ずっと君だけを愛している

季暁

第1話 初恋成就は30年後 【上】

  ◇ ◇ ◇


 青い空、蒼い海、時々現れる白波。その先の水平線を見つめる私。の細くて言うことを聞かない髪の毛が潮風に煽られる。


「あーなんて気持ちいいんだろう」と本当は声に出して言いたい。


 髪の毛がどんなに風に煽られて、逆立つような頭になっても放っておく。少しでもみっともない格好になって嫌われた方が良いと思ったから。


 それなのに、仕立ての良さそうな濃紺のジャケットと淡いクリーム色のシャツ、生成りのパンツを履いて、長い足を組み私の方を向いている男。なんか嬉しそうに少しだけ目尻を下げながらも口角を上げて、ずっとこちらを見ている。顔の毛穴や小さな皺まで見られてるような気がする。


 目が合ったので慌てて視線を海の方に向けた。


「はー」ため息が出る。この人が何故向かいに座っているのか、先ほど説明を受けたけど今ひとつ納得出来ないでいる。


   ◇ ◇ ◇


 私こと、長谷川 玲れいは50歳で普通の田舎のおばちゃんだ。


 身長は160cm位。目が大きくて髪は明るい茶色、天パで所々に金髪が混じっているので、小さい頃から「ハーフなの?」と言われてきた。純日本人なんですけどね。


 20代の頃は鉛筆みたいに細くて胸も無く男の子みたいなんて言われたけど、その頃に比べると10キロ以上太ったし、お腹もぽっこりしてウエストも10cmは増えた。あんなにペチャンコだった胸は、二人の子供を産むたびに大きくなり離乳してからも小さくなってくれなくて、結局3サイズもアップしている。だから洋服は殆どがLサイズだ。


 そんな私の夫、 公輔こうすけが去年7月3日に亡くなった。


 闘病生活は半月程と短かった。


 糖尿病を長年抱えていて、肥満体型の上に心臓までが悪くなっていた。去年の6月に職場で倒れて救急搬送され、一時期は持ち直したが急変し心筋梗塞で亡くなったのだ。53歳だった。


 いくら注意しても食生活を変えられず、家で出された食事に満足できなくて、仕事帰りにスーパーに寄っては揚げ物など高カロリーのお惣菜を買って来ることがしょっちゅうだった。


 『好きなものを好きなだけ食べて死んだ方がいい』と豪語していたがその通りになってしまった。


 入院した時から覚悟は決めていたが、28年間連れ添ったのだから早すぎる死はやはりショックだった。


   ◇ ◇ ◇


 小さなサンルームに置いてあるたくさんの鉢植えに水をあげようと緑色の如雨露に水を貯めながら考えていた。


 一周忌と新盆も終わったし、暑い夏が過ぎたら息子とどこか温泉旅行にでも行ってのんびりしようかな。


 お盆に帰って来ていた娘の七星ななせも東京に戻ったし、どうせしばらく帰って来なさそうだ。・・そう思っていると、家の中から息子の颯太そうたに呼ばれた。


「お母さん、ちょっと来て」


「お花に水あげてからでもいい?」と聞いてみる。


「いいよ。冷茶を入れて待ってるよ」


 息子は日本茶が大好きだ。抹茶入り玄米茶が特に好きだが、夏は煎茶を入れた容器を氷水につけて粗熱を取り冷蔵庫に入れている。


 いつもの湯飲み茶わんに冷茶を入れ、私の大好きなゴマ煎餅を菓子入れに用意している。


「何かあったの?まあ、私もちょうど話したいことがあったのよね」


「あのさ、この家をリフォームしようと思ってるんだよ。おじいちゃんが建てて大分経っているし、昔の間取りだから使い勝手も悪いって、前からみんなで話していたでしょ。それに前回の大地震で結構傷んでしまったからさ」


 以前からリフォームの話は出ていたが、姑が認知症になったり、公輔が倒れたりと、忙しくてそれどころでは無くなっていた。


「そうね。良いんじゃない。相続したお金だけで足りるの?どうせなら将来のために小さな離れを作ってよ。私はそっちに引っ込むからさ。美沙ちゃんの為にもその方が良くない?お金は出すから好きにリフォームして良いよ」


 無表情に冷茶を飲みながら息子が話を続ける。


「間取りは出来てからの楽しみにしてよ。本当はもう知り合いの建築事務所に頼んであってさ、9月末位から工事が始まることになったんだ。全面的なリフォームだからここに住みながらの工事は無理だし、俺は裏にプレハブを置いて事務所代わりにしながら、そこに寝泊まりして工事を見守るつもり。


 それでお母さんの事だけどさ・・・・・・、仕事を貰っている社長さんから頼まれてね、これに行ってくれないかな」と少しの間を置いてチケットを渡された。


「社長さんの知り合いが友達二人で行こうと予約していたらしいけど、一人がどうしても都合が悪くなって行けないんだって。チケット代はもう払ってあるからいらないって言ったけど、さすがに無料ただって訳にもいかなくて少しは払ったから」


 私は渡されたチケットを見て口を開けたまま見つめていた。

 9月13日出発。『豪華クルーズ 北欧とオーロラの旅』106日間。


慌ててスマホで検索してみたら、客船の名前を冠したスイートルーム、オプショナルツアーも全部ついている。こんなの少し位払ったって・・・


「あんた馬鹿じゃ無いの!簡単に受け取るんじゃ無いわよ。今からでもいいから断わりなさい。お金も勿体ないし、知らない人と3ヶ月以上も一緒の部屋なんて無理だから。それに帰って来るのって12月27日だよ。お正月近くだよ」


 私は断固として行かないつもりだ。穏やかな会話のはずが、今は興奮しチケットを持った手は震えて汗をかいている。


 しかし息子はしれっと言う。

「あのさあ、正月なんてどうせ親戚も誰も来ないよ。じいちゃんも父さんも死んで、ばあちゃんは老人ホームだし、来るとすれば叔父さん夫婦だけだけど、大阪に転勤したから今年は来れないって連絡があったでしょ」


「七星だって友達と旅行に行くって言ってるし。それに、大事な取引先の社長さんからの頼みなんだよね。今請け負っている中でもダントツで大きな仕事なの。この仕事が評価されればもっと大きな仕事を貰えるし、長く付き合って貰えるから断れないの」


「母さんを巻き込むのは申し訳ないと思ったよ。けど、家の工事のこともあったしお母さんもやっと楽になったんだからさ、以前まえから客船で旅行したいって言ってたでしょ」


「言ったわよ。だけど・・・」


「同室になる人はとても気さくでいい人らしいから、そんなに気を遣わなくても大丈夫だと言っていたよ。帰ってくる頃には家も出来てて大掃除も要らない。それこそ、正月を新しくなった家で過ごせるし、丁度いいでしょ。安心して行って来なよ」


 俺と妹は祖父母からとてもかわいがられていた。両親が仕事などで居なくても、しょっちゅう『おもちゃ屋』に連れて行っては好きなものを買ってくれた。服も祖父母の好みで垢抜けない物ばかりで、そんなのを買って来ては母を困らせていた。


 保育園に通って、俺が年長くらいになると、夜は自分たち祖父母のベッドで一緒に寝ようと言い出した。俺たちを母から取り上げようとしたようだ。


 しかし母は、「妹の七星はまだ小さくて夜中に不安になったり、オネショをしたりもします。それに颯太はまだ私から離れて眠ることが出来ません。ですから私と寝させます」と祖父母には渡さなかったと言っていた。


 母は知っていたんだ。俺たち子供に向かって、「お前達のお母さんは駄目なお母さんだ。料理も上手じゃないし、掃除も下手だ。どうしようも無いお母さんだな」などと悪口を言っていたことを。


 俺より2才年下の七星が小学生になった時、じいさん達の話を真に受けて、母に対して暴言や暴力を振るい始めた時期があった。単なる反抗期では無かったらしい。


 母は、七星の言葉と態度の悪さに身体を張って改めさせたそうだ。その時の母の身体にはいくつも青あざが出来ていたと、父が話していた。


 その七星も分別が付くようになると、祖父母の嘘が分かり、母に今までのことを心から謝った。それからは祖父母の相手をしなくなり、取り合わなくなってしまった。


 まあ、祖父母の自業自得な訳だけど。


 それを見聞きしても父は黙っていた。自分の親には何も言えない父が情けなかった。俺たちには明るくて優しいお母さんが、祖父母の前では口数も少なく表情も無くなるのを見るのが本当に辛かった。


 祖父と父が亡くなって祖母がホームに入って、・・・やっと母が身体的にも精神的にも楽になったことを良かったって思ってる。


   ◇ ◇ ◇


 早生まれで現在27歳の息子は、IT関連の会社に勤めていたけど、今年独立して家の空き部屋を仕事場にしている。息子より4歳若い女の子美沙ちゃんを雇っていて、二人はなかなか良い感じなのだ。なので、これから先を考えて二人に経理の仕事を少しずつ教えている。


 ありがたいことに以前勤めていた時の社長さんや顧客から、仕事を貰ったり、新たな業者さんを紹介してもらっているらしい。加えて息子の開発したソフトやアプリが評価されて、それに目をつけた大手から仕事が舞い込んだと聞いた。


 田舎だから家の敷地だけは200坪と広いので、家のリフォームが終わったら春には裏庭に小さな事務所も建てて社員を数人増やしたいと言っている。


 美沙ちゃんのためにも頑張って欲しい。


 来月の船旅の話を聞いて、そんなに大きな会社と取引しているとは知らなかった。


 仕方ない。息子からのたってのお願いだし、二人の将来も掛かっているなら聞き入れて、豪華な船旅を楽しむ事にしよう。


   ◇ ◇ ◇


 結婚したときから舅、姑と同居だった。


 いやだなとは思ったけど田舎だからこんなものだと割り切るしかなかったのだ。


 結婚自体に期待もしてなかったし、どうでも良かった。ひどい人だったら逃げて離婚すればいいと簡単に考えていた。どうせ大好きなあの人とは結婚できないんだもの。


 それなら誰と結婚しても同じ。とにかく一度結婚というものをすれば両親も静かになるだろうと思っていた。が、なかなか思うようには行かないのが人生なのだろうか。


 叔母さんに紹介して貰った主人は良い人だと思った。私に一目惚れしたと言って、猛アタックしてきた人だ。優しくて、思いやりがあって、職場の人からも慕われていて皆を大事にする人だった。


 しかし良い人と結婚生活は違うものだ。夫は仕事から帰ってくると衣類や靴下を歩きながら脱いでいく。それを自分では片付けない人。何回も頼み込んでやっと洗濯かごに入れてくれるようになった。


 私だって同じだ。お料理だって、シンプルに焼き魚や野菜炒めそれに煮付け、などは出来ても手の込んだお料理は出来なかった。片付けも下手で、お掃除だって『四角い部屋を丸く掃く』そんなタイプだ。


 殆ど見ず知らずの他人同士が一緒に生活するとなると、お互い妥協し気を遣わなければならない。その妥協比率が大きく偏った時、我慢出来なくなるのだろうと思った。


 それと舅姑はなかなか癖が強かった。


舅は声が大きく、いつも怒鳴ったように話すので怖くて仕方無かったし、姑はすごく嫌みな人だった。


 新婚時のある休みの日、2階の寝室で


「今日は日曜日だから少しゆっくり起きよう。玲、こっちにおいでと主人が言ったので、主人の布団に入り、7時過ぎてもうとうとしていた。するといきなり寝室の戸が『バン』と開いた。見ると、そこに鬼の形相の姑が立っていた。怖くて私は思わずお布団を引っ張って中に潜り込む。


「いつまで寝てるの!」と姑が怒鳴った。夫は黙って何も言えないでいる。すぐに1階に降りていったが、何か嫌みを言われるかと思うと怖くて、すぐに起きて着替えた。


 人の寝室に勝手に入ってくる人が、テレビドラマの話ではなく本当にいるなんて信じられなかった。


 玲は特別大人しい性格ではないが、舅姑に口答えしてもその何倍も嫌みな言葉が返ってくるのは分かっていたので、極力口答えはしないようにしていた。


 自分達に従順で大人しい息子には金の掛かる趣味も無く、今まで給料は全て両親に渡していた。


だから、息子には小遣いを少し渡しておけば良かった。その分二人で好きな物を買ったり旅行したりと贅沢することが出来ていた。それなのに結婚したらそれが出来なくなった。結婚相手が誰であれ気に入らないのだが、従順な息子が惚れていると言うことが余計面白く無かったようだ。


 それは息子の部屋で遊んでいる舅が「お前達のお母さんはまるで泥棒みたいだな」と言われた事が無いような悪口を、息子から聞いたから。


 料理が得意な姑は、私が包丁を握るたびに「実家ではそんな切り方するの。それはなんていう名前の料理なの。魚が焦げてるじゃない。焦げた魚嫌いなのよね」などと、隣に立っては目を光らせ毎回チェックしてねちねち言う。


 姑がおかずを作るときは、食べきれないほど大量に作り、残り物は勿体ないから食べるけど、自分たちは「同じ物は食べたくない」と言って食べないし新しいおかずを作る。私は残ったそれを3日も4日も食べて、それでも食べきれなかったり、腐ったりして捨てることも多々あった。


 姑は、家族の内情や悪口など恥ずかしいからは他人ひとさまに言うものでないと家族を牽制しているが、自分は外に出れば、


「とんでもない嫁が来た。金使いは荒いし出かけてばかりいる。うちの息子は立派な人間なのに、息子が可哀想だ」と言い触らしていた。 


 私は子供が小さいうちはとパートで働いていたが、扶養の関係で月々にするとせいぜい8万円位しか収入が無かった。当時の田舎では借家は4万円前後で借りることが出来たので、2人なら贅沢をしなければ食費や光熱費を合わせても10万円で暮らせるはずだった。


 だから、同居は舅姑の希望なのに、家賃が要らないから生活費だけねと言って、月々10万円を要求された時は納得行かなかったが、


文句を言われたくない一心で、お金を渡していた。


 子供が2人になった頃からは、子供達を含める4人の食費から光熱費・生活用品すべてならと思って気持ちを納得させたのに、ミルクとおむつならまだしも、トイレットペーパーが無い、洗剤が無い、自分達の嗜好品を買ってきてなどと、頻繁に職場に電話をして来ては色々と買い物を頼まれた。そしてその分のお金は貰ったことが無かった。


 だから多く作ってはおかずを捨てるのを見ていると、お金を捨てられているようで本当に辛かった。


 将来子供達のために貯金をしたくてもなかなか出来なくて、それでも子供達には恥ずかしい格好はさせたくなかったから、自分の衣服は10年くらい同じ物を着回ししていた。


 子供を連れて親子だけで出かけようとしても舅姑が必ずついてくる。だから「たまには自分達だけで出かける」と主人が言うと、その時だけは「そうよね。たまには親子で出かけたいわよね」なんて言いながら、他所では「嫁は出かけてばかりいる」となる。


 なんでも面白くない事、気に入らない事、都合の悪い事は嫁の所為にされた。

 他にも嫌だったのは、舅姑には兄弟が多くて、同じ市内に何人も暮らしている。その兄弟が毎日のように遊びに来ては居間に居座る。


 私が仕事に行っている時は顔を合わせないが、私たちが使っている2階の部屋を勝手に見ては、片付けがなっていない、部屋が汚い、と面と向かって言われたりもした。勝手に人の部屋を覗くなんて凄く嫌な人たちだと思ったが、それは、姑が老人ホームに入る直前まで続いた。


 姑が一番信頼している友人の谷川さんからも話を聞いている。姑からすると息子の嫁がその人と親しくなるなんて思いもしなかったのだろうけど、小物・雑貨のお店を経営している谷川さんは、私が嫁に来たときから悪口を聞かされていたと教えてくれた。


「長谷川さんところも凄いお嫁さんが来て大変ねぇ」なんて家族で話題にしていたらしい。

「でもうちの主人だけは、長谷川さんのおばさんの話は本気に捉えない方が良い。と言っていたのよ」と言った。


 なので谷川さんにも、話の真実を知ってもらった。それがせめてもの、逆襲なのだ。

「やっぱりね。貴方と出掛けたり話したりしてみておかしいと思ったもの。真面目で常識的だし、話していると楽しいし人の良さが分かるもの。主人に教えたらすごく怒っていてね、長谷川さんのおばさんとは話をするなって言っていたわ。人間として許せないって」


 それからは私を気に入ったと、時々ランチする仲になった。


「まあ私も悪いところはあったのだと思う」と話しながらも、分かってくれる人がいるんだと思うと少しだけ溜飲が下がった思いだ。


「いつもねちねち言われるとストレスがたまるから、そんな時は2階の部屋で聞こえないようにして叫んでいるんですよ。くそババアって」って教えたら、谷川さんも「そうよね。解るわ。本人に聞こえないなら良いと思うわ。あははは」って、声を出して笑っていたっけ。


 そんな話も主人には教えていたけど、主人は「親が申し訳ない」と謝ってくれるだけで、舅たちには何も言ってくれなかった。


親子だもの親を大事にしたいのは分かるけど、自分の家族を守ることをして欲しいと思った。


 自身はどちらにも良い人でいたいのだろう。そんな風に考えると気持ちが落ち込んでしまって、一歩引いたところから公輔を見るようになって行った。


 そして、私は舅姑の前では段々に口数も少なくなって、子供達もいるのに表情が乏しくなってしまった。


 結婚なんてどうでもいいと言ってたけど辛いことが多かった。子供がいると簡単に離婚できるわけじゃない。簿記の資格しか持っていない私が、田舎で子供と暮らせるだけの収入を得る仕事は無いに等しかった。


 そんな生活が変わったのが6年前だった。舅が脳卒中で亡くなったのだ。すると姑も少しずつ認知症が目立って来て、普段の生活に支障が出るようになった。家事が出来ないのにやろうとして、ガスの火が着けっぱなしになったり、洗濯機の操作も分からなくなった。何も分からないのに、デイサービスだけには絶対に行かないと言い張った。


 だから玲は姑の世話のために仕事を辞めた。数年後に姑は、家族のことも分からなくなってしまい、2年前からホームに入った。


 これで少しは精神的に楽になったと思ったら、主人までとは・・・。


   ◇ ◇ ◇


 埠頭には豪華な客船が停泊している。目の前の船を見て足が竦んできた。こんなに立派な船、テレビでしか見たこと無い。


 白くて、大きくて、本当にきれい。


神々しささえ感じられる。これしか言えない私はなんて語彙力が無いんだろう。


 ふっと周りを見回してみた。


 あー向こうが『港の見える丘公園』だろうか。


 そう言えばあの喫茶店はまだあるのかな。あそこに行った時はコーヒーとチーズケーキを注文するのが常だった。もう30年位行っていないのだから、その店のコーヒーの香りもチーズケーキがどんな味だったかも忘れてしまった。思い出そうとすると、なぜか鼻の奥がツンとした。


 その時急に強く吹いた潮風によって目の前の現実に引き戻された。


 すでに乗船している多くの人達が、見送りの人々と色とりどりのテープで繋がっている。中には手を振っている人達もいる。

 テレビでよく見る光景だ。動悸が激しくなる中、大きく深呼吸をして「さあいくぞ、ファイト」と中学時代のバスケットの試合に臨むような気合いを入れて一歩踏み出した。


 既に乗船してデッキから玲を眺めている男性がいた。スマホを耳にあてながら、オペラグラスで見ている。


「今埠頭に着いて乗船するところだ。安心していい」と言って電話を切る。


「やっとだ、この旅でなんとしても玲を手に入れ、二度と離さない」と呟いた。


 玲が予約された部屋に入ると、相手の女性は来ていないようだ。まだ到着していないのかな?それともテープを握って誰かと出港を惜しんでいるのかもしれない。


「うわー、すごい」船の中なのにすごく豪華で広い部屋だ。ツインのベッドにお洒落なストライプ柄のソファと光沢のあるテーブル。テレビも大きな物だし、収納力抜群のドレッサーも付いている。自分の服の数なら十分すぎるくらい広いクローゼット。ダブルシンク付き洗面台にバスタブとシャワブースがある。絨毯はモダンな柄で厚みがある。


 部屋全体がオーシャンブルーを基調としているのが分かる。それにバルコニーがついて、勿論テーブルと椅子が置いてある。


 部屋は船の中とは思えないほどゴージャスだ。これこそ、豪華客船というものなのか。


 一緒にお酒飲んだりおしゃべりしたりして、仲良くしてくれるかなぁ。楽しい旅になれば良いな。そう思いながら部屋に届いている大きなキャリーケースの中身をクローゼットに片付け始めた。


「お母さんもこういう時ぐらい、新しい服を買いなよ」と息子に言われて、この旅のために下着から普段着、スーツ、ワンピースまで新しく購入した。が、フォーマルデーの為のドレスはこれから必要になるとは思えないから用意しなかった。その代わりに結婚する時、母に仕立てて貰った訪問着を2枚と袋帯を2本持って来た。


 9月とは言え、横浜はまだ暑さを感じていたが、船の海風の当たる場所は、いくらか涼しく心地良い。


 一人で海を眺め、バルコニーの椅子に座り静かに出航の時を迎えていた。部屋が埠頭とは反対側にあるのと、同室の女性がまだ来ていないからだ。颯太には到着の連絡をした。


 風は乗船する時と同じに時々強くなる。白波が見えているけど、揺れなければ良いな。これから、憧れた北欧への旅が始まると思うとワクワクとドキドキが止まらない。


 船が動き出して10分程過ぎただろうか、部屋に一人の男性が入ってきた。

玲はバルコニーで海を眺めているから気づかない。


 静かにガラス戸を開ける音がする。


 玲が振り返った。  


「えっ?・・・」


「あ、あのすみません。部屋を間違えたようです。すぐに出て行きますから」『なんで?』と頭の中がパニックになりながら、入ってきた男性の脇を通り過ぎ部屋の中に戻ろうとした。


 その時、腕を掴まれて勢いよく引かれたせいで身体がそちらに向いてしまう。そしてそのまま男性の胸の中に・・左腕を腰に回し、右手は彼女の背中をしっかり抱いている。


「えっ?」・・・腕を下ろしたまま身動きできない玲はあわてた。


「いや・・。お願いですから離してください」


「れ・い。もう少しこのままで」と益々力を込めて抱きしめたかと思ったら、背中にあった右手が後頭部から項を撫でている。そして玲の肩に頭を乗せて首に口づける。身体がゾクゾクゾクっとして、立っているのがやっとだ。 


「やっ、止めて」


 誰?微かに香るこの香りは・・・、古い記憶を辿ってみると思い当たる。

どうにか身体を離して、顔を覗き込む。

「まさか・・・・」 


「玲、会いたかった。やっと会えた・・・」


 あぁ、何十年振りかで見るこの男の顔。


「話があるから部屋に入ろう」そう言って、男は彼女の手を引いた。


 何が何だか分からないけど、話を聞かないと。と、玲は黙って部屋に入った。

 二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。


「あの・・・」もう一度顔を確認しようと見るが逆に見つめられて目のやり場に困る。


 色気のある目を少し細めて、それはそれは嬉しそうに見つめられ、その熱い眼差しが揺れている。


 男らしいくっきりとした眉毛、切れ長でも大きな目、心の奥まで届きそうな眼差しは、昔と変わらない。やっぱりあの人の目だ。


 あの頃は黒々とした髪の前髪を、長いままに軽く流していた。そのさらさらの髪を私の指で梳くのが好きだったけど、今はあの頃よりは前髪が短い。


 こうしていると、二人で過ごした日々が一枚一枚の写真がスライドして見せていくように思い出される。


 けど、なぜ今更。


 もう会うことは無いと思っていた。思えば30年近く会ったことも連絡を取ろうとしたことも無い。付き合って一年も経たず別れた。いや別れさせられた彼、久我雅也だ。


「玲、久しぶりだね、・・・今度こそ僕と結婚してくれ」私の目を見つめながら元彼、否、過去彼である久我雅也はいきなりプロポーズを口にした。


「えっ?いや・・あの、なんでそんな話になるんですか? 私、久我さんのことずっと忘れていましたよ」


 玲は咄嗟に嘘をついた。


 姑に嫌がらせされたり、主人にがっかりしたりと気持ちが辛い時はよく彼のことを思い出していた。


 何度も夢で見たことがあるくらい忘れた事はない。けど諦めるしか無かった。


 姑や主人との事がどんなに辛くても、彼とのことは不毛なのだと。


 久我さんをじっと見てみれば、彼の頭には少しだけど白髪が交じっている。目尻にも本当に小さいながらも皺がある。元々精悍さを持っている男性ひとだったけれど、キリッとして細かった顔は幾らかふっくらしたようで、少し優しさが滲んだ顔つきに見える。


 年を重ねた分、渋いナイスミドルになっている。 


 それに中年の色気がダダ漏れな感じ。


「今でもモテルだろうなぁ」と思う。私はスタイルも変わって、化粧品も安いオールインワンのクリームしか使ってない。


 その所為ではあるまいが、肌の張りが若いときとは段違いに劣化している。お互いそれだけ合わずにいてそれだけ年を取った。30年という月日はそういうことなのだ。


   ◇ ◇ ◇ 


 私が高校三年生の夏休み前の事だった。進路指導の先生と担任の二人から呼び出しがあった。


 「山口、大学に行かないか?この成績からなら推薦が出来るぞ」と、推薦出来る大学名を三つ程知らされた。


 本当は大学に行きたい。そのために生徒会も引き受けて、勉強と部活動も頑張ってきた。でも私を大学に行かせるだけの余裕は、我が家に無いのを知っている。


 私には二歳下の弟がいるが、弟の彬は私よりもずっと出来がいいから彼を大学に行かせたいと両親は思っている。私も同じ考えだった。その代わり、せめて家を出て都会で就職をしたい。このまま田舎で暮らしたくない。両親からは「都会に行くことは許さない。地元に就職しろ」と言われているので、なんとか説得しなければならない。


 そこで私は先生を巻き込んだ。


 東京から何社かの大企業の人事担当者が高校に説明会に来るというのを利用した。説明会と言っても実質面接会だ。玲は両親に内緒で面接を受けることにした。


 そして内定をもらってから両親に打ち明けた。もちろん両親は大反対するがそこは想定内。そこで先生の出番だ。


「お父さんお母さん、お気持ちは解りますが、採用が決まった後に断ると来年以降その企業から学校に募集が来なくなるんです。


 学校のためにもなんとか玲さんをそこに就職させてあげてください。それに『久我銀行』ですよ。日本でNo1の大きな銀行ですから安心ですよ」と。


 両親は先生からの「学校のため、大きな銀行、安心」の言葉に絆され、玲の就職を認めたのだ。


「やったね。先生ありがと」

 その大きな銀行の世田谷支店に配属され3週間ほど経った頃、研修を終えた大卒の同期2名も配属されてきた。そこで出会ったのが彼、久我雅也と松田慎一だった。


 朝礼でテニスをやっていたと自己紹介をする彼を見て、


「東京には普通にこんなハンサムがいるんだ」と、つい見惚れてしまった事を覚えている。


 スポーツマンぽい体つき、肩幅が広くて背が高い。はっきりとした形の良い眉に真っ直ぐな眼差し、高い鼻筋に薄い唇。長めの前髪は横に流している。穏やかな話し方。身長は何センチあるんだろう。私の目線は彼の喉仏あたりだ。


 挨拶をしていた雅也は、同僚達の一番後ろでジッと自分を見ている女の子が気になっていた。明るい茶色の髪、しっかり二重まぶたにまっすぐ見つめる大きな目、細い鼻筋、厚くもない唇。『日本人なのか?美人だが無表情に見え、冷たそうに感じる』と思ったが、その子が気になって仕方が無かった。ハーフっぽいこの子が同期の一人、山口玲だと後で知った。


 玲は色素が薄い。瞳は明るい茶色で髪の毛も薄茶色で金髪がたまに混じっている。天パでかなり癖のある細い髪の毛だ。そんな自分の髪をヘアクリームやヘアオイルなどを付けて広がらないように頑張っても思うように行かなくて、後ろで三つ編みにしたり、一つに結わえて編み込んだりとあまりおしゃれとは言えない髪型をしていた。


 そんなまだ18歳の玲の細い項が色っぽいと感じるなんて、雅也は自分の趣向を信じられない思いでいた。


 玲は無表情で冷たそうに見えるが笑うと表情がガラッと変わる。とても楽しそうに笑うからそのギャップがかわいくて雅也は目が離せなくなっていた。完全に一目惚れだった。


 それに玲の仕事ぶりは優秀だった。先輩に虐められてもそれを凌ぐだけの知識を得て、他の同僚からの信頼を勝ち取った。みんなに頼りにされても奢ることなく、「仕事が大好き」と残業も嫌がらず引き受けていた。


 玲の同期は大卒の2人を入れて皆で四名だが結構仲がよかった。特に玲と同じ高卒で入った山本和葉とは気が合って親友とも言える仲になった。4人は、課は違っても同期会と称しては食事会や飲み会を開いていた。


 3年間もそんな同期会をやっているうちに、いくつかお気に入りのお店も出来た。


 4年目ともなると、将来のために頑張って貯金している玲も、月に一度銀行の忙しくない金曜日を選んで一人飲みを楽しみに暮らしていた。


 梅雨が明けて暑くなってきた7月のとある金曜日、和葉の彼氏が残業だというので、晩ご飯だけ一緒に食べて、その後お気に入りのバーに1人で行った。


 古いこの店を買い取って、20年ほどやっているという店のオーナーは、長髪を後ろで一つに束ねるおじさまだ。


 店の割には大きなスピーカーをカウンターの両端に配置して、ステレオにセットされたレコードからはジャズやブルースが流れている。


 インテリアも古そうだけどテーブルや椅子には小さな傷がいくつも付いていて歴史を感じさせてくれるこの店は、駅から5分ほど大通りから1本裏通りに入ったところにある。


 仄暗く落ち着いた大人の雰囲気があって、テーブルとカウンターを合わせても15人くらいでいっぱいになる小さな店。


 お手頃値段の赤ワインをフルボトルで注文して飲んでいたが、既に4分の3位空いている。難しいことを考えているわけではなく、ただ一人で音楽を聴き、チーズとナッツを時々口に入れる。


 それが入った木製の小皿はボトルの横に置いてある。ふわっと気持ちが良い感じ。少し酔ったかもしれない。瞼が落ちてきて少し眠い。


 マスターが、


「玲ちゃんそろそろ終わりにしよう」と言った。


「これ飲んだら帰る」とグラスを手にしたところで、バーのドアベルが鉄製の風鈴のような涼やかな音を立てた。


 別に誰が入って来ようが関係ないので見向きもしないが、カウンターの一番奥に邪魔にならないようひっそりと座る玲の隣に、店に入って来たらしいお客が座る。


「今日はこっちの店か。炙ったイカを食べてるかと思っていつもの居酒屋を探したよ」と同期が肩に腕を回しながら顔を覗き込む。


 びっくりして閉じかけた瞼が開いた。身体を彼の反対側に引きながら、


「失礼ね。私だってたまには大人の雰囲気を味わいたいの。第一、なんで久我さんが探しに来るのよ」


 彼は眉間に皺を寄せながら、

「大人の雰囲気や大人の経験は俺が味わわせてあげるから」と耳元で囁いて、ふっと息をかけた。


「えっ・・いやっ・・結構です」酔いも覚めてしまう。

耳を擦りながら、「酔ってるの?」

「酔ってないよ。僕が酒に強いことは知ってるだろ。もう終わりにして帰ろ。門限も近いから送っていくよ」と腕を掴み椅子から立たせられた。


「分かったから。ちょっと待ってて」と、帰る前にトイレに行って戻ってきたら、会計も済ましてあった。


 それから手を引かれて店を出た。ここからだと寮までは徒歩で12分くらいだ。


 門限は十時半。まだ十時前だというのに、夏の蒸し蒸しする風が身体に纏わり付く。

「まだ少し時間あるのに、いくらだったの?払うから。それにチーズとナッツが勿体なかったじゃないの」と文句を言ったら強引に腰に腕を巻いてくる。「お金はいらない」


「ちょっと待って。どうしたの。こんな事今までしなかったよね」と腕をほどこうと腰を捻るけどガッシリと回った腕は解けない。


 近づく彼から、柑橘系でも少し甘さのある香りがする。


「今日は飲み会だった」と小さなため息をつきながら突然飲み会の詳細を語り出した。


「メンバーは支店の独身の先輩男女達と同期の松田で十人くらい。合コンみたいなものだったよ。玲と和葉には声は掛けないようにしたらしい。僕は玲が来ると思って参加したのに・・・。女性陣は普段仕事で見せる顔とは違って女の顔を見せて来たんだ」


「まあ業務は終わっているから仕方ないけど、


酔ったふりしてしなだれ掛かったり、腕を引っ張って身体を触らせようとしたり、甘ったれた声を出して誘って来たりして、とにかく気持ち悪かった。


 普段仕事では鬼の顔をして玲をいじめているあの女だって粘っこい声出してさ。ほんとムカついたよ」


「へー、先輩達やるー。でもそれって久我さんが人気あるからでしょ」


 玲は知らない、僕のバックについているものを。今日飲み会に出ていたメンバーは同期の松田以外みんな僕が久我銀行創業家の息子だと知っていた。


 今回の飲み会で松田にも知られてしまった。昔からそうだ。僕に近づいて来る連中、特に女達は久我の名前に群がってくる。目をギラギラさせて。だから今まで本気で好きになった女性はいなかった。


 以前の同期会で同期みんなに聞いたことがある。


「名字が同じ久我だけど、もし僕が創業家の人間だったらどうする?」と笑いながら言ってみた。そうしたら、同期の松田は、


「ずっと付き合っていこうね。転勤しても連絡先教えてよ。あと出世のための口利き頼むな」と笑った。


 和葉も


「誰かお金持ちの身内を紹介して」なんて冗談交じりで言っていたけど、半分は本心なんだろうと思う。


 玲だけが、


「最低限の付き合いからそのうち関わらないようにする」って言ったんだ。

 まあ、そんなことを言いつつ同期の連中は気の良い奴らばかりなのは分かっている。


 一目惚れした僕の気持ちも知らないで、玲は一人で飲み歩く。それも無防備で。

 玲は着ている物に華やかさは無いけど、どれだけ自分が人目を引くか考えたことも無いのだろう。


 同期の和葉が以前言っていた。


「玲とデパートの化粧品売り場を見ていた時にね、販売員がお化粧してあげるって言うから二人でやって貰ったのよ。そうしたら、玲ったら女優張りに変身したんだよね。でも本人は恥ずかしいってお化粧落として帰って来てさ」って。


 さっきだって店の中で玲を見ている男が何人もいた。もう少し遅ければ、声を掛けられていただろう。危なかった。


 玲は誰にも渡さない。もう待っていられないから強引に連れ回して僕を意識させなければ。

 そして自分の物にする。


「私が虐められているのを知ってたんだ。


でもあの人だけだよ。他の先輩はみんないい人達だから。それに今は仕事に関しては何も言われないくらいになっているし、仕事以外の事では関わらないようにしているから大丈夫。・・・気にしてくれてありがとう」


 玲はそう言ってから、入行して間もない頃を思い出していた。最初配属になったのは当座預金係で手形や小切手を扱う係だった。


 新人の頃に、解らない事や確認したい時に先輩に教えて貰おうとすると、


「前に教えたよね」とか「まだわかんないの」と怒り口調で言われたっけ。全てを一度で覚えられたら聞きません。と言いたくなるような人だった。


 口座に資金が足りなくて、入金や振り込みが無いと手形とか小切手が決済されない。それを不渡りと言うが、一つの会社が半年の間に2回不渡りが出ると銀行との取引が停止し、その会社は事実上倒産になる。


 仕事を始めて3ヶ月くらい経った頃に、ある会社が2回目の不渡りを出した。営業時間中に何回連絡を取っても「振り込みがあるから」と待たせられた。が、結局窓口入金も振り込みも無かった。担当の代理に報告すると「すぐに内容証明を作成しろ」との指示が・・・


「内容証明って何?」いつも虐められている先輩だけど聞かないと解らない、と思って「内容証明の書き方を教えてください」と頼んだ。しかし先輩のとった態度は「これ見て作って」と『手続集』を渡されただけだった。当時、残高証明書などは業務用のコンピューターで作成できたが、『内容証明』は手書きで作成していた。


 一字一句間違えてはいけない。3枚書き損じてやっと出来上がった。代理に見てもらうと「良し。よく頑張った。すぐに総務から送って貰うように」と指示され、なんとかその日の郵送に間に合った。その安心感と代理の言葉が嬉しくて涙が滲んだが、先輩は知らないうちに帰っていた。


 取引先の倒産だから、営業や融資の人達もいろいろ対策をしていたらしいが、それでもその人達から頑張ったねと声を掛けて貰って嬉しかったことを覚えている。


 入行して3ヶ月しか経っていないとは言え、何も解らない事が悔しくてすぐに代理に『預金に関する手続集』を借りて帰った。


 おかげで今はどの預金の仕事もほぼ完璧に熟せるようになり、それが認められて二年目からはリーダーとして新入行員の指導も行うようになった。


「仕事で間違えたら大変だから、解らないこと、自信が無いことは何回でも良いから聴いてね。怒ったりしないから」と言うのが口癖だ。


 4年目の現在、所属部門は定期預金だけど、忙しい係からヘルプ要請があればどの預金係でも手伝えるように、殆どフリーで仕事に就くようになっていた。


 彼は、いつもはそんなに口数も多くないのに、今日は違う人みたいに良くしゃべる。

 久我さんに送られて歩いている。彼の腕はまだ腰から離れない。


 寮の近くにある小さな公園の入り口までやってきた。ここを突き抜けると寮の前までは本当にすぐだ。


 この公園は住宅地の中にあって周りを大きな木々に囲まれている。昼間でも木漏れ日が差すぐらいで、ほんのり明るい感じ。


 ベンチもいくつか置いてあって、街灯は3基だけ。だから夜もそんなに明るくない。というか暗い。


 公園に入った。相変わらず強いけど生暖かい風が吹いていて公園の木々を揺らしていた。葉が擦れてザワザワと聞こえる葉音と暗さで、夏の夜の不気味さを一層感じる。私は怖い話が大の苦手だ。


 腕時計を見ると門限まであと20分位だ。ここまで来れば余裕で間に合う。


 問題は公園のあちこちでカップルがいちゃいちゃとくっついてて(身体だけでなくお口なんかも)目のやり場に困るし、隣にいる同期の彼を刺激したくない。公園の出口近くまで来たとき久我さんが話し出した。


「僕は今日思ったんだ。こんな女達じゃなくて、玲と一緒にいたいってね」そう言って両腕で彼の方に向きを変えさせられた。


「だから玲、結婚しよう」その言葉の後に、思いっきり抱きしめられた。


「ちょっ、ちょっと待って。私たち付き合ってもいないし、ただの同期だよね」展開が早すぎてついて行けない。彼の身体を思いっきり押し返そうとするけどびくともしない。


 公園にいる他のカップルに聞こえないようになるべく小さな声で言った。


「なんで話がそんなに飛躍するの。冷静になって、ね。・・・深呼吸して、自分が今なんて言ったかよく考えてみてください。はー」と自分が深呼吸してる。


 自分の思いの丈だけを言われても困る。今まで誰とも付き合ったことも無いし、結婚なんて全く考えたことがなかったから。動揺して、心臓がバクバク音を立てている。


「僕のことが嫌いか?」


「そうじゃないけど・・・」とそれ以上言葉が出てこない。


 こんなに素敵な人が私なんかをなんで?もしかして・・からかってる?


「よし。それならこれから付き合っていこう。それで僕のことを好きになってくれたらいいよ。まずは明日デートしよう」と抱きしめた腕をやっと離してくれたが今度は両肩を掴んでいる。こちらをジッと見つめる顔はかなり嬉しそうだ。


この人こんなに強引な人だっけ。


 彼が腕時計を見て、「急ごう」と寮まで早歩きで送ってくれた。門限も近くになってしまったので、とりあえず待ち合わせ場所として明日九時に駅の『犬の前』と決めた。そして寮の門前で別れたが、酔いはすっかり冷めている。


 まだ携帯電話が無かった時代、寮には公衆電話ボックスのようなところが2カ所並んであった。電話ボックスのあるスペースはいつも寮生が列をなして待っている状態だし、利用できる時間も十一時までと決まっているので、次の人の事も考えると長電話は出来なかった。


『久我さん、今日はきっと酔っていたんだと思う。明日会ったらきちんと話し合おう』小さなため息を付きながら風呂場に向かった。


 デートと言っても今までしたことがないし、何を着て行ったらいいのか分からない。


 休みの日などは丈が長めの綿シャツなどにジーパンばかり履いているし、そもそも通勤服が何着かある以外のお洒落な服は持っていない。 


 仕方ないから、通勤着にもしている襟や袖口にレースのついた白い綿ブラウス、それにロングの焦げ茶色に小花柄のついたフレアースカートを併せて出かけた。


 今日久我さんは上野に連れて行ってくれた。


玲は、中学生時代はバスケット部だったけど、膝を悪くしたため高校では美術部に在籍していたことを同期会で自己紹介したのを覚えていたのだろう。だから美術館巡りは嬉しい。


 美術館は混んでいたが、それでもたっぷり時間をかけて、見てきた西洋の絵画作品の話をしながら散歩するのは楽しかった。


 夕食には小洒落たイタリアンの店に入ったけど、緊張して味がよく分からなかった。 


 初めてのデート、一緒にいて楽しかったなあ。


 結局彼を説得出来ず付き合うことを了承させられた。それでも支店のみんなには付き合うことを内緒にしてほしいとお願いした。羨ましがられたり、嫌みを言われたり、皆から注目を浴びたくなかったから。


 しかし雅也は、玲に内緒で親戚である支店長にだけは、玲と付き合うことを知らせてあった。創業家の上に古い家柄だ。本店やあちこちの支店にも親戚が在籍している。その中でもここの支店長である山縣は元々雅也の兄貴的な存在だ。玲のことを買っているのも知っているので味方に付けるにはいい人だと思っている。


 本当は、雅也はこの春に転勤する予定だった。だが、玲を落とすためになんとか1年待って欲しいと山縣に頼んだのだ。そんな事が出来るのも創業家だからだ。まあ雅也が今まで我が儘なんて言ったこともなかったから聞いて貰えたのだが。


 山縣も玲の性格と仕事ぶりは文句なしで認めている。おまけに美人だし、雅也がその気ならお似合いだと思っていた。


   ◇ ◇ ◇


 二人は、毎週のようにデートするようになった。雅也が何か欲しいものを買ってあげると言うが、物欲が無いのでそれは断わって、好きな美術館や博物館、行ってみたいと思った水族館などに連れて行ってくれるようにお願いした。


 一緒にいる時は必ず手を繋いでくることにも慣れてきた。そして優しい眼差しで見つめて好きだと言ってくれる。本当に私のことが好きで大事にしてくれているのが分かる。それがとっても嬉しかった。


 ある日、久我さんのマンション近くのカフェでお茶してこれから出掛けようという時、急に雷を伴った雨が降って来た。二人とも傘を持っていなかったからそのまま少し待ってみたが一向に雨が上がらない。出掛けるのを諦めて、走ってマンションまで戻ったけど二人ともずぶ濡れになってしまった。


 風邪を引かないようお風呂を沸かしてくれたのは嬉しいけど、お風呂から揚がっても濡れた服はまだ乾いていない。


 どうしよう、バスタオル巻いたままで出られないと思っていたらタイミング良く久我さんが、「玲、上がった?」とドアを少しだけ開けて彼のTシャツとジャージのハーフパンツを渡してくれた。


 背の高い久我さんのTシャツはダボダボでお尻の下まで長く、ハーフパンツは玲の七分丈になった。けど彼のものだと思うと嬉し恥ずかしだ。


 彼もシャワーを浴びてから、ドライヤーで私の髪を乾かそうとしてくれた。それは嬉しいけど、手の動きがだんだん怪しくなっていく。


 防音効果の高いマンションで、雷の音はあまり聞こえない。だけど、時々強烈に光る雷を怖がって雅也に抱きついた。そのまま抱えられて寝室に連れて行かれ、そこで初めて彼に抱かれた。部屋の中で聞こえる曲は

「いとしのマリー」だ。


 その日から「雅也と呼んで欲しい」と強制させられたけどせめて「さん付け」でとお願いして渋々OKを貰った。


 それからのデートは、どこにも出かけずに雅也さんのマンションでのんびり過ごすことも増えていった。


   ◇ ◇ ◇


 大学出て数年で、入り口に管理人が何人もいるマンション暮らしなんて、やっぱりお坊ちゃまなのかな?もしかして同期会で冗談に言ってた、久我家の御曹司と言うのも本当かもしれない。


 そんな人が私となんて付き合って大丈夫?でも、そのことを聞く勇気がなかった。その頃には本気で彼のことを好きになっていて、「離れたくないなあ」と思うようになっていたから。


 意外にロマンチストな雅也さんが、クリスマスを楽しみにしていた。玲の経験では、クリスマスなんて、


『家族でケーキ食べて終わりでしょ』位の感覚だったけど、


彼は「レストランを予約してプレゼントを用意する」と張り切っていた。


 雅也さんからクリスマスプレゼントに欲しい物はと聞かれても、


「・・・・・何もない」と言うだけ。


 お金に関しては家族にさえも甘えた事も、おねだりをしたことも無く育ってきた玲にとって、いくら恋人とはいえ他よその 人( ひと)におねだりしようとは思えなかった。


 さすがに困った雅也は玲の姿を思い浮かべて考えた、そう言えば、玲はピアスではなくイヤリングが好きだ。それならばと、銀座の有名宝飾店に一人で行ってイヤリングとそれに合わせたネックレスを注文した。


「プレゼントを用意したよ」と知らされたので、玲も慌てて和葉を誘ってクリスマスプレゼントなる物を初めて買いに出掛けた。


 最近出掛けていると、誰かに見られてる気がする。和葉と歩いていても、視線を感じるのだ。見回しても特に気になる人はいない。和葉は「気のせいだよ」と言うが、・・・。


 クリスマスイブに予約してくれたフレンチのレストランで、二重の揺れる輪の中に小さいけど真珠のついたイヤリング、大きな真珠の両側にダイヤが付いたネックレスをプレゼントされた。


「うわっ、・・すごく素敵」


「着けてみて」


「うん。・・・どう?」レストランのライトの光に照らされて、イヤリングもネックレスもキラキラ光る。


「玲、よく似合ってるよ。毎日、必ず着けてね」


「ありがとう。でもこれって、かなり高かったでしょ。ごめんね」


「なんで謝るの?着けてくれて嬉しいよ。玲が選んでくれたこのネクタイも素敵だよ。毎日これだけを締めて仕事に行こうかな」そう言って見つめ合う二人は幸せいっぱいだった。


 そんな幸せ気分が打ち砕かれたのは二日後の仕事が終わった帰り道。今日は久しぶりに定時で終わったので、ウインドウショッピングでもしてから帰ろうと思っていた。

「山口玲さん」と後ろから男性に声を掛けられた。


「どなたですか?」と右足を引いて逃げる用意をした。


「久我雅也さんのお父様、つまり久我銀行頭取から貴方への伝言を承って参りました。私は頭取の秘書をしています佐々木と申します」小さな声でそう言って、直ぐそばのカフェに促された。


 まだ5時過ぎの店内はお客さんが疎らだ。人気ひとけの無い店の一番奥の壁際にあるテーブル席に、向かい合って座った。コーヒーを注文し終わって、佐々木さんが口を開いた。 


「単刀直入に申し上げます。申し訳ありませんが、山口さんは雅也さんのお相手としては分不相応です。彼にはそれなりのお相手から沢山の縁談が来ていますので、早急に別れて下さい。それに1月には内示がありますが、彼はニューヨーク支店に転勤になります。


3月始めには向こうへ行くでしょう」


「まさ・・彼は久我銀行とは関係の無い人間だと言っていました」


「それは彼が貴方を怯えさせない為でしょう」


 玲は何も言えなかった。危惧していたことが起こった。彼は本当に久我家の人間だった。私なんかが好きになっていい人じゃなかった。

 心の中で雅也の優しい笑顔と言葉が次々思い出された。


「失礼ながら、山口さんのご実家にもお話させて頂いています。手切れ金として相応のお金をお渡しすることになっていますので、弟さんの学費の足しにでもして下さい」


「失礼な。そんなことまで言われなくちゃならないんですか」


「必ず雅也さんとは別れてください。まあ、アメリカに行ってしまいますから会うことも叶いませんし。いつ帰って来られるかは頭取次第ですから。・・ではこれで」


そう言って彼はコーヒーに手もつけず、注文伝票を持って席を立った。


 雅也さんと松田さんの二人も、入行して同じ支店に4年もいるのは長いとみんなが思っていた。間違いなく春にはどこかに転勤になるだろう。


 同期会を開くのにも、近いところに転勤出来たらいいね。と和葉と話したばかりだった。

 やっぱり普通の人じゃないじゃない。


 雅也さんのばか。玲は壁の方を向いて、他人に見られないようハンカチで顔を隠して泣いた。


 夜、玲は雅也さんに電話をした。


「予定はしていなかったけど、お正月に田舎に帰って来るね。両親からたまには帰って来いと連絡があったから」


「えー残念だな。寂しいし、挨拶がてら僕も一緒に行こうかな」


「駄目だよ。今はまだ・・・・・」


「じゃあ、いつならいいの?」


「うーん。来年の夏休みくらいなら・・・」


「分かった。楽しみにしているよ。ご両親に僕のことしっかり伝えて来るんだよ」


「分かった。じゃあ」


そう言って電話を切った。


 これで雅也がまだ何も知らされていないことが分かった。


 二人のことを支店のみんなに内緒にしたことは本当に良かったと思った。


   ◇ ◇ ◇


 お正月、田舎の冬は厳しい。気温が低いから晴れていても道路が凍っていて、スケートリンクのようになってしまう。タクシーを降りてから、滑って転ばないよう足下に注意して歩いた。


「ただいま」家に入ると両親と弟が難しい顔をしてこっちを向いた。


 玲が帰って来るということで久我銀行からの話を持ち出し、みんなして怒っているところだという。


「兎に角、そんな男は諦めろ。お金は貰わなくて良いから、きっぱり久我との縁を切ろ!」と言うのが家族の一致した意見だ。


「私ね、3月で仕事を辞めて帰って来ようかと思ってるんだけど、いいかな」


「駄目な訳ないだろ。こっちでのんびりしてから先を考えれば良いんだ」弟が怒ったように言った。普段無愛想な弟が心配してくれているのが分かる。ありがたい。自然とみんなに向かって頭を下げた。


 2日程して母の叔母さんが年始の挨拶にやってきた。


 玲はこの叔母さんが苦手だ。お節介焼きで激しく強引な人なのだ。


「ねえ、玲ちゃん。いい人がいるんだけど会って見ない?」


「見た目も悪くないけど、真面目だし優しい人なのよ」


「おばさん、気持ちだけありがと。でもまだその気が無いから無理だよ」今回の久我さんの事を叔母さんは知らない。


「そうなの?あっ、玲ちゃんはいつまでいるの?」


「明後日に帰るよ。叔母さんも元気でね」


そう言って終わるはずだった。


 翌日、叔母さんが突然その『いい人』を連れて家にやって来た。もうびっくり。


『何勝手なことしてくれたのよ』と心の中で叫んでた。その人の前では失礼だと思い言えないけど。


 彼も叔母さんにせっつかれて連れてこられたのが分かるから、家族で仕方なくお客として迎え入れた。


 叔母さんと彼が帰って、


「思ったよりいい人だったな」と父。

「なんか優しそうな人だったね」と母。

「悪い人では無いだろうな」と弟。


 三人して玲を見た。


「そうね。嫌な感じの人ではなかったね。3月に帰って来てから考えるよ」そう言って東京に戻った。 


 雅也は正月に玲が居ないので、自分も久しぶりに実家に帰ったが、そこで父からアメリカ行きを言い渡された。


「一年のニューヨーク支店勤務?行かないよ。将来の役員なんて興味も無い、玲と居ることの方が大事だから」


「そんな事は許されない。たった1年だ。それくらいなら彼女も待っくれるだろう。それともそれくらいも待てないような我が儘な女なのか」父はわざと雅也を煽った。


「そんな言い方するな。玲のことだけは悪く言われたくない」


 当時のニューヨーク支店は、規模は小さいだけに本当のエリートしか行けない憧れの地だった。他の人にとっては。


 内示を受けてニューヨーク行きの話しを玲にした。

「断わろうと思う。玲と離れていたくない」出世なんてどうでも良いと思ってるし、何なら、仕事を辞めて転職も考える」


「待って。ニューヨーク支店って誰でも行けるところじゃ無いでしょ。雅也さんの力を発揮できるチャンスだから行って来たほうが良いよ。一年なんてすぐだから。手紙も書くし、夏休みには帰って来られるでしょ・・・」と、出世に全く興味の無い雅也の背中を玲が押した。


 押すしか無かった。このまま別れなければならないのだから。


   ◇ ◇ ◇


 玲が支店長と話をしたのは、雅也がニューヨーク転勤のための説明会に本店に行った日だ。


 支店長の山縣が雅也の親戚であることと、雅也と玲が付き合っている事を聞かされていたことを玲は知らない。


 山縣は何も知らない振りをして、玲の話をじっくり聞いた。


 久我さんと付き合っていたが、父である頭取に付き合いを反対され別れるように言われたこと。そもそも家柄も何も無い自分では久我家には合わないから、別れるつもりだということ。


 仕事が楽しくて辞めたくなかったが、3月末で仕事を辞めたい。雅也には知られたくないので、アメリカに行くのを見送ってからそのまま田舎に帰るつもりでいる。そこから3月末までは残った有給を使わして欲しい。


 玲の話を聞いて驚いていた。仕事の面では既にこの支店の中心人物になっているし、誰にでも慕われる程の女性で、容姿も文句なしだ。


 雅也が選ぶだけの女性だから頭取秘書の佐々木さんに報告したのに。『家柄』にこだわって切り捨ててしまうなんて。久我の本家はどうなっているんだ。


 雅也と玲が可哀想で胸が張り裂けそうなほど悔しい。今になって頭取秘書に報告したことを後悔した。


 実は玲の転勤も決まっていた。一般の人事は全て人事課が担っているので頭取も知らないのだろう。


 半年ほど前、本店総務部の課長と若い女性行員が世田谷支店にやってきた。


 本店勤務の女性行員達は、稼ぎ頭である支店の銀行業務を知らないため、時々各支店を回り業務体験をさせていた。


 銀行の預金を含めての機械操作というのは、全て手順が厳格に決められているが、その時案内をしていた玲が、


「手順はこうなっていますが、3番と4番の入力手順を入れ替えてもエラーにはなりません」と説明したそうだ。


 機械操作の間違いはエラーとしてカウントされる。その店の評価をはかる幾つかの項目の中にエラーカウントがあるため、内部処理関係は機械操作に神経を使う。かといって業務の効率化は必須だから、エラーにさせない為に何回も何回も見直したり打ち直すのも、時間と労力の無駄になる。玲の指摘は総務課長も驚いたそうだ。


 玲は、総務課長に見せるためにあえて、目の前の定期の伝票を通常通り打ち込んでから、3番と4番の入力を反対にして、


「宜しいでしょうか。エンターを押しますね」と言って、押した。


 結果は玲の指摘通りだったそうだ。


「これはどうやって分かったのかな?」


「打ち込んでいておかしいと思ったんです。

3番も4番も金額ではない操作ですよね。どっちが先でも問題なく理解できるんです。これなら絶対エラーにならないと思い、打ち込んで見ました」と笑ったという。


 課長も最初はたまたま、偶然に見つけたんだろうと思ったらしいが、玲の説明を聞いて自分の仕事を根本から考えて仕事をしているのだと理解し、素晴らしいと評価していた。


 数時間居て帰る際に、

「ああいう女性は是非本店に欲しいね」と笑って帰って行った。


 数日前に、顔見知りの人事課長から「山口さんを本店に欲しい」と電話が掛かって来たときは、「まじかよ!」って、思わずため口を利いてしまった。


 人事課長に電話しなければな。と山縣は、玲の泣きそうだった顔を思い浮かべながら、自分の机上にある受話器を取った。


 この日、仕事が終わってから和葉と松田さんを誘って居酒屋に寄った。大事な話があると。


 二人は、てっきり玲が仕事を辞めてアメリカに付いていく話だと思っていた。


 だから、涙を浮かべながら支店長に話したことと同じ話をすると驚きつつも二人とも悲しい顔をしてくれた。


「雅也には本当に何も言わないのか」

知らせれば雅也が怒り狂う事は分かっていて松田君が言う。


「玲は田舎に帰ってどうするの。こっちで仕事を見つければ?」和葉の提案は玲も考えたが、


「こっちにいると雅也さんから逃げられないし、私が会いたくなるもの」と悲しそうな顔をする。そんな顔の玲も美人だと和葉は思った。


 翌日から二人はやるせない思いで仕事を続けた。


 松田は、直ぐ前の席で何も知らずに仕事をしている久我の背中を、睨むような目をしながら見ていた。


   ◇ ◇ ◇


 船室で雅也が話し出す。


 「玲、僕達はあのとき僕の親父に填められて転勤させられ、別れさせられたんだ。


 まさか父に填められたとも思わないで、玲の言葉を信じ僕は転勤を了承した。帰ってきたらもう一度玲にプロポーズしよう。そして今度は絶対オーケーしてもらう。そう心に決めていたよ」


 久我さんはあの時のいきさつを話し始めた。


 父は次男の雅也に恋人が出来たと秘書から聞いた。


 長男、次男共におかしな女を掴まえないよう勤務先の支店長に見張らせていたのだ。息子達には親の眼鏡にかなう相手との結婚をして貰わなければならない。


 久我銀行の支店で仕事を覚え海外に渡り、人脈と実績を作り、将来的にはグループ本の舵取りを任せなければならない。


 長男が気に入った娘はグループ傘下である大手電機メーカーの社長の娘で、3年前に結婚している。


 次男の彼女とやらを聞いてみると、仕事先での評価は素晴らしく良かった。仕事に厳しい支店長の山縣がべた褒めだったから、珍しいことだと思っていた。あいつが、あんなに部下を褒めるのを見たことがなかった。しかし、彼女は家柄も無く大学も出ていない。全くもって普通の家の娘だ。これでは認めることは出来ない。


「早めに手を打つ必要があるな」秘書に命じて、雅也をニューヨーク支店へ一年間飛ばす辞令を出させた。


「会えなければ別れるだろう。完全に別れるまでしばらくアメリカに置いておこう」


 3月早々、雅也がアメリカに行く前日、二人は雅也のマンションで一緒に過ごした。


「ここは祖父から貰った部屋なんだ。帰って来たら又ここに住むつもりだから玲に合鍵を渡しておくよ。好きなときに使っても良いし、ずっとここに住んでいても構わない。ここで帰りを待っていてくれたらうれしいな」


 雅也は本当に玲を愛していた。二人で出掛けていても、常に手を繋ぐか腰に腕を回していて離さなかったし、部屋にいても必ずと言って良いほど隣に座っていた。


 今日で雅也の顔を見るのも最後だ。思いっきり甘えよう。二人でご飯を食べ他愛もない話をしていた。すると突然雅也が玲を抱きしめた。


「玲、離れたくない。一緒に行こう」


「うれしい・・・けど無理だよ。・・雅也さん頑張って来てね。待ってるから・・」


「もう我慢できない。しばらく会えないから玲を思いっきり抱いていく」そう言って寝室に連れて行かれた。


雅也の好きな曲、

「欲しくて欲しくて」を繰り返しBGMにして、私たちは溶け合うように激しく乱れた。


   ◇ ◇ ◇


 翌日、雅也を見送った玲は、その日の仕事を終えた和葉といつもの居酒屋にいた。二人で泣きながらお酒を飲んで、好きな肉料理や魚介たっぷりのサラダなどを注文したが箸が進んでいない。


「玲、たまにはこっちに遊びにおいでよ。私のこと忘れないでね」


「忘れる訳ないじゃない。でもね和葉、私帰ったら直ぐに結婚すると思う。じゃなきゃ雅也さんを忘れられないから」とお正月にあったことを話した。


 お正月に玲がいなくなっても、公輔が玲を気に入ったので是非お嫁に欲しい。なんとか結婚させて欲しいと何度も家に来るらしい。そのことを両親から「どうする?」と言われていた。


「多分、雅也さんは帰ってきて私を探し出すと思う。だから結婚してしまえば雅也さんもどうすることも出来ないでしょ」


「そんな、好きでも無い人と・・・いいの?」


「だって、雅也さんじゃなきゃ誰でも同じだし・・」そう言いながら、二人して涙が溢れ、声も出なくなった。


 最後に1人で雅也のマンションに泊まった翌日、部屋を片付けてから鍵をテーブルに置いてドアを閉めた。オートロックだから、締めたらもう開けられない。馴染みの管理人に、「本人がアメリカに行ったので、電気・水道・全てを止めて下さい」とお願いして玲は東京を離れた。  


   ◇ ◇ ◇


「それで松田が僕に知らせてくれたんだ。


本当に気が狂いそうだったよ」


 ニューヨークに着いて落ち着いた頃、同期の松田慎一から電話があった。


「玲が仕事を辞めて田舎に帰った。久我家から雅也と別れるように圧力があったらしい。お前が追って来れないよう、紹介された男と結婚を決めたそうだ」と。


 雅也は怒りでわなわな震えていた。思わず握った拳で机を何回も叩いた。


 赤く晴れ上がった拳を左手で押さえ、「くそ親父見てろよ!」そう言って本社の社長室に電話をした。


 社長室の電話が鳴った。秘書の佐々木が出る。


「社長は現在会議中でおりませんが、言付けがあれば伺います」と目の前の社長を伺う。


「親父に伝えてくれ。見合いをするからセッティングを頼むと」そう言って電話は切れた。


「やっとその気になったか。彼女の退職がよっぽど堪えたようだな」してやったりと不適に笑った。雅也の計画も知らずに。


 雅也は7月が終わる頃、夏休みに一時帰国をして見合いに望んだ。相手は誰でも同じだから釣書も見ていない。


 相手は両親と来ていたが、こちらは父が来ている。母は以前から雅也の好きにさせたいと言っていたので、父は母に内緒で見合いを進めたんだろう。食事中は一言も言葉を発せず、不機嫌オーラを出しまくった。食事が終わって、定番の


「若い人同士でゆっくりしてきなさい」の言葉を残し、両家の親が席を立ったところで雅也は見合い相手に言った。


「私と結婚しても籍を入れるだけです。同じ部屋には住み生活費は渡しますが、私の分の食事は作らなくて良いです。洗濯も必要ありません。寝室も別なので貴方を抱くこともありませんから当然子供も出来ません。そう言った結婚なので結婚式もあげません。それで良ければ結婚して下さい」と。・・・


 相手は絶句した。


 久我家の御曹司で、かなりの美男子だと評判の人だ。その人とお見合い出来るなんて、と今日のために淡いピンクのワンピースを新調し張り切って来たのに、とんでもなく人を馬鹿にしている。


 腹が立ち震える手を握りしめ、高鳴る胸をやっと押さえながら言った。


「両親と相談してお返事いたします」と。


「分かりました。それでは失礼致します」雅也はエスコートもせずにさっさと宿泊先のホテルに戻って行った。


 数時間して父から電話があった。


 見合いの事で相手から話を聞いたのだろう。かなりの怒号で何かわめいていたので言ってやった。


「何回見合いしても、誰が見合い相手でも同じだ。玲にした報いだ」

「玲以外とは結婚はしない」


 ところが翌日になって見合い相手が結婚すると言い出した。周りに絆されたのだ。


『きっと一緒に暮らしていれば情が沸いて夫婦らしくなる、きっと子供もできる・・。だから籍を入れるだけでも良い』と。


「分かりました。それなら結婚しましょう。その前に、婚姻届は記入しておいてください。私の方で提出します。それと僕が言ったことは書面にしてサインも頂きます。あとで話が違うとか言われても困りますし、形だけの結婚だということを忘れないでください。


 父は結婚のために、僕を東京に戻した。


 雅也が見合いして二ヶ月後の9月、ニューヨークに行って半年しか経っていなかった。


 そうして僕たちは久我家所有のマンションの一室を与えられ、結婚生活が始まった。


 僕は結婚前、同じマンションに誰にも知られないよう別名義で部屋を用意した。食事は外食、風呂はここで入るので着替えも用意している。洗濯や掃除はすべてコンシェルジュを通して外注してある。なので一番小さな部屋で良かった。


 妻となった彼女は断わっても、朝・晩と僕の分まで食事を作ってくれたが一度も食べなかった。それでも彼女はめげずに風呂上がりの姿で僕の部屋に入って来ようとしたし、なんとか言葉と身体でコミュニケーションを取ろうとしていたよ。


 会話は挨拶と必要最低限で顔もろくに見ないし、部屋には鍵も掛けてあるから入って来られない。徐々に彼女もその両親も『暮らしていれば情が沸く・・』なんてことは甘い考えだったと気づき始めた。


 結婚して3ヶ月も経たない頃、もうすぐ新しい年を迎えようとしていた。


 そんな生活に疲れ果てて彼女は離婚を申し出てきた。先月27歳になったそうだ。彼女の誕生日も知らないし興味も無かった。精神的に追い詰められたことと、30歳までに子供が欲しいと思ったらしい。自分からの離婚要求なので、何もいらないから離婚届けにサインして欲しいと。


 僕は伝えた。


「こうなるだろうと思っていたから婚姻届は出していない。君は戸籍に傷も付いていないので、今からすぐにでも誰とでも結婚できるよ」と。


「両親は焦ったみたいだ。当然だよな。女性の精神を崩壊させるような結婚を繰り返したら大変だ。父は、口封じのためにマンションを渡そうとしたけど、相手も最初から合意を交わしての結婚だったことと、戸籍に傷が付かないように配慮してくれた事に逆に感謝されて円満離婚?となったよ」


「父も黙って『玲という彼女』と結婚させてあげれば良かった。このままだと息子が犯罪者になりかねない。そんなことがマスコミにでも騒がれれば大変な事になる。とショックを受けていたね。まあ、そうなったら会社が潰れるからね。・・・かなり後悔したみたいだ。ハハハ」


「そして僕がおかしくならないよう監視しながら、今度はどんな人でも好きな人が出来たら認めてあげようって家族で話し合ったらしい」


 久我さんがそんな結婚もどきをしていたなんて驚き。相手の女性も辛かっただろうに。久我さんの話を聞きながら、玲も思い出していた。


   ◇ ◇ ◇


 社長秘書から、別れて欲しいと話があった時、当然久我家の嫁なんて絶対無理だと思ったし、何も持っていない私なんかを認めたくないのも良く分かる。だから、


『わかった。誰でもいいから結婚しよう』と彼から離れる決心をした。


 そして彼には内緒で両親に連絡をした。公輔さんと結婚しても良いよと。2月には決心していた。


 そして3月、彼のマンションを出て田舎に帰るため東京駅に向かった。


田舎に帰って直ぐ、付き合いを承諾したのは公輔がいい人だと思ったから。


 付き合って何度目かのデートでラブホに連れて行かれた時は驚いたが、特別拒否もしなかった。雅也さんを忘れるためにもその方が良いと思ったから。


 公輔もやっと掴まえた玲となんとしても結婚したかった。あの叔母さんは口が上手いから、会わせたいと言う女性をどんなに褒めても本気にしていなかった。

 だけど初めて会った時に一目惚れしたのだ。美人で恥ずかしそうに微笑む彼女にすっかり参ってしまった。


 誰かに取られないためにも早々に結婚をしたい。子供が出来たほうが玲が離れられないだろうとラブホに連れて行った。


 結婚式場にはいくらでも早い時期が良いとお願いしたが、今からでは7月でないと式場が空かないと言う。仕方なくそこを予約しておいた。


 ところが1週間ほどして、式場から5月の連休明けにキャンセルが出たと連絡を受けた公輔は早すぎて落ち着かないと言う玲を説得して、5月に結婚式を挙げたのだ。


 玲も自分の結婚を思い出していたが、雅也の話はそこからが驚愕だった。


「偽結婚の後、僕は異常な行動を取っていた。それは正しくストーカー行為だ」


「結婚した玲を地元の興信所を遣って、毎月玲の写真と共に報告させたよ。


 結婚した旦那から暴力を受けていないか、旦那が仕事を失っていないか、離婚していないか、旦那が死んでいないか。玲が一人になったらすぐに結婚するつもりで見張らせた。だから離れていても玲の嫁ぎ先での表向きの様子は殆ど把握していたんだ」


「みすぼらしい格好をして子供を連れている写真を見たときは、『こんな格好しかさせてあげられないのか!』と公輔を殺してやりたかった」と雅也は辛そうに言うが、

「子供といると走り回ったりするから、楽で、汚れてもいい格好が当たり前だよ」特別みすぼらしい格好をしていたとも思わないけど、お金持ちの彼から見ればそう見えたのだろう。


「本当は直ぐにでも玲の家族を殺して連れ戻そうと思ったよ。でも人殺しをしたらそれこそ一緒に暮らせないだろう」


 そんな雅也の気持ちを知った両親も兄も『雅也は既に狂っている』と思っただろう。だから雅也を刺激しないよう見守ることにした。


 玲の旦那がいつ死ぬかなんて分からないし、いずれ痺れを切らして諦め、別の女性を見つけるだろうと。


 あれから久我銀行はメガバンクと呼ばれるようになり、多くの企業を傘下にいれ新しく久我HDとなった。その時に世代交代し、トップを雅也の兄である隆也が引き継いだ。


 そのころ、雅也は本部の資金証券部に移っていた。


 それこそ『出来る男』で通っているし、創業家の息子で独身とくれば男女問わず、社員達はなんとかして知り合いになろうと画策したし、それだけでなく仕事でも信頼される存在になっていた。


 いずれは雅也の心を捉える女性が現れるだろうと、家族は希望を持っていた。


 しかし、家族こそ雅也の一途さが分かっていなかった。


 玲は雅也の告白に寒気を覚えた。でもなぜか恐怖感はないし嬉しいとさえ思ってしまった。


 この人の愛情が27年前のあの時と何ら変わらないと感じたからだ。どうしよう。このままだとこの人に心の全てを奪われてしまう。


   ◇ ◇ ◇


 颯太は母のことを考えて眠れないでいた。久我さんからは母が埠頭についたと連絡があったあと、母からも電話があったのでほっとしていた。


 母に仕事関係だと嘘までついて船に乗せたことに後悔していないとは言えない。全ては久我さんから頼まれたことだからだ。が、あの人が言うとおりに母には幸せになって欲しい。


 母が颯太の祖父母から虐められていたのは知っている。子供の頃から傍で見聞きしていたのだから。だから祖父母が俺たち孫をいくら可愛がってくれても好きになれなかった。 


 ある程度の財産を残してくれたのはありがたいが、母の稼ぎをすべて搾取してきたのだから財産だって母に残すのは当たり前だ。


 父は独身時代、給与は全て祖父母に渡していたから自分の貯金というものは、独身の時に貯めたお金と、結婚するときに山口の祖母から持たせられた少しばかりのお金だけだったらしい。


 母から搾取したお金は、全て祖父母が使うか、自分達の蓄えにしていたと聞いた。


 父の給料から父の小遣い、生命保険、保育園費、学校関係等を支払うとほんの少ししか残らず、その中には、母の小遣いは入っていない。


 化粧にしても、元々薄っらとしかしないから、化粧品もあまり持っていなかったようだ。だって出掛けるときに化粧をする時間は3分位だったから、「短い!」ってよく妹と笑っていたものだ。本当にお金には苦労したようだ。


 独身時代に蓄えたお金と、結婚するときに山口のおばあちゃんが持たせてくれたお金は、俺たち兄弟の習い事や、大学に通うための資金の一部となって消えたと言っていたが、あなたたちに使えて良かったと言ってくれた。


 それで貯金も無くなったのに。


 バーゲンの服を何年も着古しながらも、俺たちに習い事をやらせてくれ、大学まで入れてくれた母には本当に感謝している。


 長谷川の祖父母達は逆だ。まとまったお金を援助してくれたが、『お前達のために俺たちが出してやった』と、いちいち恩着せがましい言い方をした。「ありがとう」とは言ったが、特別感謝の気持ちは持てなかったし、母への態度を見てきたから祖父が死んでも別に悲しいとは思わなかった。祖母が老人ホームに入っても、ざまあ見ろとしか思わなかった。


 母だって若いときもあったはずだし、恋愛の一つくらい経験しただろうとは思っていた。だけどまさかその恋愛の相手が、久我の御曹司だったなんて・・・。そんな凄い人と関わってしまって、翻弄されて来たことに驚いた。


 開発したソフトやアプリを評価してくれて、仕事の話を聞きたいというので久我HDまで行った時に、まさか仕事のオファーが副社長直々からだなんて信じられなかった。


 そりゃ、母だって若いときがあったその時にはその時には恋愛もして来ただろう。けど、そんな当たり前のことを考えたことも無かった。


 そしてその元カレが、まさかの久我HDのトップの弟だなんて思いも寄らなかった。


 そこから仕事を貰えるだけでも驚きなのに、母と結婚させてくれと言われたのだから目が飛び出るくらい驚いた。


 しかもあんな高額の船旅の旅費だって、俺は一銭も払っていない。仕事の話もすべては久我さんが母を船に誘うために仕組んだのだろうと思っている。

 それに東京で働いている妹の七星にも会っている。七星が電話で「お兄ちゃん、久我さんてかっこよくて大金持ちだし、お母さんの再婚には大賛成!」なんて暢気に言っていた。


 母はいつも明るく楽しくて、ご飯もおいしくて、大好きだ。見た目は僕が母似、七星は父に似ていた。七星はよくお母さんに似た方が美人だったのに、って父を睨んでいたっけ。


 そんな妹の手前、表だって喜びを表さないが俺は母似を喜んでいた。僕たちにたくさんの愛情を注いでくれた母、妹にまでマザコンと呼ばれた程俺は小さいときから母が大好きだった。


 でもそろそろ『お母さん』の役を降ろしてあげよう。


 それに、もう母はこの人から逃げられない。だってあの極上の男性に30年近くも執着されているし、外堀をしっかり埋められて母は身動き出来なくなって行くだろう。 


 今回の船旅は新婚旅行も兼ねていると言っていたから。


 颯太の隣で美沙ちゃんが小さな寝息を立てている。


   ◇ ◇ ◇


「久我さん。気持ちはとても嬉しい。けれど、夢や愛がなくても結婚をし、なんとか息子と娘を持てた事はとても嬉しいことでした。だからせめて息子には私が生きている限りは、長谷川家に関しての煩わしい事は押しつけたくないと思っています」


「私は長谷川の家とお墓を守らなければいけません。息子には、私が年老いたら『永大供養』に切り替えて貰いなさいと常々言っています。ただ、今はまだ私が生きている限りは・・・と思っていますから」と。話す玲の瞳が揺れる。


「玲の気にする長谷川家の事は颯太君からも聞いているし、相談にも乗るつもりでいる。彼ももう大人だし彼なりに色々考えているよ。船は出航したしこれから3ヶ月もあるのだから、僕とのことはゆっくり考えてほしい。まあどんなに考えてももう玲を諦めることはないよ。それに玲の乗船名字は久我で申し込みしているから」


「どうして?結婚はまだ・・何も決まっていないでしょ」思わず大きな声を出した。


「他の乗客に男と女が他人同士で同室だと知れたらどうなる?あらぬ噂を立てられて、3ヶ月間嫌な思いをして過ごす事になる。それより、名前なんて気にしないで楽しく過ごした方が良い。夫婦のふりをするのが一番良いんだよ。分かったね」雅也はあくまで優しく話す。


 これで周りは夫婦と見なして接触してくるだろう。


 雅也の心は、27年間唯々玲と一緒になることだけを願ってきた。


 この計画を実行するために3ヶ月の休みを取らなければならなかったが、兄には今回の計画を話しているし、この旅行の視察も兼ねていると告げてある。それは仕事の便宜上のためだけだ。反対される覚えもない。


 今までろくに休まずに仕事をしてきた。その分を纏めて休むだけだ。何なら、体調不良の病欠にしてくれても構わない。この船会社だって久我HDの傘下に入っていて、自分も役員になっているのだから、役員としての我が儘を通らせて貰うだけだ。


 一応まだ元気で暮らしている両親には、黙って行くつもりだったが、兄から話しが行ったようだ。


 犯罪にならないように好きにしなさい。と言っていたらしい。


 独り身で人生を終えるよりは誰かがそばにいて欲しいという親心もあるのだろうが、こうなったのは誰のせいだ?と言いたい。


兄の貴也からは「まあ・・頑張ってこい」と言われた。


「ふん。言われなくても・・」


 玲が見たかったオーロラ、憧れていた北欧の旅、それを叶えるクルーズ船なのだ。


 そして、新婚旅行の始まりだ。


   ◇ ◇ ◇


 玲は戸惑っていた。船の中では、食事をするにも船内で散歩や買い物をするのにもいつも漏れなく久我雅也が手を繋いだり、肩や腰に腕を回してついてくる。


 レストランで昼食を一緒にしたご夫婦に

「仲がよくて羨ましいわ」なんて言われる始末。


 恥ずかしくてしょうがないから、今日のティータイムは部屋にいた。


 突然ルームサービスが届いたので驚いていたら、久我さんが注文したらしいザッハトルテとアップルパイ、そして紅茶が届いた。


「えっ、私の好きなもの覚えていたの?」


「忘れるわけないだろ。明日はベイクドチーズケーキにしよう」とにっこり。

 良く覚えているなあと感心してしまった。


 何故、久我さんが今でもこんなに自分に執着するのか分からない。だからとても怖い。このままどうなってしまうんだろう。


 食べた後は「散歩に行こう」と誘われた。


 今日は昨日ほど風も強くない。海も青い輝きを増しているように見える。気温も昨日より高くなっていたので、デッキを散歩している人も多かった。


 デッキを歩きながら彼から提案があった。


「船旅はまだまだ続くよね。飽きないように色々な催し物や、カルチャースクール、ジムなんかがあるんだ。玲も何か参加した方が良いと思う。ただ、別々に参加するスクール以外のジムに映画そしてショーは必ず二人で楽しもう」


「そうね。絵画やヨガ教室があるみたいだから参加してみたいな。もっと時間があるなら他のスクールも考えてみようかな」


「玲は絵が好きだから良いと思う。あと、2人でダンスを覚えないか。あのグループの曲を踊れるようにね」


「それ、いいね。やりたい」


 あの頃2人でよく聞いていたグループ。あのノリが凄く好きだったな。


 本当に何て言ったら良いか。彼は私にべったりと言うか、よく見ていると言うか、好きという態度を隠さない。


 ある日二人で船内の図書館で本を読んでいる時「こほっ」と、小さな咳をした。彼は隣のソファに座っていたけど、すぐにどこからか水とのど飴を調達して戻ってきた。


 デッキに座って海を眺めていた時も、少しだけヒヤッとして寒気がしたと思ったら、すぐに自分の上着を脱いで掛けてくれたりする。


自分で言うのも恥ずかしいけど、首ったけと言うのはこういうことなんだろうと思っちゃう。 


 そんな久我さんの態度に玲はいつもドキドキさせられていた。昔の彼との関係を否応なく思い出してしまう。


 でも、いつまでも気にしていると疲れてしまう。彼の言うとおり旅は始まったばかりだ。憧れの北欧への船旅を楽しもう。


 今回の楽しみは北欧の中でもフィンランドのヘルシンキに行くことだ。オプションだけれど船から下りて観光できる時間が設定されている。映画で見てから私の中では行きたい国の一番になっている。


 その映画は、フィンランドで日本人が食堂を開き、フィンランド人との交流を描く作品だ。特別大きな動きがあるわけでは無いが、店にお客が来ないながらも工夫と優しさで現地の人々に受け入れられていく。見ていて心が優しい気持ちになる。この映画が好きで何回もブルーレイを借りて見た。


   ◇ ◇ ◇


 船に乗って一週間ほどが経った頃、フォーマルデイがあった。


「玲は着物?ドレス?」と聞いた彼が「着物です」という声を聞いて、「玲が着替える間ちょっと出掛けてくる」と言って部屋を出て行った。


 母が着物好きだった影響もあって、着付けは若いときから覚えさせられた。着付け教室を開くだけの資格はあるがその気は無い。


 二枚持ってきた着物は、玲が結婚する時地元の呉服屋さんで、母と二人で反物を選んで仕立てて貰った物だ。それ程値の張る物ではないがお気に入りだ。今日着る訪問着は、裾にブドウの葉と実をメインに秋の草花も描かれていて、一部は綺麗な色の糸で刺繍されて女郎花おみなえし色の着物。花紺青はなこんじょう色の地に色とりどりの菊やボタン、桐の花等が織られた唐織りの袋帯、中紅花なかくれない色の帯締めと帯揚げで着付けた。髪の毛はショートなのでそのままでかまわない。


 着付けが終わってお化粧を少し直しているところに彼が戻ってきた。


「玲、こっちへ」呼ばれて行ってみると、ポケットから出した七宝焼きで出来た赤紫色の牡丹に大粒パールが三つ付いた髪飾りを右耳の上に付けてくれた。全体的にかなり大振りのものだ。


 昔、雅也から貰ったイヤリングとネックレスは、小さなジュエリーボックスに入れて仕舞ってある。


「こんな高価な物、頂けません」髪から取ろうとしたらその手を掴まえられて、「いいから。夫婦役のお礼だよ。僕が着替える間にお化粧直してて」そんなこと言われ、戸惑う・・


 彼はクローゼットから出した黒のディナージャケットと蝶ネクタイなるものに着替えていた。


 てっきりスーツに着替えると思っていたので、かっこいい姿に固まって見つめてしまった。


 元々背も高くてかっこいいけど、年をとっても引き締まった体つきをしている。再会してからわりかしラフな格好が多くて、せいぜいジャケットを羽織る位だったから、フォーマルな姿など初めて目にする。


 見惚れて動けないでいると、「惚れた?」とにやけながらこっちを見て聞いてくる。


「素敵ね」と目をそらしてごまかすのがやっとだった。耳が赤くなっているのを見られているのは気がつかない。


 初めてのフォーマルパーティに参加してみたが、男性はスーツ、女性はワンピース着用の人が殆どで、ドレス姿のご婦人も多く見かけた。かなりお年を召したご婦人の方で何人かは着物の方もいるようだったが、そのおかげというか私たちはかなり目立ってしまった。


 多くの方々から「着物はご自身で着られるなんてすごいですね」「素敵なお着物ですね」「きれいな髪飾り」なんて声を掛けられた。 


 旅行者の殆どが、ご夫婦、ご家族、女性の姉妹や友人同士、他にカップルといった感じ。

 一人で参加している人もいた。


「一人でのんびりクルーズでの旅行も良いかもね」なんて言ったら睨まれた。


「一人でなんか参加させないよ。又来たいのなら連れてくるから」と、ちょっとだけ怒り口調で言う。


 ああ、なんという溺愛ぶり。


 今日も天気が良く、水面がキラキラと眩しいほどに光っている。波は殆ど無い。そんな明るい日差しのバルコニーで食事を取りながら、偽結婚以降はどうだったのか聞いてみた。何か掴めれば結婚を断わることが出来るかもしれない。


「久我さん、あの・・色々聞いてみたいんですが・・良いですか?」


「玲、何でも質問には答えるけど、今は君も久我なんだよ。僕の事は名前で呼ぶか、他に伴侶としての呼び方があると思うけど」と笑みを浮かべる。視線は離してくれない。


 伴侶って、『あなた』『お父さん』『パパ』


とか・・・って? キャー恥ずかしい。


 心の中で一人悶える。


 やっと心を落ち着かせ、昔のまま『雅也さん』と呼ぶことにした。


「では・・・、本当の結婚はされたんですか?」


「していない」


「今まで結婚しても良いなと思った方、又は結婚して欲しいと言い寄られた方は何人?」


「いない」と目を逸らして海を見る。 


 都合が悪いことは言いたくないのね。分かるわよ。どうせもてたんでしょ。


「ずっと一人暮らしなの?家事はどうしていたの?」 


「実家のお手伝いさんが週2回来てくれている。食事は殆どが外食だった。でもこれじゃいけないと、一年位前から男の料理教室に通い始めたんだ。玲と暮らし始めたら一緒に家事や料理をしたいし、たまには僕がご飯を作ってあげたくてね」とにっこり。


「うそ。そこまで考えているの?」


「あっ・・・あの、今のお仕事はどんな?」


「久我HDの副社長他、グループや傘下の会社いくつかの役員」


「そんな偉い方が、私なんかと結婚したら笑われますよ。それに三ヶ月も休んで良いんですか?」


「笑うやつはいないし笑わせない。この船を所有している会社の役員もしているから、今回の旅の企画検証と各寄港地の現地視察だからかまわない。自分で旅費もきちんと払っているし、オプションとして玲との婚前旅行が付いているだけだ」


「どうして、その・・ゎ・私のことが好きなの?もしかして、別れさせられたから意地になっていたりしない?だって、もう27年も経っているんだよ」思わず、言葉が乱れた。


「玲のことは初めて会った時に一目惚れしたし、付き合っていた頃も大好きだったよ。諦めようともしたけど無理だった。性格とか仕事が出来るとかもあるけど、理屈じゃないんだ。玲のことが好きすぎて・・・、あの時から君だけをずっと愛してる。・・・」


「だから玲、何かを企んでも無理だよ。もう誰も僕たちの事を反対する人はいないんだ。颯太君や七星ちゃんだって僕と君との再婚を喜んでいるし、僕の両親ももう反対はしていない。むしろ早く一緒になってくれと言っている。あの人は、自分のしたことを申し訳なかったと思っていて、それについてはあとで謝りたいと言っているんだ。27年も回り道させられたんだから当然だけどな」


「・・・もしかして颯太の仕事の依頼主って・・」


「そうだね。勿論颯太君の仕事を評価しての依頼だよ」


「ま、雅也さん、見て分かると思うけど、私も昔の私じゃ無いよ。見た目からしてずいぶん太って、顔だって変わってる。性格も昔とは変わっていると思う、27年も会っていないうちに、もしかしてお金目当てになっているかもしれないし。こんなにすぐ結婚を決めて後悔しても知らないよ」


「それって・・結婚しくれるということだよね。うれしいよ。それに僕の心配をする人が悪女な訳ないだろ。玲も苦労してきたし、僕も今まで淋しく暮らしてきたんだ。残りの人生を考える年になって、最後は好きな人と楽しく暮らしたい。お金の心配は要らないし、玲がどれだけ変わっても、受け止める自信があるよ」


 その言葉にぶわっと身体が震え感動してしまった。どうしよう。これじゃ意識せずには居られなくなる。


嬉しいけどどうして良いか分からなくて、下を向いてしまった。


 2人の事は少しづつ考えることにして、純粋に船旅を楽しむことにした。


 ジムに毎日通い、ヨガ教室に絵画教室、そして社交ダンスにも参加し、オプショナルツアーで観光地を回る。夜は時々予約の必要なお店で食事を楽しみ、最後はバーでお酒を嗜む。結構忙しい毎日だ。


 そんな過ごし方の中で、私は少しずつ先のことを考えていた。


 旅も一ヶ月くらい過ぎた。今までは隣り合っているベッドに入っても、私は雅也さんに背を向けて寝ていたが、今では向かい合わせで27年間の暮らしや趣味など、他愛もない話をしながら眠りにつくのが当たり前になっていた。少しずつではあるが距離が縮まっている気がする。

 無理にベッドに誘おうとしない態度が玲を安心させた。


「明日はバンドの生演奏があるみたいだから、ダンスを踊ろうか」


「ジルバとチークで踊って、ダンスを習った成果を見せよう」


 毎日のように、ヨガやダンスをしていたら 3kg体重が減っている。筋肉や体力も付いてきた。


 バンドマン達による生演奏が始まった。


 ホールのソファで何組もの人達がおしゃべりやお酒を楽しんでいた。私たちもワインを飲んでいたが、演奏が始まると雅也さんが立ち上がって私の手を取り、ホールの真ん中まで連れて行ってくれた。


それを合図のように、周りの人達もどんどん参加し始めた。


 雅也さんのリードは上手いと思う。ダンス教室でも思ったけど絶対初めてじゃない。

 ジルバでクルクル回るのが楽しくて、何曲も踊ったらヘロヘロになって、息が上がってしまった。


最後の曲が演奏される。


「あぁ懐かしい。この曲メリーJNだよね。好きだったな」


「過去形なのか?僕は今でもこの曲は好きだ。僕の気持ちそのものだから」と耳元でそう言って、背中に回す腕に力を込める。恥ずかしくて顔を彼の胸に埋める。


 部屋に戻ってからも二人は離れられなかった。二人が好きだった曲『いとしのマリー』『栞』『yaya』をスマホで再生し、時間をあの時に戻して言葉も交わさず踊った。


   ◇ ◇ ◇


 明日は、サントリーニ島に着く。


 よく日本でもCMなどに遣われる景色の島は、蒼い屋根と白い壁で有名なブルードームは、本当に可愛らしい教会だ。家々の間をロバに揺られ上っていく。


 大人になってからロバに乗れるなんて恥ずかしいけどうれしいし楽しい。


 ロバを降りてからゆっくり待ちを歩いた。


大きくは無いが、それなりに立派で荘厳な大聖堂やお土産屋さんを見て、高い場所から眺める真っ白な景色は素晴らしく綺麗だった。

 火山だった島の崩落した外縁がサントリーニ島になったらしいが、温泉が湧いてる所もあるのだとか。


 古城からの夕日が絶景だとのことだけど、時間的には夕日は船から見ることになる。真っ白い建物の多い島は本当にきれいだった。


 シェルブール、アムステルダム、そしてヘルシンキ。


 とうとうやってきた。


 映画の『白いかもめの食堂』は現地にある本当の食堂を映画用にセットしたと書いてある。日本人の少ない観光地の中で、日本人が集中する場所らしい。私もミーハーだからその中の一人として行こうと思っている。


「ああ、楽しみ!ごめんね、付き合わせて」


「大丈夫だよ。市場調査もするから協力してもらうよ」と、ニコニコしながら手をつないでくる。かなり涼しく感じるが、天気が良くて良かった。


 雅也さんは、この観光に付き合うためにタブレットで映画を見たようだ。


 船を下りて、舞台になった食堂『ラヴかもめ』を目指し、迷わずトラムに乗った。雅也さんが英語を話せるから安心だ。


 閑静な住宅地にある食堂は、地元の料理と映画に出てきたシナモンロールが人気メニューのようだ。ヘルシンキでシナモンロールはかなり馴染みのあるもので、あちこちでメニューに載っている。


 シナモンは日本人には好き嫌いが分かれるみたいだけど、私は結構好きで家でもカレーに入れたり、シナモンロールを作っている。


 この店ではシナモンロールとコーヒーを頂いた。結構お店が混んでいて、私みたいな目的の人が多いんだろうな。だからゆったりまったりするのが都合悪くて、食事が終わったらさっさと出てきた。でも、ここに来られただけで満足だ。


 次の目的で絶対食べてみたかったのが、ニシンの酢漬け。北国育ちの私は、ニシンは馴染みの食べ物で昔から似たような酢漬けは食べている。


 市場調査という雅也さんの目的に合わせてヘルシンキの街を見て回った。お昼は雅也さんの調べたレストランに向かった。目的のニシンはいつも食べているものより、酸っぱく感じたがとても美味しかった。他にトナカイ料理やサーモンのシチューなどを別々に注文し、シェアして食べた。トナカイのソーセージは癖もなくて歯ごたえもあり、とっても美味しいと思う。


 ここヘルシンキでは日本と同じように世界中の食べ物を堪能出来るらしい。


 街中には、美術館や博物館も多く、日本でも人気の北欧家具にカラフルなデザイン雑貨の店もゆっくり見ていたい。それに日本でかなり有名な、カバさんみたいな妖精のキャラクターもここの国の出身だ。


 人気の出ている北欧だけあって、日本人が来てもかなり楽しめるよねと雅也さんと話す。


 それから一週間ほどでノルウェーのベルゲンに寄港した。ここでの楽しみはフィヨルド観光だ。ソグネフィヨルドは最大200km以上ある世界最大のフィヨルドらしい。


 地上1000メートルもある断崖の間を縫うように、狭く波のないフィヨルドを観光船で行く。雅也さと今回の旅で一番楽しみにしていたと言っていた。


 二人で観光船のデッキに立ち、彼はビデオカメラを回している。景色に見入っていると、彼が「危ないよ」と後ろからお腹あたりに腕を回してきた。


「景色撮ったの?」


「ああ。もう十分撮ったからいいだろ。後は玲とゆっくり景色を眺めるよ」


 既に十一月後半に入っている。こちらはすでに雪景色だ。私たちは冬のコートを着て、カイロをお腹に張っているが船のデッキはやはり寒い。雅也さんが自分のマフラーを私の首にぐるぐる巻いてくれた。


「あったかい。ありがとう」


「どういたしまして」とまた後ろから掴まえてくれた。こうしてフィヨルドを堪能した私たちはクルーズ船に戻って、暖かいバスタブに浸かった。勿論別々にだけど。


 旅はどんどん進んでいく。


最後の楽しみはアラスカ。楽しみと言うのは勿論『オーロラ』だ。


 亡くなった公輔と、『いつかオーロラを見に行きたいね』なんて話していたけど結局行けなかった。それなのに今、私は別の人とオーロラを見ようとしている。なんだか申し訳ないような気持ちでいっぱいだ。


 アンカレッジに入港して下船するとき、そんな思いもあって足が竦んでしまった。


「どうした?」


「ううん。ちょっと思うことがあってね」


「大丈夫だよ。玲。誰も君を責めないよ。こうして無理矢理連れて歩いているのは僕なんだから」そう言って手を繋いだ。


「あはは。無理矢理だって自覚があったんだね」と笑ってしまった。手を繋ぐのも慣れたものだ。


 船の出港は明日の昼頃だ。


 オーロラツアーで下船し、チャーターしたバスでフェアバンクスのホテルに向かった。


 オーロラ観光まで時間があるので、少しだけ街中を散策しようとなったが、何せ12月。


 軽く吹雪いている事もあり寒くて寒くて、今日は日中でもマイナス20度位だ。


 カイロをお腹と背中に張って、車の博物館に行った。


 ビンテージカーが80台もあって、好きな車に乗って写真も撮れる。クラシックな衣装も着ることが出来るらしいが、寒いしこの年でアンティークドレスを着るのが恥ずかしいから、車と写真を撮るだけにした。


「雅也さんは車持ってる?」


「持ってるよ」


「車種は?」


「シーライン」


「スポーツカーだよね。趣味ってドライブなの?」


「休みでもすることがないからね。自然にドライブになった。今度一緒にドライブしようか」


「そうね。運転は上手いの?」と、茶化してみる。


「勿論」


 そんな会話をしながらホテルに戻って夕食を終え、オーロラ観光のスポットまでバスで行く。


 吹雪も止んだ。


 椅子に座り空を見上げていると星が見えてきた。期待できそう。


 午後9時を過ぎてから空に、もやーとした緑色っぽい物が現れ始めた。


 もしかしてあれがオーロラ?と思っていたら色も赤に紫、黄色に青なんかも混じって、明るさも強くなった。


 そしてそれが大きくなったり小さくなったりしたと思ったら、カーテンが揺れるように畝ったオーロラが、夜空いっぱい頭上を覆い尽くした。感動で声が出ない。彼も繋いだ手に力が入ってる。二人で夜の空を見上げたまま、オーロラに目を奪われたままだ。


 突然身体を引かれると、彼の膝の上に乗せられた。背中を覆うようにして彼の腕が前に回ってきた。


「寒くない?」


「考えるのを忘れてた。でもそうしてくれると暖かいよ。ありがとう」


「うん。良かった」


そうして二人で又空を見上げた。


オーロラ観光用の分厚いジャケットを借りてカイロを貼っていても、長く外にいればやはり寒い。


 一度バスに戻って、用意した暖かいコーヒーを飲み、厚手の毛布を持ってもう一度外に出た。


 二人で毛布に包まり、まだまだ踊っているオーロラを眺めた。


 ホテルの部屋に戻っても夢見心地だった。


あと半月程で船旅も終わる。


 再会してからすぐにプロポーズしてきた割には、雅也は簡単に手を出そうとしない。玲に嫌われないように、これでも慎重に接してくれているのだ。


   ◇ ◇ ◇


ベッドで眠りにつく前のおしゃべりタイム。


「・・・あのね」


「どうした?」優しい声。


「さっき、ふっと思い出したんだけど。子供達が小学生の時のママ友との雑談でね、もし、今の旦那と離婚したり、死に別れたらどうする?って話になった事があるの。勿論いろんな考えの話が出たんだけど」


「例えば、一人じゃ子供を育てるのが大変だから、誰かいい人見つける。という人と、自分一人で仕事して育てる。と言う人がいたの」


「玲はどっち?」雅也が楽しそうに聞く。


 お金が無いと暮らせないのは分かっていたんだけど、そんなことを抜きにして、


「もう他の男性のパンツ洗いたくないから再婚はしない」って言ったの。皆爆笑しながら、『でも、なんか分かる』って言ってくれたんだよね」


「玲、僕はね、君に全ての家事をやらせたり、家に閉じ込めようとは思っていないんだ。


 せっかく一緒になっても、そんなことで一日を終わらせたくない。ハウスキーパーでも、お手伝いさんでも雇って良いと思っている」


「それに君には手伝って欲しい仕事があるんだ」


「仕事?」声が小さくなる。そろそろ眠くてうとうとしているから。


「もう遅いから今日はお休み。仕事のことはまた後で話すよ」


「スー」っと、玲の寝息が聞こえる。


 最近、雅也は玲が眠ってから彼女の頬と唇にキスを落としている。働いてきた手。まだ少しカサカサしている。


「玲、頑張ったね」そう呟いて手を繋ぎ、眠りについた。


 翌日、カフェテリアで朝食を取り終わって二敗目のコーヒーを飲んでいたら、彼に電話がかかって来た。「ちょっと行ってくる」と席を外したのでそのまま待つことにした。


 彼が見えなくなって、カップを持とうとした時声を掛けられた。


「おはようございます。今宜しいかしら」


「えっ・・あっ・おはようございます」


 私の前には上品そうなおばさま方が5名立って、皆私を凝視している。あまり良い雰囲気じゃない。


 そういえば最近レストランなんかで、よく見かけるようになった女性達だと気がついた。


「あなた、久我さんとはどういうご関係ですか」


「どういう・・って・・・」


「久我さんは独身でしたよね。年が明けたらここにいる私の妹を紹介しようと、久我家にお願いしているところなんですよ。それがまあ、見た事もない女性を伴って船にいるんですものびっくりですわ」


「それに久我さんがどのような立場の人か、ご存じ無いわけではないでしょうね。あんな安そうなお着物で、久我さんのお側に立っているなんてああ恥ずかしいったら」と、5人で顔を見合わせて頷き合っている。


 そして、そのご婦人の妹さんらしき人の腕を掴んで、私の前に立たせた。


「ねっ、妹のほうが貴方よりずっと久我さんにお似合いだと思いません?」


「私の話していることがお解りになったら、久我さんから離れて下さいね」と一方的にまくし立てた。


 彼の立場を悪くしてはいけない。でも何て答えたら良いのか。・・・何も言わない方が良いと考えて黙ることにした。


「どうかしましたか。これはこれは西条総合病院の奥様。この船に乗船しておいででしたか。いつもお引き立て頂きありがとうございます。それで私の妻に何か用事でも?」


 雅也さんがタイミング良く戻って助かった。


「えっ。妻?・・久我さんは独身なのでは無かったですか」


「それが、この船に乗る直前に長年の思いを打ち明けて、ようやく結婚を了承して貰ったんです。このクルーズにどうしても参加させたくて無理矢理誘ったんですよ。それがどうかしましたか?」


「あっ、いいえ。それはおめでとうございます。・・失礼致します」と顔を引きつらせながら、仲間を連れそそくさと離れて行ってくれた。


「疲れた。誰なの?」


「久我HDやこの船の上客なんだ。西条総合病院の病院長の奥さんだ」


「妹を紹介するつもりだって言ってたわよ。もう久我家にもお願いしているって」


「ほっとけ。離婚して戻ってきたから丁度良いと勝手に思ったんだろう。親父達だって、僕が玲に狂っているのは知ってるし、今回この船に玲と一緒に乗っているのも分かっている。だから、どこからいくら話が来ても無視してくれているから」そこまで聞いて椅子から立ち上がった。


「狂ってるの?」彼の顔を面白そうに覗く。


「そうだよ。知ってるだろう」当然のように腰に手を回す。こんなラブラブな態度にも大分慣れてきた。


 部屋に戻ってこれからのことについて話し合わなくちゃ。横浜まで一週間もないし、結論を出さなくてはならない。先ほども、妻と紹介されてしまった。なんだか逃げ場が無いように思う。


 部屋に戻ると、雅也がニヤニヤしながら言った。


「さっき、誰からの電話だと思う」


「仕事の電話でしょ」


「颯太君からだったよ」


「なんで颯太が私じゃ無くて雅也さんに電話なの。おかしくない?」


 ハハッと笑いながら「颯太君ね美沙ちゃんと結婚するって」


「えっ。やったー。とうとう決めたのね」


「それで、父親代わりに結婚式に出席して欲しいって」


「えっ・・・。何て答えたの?」


「喜んでって。お祝いにハワイでのウェディングをプレゼントしようかって言ったら、後で美沙ちゃんと相談してみるって言っていたよ。ついでに言うと、お母さんの荷物は、全部僕のマンションに送ったから宜しくだって」


「・・・ねぇ。どうなってるの。私抜きで、貴方と私の事がどんどん進んで行っているみたいじゃない」


「ごめん。僕も、颯太君も浮かれてしまっているんだよ。颯太君に、お母さんをお願いしますって言われたんだ。勿論、任せてくれって返事したよ。新しくなった家も見たいから、一度僕のマンショに帰ってから、お土産を持って颯太君や七星ちゃん達に会いに行こう。お正月は向こうで過ごすよ」


「そこまで決まっているなら話し合いも必要ないよね。あんなに悩んだのが馬鹿みたいじゃない。全くみんなして私を無視して決めてさ・・」そう言ったら目がうるうるして来た。


「ごめん。勝手に決めて怒った?」


「うん。すごく頭にきた。けど、それ以上に喜んでいるの。ありがとう。そんなに思ってくれているなら私も決めた。雅也さんと一緒になるよ。宜しくお願いします」


 そう言った私の顔は、泣いているのか笑っているのか分からない状態だ。


 雅也はすごく嬉しそうに手を伸ばしてきた。


両腕で抱きしめてくれて、そして見つめ合った。 


「やっとだ。玲が僕の物になる。もう離さないし、離れたらだめだよ。帰ったらすぐに婚姻届を出そう」


そう言って、再会してから初めて玲にキスをした。優しく啄むように、何回も何回も。


   ◇ ◇ ◇ 


 雅也にとっても30年は長くて辛い日々だった。何度も何度も玲を諦めようと思い、興信所の報告も止めたときがあった。


 しかし、どうしても他の女性に心が移らない。我慢できなくて玲の住む街に行ったことがあった。


 仕事に戻れば、これから又ニューヨークで暮らすことになる。新しく傘下に入った証券会社のニューヨーク支店に異動になったからだ。何年いることになるかは分からない。その前にと玲の住む街にやって来たのだ。


 遠くで見るだけで良いからと、玲が仕事から帰る時間を見計らってレンタカーの中から


見ていた。あの頃に比べれば年はとってしまったが、面影がそのまま残っていた。このまま攫って行きたい。そう思うと爪が食い込むくらい拳を握っている。


 離れてから、十年以上が経っていた。


 その日、食事を摂ろうとホテル近くの小さな和食処にいた。


 その店は偶然にも玲の旦那の行きつけだったらしく、写真で見知っている公輔が入ってきてカウンターに座った。カウンター近くのテーブル席に座っている雅也には公輔達の話が筒抜けだ。


 公輔が店主に自分の両親と嫁の愚痴を言っている。


「両親と嫁が上手くいかなくて・・困ってるんだ。悪いのは全部自分の両親なのは分かっているんだけど、嫁ももう少し上手く相手出来ないかなって思うんだよね」


 それが聞こえて来たときは『腸が煮えくりかえるようだった』『お前がしっかりしないからだろう』と、言葉が出そうなのを我慢しつつ、声を掛けた。


「お客さん一人ですか?僕も仕事で来ていて一人なんですよ。付き合ってくれませんか。ご馳走しますよ」と。


 仕事の話しや他愛も無い話をしながら言った。


「結婚ってどんなんですか?僕は独り身なんですよ。自由に好きに生きているので、誰かがそばにいるのが煩わしいというか落ち着かないんですよね」


「惚れた女性とどうしても一緒になりたくて、結婚出来たときは嬉しかったですけど、年月が経って親との確執が出てくると、これで良かったのか解らなくなってしまって。・・・自由に生きてるなんて羨ましいですね」と公輔が言った。


「自分の人生ですから、好きな様に過ごし、好きなだけ食べて飲んで、好きに生きたら良いんですよ。それが一番のストレス解消法です。後悔しないように」


「ほら、食べて・食べて」


「そうですよね」とどんどん料理を口に運ぶ公輔。


 雅也は東京に戻ってから興信所の報告を再開した。ニューヨークに行ってからもメールで送って貰うように手配済みだ。


   ◇ ◇ ◇


 今度は自分の意思で、再びニューヨークに渡った。


 玲の夫には、


『自分の人生だから好きに生きた方が良い』と、アドバイスは送った。後は本人がどう変わるか、何年かかるか分からないが興信所からの報告が楽しみだ。


 雅也はニューヨークで証券の専門部署に異動となり、社内で勉強の日々だった。


 そこに講師として現れたファンドマネージャーのエリックと出会った。彼は当時のニューヨークで、若手の中でも一番注目されている人間だった。


 講習会が終わったあと雅也はエリックを呼び止めた。 


「エリック頼みがある」


「雅也、真剣な顔をしてどうしたんだい。出来る範囲のことなら協力するよ」


「君に僕の資金の殆どを預けたい。東京に戻るまで目一杯増やしたい。増やすことが出来たら手数料は弾むよ。勿論失敗したからって責めもしないさ。僕の勉強のためにも、残りは自分で運用してみるけどね」


「雅也はお金が必要なのかい。目標はどれくらいだ?」


「手に入れたい女性がいるんだよ。ただ、今は無理なんだ。それまでに何があっても良いように、個人の金を増やしたい」


「へえ、雅也が女のためにねえ。どんな女から声を掛けられても見向きもしてくれないって皆不思議がっているのに、そんな女がいたなんて」


「いいよ。面白いから手伝ってやるよ。勿論ビジネスだからしっかり手数料は貰うよ。任せとけ。ビックリするくらい増やしてやるよ」


 雅也が久我HDの御曹司なのは知っている。あんなにハンサムで金持ちだからいろんな女達が狙っていた。なのに、雅也は誰にもなびかなかった。そうか好きな 女ひとがいたのか。しかしあんな男でも手に入らない女がいるなんて信じられなかった。


 どんな 女ひとなんだろう。興味は尽きない。


 雅也は元々大金持ちの家に生まれた。そのおかげでお金に関しては苦労をしたことがなかった。亡くなった祖父母からの相続もあって、雅也自身の資産は莫大なものだ。自分のお金に執着はなかったが、玲との将来を設計して資金を託したのだ。


 そしてニューヨークに10年以上いるうちに、エリックはかなり良い仕事をしてくれた。 


 おかげで雅也はこの年で信じられないくらいのお金を手にした。エリックには、まだ預けている資金もあるが、毎年順調に増えていた。


 雅也の住むマンションの土地は、元々都心から離れた所にあるH市の市立病院跡地だった。


 人口も増えつつあったので病院の増築が検討されたが、建物の老朽化とこれからは駐車場もかなり必要だということで今より何倍も広い場所に移転することになった。


 しかし、今の場所を売って資金を得ようとしても建物と設備の解体撤去に莫大なお金が掛かることで買い手がなかなか見つからない。


 南側にある森も、長年手入れがされていないせいで危険な場所があったりして、こちらも悪い要因になっていた。


 H市は縋るように久我HDになんとか買い取ってくれないか打診をしてきた。社内の会議においてもなかなか前向きな意見が出なかったがそれは当然である。今は世界的金融危機で不良債権を抱えた金融業界は厳しい経営が続いていたからだ。


 たまたま日本に戻って来ていた雅也は、家族との夕食の席での会話でその話を聞いた。


「その話、僕が請け負ってみても良いかな」


「お前が話を進めても、会社からは金は出ないぞ」と兄。父は黙って聞いている。


「分かっている。上手くいきそうなら、自分の会社を作って対応するから」


 雅也は自信を持っていた。なにせ資金は元の何十倍にもなっていたのだ。エリックのおかげだ。


 自分自信の投資もはじめは失敗もあり資金を減らすこともあったが、徐々に利益を得ることが出来た。勿論エリックほどではないが、かなりの利益を得た。兄は雅也がそれ程資金を持っているとは考えていない。だからその話も無理だと思っていた。


 雅也はH市との話し合いで、高級分譲マンションと賃貸マンションを建てること。そのために、マンションの入り口近くにバス停と歩道を設置すること、少し高級な品物も扱うスーパーマーケットを誘致すること、人口がふえたら電車の駅も設置出来るよう働きかけることを要望した。


 この不景気の中、土地を現金で買ってくれるならと建物の解体撤去費用はH市も予算を組んでくれ、土地代も大分安くしてくれる事になった。


 相手が個人でも久我HDの御曹司で、手付金として売買代金の3割を即刻振り込んでくれると言うので、信用に値すると判断し早々に契約を結んだ。


 それから4年、地震対策は勿論、外観もヨーロッパ風で、落ち着いていながらお洒落な5階建てマンションが出来上がった。


 バルコニーも広くガーデンテーブルセットも置ける。内装も一部に漆喰を使ったり、壁紙は丈夫で消臭効果もある。物置部屋とパントリーも設置し、希望者にはペットドアやペット用トイレスペースなども設置した。


 玄関や扉の幅を広くして、ゆったりとした作りだ。これで大型家具の搬入も楽々だ。地下駐車場も防犯がしっかりされている。


 分譲マンションは、広めの部屋で出来た2LDK~5LDKまでという間取りで、都心の高級マンションよりは安く購入出来る上に、広い屋外をジョギングや散歩が楽しめることが家族向けに受けた。


 親子で暮らすなら自然の多い方が良いと、富裕層の家族が都心から移り住むようになった。賃貸マンションは、独身でも借りられるよう1LDK~3LDKとした。コンシェルジュが常駐し安心して住めるし、低層階なので高所の恐怖感も少なくなっている。


 南側の森も木を間引いたり、危ない木などは伐採された。今では、そこからの木漏れ日がなんとも言えない美しさを醸し出している。


 森まで散歩やジョギングする人達も沢山いる。


ファミリー向けの公園やドッグランも作った。


ジムとカフェレストランもあって、ファミリー向け公園はここの真ん前だ。家族がのんびりとこの敷地の中で暮らすことが出来て、遠出をしなくても普段がその感覚なのだ。


 要望したスーパーも良かった。さすが大手の高級スーパーで、外観もマンションに劣らずお洒落で、輸入食材や地元の農家の野菜と果物も新鮮なうちに並べられた。


それを目当てに近隣からも人々が訪れ、その近所には、新しいカフェやパン屋さん、雑貨屋などの店も増えて行った。


 雅也の建てた分譲マンションはすぐに売り切れ、賃貸のマンションも空き待ちの状態だ。


 雅也はこの土地とマンションの管理をする会社を立ち上げ運営していた。




                           【上】    fin

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