第百六十話 紅炎と■■


「よお、アンタが火の起源者かい?」


 大きな岩の上で、いかにも格好をつけて煙草を吸っていた男が、少し見下ろしながら私に声を掛けてきた。


「……悪いけど、人違いじゃない? 他を当たって」


 ──いかにも怪しい風貌だ。軍服にも似たレザースーツはいかにも防弾防刃。年の頃は初老に近いのだろうが、ぎらつくような覇気と鍛え上げられた身体がその印象を完全に裏切っていた。

 特に目立つのは機械式の義眼だろうか。顔の半分を覆うように取り付けられたそれは、この男の異様さを一層際立たせていた。

 

「つれねぇなあ。とぼけんなよ。ファルティーナ・アウグストゥス・アウローラさんよ」


 そっちの名まで知ってるって事は、アリアンロード……いや、こいつの雰囲気からすると戯神の方か。

 

「はぁ。今は、フェルトって名乗ってるの。で、何の用?」


 私は観念してため息を吐きながら、いかにも嫌そうな視線を男に送る。


「まぁそう邪険にすんなよ。俺だってたまには若い女と話してぇんだ」


「私は別にアンタと話すことなんか無いけどね。っていうか、私達がそんなに若くも無いの知ってるんでしょ?」


「っくく。気の強え女だ。ま、見た目が若いってのはいい事じゃねぇか。何時までも若い方が色々楽しめんだろ。コッチもな」


 下品にニヤけながら、男はいやらしい手付きをする。

 何がしたいのか分からないが、私は急いでいる。こんな品性の欠片もない男と遊んでいる暇は無いのだ。


「ねぇ。本当に大した用じゃないなら行かせてくれない? 私、急いでるから」


 男を無視し、傍らを通り過ぎようとした時、

 

「あぁ、お友達の起源者さんでも死んじまったってか?」


「――!」


 男の言葉に、ぞわりと肌が粟立ち、強い警戒と殺気を放つ。


「おぉ、おぉ。怖いねぇ。そんな睨むなよ。俺の二対のオーブがキュンってなるじゃねえか」


 私の威圧に、少しも委縮した様子も無い男は、巫山戯た態度を僅かにも変えずに煙草を岩に擦りつけ、立ち上がった。


「アンタら、どっかでお仲間が死ぬと、それを察知できるんだろ? 強い絆を感じるよねぇ。俺は最近、年だからそういうのウルっと来ちまうんだよな」


 余裕の陰から、傲慢さと悪意が確かに私を覗いていた。そして、男が異能力を練りだした事で確信に至る。

 

 ラディウスを──ラディをやったのは、こいつか。


「アンタ――」


「あぁ、俺が殺った」


 口の端を釣り上げ、にたりと嗤ったその顔は、悪意の塊のように見えた。

 怒りと悲しみに背筋を震わせた私の反応を楽しんでいるのだろう。

 それを理解した私は、歯を食いしばり男を見据えた。


「で、次は私を殺りに来たってわけ?」


「ん? ん〜まぁそうなんだが、アンタが思ってたよりイイ女だったからよぉ。どうだいアンタさえ良ければ、死ぬ前に一か――」


「灼け死ね」


 男が言い切る前に、私は腕を薙ぎ払い紅き灼炎で男を薙ぎ払う。

 男が乗っていた岩が、圧倒的熱量によって炭化し、崩壊していく。


「――しぶといね」


 ラディを殺した男だ。これで決まるとは思ってもなかったが、自身の周りだけ炎が通っていないのか、奴の周りだけ岩石が赤熱化されていなかった。


「この力、本当にサフィに似てやがる。っくく……疼くねぇ」


 左眼を抑えどこか越に浸る様に男は震え出した。


「悪かねぇ。悪かねぇわな……サフィへの意趣返しを、同じ様な力を持った赤の他人にやるってのも」


 何を言っている? 不気味な男だ……。


「っと、わりぃわりぃ。集中してねぇ訳じゃねえんだが、悪い癖だ」


「どうでもいい。アンタに興味なんてないもの」


「気の強えこった。でも見ただろ? アンタの炎は俺には通用しねえ。どうやって俺を殺すんだよ」


「あんなの全然全力じゃないっての。少し舐めすぎじゃない?」


 私は腰の細剣を抜き、切っ先を男の左眼に向けた。


「おいおい、そこは大剣だろうが……」


「誰と重ねてんのか知らないけど、私はアンタの妄想には付き合ってやる義理もないから」


「ガワは良くてもつまんねぇ女だ。女は愛嬌。だぜ?」


「黙れ」


 この男、少し喋り過ぎだ。まるでおもちゃをもらった子供みたいに――。


「ハッ。……まあ、いいか。一応名乗っとくぜ。傭兵団『黒き風』団長。『大鴉レイヴン』ネイヴィス・ヘイズゲルトだ」


 ――流石に、アーレスに来て十年程度の私でも聞いたことがある。

 このアーレスにおいて世界第二位と呼ばれる傭兵。大鴉、または世界最巧。

 かつては世界最強と同等の傭兵がもう一人居たというのも知っているが、この男、ネイヴィスもまたそれに追随する者だという事だ。


「流石に名前くらいは知ってるみてぇだな」


「ええ。結構有名だもんね。あなた」

 

 ──この眷属体からだでは、油断でき無いレベルなのは、こうして対峙すれば自ずと分かる。

 とはいえ、やはり解せないのはラディが、手傷一つ負わせれずに負けたというのが信じられない。

 ネイヴィスの異能力は眷属体の私と同等……だが、力としての優劣から考えれば、異能力よりも起源力が勝る。戦闘技術や経験においてもネイヴィスが人間であるというだけで、我々とは六千年程の差があるのは明白だ。


「そんな有名な俺でも、起源者のお仲間を五体満足で殺せた事が不思議ってか?」


「――」


「オレもオッサンだ。顔みりゃそんくれぇは読めるぜ。知りてぇか? お仲間をどうやって殺ったか」


 下卑た笑みをその顔に浮かべながらにたりと笑う。

 ネイヴィスの周りから、不快さが空気に混ざり頬を撫でてきた。


「人質だよ。笑える事に、テラリスからおいでなさった起源者様ともあろう者が、このアーレスで嫁とって人間みてぇに暮してやがった。まさか超常の存在たる起源者サマが、人間の真似事して喜んでるとは思わなかったぜ。ホント傑作だよなあ。

 その上、女を人質にしたら、本当に素直に殺されやがった。逆にシラケちまったよ」


「アンタが……アンタの方が人間じゃないじゃない」


「あ? あ〜まぁ、そうかもな」


 眷属体のこの身体を殺されても、本体が死ぬことは無い。つまり、ラディは存在の消滅はしていないのだ。

 それでも、元々私達は、自身の眷属体と人間一人の命が釣り合う等とは思っていない。

 それでも、ラディは守りたかったのだろう。起源者とか人間とかそんなものではなく、大切な者を。


「ラディは、幸せそうだった」


「俺にもそう見えたぜ? ま、俺にゃ関係ねぇけどな」


「……あんたが、私に会いに来てくれて良かった」


 私の周辺で、溢れた起源力がばちばちと音を立て火花が散る。

  

「――!」


 ネイヴィスが、軽薄な態度から表情を引き締めるのが分かった。


「私が、ファルティーナ・アウグストゥス・アウローラが、あんたを殺す」


 アーレスで一存在として生きるフェルト・アウローラでは無く、今は、四大起源の火のファルティーナとして。


極光輝炎リヒト・フォイア


 極光が細剣を包む。この場に太陽が現れたかのように輝き、閃光が周囲を、オルディネル山を、世界を照らす。


「灼けて、消えろ!」


 刹那の間に振るった斬閃は三十八。斬光が網の様になってネイヴィスに迫った。

 とても、受けられる熱量でも無い。回避も不可能。絶死の極技。先程の炎を止めた謎の防御術でも、限界はあるだろう。流石にこれを受けきれる筈は――。


 閃光が、闇に包まれる。


「なっ……嘘……」


 夜より深く、暗い闇が、渦のように私の炎を呑み込んだ。


「そんな、アンタのその力……!」


 ネイヴィスが、闇からゆっくりと歩みを進めてくる。


「あぁ。俺は、黒き風団長、大鴉、世界最巧。そして、闇の起源オルフェン・オリジンネイヴィス・ヘイズゲルトだ」


 


 


 

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Tetra・Origin 〜白銀の黎明〜 五十川紅 @iragawakoh

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