第百五十九話 飛翔



「やはり待ち伏せされていたか――」


 我々がオルディネル山の山道に入るや、そこかしこから銃弾が飛び交いだした。

 銃弾ならまだ良かった。車の前方に投げ込まれたグレネード弾を確認するや、我々は全員ドアを開けて走行中の車を乗り捨てて退避する。


「ぐっ……」


 高速で走行していた車両から飛び出るように逃げた為、俺はごろごろと転がりながら辛うじて受け身を取る。

 こちらに来る前に、第五部隊部隊長のゴルドフ殿から訓練を受けていなかったら、無傷で受け身を取る事も叶わなかっただろう。

 しかし、俺が無様に転がる中、シグレ殿はなにかの歩法なのか、地面を滑る様にして転がる俺の傍らで刀を振るい、こちらに迫る銃弾を切り払い、俺を守ってくれている。

 ルーファス隊長に至っては、この状況でも敵の位置を補足したのか、ライフルを木陰に向けながら銃撃しつつ、とんでもないスピードで走りだした。


「こちらは私が行きます。貴方達は反対側を!」


 言い捨てる様な指示を出すと、林の中へと消えていく。

 

 イドラ殿は――ふわふわと浮きながら、私の傍らに寄って来た。


「反対側はルーファス隊長に任せる。こっち側は私達三人で片付けるぞ」


 シグレ殿の言葉に頷きながら、イドラ殿も長大な太刀――あれは野太刀という代物だったか。それを抜き放つと、ふわりと周辺の風が動くのが分かった。


 俺は、抱えていた『荒獅子の一瞥アル・タルフ』の刀身とを折り畳みながら立ち上がると、左眼が樹上から何らかの力の流れを捉えた。


「――!」


 咄嗟にそこに銃弾を連続で撃ち込むと、樹上の枝葉の陰から敵の戦闘員が落ちてきた。


「ぐう……何故、俺を補足でき……」


 苦悶の呻きをあげながら、敵は絶命していった。


「やるな。前は、私が行く」


 ――歩法、流水。


 緩急をつけた流れる様な動きで、シグレ殿は敵の攻撃を避けながら木々の合間をすり抜けていく。

 リノン殿もあの歩法を見せてくれた事があったが、シグレ殿のそれはリノン殿よりも靭やかさを感じさせる動きだ。


 シグレ殿は周囲に視線を送る事なく、自らに降り注ぐ銃弾を躱し、時に切り払いながら、突然猛烈な速度で錐揉みしながら飛び上がった。


 ――攻の太刀三の型、水天すいてん


 逆巻く激流の様に切り上げられた太刀筋は、複雑に絡む枝を廻し避けながら樹上の敵の両腕を斬り刎ねた。


「ぎぁああっ!?」


 常人には到底理解不能な軌道の斬閃を予測できなかったからか、驚愕の表情を刻みながら敵が落ちてくる。


暴風シュトゥルム・ヴィント


 落ちてきた敵が、突然落下速度を猛烈に上げ、地面に激突した。

 熟れた果実が地に落ちる様に、べちゃりと鮮血を撒き散らし、見るも無惨な死を遂げる。


 イドラ殿の起源術によるものだろう。真上からダウンバーストの如く吹き降ろす風が、受け身も取らせぬ程に身体の制御を奪いつつ落下の衝撃を増幅させたのだ。


 ――恐ろしく応用の効く力だ。


 アリア殿の水や氷の力も、戦慄する程の規模、威力、応用性を見せていたが、イドラ殿もやはり自身の力の扱いへの理解がずば抜けている。

 これでも力の残渣程度しか行使できていないというのだから恐ろしい。これが、四大起源と呼ばれた者の力だと言う事か。


「呆けてる暇はありませんよ。ヴェンダー」


 イドラ殿の言葉に俺は頷くと、身に纏ったモッズコートの中に装備していたプロテクターに異能力を通す。


 (アイギス――起動)


 コートの中から、鈍色の金属片が二対飛翔する。

 超長期離遠隔リフレクタービット、アイギスは俺の意思に従って林の中を飛んでいく。


 俺はライフルを構え、樹上を狙い撃ち放つと、銃弾はアイギスによって威力減衰を殆ど起こさないまま跳弾し、樹上の敵を狙う。


 銃弾が金属とかち合う音を上げ命中を知らせるが、これはおそらく敵の武装に当たったのだろう。

 しかし、敵の一人はバランスを崩したか、よろめきながら他の太い枝に飛び移ろうとその身を宙に翻らせた。


暴風シュトゥルム・ヴィント


 しかし、先程と同じようにイドラ殿によって敵は激しく身をよじらせながら吹き飛ばされていく。

 敵の吹き飛んだ先には、身体を捻り、刀を腰溜めに構えながら跳躍していたシグレ殿の姿があった。


 ――攻の太刀一の型、時雨しぐれ


 自身の名と同じ名前のその太刀は、出会った時にリノン殿に振るわれた事があった。

 鋭い斬閃によって敵は身体を斜めに斬られたかと思えば、刹那の間の後、イドラ殿の暴風よりも暴力的な衝撃の波が起こり、敵は激しく吹き飛ぶと大木の幹にその身体を激しく打ち付け、大木に鮮血の墓標を刻む事になった。


 シグレ殿は、軽い身のこなしで樹上からふわりと降り立つと、血払いをして納刀する。


「これで一先ず片付いたみたい。こっち側はそんなに居なかったのかも」


「とはいえ、伏兵がまだ居る可能性もあります。気は抜けませんよ」


 イドラ殿が、周囲を睥睨すると、俺の傍らに並ぶ影があった。


「いえ、この小隊のリーダーを討ちました。辺りの敵は掃討したと思いますよ。とはいえ、やはり気は抜けませんがね」


「ルーファス隊長」


 俺が視線を向けると、ルーファス隊長は担いでいた一人の敵を俺達の間に放り落とした。


「黒き風の小隊長です。少し尋問しようかと生かしてあります」


 小隊長らしいその男は、身体のあちらこちらに黒く灼けた様な後がある。ルーファス隊長の『雷』の異能によるものだろうか?


「う……」


 呻きを上げると、男は突っ伏した状態から顔だけを上にあげた。


「ち……殺せよ」


 四肢が動かせないのか、全身が小刻み痙攣している。


「質問に答えてくれたら、生命は保証しますよ」


 ルーファス隊長は怜悧な瞳で男を見ながら、そう告げる。

 声にも感情の一切を感じないまるで死神の様な振る舞いに、男とともに俺もごくりと唾を飲んだ。


 だが――。


「殺されても、俺は何も言わねぇ。俺は黒き風の仲間は裏切らねえ」


 男の言葉には強い意志を、その瞳には虚勢や諦めではない、勇気ともとれるものを感じた。

 おそらく、ミエル殿の異能でも使われなければ、きっとこの男は仲間を売るような事はすまい。

 そう感じたのは俺だけでは無かった。


「……そうですか。残念です」


 そう言うとルーファス隊長は、自身のブレードライフルと長大な刀身で、男の胸を貫いた。

 敵の数は未知数。戦力規模も何の情報もない。


 だが、この世界においても最高峰の傭兵団を相手取って尚、これまで全く危なげない戦闘で進めてきている。

 これまで負傷という負傷もない。さっき車から飛び降りた際、俺が掠り傷を負った位だ。


 きっと、なんとかなる。


 そんな確信めいた感覚はあるというのに、小さな恐怖の欠片が、脳内から離れない。

 嫌な予感という感覚よりも薄い、些細な不安のようなものだというのに。


「イドラ、本来より早い段階ですが、貴方の力で我々を飛ばして、火の起源者の元へ向かいましょう」


「分かりました。ですが、今の私では全員を飛翔させると、周囲に風の防壁を起こす事まではできません。飛んだ我々に攻撃が及んだ際は貴方方に守ってもらう必要がありますので」


「ん。任せろ」


「俺も、リフレクターアイギスでお手伝いします」


 手元にアイギスを戻しそう言うと、イドラ殿は薄く微笑んだ。


「些か頼りなさも感じますが、宜しくお願いしますよ」


「はあ」


 相変わらずの言い方だが、悪意は感じない。こういった性格なのだと思うと少しアレだが、イドラ殿自体は頼りになる御仁だ。


「……行きましょう」


 ルーファス隊長はやはり、イドラ殿と反りが合わないのか、少し表情を固くしながら道路の方へと歩き出した。

 それに俺達も続いて行き、道路に出たところでイドラ殿は我々の方へと向き直り軽く両腕を開いた。


「行きますよ。――浮遊飛行エオーリシ


 我々を包む様に風の渦が発生し、我々の身体は宙に舞う。


 イドラ殿を中心に、ルーファス隊長、シグレ殿、俺の三人は三角形に陣形を取ると、我々はオルディネル山に向けて飛翔した。


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る