第百五十八話 軌跡



「イドラ、火の起源者を探知した技術は起源者同士の何かしらの繋がりなのですか?」


 ルーファス隊長が猛スピードで運転しながら、イドラ殿に訊いていた。

 同じ起源者であるイドラ殿だからこその探知術かは気になるところだ。


「――少し触っても?」


「? ええ、構いませんよ」


 イドラ殿はルーファス隊長の肩に軽く触れる。


「なるほど……こうした感覚なのですね」


 それだけでルーファス隊長は、どこに火の起源者が居るのかが分かったようだった。


「何をした。エロみどり」


「私の知覚を彼に見せたのですよ。――それより、その不名誉な渾名はいい加減なんとかならないのですか」


「ならない。ちょっと私にも見せて」


 そう言ってシグレ殿はイドラ殿にせがむような表情を見せた。


「はぁ、分かりましたよ。遊んでいる場合ではないのですがね」


 イドラ殿はシグレ殿の額に手を当てると、シグレ殿は感嘆の声をあげた。


「ほぉ〜、なんか流れみたいなものを感じる」


「それが起源力ですよ」


「異能もこうして見えるのか?」


「まぁ、そうですね。異能の場合はもっと弱く感じますが」


 そうしたやり取りに、俺も少し興味が湧いていた。力の流れを見てみたい。そうして少しうずうずとしていると、


「貴方も見てみますか?」


 苦笑いをしたイドラ殿が俺にも掌を差し出してきた。

 どうやら気を使わせてしまったようだ。


「あ、ありがとうございます」


 そうしてイドラ殿に触れられると、自分の中の何かが拡がる様な感覚を覚えた。


「これは――」


 左眼だけに、確かに力の流れを感じる。揺蕩うような、なんと言っていいかわからないが、確かに感じる。

 イドラ殿からも薄く感じるのと同質の力だ。

 イドラ殿は戯神に起源紋を渡したと言っていたせいか、オルディネル山から感じる力よりも、相当に密度が薄い。


「そのように、起源や異能の力を知覚できるのですが、四大の内でも私が最も得意な技術でした。アリアンロード――いや、アリアは一番下手でしたがね」


 そう言って、イドラ殿は俺から手を離した。


「エロみどり、もう一回みたい」


「もういいでしょう。事態に集中してください」


「ぐ……」


 シグレ殿が催促していたが、イドラ殿はそれを断っていた。

 だが、シグレ殿の言葉は、俺に起きている状態と差異があるようだった。


「シグレ殿はもう見えなくなったのですか?」


「え? うん。エロみどりが手を離したら見えなくなった」


「あれ?」


 右眼を閉じ、左眼だけで視界を確認すると、やはりまだ先程見えていた力の流れを知覚できる。

 どういう事だ?


「私が手を離しても、まだ力の流れを知覚できるのですか?」


「は、はい……」


「貴方、まさか――」


 イドラ殿が何か言いかけたところで、俺達の車のかなり前方から、チカッと小さな反射光が見えた。


「――! ルーファス隊長!」


「ええ!」


 ルーファス隊長はスピードを緩めないまま、ハンドルを切る。


 ぐん、と身体を振られながら、車が蛇行すると俺達の車のドアミラーが砕け散った。


 俺は、トランクに置いていた得物からスコープを取り外し、前方を確認する。

 漆黒の軽装甲戦闘車両が四台前方を走っており、後ろの荷台に狙撃手がそれぞれこちらへ銃口を向けていた。


「前方、直線で凡そ六百メテル! 車両、狙撃手共に四!」


「オルディネル山までのただただ真っ直ぐな道がアダとなるとはね……!」


 俺の報告に、ルーファス隊長は忌々しげに呟いた。

 更に銃弾が数発飛来し、車体を掠める。シグレ殿の調達してきたこのSUVは、急場だった事もあり防弾仕様では無い。

 このままではハチの巣になってしまう。


「ルーファス隊長。ちょっと前に行っていい?」


「宜しくお願いします」


 前? 助手席のイドラ殿と代わるというのか? それになんの意味が――と、思ったところで、シグレ殿は刀を手に取り、窓を開け始めた。


「よっと」


 軽い掛け声で、シグレ殿は窓からボンネットへと飛び移った。

 猛スピードで走行しているというのに恐怖心は無いのだろうか。


 俺の乗っている後部座席からは、ボンネットに立ち、刀を構えたシグレ殿の下半身のみが見えるが、次の瞬間、彼女が何をしようとしているのかが分かったと同時にそれは起こった。


「ふっ!」


 ちぃん! という音が連続で響き、それと同じくしてシグレ殿も刀を恐るべき速さで振り抜いている。

 

 ――狙撃銃の弾丸を見切り、切り払っているのだ。

 とても人間技では無い。拳銃弾よりも相当に速いそれを、高速で走る車の上で見切り、弾を切っている? 冗談ではない。そもそも銃弾が見えるのがおかしいのだが、リノン殿やミエル殿も同じ事をしていた気もする。

 俺は昔から眼がよく、弾の飛ぶ軌跡が見えたり想定出来たりはするが、飛来する弾を切ることなんてとてもできる気がしない。


 それでもシグレ殿は次々と刀を振り、弾を切り捨て続けている。


「ヴェンダー君! 何をしているんです! シグレが守ってくれている間に、貴方が前の車両を撃ちなさい!」


 ルーファス隊長の激に俺はハッとした。確かにこの状況はただの防戦だ。

 オルディネル山が近づくにつれ、敵の数も増えるだろう。もしかすれば、俺達が追ってくることを想定して、黒き風の連中は行動している可能性もある。

 現状の敵が少ないうちに対処する事は、非常に重要だし、この距離でシグレ殿が敵を仕留める事は難しいだろう。

 ルーファス隊長は運転をしているし、イドラ殿もさっきの力の流れが弱かった事を思えば、力が届かないのかもしれない。


 ならば、俺が――!


 俺は、トランクに移動すると、先程外したスコープを得物に取り付けると、後部座席をフラットにし、トランクルームと後部座席を拡張し、得物をケースから取り出す。


 (ガレオン殿、俺に力を……!)


 巨大な大剣――かつて『荒獅子』ガレオン・デイドの愛剣であった、奇剣オルトロス。

 それをベースに大型の狙撃銃を融合させた俺の新しい武装――『荒獅子の一瞥アル・タルフ


 ルーファス隊長の斬馬刀型ブレードライフルよりも、巨大で重いアル・タルフの銃口をフロントガラスにピタリと添える。

 銃口下部の波打つ刀身が、ダッシュボードに食い込み、銃が固定された。


 伏臥姿勢になり、スコープを覗き込むと見慣れた弾道の軌跡が俺の眼に映った。


 目標がその軌跡に重なる刹那、スコープ越しに弾丸を飛来するのが見えた。


「――!」


 思わず戦慄するが、ぢぃん!! と音を立て、刀が弾丸を斬り捨てるのが見えた。


「安心して撃て。私が必ずすべての弾を斬り捨てる」


 ボンネットから、抑揚の無い声で頼もしい発言がされた。


 ――高揚する。こんなに頼もしい仲間がいるのか。 ……これが、紅の黎明か!


 俺は再度スコープに映る目標に、軌跡を重ねる。


「撃ちます」


 言うと同時に、引き金を引く。


 発砲音はかなり抑えられてはいるものの、フロントガラスが俺の銃撃で一気にひび割れた。


突風シュトース・ヴィント


 イドラ殿から指向性のある突風が吹き、割れたフロントガラスが車外に飛んでいく。シグレ殿に砕片が一切当たらないのは流石の制御力と言える。


 一気に車内に風が入って来るようになったが、それも刹那の事で、イドラ殿が風圧を操作したのか、ルーファス隊長の運転にも俺の銃撃にも一切の影響が無い。シグレ殿がボンネットで軽快に動けるのもイドラ殿がサポートしていたのだろうか。


 再度スコープを覗けば、最初の銃撃は狙い通り、荷台狙撃手では無く、車両の運転席背部を貫通し、運転手を仕留めていた。

 制御を失った車両は一気によろめき、隣を走っていた車両を巻き込みクラッシュを起こした。


 残りは二台。


 俺は再度同じように、運転席背部を狙い狙撃を行なう。狙い違わず撃ち込まれた弾丸は一撃目と同様の結果を引き起こした。

 隣の車両を巻き込む事こそ無かったが、制御を失った車両は狙撃手を宙に投げ出しながら、道の外へと外れ、樹に激突し爆炎を上げた。


「ラスト」


 スコープを覗けば、荷台の狙撃手とスコープ越しに視線が交差した。

 敵の狙撃手は忌々しげに歯を食いしばり、憎悪の視線が俺を射貫くが、俺は冷静に引き金を引く。

 違いの銃弾が交差し、相手の銃弾が俺の右眼に近付いて来て――シグレ殿の刀で両断される。


 俺の放った弾丸はやはり、運転席を貫通し、即死した運転手がハンドルにもたれたのか、車は一気にスピンし、横転した。

 投げ出された狙撃手はそのまま側道にあった巨岩に叩きつけられ、頭から脳漿と鮮血が飛び散るのが見えた。


「――状況終了」


 俺が、ふぅ。と息を吐くと。


 ルーファス隊長がバックミラー越しに「お疲れ様です」と言い、微笑んでいた。

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