう思ってくれるとうれしい。でもね、私も最近忙しくて家の中も片づかなくて。・・・やっぱり、今度ハウスキーパー入れようかな」


「そうした方が良いと思う。実家にはお手伝いさんが何人もいるから、こっちにも来て貰おう。大事な物が沢山あるから、安心できるお手伝いさんのほうがいいだろう。僕から話しを通しておくよ。玲が頑張りすぎて倒れたら大変だ。やっとこうして一緒にいるんだからね」


「うん、ありがとう。甘えさせて貰うね。お風呂入ってきて、お茶用意しておくから」


 風呂上がりの雅也にカモミールがベースのハーブティを差し出し、菜園の話をしてみた。


「幼稚園ではね、砂場もあるけど泥遊びも人気なんだって。泥遊びは、土の中の雑菌に触れることによって、それらに対する抵抗力が付くらしいの。それと遠くの菜園をわざわざ借りているご家族もいるみたいで、菜園もかなり人気があるって言っていたわ」


「良いんじゃないか。菜園やってみようよ。近所の畑を覗いて話を聞いてみれば、子供好きの温厚な適任者も見つかると思うよ」


「分かった。動いてみるよ。ありがとう」


 近所に住む農家さんを何件か回って、殆ど引退状態のおじさん達を数名見つけた。


 皆さん快く協力してくれる事になった。メインに来てくれる笹本さんがリーダーとなって、他のおじさん達も手伝ってくれることになった。


 しばらくして森に近い方に、5坪ほどの畑を40区画作ってみた。畑のすぐ脇に可愛いトイレ付きの小屋を建てて、農作業に必要な肥料や道具を用意した。井戸を掘り、木陰にはテーブルや椅子も置いて、休んだり出来る場所も作った。


 植えたい種や苗木を自分たちで用意して、笹本さん達に相談しながら育てていくというもの。道具や肥料代等の使用料として毎月管理手数料を頂く。希望者が多ければ、畑をもっと増やすつもりだ。


 マンションの住人に、菜園利用の募集を掛けてビックリ。40区画に対して分譲と賃貸マンションの住民から、かなりの応募があったのだ。笹本さん達と相談し、区画を少し小さくして2倍の区画を作ることにした。今作ればこれから苗を植えても十分に間に合う。おじさん達がトラクターなどの機械を入れ、腐葉土、牛糞、石灰、肥料などを土と混ぜ区画を作っていった。


 畑の土がマンションの方に飛ばないように、背の高い生け垣で囲ったり、鳥対策にネットを張ったりした。水やりのために井戸を掘ったが、保健所の検査もOKを貰えた。怒濤の2ヶ月だった。


 そして抽選で当たった家族が畑作りを始めた。子供達の賑やかな声が響く中、玲は苦情や問題がないか声を掛けて見て回っていた。


 安そうなポロシャツにヨレヨレで色の褪せたGパン。だけど胸元から見えるネックレスや指輪は高級ジュエリーと分かる格好の玲を、集まっている人達は『このおばさん誰?』と思っていたようだ。


『先ほど見て回っていた女性は誰ですか?』と笹本さんは何人もの人達から質問を受けた。「えっ、皆さん知らないの?ここを管理している会社の社長さんで、マンションの大家さんだよ」と聞かされた皆はビックリ。あんなに気さくな人が実は社長さんだったなんて。


 今度見かけたら直接声を掛けてみよう。と皆が興味を引くのだった。


 一方玲も、笹本さんから「ありがとうや楽しい。の声ばかりですよ」と報告を受けて、「やって良かった」とほっとしていた。


   ◇ ◇ ◇


 雅也と玲、二人の生活も大分落ち着いてきた。


 二人とも毎日朝早く出掛ける必要が無い。のんびり朝食を摂って、最後にコーヒーを飲む。


 雅也には、最近運転手が付いたので、自分で運転する事がない。元々会社から運転手を付けられていたのだが、雅也が断わっていたらしい。だけど、玲と一緒になってからは安全を一番に考え、運転手に任せるようになった。




 広い部屋の掃除も、雅也が実家に頼んだお手伝いさんが来てくれるようになって、本当に助かっている。


 屋上庭園は、大きめの木を鉢植えなどにして、屋上の周りに配置しているが、殆どは芝生にしていて、散歩したり体操をしたりしている。


 ある休みの日、相変わらず買い物魔の雅也は、今度は懇意にしている呉服屋を呼んでいると言う。


「今日は着物を選ぼう」


「雅也さん、着物を着ていく予定も場所も無いし、何枚か持っているから必要無いです。タンスの肥やしにしておくだけの着物は要りません」玲は、はっきりと断わった。


 しかし雅也に、そんな玲の言葉は効かない。

「今度着て行くことがあると思うんだ。急いで用意するより、前もって準備しておいた方が良いだろ」


「今度って・・・・何かイベントがあって私の同伴が必要ってこと?」玲の顔が眉間に皺を寄せて『出たくない』と訴えている。


「それがね、今、久我HDの『情報セキュリティ』を担っている部門が独立するんだ。他のソフト会社幾つかと合併してね。規模もかなり大きくなるんだけど、今度そこの社長になるんだ」


「社長?」


「そうなんだ。本当は早く仕事を辞めて、玲とのんびり野菜でも作りたいんだけど、その会社の立ち上げから、何から何までを手がけて来たからね。どうしてもと言われて、断れなかったよ」


「それでね、玲。創立パーティが10月に決まったんだ。まだ十分時間が有るから、着物も間に合うし、勿論一緒に出てくれるよね」


「出たくないって言いたい。けど、そうも行かないんでしょ。分かったわ」


「そうなんだ。だから気にいった着物は何枚仕立てても良いからね。それに合う帯留めも今度探しに行こう」


「それにこれからは、新年会に忘年会、他社のイベントにも呼ばれることが増えるだろうから」雅也はそう言って嬉しそうに笑った。


 玲に何か買ってあげると言うことは、雅也にとってかなり楽しい行動だ。


 玲の首はすっと長くて着物がよく似合う。増して、この所の忙しさですっかり身体も引き締まってほっそり見える。


 ふくよかな玲も優しそうで柔らかくて好きだし、ほっそりとした玲も又美しい。どちらの彼女も愛してる。


 着物と合わせて、バッグに草履、帯留めは宝石をあしらった物、勿論普段使いとパーティ用を考えている。


「ああ買い物に連れていくのが楽しみだ」


 雅也は以前からジムに通っていて身体は鍛えていた。この年になってもお腹は出ていないし、筋肉も付いている。


 中年太りにはならないよう気を遣っている。それもあってか、50才を過ぎてもいろんな知り合いから女性を紹介したいと言われてきたし、積極的に寄ってくる女性もいた。


 だから今度のパーティに玲を連れて行ったときの皆の反応が楽しみで仕方ない。


   ◇ ◇ ◇


 最近、菜園畑を若い男性がうろうろしていると報告があった。マンションには住んでいるが菜園をしている人ではないという。


 特別何をするわけではなく、いろいろな野菜を見て回っているだけのようだ。


 ただ、言葉を掛けても返事はしないし不気味だと言う。


 雅也にそのことを伝えた。


「どうすれば良いと思う?とりあえず本人と話してみる?」


「もしかして・・、その人の写真とかある?」


「防犯カメラの写真だけど、どう?」


「やっぱり・・。玲、ごめん。知ってる人だ」


「知り合いなの?」


「知り合いって言うより、身内だな」


「えー。身内って、雅也さんの子供とか」


「なんでそうなるの。甥なんだ。兄の子だよ」


「お兄さんって、久我HDの社長の?」


「うん、次男坊で『あおい』って名前でさ、今年確か26歳になると思う。頭の良い子でね、東大に通っていたんだけど、大学2年の時にうつ病になってしまって辞めたんだ。

 でも、なかなか良くならなくてね、昼に寝て夜に起きたりしてさ。調子悪いときはずっと寝ているみたいだ」


「本人は体調が悪いながらも自立したくてここに住むことにしたと兄が言ってたよ。僕がいるから安心なんだって。いつも見ているわけじゃないけど、同じマンションに知り合いがいるだけで安心するらしい」


「それだと食事の用意とかはどうしているの?」


「週2回掃除するのと一緒に、久我のお手伝いさんがお弁当を持ってきたりしているみたいだ」


「あのね雅也さん、その碧君と接触してみてもいい?アルバイトを頼んでみようと思うんだけど」


「碧にアルバイト?出来るなら凄く良いことだと思うけど、今の状態だと難しいと思う。だから無理強いだけは駄目だよ」


「うん、分かってる」


 翌日の午後、菜園に碧君が現れたと連絡を受けて会いに行ってみた。

「こんにちは、碧君ですか?・・初めまして、久我玲です」


「あっ、雅也おじさんの?」


「はい。私のこと聞いてたのね。良かった」


 玲は碧君にジュースを渡しながら、木陰に作った四阿に誘って話し始めた。


 初めて会った碧君は、背が高く細身の身体だが体つきがしっかりしているように見える。何かスポーツをしていたんだろう。目が大きく顔立ちもはっきりしていて、なかなかのハンサムだ。


 お兄さんを知らないから何とも言えないが、雅也さんに似ているとかと言えば、似ているような気もする。調子が悪くて髪の毛を切る事が出来なかったのか、肩くらいまで伸びている。髪は七星より長いかもと思った。


「実は碧君にお仕事を手伝って欲しくて・・・、やってみる気ない?」


「えーと、僕ちょっと・・病気で・・・」


「・・うん、雅也さんから聞きました。・・・だからね、碧君が調子良くて、起きられている間の何時間でもいいの。夜中でも良いし、早朝でも構わない。絶対に無理はして欲しくない」


「例えばですが、そんな時間でなにをしたら良いんですか?」


「菜園を借りている人の畑は草取りが大変なのよ。なかなか来られない人の畑の草取りや、貸し出した道具の手入れ、倉庫の掃除なんかかな。暗いときはライトを付けて良いし。ただ、誰もいない時間だから、昼間の人に何をやったか引き継ぐためにも業務連絡帳を書いて貰おうかな。


 交換日記みたいにね。警備員が回っているから危険なことにはならないと思うの」


「でも本当に無理はして欲しくない。あくまで、碧君のが気が向いた時や、調子が良くて身体を動かせそうな時だけでいいの。


 仕事がしたくないならそれでいい。菜園に居たいだけの時は私の畑もあるから、そこに居て良いよ」


「玲さんの畑はどこですか」


「私のはね、あそこ」と指さした。


 そこは、井戸や小屋に近くて利用者がいつも行き来する角なので、ちょっと踏みつけられる事がある。だから畑の縁土が硬くなってきていた。


「私は『なす』が好きだし、雅也さんとビールでも飲みながら食べたいと思って『枝豆』も植えて見たんだ。出来たら碧君も一緒にどう?」と笑った。


 碧はどう返事しようか、苦笑いをした。


「あと、食事は摂れている?マンションのカフェからお弁当とかテイクアウトも出来るようにするから使ってね」


「・・どうしてそんなに僕の病気に詳しいんですか」


「・・・私の娘もそうなった事があるから・・・碧君と同じ歳かな」


「何週間もお布団から出られなかったり、食べることを止められなかったりしてね。本当に調子が悪いときは死にたいって、人生終わらせたいって何度も言われて、辛かった」


「でも本当に辛いのは本人なんだよね。本当に病気が治るのか、将来普通の暮らしが出来るかどうかも分からなくて、親子して不安だらけだった。・・」


「今だって寛解したわけじゃない。娘はまだ薬を飲みながら東京でなんとか仕事をしているけど、無理しているところもあるみたい。だから、何時又あの状態に戻ってしまわないか心配なの・・・」


「あっ、今度紹介するわね。もうすぐ連休だし、ここの手伝いをしに来てって言ってあるから。碧君も良かったらアルバイト考えてみてくれない。私、身体がしんどい時があって・・・本当にもう年よね」


あはははと玲が笑う。


「・・分かりました。考えて見ます」


「うん。不安なことや要望があればいつでも連絡してね。遠慮は無しよ」そう言って碧君にスマホの番号やアドレスを書いたメモを渡した。


 それから4日経って碧君が午後4時頃やってきた。


「アルバイトやってみます」


「良かった、ありがとう碧君。上手く行かない時は、辞めることでは無く、どうしたら続けられるかを考えて行こうね。絶対無理はしないでね」


そう言って、手伝いのおじさんである塚本さんに碧君を紹介した。おじさん達には、根回し済みだ。


 それから碧君は毎日ではないが、2時間だったり、30分だったりと顔を出すようになった。5日ほど来ないときがあって、調子が悪いんだろうなとメールをしてみた。


「碧君、ご飯食べられてる?」


「玲さん、ごめんなさい。行けなくて」


「そんなこと気にしなくていいよ。何かして欲しいことはある?」


「電話するのもしんどくて、食事があまり出来ていません」


「そっかあ。そうだよね。そんな時は人と話すのも辛いよね。分かった。後でお弁当届けに行くね。


 それと、カフェはもうすぐネット注文できるようになるから、少し待って頂戴ね」そう言って玲はカフェに行って、『サンドウイッチ』とお肉たっぷりの『お弁当』と『サラダ』を注文し碧君に届けた。勿論小腹が空いたときのためのおやつも持って。


 玲は『管理会社』の各方面の責任者と話し合った。マンションには他にも碧君のような人がいたりしても不思議ではない。小さな子供を持ったお母さん、高齢者で普段は部屋にこもって暮らしているなど、どんな人にも住みやすいところでありたいと。各部門のトップ達、皆が分かってくれた。


 カフェに、マンション内限定でネット注文と配達が出来るようにするために、システムを変更し、人員が必要なら新たに人を雇っても良いとお願いした。


 ネット注文は、導入早々に注文が多く入ったという。これを見越して、メニューを刷新し、人員を増やしたのが上手く行ったようだ。


 会社の面々も玲に好感度を持ってきた。兎に角行動が早い。問題事が起きたり導入したい案件があるとすぐに会議を開き、皆で対策を考えた。導入後のメリット・デメリットも話し合った。


 玲が、どうしてもカフェのネット注文を立ち上げたいと会議で提案したとき、システムの変更や人員贈という費用が掛かっても、なんとか進めたいと皆に頭を下げた事があった。


 それは、マンション住民の生活向上に必要なことだと誰もが納得したので、反対は出なかったが、驚いたのは社長である玲が頭を下げた事だった。


 途中から社長になったからとは言え、何も知らない形だけの人なら、会長になった雅也からの指示でなければ誰も従わなかっただろうけど、彼女はマンション住民の生活のためだけではなく、社員に対しても親身に考えてくれた。


 その一生懸命さにこの人なら付いていこうと社員達は思ったのだ。


 今日からゴールデンウィークだ。碧君も少し体調が戻って来たようだ。10日間ほど寝たきりの生活が続いたが、カフェのテイクアウトで助かったらしい。


 お手伝いさんも、実家からお弁当を持って来ていたが、毎日だと反って気を遣うので、一週間に2日ほどリビングと水回りのお掃除だけで帰って貰っていたのだと言う。勿論玲も連絡を取っていた。


 いつもの安いTシャツとジーパン姿で菜園にいると、


「おかあさん来たよ」と声が聞こえた。そちらに向くと七星が立っている。


「何を手伝えばいい?」


「えーとね」と考えているとき、向こうから雅也と碧君がホームセンターの店員の運転する車でやってきた。


「どうしたの。何を買って来たの?」


「碧がね、玲の畑が踏まれたりするからレンガで花壇のように囲ったらどうかって。だから二人で買ってきたんだ。七星ちゃんいらっしゃい。今日から泊まって行くだろ」


「はい。5日間甘えます。美味しい物をご馳走して下さいね。宜しくお願いします」とにっこり笑って頭を下げた。


「任せなさい」と雅也が親指を立てる。


 その間も碧が店員と一生懸命レンガを下ろしている。


「碧君嬉しい、ありがとう。七星、運ぶの手伝って頂戴ね」


「はーい」七星は返事をしてから碧に声を掛けた。


「碧君って言うのね。長谷川七星です。宜しくお願いします」と碧に挨拶をした。


「こちらこそ・・・」小さい声で答え、碧は七星の顔をしっかり見ることが出来ない。それでも二人で黙々とレンガを下ろし、小さな畑を囲い始めた。


 そんな様子を雅也と玲がちらちらと伺っている。 


 話しが合ったのか、碧と七星は二人でひそひそと小声で話しながら作業をしている。しばらくすると、畑が花壇のように綺麗にレンガで囲われた。


 今日の作業も終わって、まだ少し早いが夕飯は焼き肉にしようと、雅也と玲が買い物に出掛け、七星は碧と焼き肉の準備を始めた。


サンルームの左右のガラス扉を全開にすると、涼しい風が流れる。


 焼き肉用の調理機器などをサンルームのテーブルの上に並べ、皿やお箸も用意した。後は母達が買い物から帰って来たら野菜を切るだけだ。碧はそんな手際の良い七星を感心したように見ている。


「凄い家だよね。ここって」七星が呆れるように言った。


「そうかな。七星の家は広くないの?」


「田舎だからね、それなりに広いと思うけど、こんなに広い家なんかそうそう無いと思うよ。碧君の家は広い?」


 七星は碧を雅也の甥っ子とは聞いているが、久我HDの社長の息子だとは知らない。


「うん・・・・。ここの家より広いかな」


「へえー。凄いね」七星はこれ以上聞いたらやばいと思い、話を変えた。


「碧君ってゲームする?」


「するよ。どうして?」


「私もね、調子悪いとか眠れない時、夜中に起きている時なんかは、よくゲームしてたからさ。徹夜でゲームしたこともあるんだ」


「わかる。他になにも出来ないし、する事もないもんね。まあ、ひどいときはゲームすら出来ないんだけど」


「そうなんだよね」


雅也と玲が買い物から帰って来たときは、碧と七星がゲームの話で盛り上がっていて、今日初めて会ったとは思えない位仲良くなっていた。


「おいしいお肉ごちそうさま。碧君ゲームしようよ。お母さん達はラブラブだからほっといてさ」片付けが終わると二人でゲームの話で盛り上がっていた。


「いいよ。僕の部屋に行こうか。汚いけど良いよね」


「いいよ。調子良いときに掃除すればいいんだよ。それともゲームやる前に片付けを手伝おうか?」


「恥ずかしいから要らない。今度きれいにしておくから・・・早く行こう」 


 さっさと片付けて、二人して出て行った。


 雅也と玲は出て行った二人を見て笑った。


「碧の友達になるといいな」


「そうねえ。同じ病気を持っているから、話は合うと思うよ」と微笑んだ。


 碧も調子がよかったのか、七星が居る間は、毎日菜園に手伝いに来ていた。


「碧君、どんなに調子がよくても動き過ぎちゃだめだよ。エネルギーがすぐ無くなって、又動けなくなるからね。できるだけ毎日少しづつがいいんだよ」と七星が注意する。


「うん。分かっているけど七星が居るから、一緒に居たかったし・・・」


 碧が顔を赤らめた。


 その顔を見た七星も赤くなる。


 二人を見た雅也と玲も顔を見合わせた。

「これはもしかしてもしかするかもな」 雅也は面白そうに呟いた。


「今は同じ病気を持つ同士のようなものでしょ。これから二人がどんな風に付き合っていくか見守りましょ」玲は冷静だ。


   ◇ ◇ ◇


 全ての家族が連休中に野菜の苗を植えることが出来た。これからは草を取ったり、肥料をあげたりして成長を見守ることになる。


 雅也は連休中、玲から離れない。畑を一緒に見回り、買い物に行き、部屋でゆっくりコーヒーを飲んで、たまにダンスする。


 菜園で二人を見ていた人達は、いつも玲と手を繋いだり、玲の腰に腕を回しているオーナーは奥様にぞっこんなのだと、羨ましくも噂していた。


 それに感化されて、旦那様達も奥様と手を繋いだり、肩を抱く人もいれば腰に腕を回す人もいて、人前でもスキンシップをする人達が増えた。


 すると今度は、奥様達も旦那様に優しく接するようになった。人前では恥ずかしくて、素っ気ない口調だったのが、優しく話すようになったり素直にお礼を言ったりしてる。


 そんなことから噂が流れ出した。


『このマンションに住むと幸せになれる』と。


 七星も帰って、そろそろ連休も終わりというとき、雅也に美味しいものを食べに行こうと誘われた。


 雅也がデパートの外商を呼んで買ってくれた服に着替えをして、タクシーに乗り込んだ。


 東京に来てここに住むようになっても、あまり都心に行きたいと思わなかった。


 若い頃は、あちこち出掛けるのが楽しかったけど、田舎暮らしがすっかり身についてしまったのか、部屋でのんびり映画を見たり、音楽を聴いたり。後はやっぱり土をいじるのが一番楽しいと思っている。


「どこへ行くの?」車は都心に向かっているようだ。


 ここは噂の『料亭』というところなのだと理解した。車を降りて石畳の小道を歩いて行くと入り口に女性が立って待っていた。


「いらっしゃいませ。久我様、お久しぶりですね」


「女将、今日は妻に美味しいものを食べさせたくて連れてきたよ。宜しく頼む」


 女将はにっこり「はい」と答えたが、「妻」と言う言葉に驚愕した。勿論顔には出さない。


 こんな色男が50歳を過ぎても結婚しないので、何か事情があるのだといろいろな女性達が噂していたのだ。「妻」という女性を案内するついでに興味本位でちらっと見てみた。


「玲、ここ桜吹雪の女将で(ゆき)さんだ」


「雅也さんと結婚した相手が私みたいな普通のおばちゃんでビックリしたでしょう?雅也さんも物好きよね」って「あはは」と笑った。


 女将は微笑みながら奥座敷へと案内した。連れの女性は薄い化粧の美人さんだ。それに飾らない人柄、久我の御曹司に見初められたからと言って高飛車な態度も無い。すっと心に入って来る様な話し方。何て素敵な女性だろう。絶対久我様の方がベタ惚れって感じよね。と女将は二人を見ていて思った。


 女将は一目で玲が気に入った。私が気に入ったからと言って何も出来ないけれど。と思いながら心の中で微笑んだ。


「こちらの部屋になります」


「玲おいで」と雅也が肩を抱き、部屋に促した」


「素敵なお部屋ね」


   ◇ ◇ ◇


 二人でゆったり5月の懐石を楽しんでいた。


どの料理も出汁の利いた薄味に、色も鮮やかで本当に美しくて美味しい。その中でも、蕨や蕗を懐かしく思い、伊勢海老の美味しさに感動し、最後に水物のチェリーを食べようかと言うとき、女将さんが襖を開けた。


「久我様、お客様がお出でになりましたがこちらにお通しして宜しいですか」


「はい、お願いします」


今までテーブルを挟んで向かい合って座っていたが、雅也に隣に来るよう言われた。


そして入って来た人を見て、「誰?」って雅也に聞こうとした。が、雅也はテーブルの下で玲の手を握り


「両親と兄夫婦だ」と言った。


思わず背筋を伸ばし座り直したが、『又何か辛いことを言われるのか』と、考えると胸が苦しくなる。


 先に声を掛けて来たのが雅也の父、和孝だった。


「玲さん、あの時は本当に申し訳なかった。この通りだ」と言って両手を畳に付け頭を下げた。その隣に居た雅也の母である鈴代も同じに頭を下げた。


 その姿に驚いて、雅也を見たが、彼は無表情のままだ。


「そんな事をしないで下さい。・・もう昔の、・・済んだ事ですから・・」それ以上は言えなかった。


 年老いた雅也の両親揃って頭を下げるのを見ると、ここにいる皆が27年間も辛い思いをして来たのだと思い、もう蒸し返したくない。


「ありがとう。そう言って下さって・・・」

「27年前、貴方と雅也の話を主人から聞いたときは、・・頭に血が上って、『どうして別れさせたんですか』って、主人と大喧嘩したんですよ。夫婦喧嘩なんて、後にも先にもあの時だけですよ。本当に申し訳無かったわ」


 「雅也もあんなに怖い顔ばかりしていたのに、今はこんなに優しい顔つきになって。・・・嬉しいんですよ。雅也と一緒になってくれて本当にありがとう。

 今日はどうしても結婚祝いをお渡ししたくて持って来ましたから、ぜひ受け取って頂けないかしら」鈴代がとても優しい声でそう言うと、雅也の兄の隆也が後ろに置いた風呂敷包みを鈴代の前に置いた。


 80才を過ぎてるであろう会長は、隣で小さくなっている。


 鈴代が風呂敷を解くと、たとう紙が出てきた。


「今度雅也の社長就任のパーティがあると聞きました。是非、その時にでも着て頂けたらと思ってね」


 たとう紙を開くと、薄紅藤色の綸子地に金糸銀糸等で刺繍された花々が施されている、豪華な着物だ。


「玲さんは刺繍の着物がお好きなようなので、このように作らしてみたんですよ。 龍西たつにしの帯も一緒にね」


「龍西って・・・・」龍西と言えば、帯や和雑貨の他、皇室のドレス生地、歌舞伎座の緞帳、高級壁紙など様々な物を制作している超有名な織物制作会社だ。茶道をちょっとだけ囓った玲は龍西の袱紗だけを持っている。


 そこの高価な帯なんて貰うことは出来ない。どうしよう。雅也に助けて欲しくて顔を見た。

「お母さん、着物は僕が買ってあげたいんですよ。余計な事はしないで下さい。それに今日は挨拶だけって言ってたじゃ無いですか」


「そうだけど、初めて玲さんに会うのに手ぶらで来たくなかったのよ。本当にもう嬉しくて嬉しくて」


「玲さん、雅也のこと宜しくお願いしますね」


「あっ、はい。ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します」玲は、畳に手をついて深々と頭を下げた。


 次は兄の隆也と嫁の桜子が前に出てきた。


兄が言う。


「碧のことありがとうございます。病気があまり好転しないので、今まで絶望的な暮らしをしていましたが、今は本人曰く『ほんの小さな蝋燭の灯火程度ではあるけれど、光が見えてきた』と言っています。


 まだまだ時間は掛かるのかもしれませんが、私たちも焦らずゆっくり見守ることにしますよ」


桜子が続ける。


「出来が良すぎたせいもあるのでしょうが、碧には期待をかけていました。病気になってまさかこんな風になるなんて・・・。自分達がこの病気に対して何も理解出来ていなかったんです。

『気持ちの問題だろうから、頑張れ』って、顔を見るたびに言っていました。

だから、病気の事を理解してくれないと碧は私たちに反発して家も出てしまって・・・。でも今は、野菜を作ったり、菜園を見て回るのがとても楽しいと言っています。病気を理解できない私たちを嫌って、殆ど連絡もくれなくて心配だったんですが・・・、様子はお手伝いさんからの報告を聞くしか無かったんです。

ところが今は『掃除洗濯は苦手なので今まで通り、週2日くらいでお手伝いさんをお願いします』と、以前よりは連絡もくれるようになりました。これも玲さんのおかげです。本当にありがとう」


「お礼なんてとんでもないです。病気に関しては娘も罹った事があって、碧君が娘と同じ辛い思いをしているなら、少しでもお手伝い出来たらと思っただけです。せっかく同じマンションに住んでいるんですから」


「玲さん、ありがとう」


 雅也の兄夫婦にお礼を言われて、少しだけど胸が温かく感じられた。


 雅也さんの家族から


「これからは会う機会を増やしたいね」と言われワインで乾杯し、久我家の面々は帰って行った。


「き、緊張したあ」


「玲、突然で悪かった。どうしても合わせてくれって言われていたんだ。皆本当に、玲には感謝している。今度は早く家に連れて来いって言われるだろうな」


「いやいや、まだそこまで気持ちがついて行けてません。無理ですって」


 若いときは自分の事ばかりを優先して考えていたけど、親というのは子供の幸せ、将来を心配し育て導いて行く物だと改めて感じた。ただその思いが一方通行になってはいけないのだとも考えさせられた。


 久我家との突然な出会いを企てられたりして、それを落ち着かせるためについ飲み過ぎてしまい、酔いが回ってしまった。


 雅也に支えられて、マンションのベッドに入った時には意識がなくなっていた。


   ◇ ◇ ◇


 暑い季節がやってきても、雅也は相変わらず忙しいが、休みはしっかり取って玲と過ごしている。二人で過ごすこの生活にも大分慣れてきた。


 休みの朝食は、雅也さんが簡単な朝食を作ってくれる。お昼は用事が無い限り、マンションのカフェの売り上げにも貢献しようと、二人で降りていくのが通例になった。


 菜園では春に植えた苗などが順調に育っていて、忙しくてなかなか来られない家族等のために、草取りなども碧君達が手助けを行っていた。種類によっては収穫できる物まである。子供達がキャーキャー騒ぐ元気な声が聞こえるのは楽しくてしょうが無い。


 平日の今日、碧君や塚本さん達と菜園脇で休憩をしていた。塚本さんの友人も手伝いに来てくれていたが、その友人の奈良さんからお願いがあるという。


「実は農業をやっていた友人が後継者もいないからハウスを譲りたいと言ってきたんだ。結構良いハウスなんだけど、皆持っているから必要な人が見つからなくてさ。処分にもお金が掛かるし、ここで使ってくれないだろうかと声を掛けられたんだよ」


「奥さんどうだろうか?」


「碧君、どう思う?」


「うーん。見てみたいね。うちではカフェレストランをやっているから、ハーブとか野菜をハウスで育てられたら良いなと思っていたんだ」


「そうよね。私も碧君と同じ。菜園の草取りなんかも人手が欲しくなってきたし、ハウスがあったらそちらの手伝いも一緒に出来るでしょ。鬱病とかで会社勤めが難しい人を何人か募集してみても良いかなって考えてたのよ。そういう人達の力になりたいなって」


「玲さん、それ良いと思う。もし必要なら寮を作っても良いしね」


 碧君はまだまだ体調が安定しているとは言えないけれど、この菜園の経営を本気で考えてくれている。嬉しいことだ。農業に関して、手伝いの塚本さん達に色々相談したりして動いているらしいし、農業経営の勉強も始めたと言っていた。さすが、久我の御曹司。


 紹介されたハウスは「ガラスハウス」と呼ばれ、横18m×高さ8m×奥行き30mというかなり立派な物だった。大型なので移設にはだいぶ費用がかかるが、中古のガラスハウスの価格から移設分を引いた金額で交渉してみた。


 持ち主の佐々木さんは、要らない物だから引き取ってくれるなら移設費だけ出してくれたら良いと言ってくれたが、そうも行かない。


ならば、他の要望があればと伺ってみると、それなら自分も菜園の手伝い仲間にして欲しいと言った。


 なんということだろう。嬉しくて涙が滲む。


そのくらい、こちらがお願いしたいくらいだと話すと破顔して喜んでくれた。


 塚本さん達から、菜園で働く楽しさとやり甲斐を聞いて、自分も仲間になりたいと思っていたそうだ。


「後継者もいなくて張り合いも無い。奥さんと2人暮らしは良いけれど、このまま1人で農家をやっていても体力的に大規模では出来ないし・・・と考えていたところに、友人である塚本や奈良の楽しそうな話を聞いたんだ」


「最初は驚いたよ。あんな高級マンションに菜園だって?参加する住人がいるのかってね。それが、菜園が足りないくらいに応募があったっていうじゃないか」


「忙しいから一度手伝いに来いよ、と言われて『見に行くだけな』と覗いてみたら、塚本達は皆にいろいろ聞かれて楽しそうだった」


「『畝はどうやって作るの。苗の植え方は、肥料は?・・・』小さい子供達からもあんなに聞かれたら、いっぱい収穫させてあげたいって思うよな。よし俺もやってみようって」


 そうして、又仲間が増えた。


 碧君主導で、菜園の西側奥にハウスの移設も順調に進んでいる。次に碧君は、地元の福祉事務所に出向いた。


 事業計画を説明し、うつ病などの精神障害者で働きたい人を3名募集するということ。


相手は、身体障害者は駄目なのか聞いてきた。


最近は国の主導もあって、障害者雇用も少しづつ進んでいる。


 しかし、精神障害を患っている人達は中々仕事に就けない。というか、せっかく雇ってもらっても、毎朝は起きられなかったり体調の良い日が続かないことも多いからだ。昨日は会社に行けても今日は行けないなど、そんな自分が嫌になったり、会社に迷惑をかけたくなくて辞めてしまうのだ。


 会社側も、しょっちゅう休まれると雇うのが難しくなる。


 福祉事務所の担当者もそれはよく分かっている。


 だからこそ、本当に精神障害者を雇って行けるのか碧君の話を眉唾物で聞いていた。


 碧本人もそんな受け止めをされているのは承知しながら、兎に角働く意欲だけでもあればいいので、3名紹介して欲しいと依頼した。


 ハウスの移設も終わり、そばには寮を建てた。1階は資材やカート置き場になっていて、2階が寮になっている。


 ハウス開きの日、話を聞いていた雅也も参加していた。


 作業する皆で何を植えるか話し合った。


「トマト、レタス類、キュウリ、なす、大葉、パプリカ、バジル、タイムなどなど」


 カフェで必要になるだろう野菜をセレクトしている。どうせここだけでは足りなくて、近くのスーパーからはそのまま仕入れるだろうから、気負わずに好きな物を植えさせようと思った。


みんな、わいわいと楽しそうだ。


 玲が、みんなに頼んだ。


「みんなで決めた野菜などの他、自分で植えたい物を必ず一つ植えて欲しいです。野菜でも果物でも、何でも良いです。そしてそれは失敗しても良いから自分が責任を持って育て、収穫を目指して下さい」 


「ただ、どうしても調子が悪い時がありますよね。起きられない時が続いたり、病院に行きたいとき、そのために個人の植物へのお世話が出来ない時は、必ずチームを頼って下さい。仲間がいます」


「最後に、ここにいる菜園チームは碧君をリーダーに、塚本さんをサブにしておきます。先ほども言いましたが、体調が悪いときは絶対無理をしないで下さい。勿論生活の助けが必要なときも連絡して下さい。大事な仲間だしみんなを応援して行くから・・・、忘れないでね」


 そうして、碧君が働き出した時と同じ要領で動き出した。昼食は勿論カフェからのデリバリーが中心だが、塚本さん達の奥様方が散歩ついでにお弁当を持ってきては、ハウス内だったり外だったりで、わいわいと楽しそうに食事をする光景を目にするようになった。その代わり、おやつタイムは玲からの差し入れが恒例となっている。


 雅也は感心していた。元々玲は仕事が出来る人間なのは知っている。しかし、ここの運営を任せてからマンションの住人の満足度が更に上がってきているという。


 立地や建物自体に満足して暮らしていたのが、菜園を作ったり、カフェのデリバリーを導入したりと色々と進化しているからだ。


そして、碧にも驚かされた。調子が良いとは言え、こんなに活動的だったなんて。


 新しく雇った若者達は、精神障害を患いながらも、『会社勤めは無理だから、パソコンの仕事を在宅で出来ないか』とか。なんとかして社会復帰したいと模索していたそう。 


 菜園チームの寮は、若者達の語らいの場にもなっているようだ。自分達の病気の事、農業のこと、経営のこと、などなど、みんなで真剣に考え討論を楽しむようになっていた。


 そしてそこには、いつの間にか七星も顔を出すようになっていた。


 雅也から、菜園関係の方は儲けを考えないで進めても良いと言われていたので、玲は彼らや同じ病気の人を守るため、もっと支援できるようにNPO法人を立ち上げることにした。


 雇った若者達、上野君、田中君、茂木君の3名は、パソコンが得意のようだ。碧君とみんなで話し合って、マンションの宣伝や自分達の病気の事、ハウスの様子などを紹介しようとホームページを立ち上げたのだ。


 鮮やかで綺麗な写真やイラストを入れ、素人の野菜作りの難しさ、農家のおじさん達の適切な指導とおばさん達も含めた美味しくて楽しいお昼とおやつタイム。


 でも病気がなかなか良くならないもどかしさ。そういった病気に苦しむ人々を理解し、支援したりして助けて欲しいと。


 そんな事を伝えるホームページだ。


   ◇ ◇ ◇


 翌日のパーティに出席するために、颯太夫妻と七星も来てくれて、今日はみんなでパーティ会場となるホテルの豪華なフレンチを堪能して、ここに泊まる事にしていた。


 夕食が終わった後、雅也は玲と泊まる、広くて豪華な部屋に皆を呼んだ。


 七星ちゃんと美沙ちゃんは、

「キャビアにトリュフ、フォアグラなんて初めて食べた。盛り付けもすんごく綺麗だったしね。あんなに美味しいお料理食べたの初めて・・、フレンチ自体全然食べたこと無かったよね」って興奮しながら部屋に入ってきた。颯太は神妙な顔つきだ。


 みんなが広い部屋のソファに座って飲み物をそれぞれ前に置いたのを見て雅也が話し出した。


「みんな、今日は来てくれてありがとう。実は皆に話があるんだ。・・・」


 七星と美沙ちゃんは、「何の話し?」と顔を見合わせ首を傾げた。


 雅也が、小さく深呼吸をしてみんなの顔を見た。


「颯太君のことだけど・・・・、実は公輔さんでは無く僕の子だったんだ。・・・だから七星ちゃんとは異父兄弟と言うことになる。すまない・・」と頭を下げた。


「えー!」七星は大きな声を出して、颯太と雅也さんを代わる代わる見ている。


 美沙ちゃんも口を開けたまま、颯太を見ている。


 部屋の中が短い間静まった。耐えきれなく七星が言葉を発した。


「えっ、どういうこと?お父さんと結婚しても二人で会っていたの?」七星の顔がゆがんで声が震えている。


「違う。・・きちんと私と玲の事を話そうと思う」


 雅也は、みんなの前で若いときの話から始めた。


 玲が好きで付き合っていて、結婚しようと思っていたが、父に反対されたこと。そして父に騙されてアメリカに行かされ玲と引き離された。


 僕から離れるために、玲が公輔さんの結婚話を受け入れた。そして公輔さんがたまたま結婚を急いだために玲の最初の妊娠が、まさか僕の子だった事も気づかなかったのだと伝えた。


「颯太君はもちろんのこと、七星ちゃんもとても大切な子供だ。二人を立派に育て上げてくれた公輔さんには本当に感謝している。これからは僕が父親として、玲と一緒に君たちを支えて行きたいと思っているが良いだろうか?」


「お父さんは、おばあちゃん達にはちょっと弱いこともあったけど、私やお兄ちゃんには優しくて、・・・私はお父さんのこと好きだったよ。でも雅也さんとお母さんのことは上手くいくように応援しているし、・・ただね、長谷川の家が心配だな」と言った。


 颯太も思いを放った。


「こんな凄い人が自分の父だったなんて、今更ながら意識しないわけにはいかなかった。DNAの鑑定をして、本当の親子だと分かってから、これからどう接したら良いかとか、お父さんて呼ぼうかとか、しばらく悩んでいたよ」


「でも雅也さんから連絡を貰ってうれしかった。自分の子供を持てた喜びを率直に表してくれて、本当に喜んでくれて、嫌いにさえ思わなければ難しく考えずにこれまで通り接してくれるだけで有り難い。と言ったんだ」


「だから、とりあえずは今までと同じ、雅也さんと呼ぶことにした。他のことは、追々だと思ってる」


 雅也は続ける。


「颯太君達の結婚式の時に、公輔さんの弟の悠一さん夫妻が来ていたよね。彼らに挨拶をして、結婚式後に相談してみたんだ」


 颯太と美沙ちゃんは、沢山の友人達を結婚式に呼びたいからと、地元の結婚式場で結婚式と披露宴を行った。その時に雅也は、長谷川の親戚達にも、公輔さんが亡くなって僅か1年で玲に再婚させてしまって申し訳ありません。と頭を下げて周っていた。


 セレブの上に、ビックリするほどの男前で尚且つ腰が低い雅也を前にして、いつも些細な事に煩いけど小心者の親戚達は、

「いえいえ、とんでもありません」などと恐縮して、他には何も言えない状態だった。


 そして颯太達への雅也からのプレゼントは、ハワイへの新婚旅行へと変わったのだ。

「悠一さんの奥さんである敦子さんも、長谷川のお母さんからずっと嫌みを言われていたそうでね、あまり寄りつきたく無かったそうだ」


「今はお義母さんもホームに入っていて、もう誰が誰だかも分からなくなっているから、実家の近くに戻っても良いと言ってくれている。子供も居ないし、二人共、もう無理に転勤を希望しなくても良いんだってほっとしていたよ」。


「あとは颯太君が今のままの生活をしたいならそれでも良いし、東京に出てくるなら応援するつもりでいる。これからのことは、美沙ちゃんと二人でゆっくり考えて欲しい。亡くなった公輔さんには申し訳なさと感謝でいっぱいだ。こうして立派に育ててくれたからね」

「みんなはどう思っているか分からないけど、僕は颯太君が・・・、自分の子供がいるなんて本当に感激だ・・・」


 雅也も涙を浮かべ、言葉を詰まらせている。玲はボロボロ涙をこぼし、何度もティッシュを取っては涙を拭き、鼻をかみながら言った。


「颯太、七星、公輔さん、本当にごめんね」


 30年前、雅也さんと出会ってから、玲は泣き虫になった。悲しくて泣き、辛くては泣き、うれしくては泣き、感謝しては泣いている。


 みんなが言葉も出なくなっている間に、窓の外は暗さを増し、ネオンが益々煌めいて幻想的に輝いている。


 都会の夜だ。


   ◇ ◇ ◇


 そしてとうとう、新会社『久我システムズ』設立祝賀パーティの日がやってきた。


 招待者数百人とメディアの興味は、久我社長の奥様だ。独立した新しい会社と言っても、今までの取引が特別変わるわけではない。幾つかの部門と傘下の会社が一つになったと言うことだ。会場では、今まで独身だった新社長が55才になって結婚した事の方が招待者の話題となっていた。


 玲を知らない人が「今更、銀座のどこかの若いホステスとでも一緒になったんだろう」と下世話な話になったときに、結婚した奥様にマンションの管理会社の社長を任せると、住人自ら『幸せになるマンション』と話して話題になっていると言うのだ。


 益々マンションに入居者が殺到したらしいよと話しが回って、奥様がどんな人なのか招待者の興味をかき立てた。


 それに加えNPO法人を立ち上げて、精神障害者の若者達が生き生きと働いている様を本人達がホームページで紹介し始めたのも大きかった。協力したい、話を聞きたいと申し出る企業が増えているそうだ。


 今は社会全体が環境問題や労働問題等に関心を持っていて、企業価値もその取り組みによって左右されるようになっている。


 勿論、障害者を雇用している会社は沢山ある。ただ、全ての会社や働いている障害者が順調だったり、満足しているわけではないからだ。

 障害者を雇うことは、難しい問題でもある。


 玲は雅也の母から頂戴した着物と帯で装い、雅也が買ってくれた帯留めと新しい指輪を填めている。今日はここのホテルの美容室で綺麗に着付けて貰った。


「これなら雅也さんとお義母さんとで喧嘩しないでしょ」と玲は気を利かせたつもりだ。


 いつもと同じように、雅也が玲の腰に手を回して会場に入って行ったが、招待者から次々「おめでとうございます」と、声を掛けられていたのは玲の方だった。本人も驚いていたが、これには雅也も苦笑するしかない。


 久我家の面々が、会場の前の方で雅也達が入ってきたのを見ていた。


「しかし、普段能面のような顔の雅也が、みんなの前でも笑みを浮かべ玲さんの腰に手を回して離れないなんてな、見ている方が恥ずかしくなるよ」

と兄の隆也が独り言のように言った。


「あら、あんなに仲の良いところを見せるなんて羨ましいわ。マンションの住人さんが何て仰っているかご存じでしょ」と桜子が言う。


 それを聞いていた鈴代が、


「良いじゃありませんか。雅也は玲さんを、そばに置けて嬉しくて仕方ないんですよ。あんなにニヤけた顔を見るなんて初めてですよ。でもうれしいわ。あの着物を着てくれたのね。よく似合っているわ」


その言葉に、隆也夫婦も碧も頷いた。


 時間になり、雅也の挨拶が始まった。


「皆様におかれましては、お忙しいところお越し頂きありがとうございます。・・・・・・・。新会社にしたのも、無駄なものをそぎ落として競争力を高めて行くためであり・・・・・。


 最後に私事ではありますが、この年ではありますが、結婚致しました。皆さんご存じの、妻の立ち上げた法人にも、ホームページ作成などの外注をして、障害者を支えて行くつもりです。これからは妻共々宜しくお願い致します」


 雅也が挨拶を終えると、久我HDの社長の隆也が乾杯の発声を引き受けてくれていた。


「皆様、これからも久我HDと『久我システムズ』を宜しくお願い致します。・・・・・」


「乾杯!」


 祝賀会が始まった。雅也と玲が二人で会場を周り、招待客に次々挨拶をしている。


「きれいな奥様ですね」なんてお世辞の多い中、「今度仕事の話をさせて下さい」と何人かに言われビックリした。


どうしようと思い雅也さんを見たら、

「ゆっくり考えさせて下さい」と代わりに言ってくれた。


「どうなっているんだろう」


 自分の立場がどんどん予想もしない方向に向いて行ってる気がする。


 挨拶周りも終わり、会場の隅の方に目をやると菜園チームが集まっていたので、雅也から離れてみんなの方に向かった。


 今日は雅也の新社長としてのお披露目だからと、菜園チームも、おじさん達は奥様とご夫婦で来てくれているし、上野君、田中君、茂木君の若者達にも体調が良かったら来てねと声を掛けてあったが、来てくれていた。


「みんなありがとう。美味しいお料理だから、遠慮しないでいっぱい食べていってね。あれ、碧君もこっちにいたの?」


「向こうにいたってつまんないし、菜園チームと一緒のほうが楽しいよな」って若者達を見た。みんなも、うんうんと頷いている。


「それに七星もいるし」


 それを聞いた七星が真っ赤になっている。


 そしてその顔を見た颯太と美沙ちゃんが七星の脇を突っついてからかうという構図だ。


 塚本さん等ご夫婦も、

「たまにはこういうところも良いわよね」なんて喜んでくれていた。


「そうでしょ。今日は沢山楽しんで行って下さいね」と玲が言うと、おじさん達が恥ずかしそうに顔をくしゃっとさせて、笑っていた。


 良かった。みんな来てくれて。


 突然後ろから「玲」と声を掛けられた。


「えっと。・・・もしかして和葉?なの。松田君も。お久しぶり、二人とも元気だった?連絡しなくてごめんね」と声が震えてきて、目に涙がたまっていく。


「元気だった?って、聞きたいのはこっちの方だよ。もう何年も連絡くれないんだもの」という和葉も涙声だ。


「松田君も偉くなったんだってね。人事部長だなんて凄いじゃない。でもまさか、松田君と和葉が結婚するなんて驚いたわよ」


「俺たちを繋いだのは、玲だよ。雅也とのことを、和葉といろいろ相談しているうちにこうなっちゃってさ・・なっ?」って和葉と頷き合っている。


「そうだったんだ。ありがとうね。でも27年経って再婚なんて恥ずかしくてね」


「何が恥ずかしいって?」


 後ろから腰に手を回し、雅也が松田を見ながら玲に声を掛けた。


「お前も来ていたのか」


「何言ってんだよ。玲が来るから、夫婦で来いって言ったのは雅也なんだぞ。全く、恥ずかしがっちゃってさ。それより、雅也に聞いたけどお前達の子供らしいじゃん。会わせてくれるだろ」


「颯太君、ちょっと来てくれないか?」


 菜園チームと一緒にいた颯太が、美沙ちゃんに声を掛けてからこっちに来た。


「あーやっぱり似ているな。俺は松田と言って、世田谷支店で雅也達と同期だったんだけど・・・」と松田は颯太に名刺を渡した。


 颯太も自分の名刺を出して挨拶すると、


「君、雅也の若いときの雰囲気に似ているね。顔は玲に似ているけどさ、こいつらに言えないことが出来たらいつでも連絡をくれ。相談に乗るよ」


 そう言ってから颯太の指輪を見て


「君結婚しているのか。残念。うちの娘を嫁に貰って欲しかったんだけど・・・」一人で好きなだけ話してから、


「雅也、じゃあ又」って、和葉を連れて招待客の方へと離れて行った。


「全く、台風みたいな奴だな」と雅也も呆れている。颯太は唖然として立ち尽くしているが


「まあ、雅也さんと松田君は仕事でしょっちゅう会っているわけだし、それより和葉と会えてうれしかった。これからは好きなときに会えるでしょ?」と雅也を見たら、


「ああ」と、優しい笑顔で頷いている。


 時間が経ち雅也が、


「それでは皆様これからもどうぞ宜しくお願い致します」と終わりを告げた。


 ホテルには別の豪華な部屋、大きなテーブルには飲み物とホテル自慢のケーキ、そして何種類かの果物が用意され、家族全員が部屋に呼ばれた。


 テーブルに、久我家の面々と雅也と玲の家族が向かい合わせに座った。


 雅也の父の提案で、せっかく皆が集まっているから両家の顔合わせをしようと、すぐに部屋を用意してもらったらしい。


 こんな豪華なホテルのかき入れ時である土曜日に、部屋を無理矢理にでも取れるなんてやっぱり久我家の力が凄いのだろう。


 奥から、雅也の父、母、兄、兄嫁、長男、次男の6名。こちらは雅也、玲、颯太、美沙ちゃん、七星の5名だ。玲も碧君の兄、薫君とはパーティの前に挨拶しただけだ。


 久我家の殆どの目が颯太に向けられている。


でもそれは昔と違って、どの目も優しさに満ちている。


「本当に雅也の子なのね。若いときに似ているわ」と目を細めて鈴代が言った。


「僕は父の公輔に似ていると思っています」


颯太がいきなり大きな声を出したので、雅也が何か言おうと口を開きかけた時、


「颯太君、七星さん、本当に申し訳なかった」と立ち上がった雅也の父が深々と頭を下げた。


「あの時、私が馬鹿な考えを持ったばかりに、颯太君と七星さんという仲の良い兄弟を異父兄弟の形にさせてしまった。亡くなった君たちの父、公輔さんにはお詫びのしようも無いと思っている。・・・せめて何か出来ないかとずっと考えていた」


「これからは、ここに居る久我の薫、碧と同様に君たちをサポートさせて貰いたい。そんなことしか出来ないだろう?」


 久我HDでは、型破りな強気の経営でグループを巨大化させて来た前会長が、涙声で頭を下げ許しを請うている。歳を取ったこともあるだろうが、本当に反省しているのだろう。


「僕たちはもう成人した大人で、僕も七星も自分のことは自分で考えて生きていけます。もし、躓いたり悩んだりしたときは母や頼りがいのある雅也さんに相談できます。だからもう、僕たちのことで悩まないでください」


「それなら、・・それなら、孫として接してもいいかしら。おばあちゃんと呼んでほしいし、七星ちゃんは女の子だからお洋服とか、鞄とか靴とかいっぱい買ってあげたいし、良いでしょ?」


「お前、ずるいぞ。それなら、おじいちゃんて呼んで貰いたい。一緒に美味いもんでも食べに連れていきたい」


 二人とも興奮してきて、なんか話がずれてきている。


 思わず「ぷっ」と笑ってしまった七星が、


「良いですよ。こんな庶民の私たちで良かったら、買い物に付き合いますし美味しい物をご馳走して下さい。ねぇ、お兄ちゃん」


「・・・そうだな。美沙も一緒で良ければ」


「勿論ですよ。良かったわね、あなた。楽しみが増えて・・・」そう言ってハンカチで目を押さえた。


「おばあさま、七星と出掛けるときは俺も行くから、必ず声をかけて下さいね」と言う碧。


「へえ。七星ちゃんて可愛いね。碧より僕と食事行こうよ。僕も独身だよ」とからかう薫。


「兄さん、七星にはちょっかい出さないでよ」と兄弟げんかに発展しそうな時、雅也の兄が言った。


「颯太君、七星ちゃん。これからは私達とも仲良く付き合って欲しい。宜しく頼む」夫婦で頭を下げた。


 雅也と玲は話し合いに口を出す前に、両家の話しが完結した様相に、顔を見合わせて苦笑いするしか無かった。


 クリスマスには、久我の広い家にみんなで集まることを約束して顔合わせは終わった。


   ◇ ◇ ◇ 


 久々に二人でダンスを踊っている。


「欲しくて欲しくて」


「あなただけ」


「メリーJN」


 雅也のお気に入りのジャズナンバー。


「雅也さん、今日はありがとう」


「僕は何もしていないよ。颯太君と七星ちゃんが立派だったよ」


「これからは颯太君が言うように、僕たちは、独り立ちした子供達を少しだけ距離を置いて見守って行こう。いつでも頼ってくれていいようにね。それと夏はなるべく公輔さんのお墓参りに行くようにしよう」


「本当に?そう言ってくれるのは本当に嬉しい」


「ああ。お互いに行き来しながら、みんなで良い関係を続けて行けるようにしよう」


「素晴らしい世界」の曲をバックに、二人は抱き合いながら踊っている。


「玲、ずっと君だけを愛して行く」


その言葉を耳元で聞きながら、玲は初めて自分からキスをした。

                             【下】  fin

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ずっと君だけを愛している 季暁 @tanabota77

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