【エピローグ】

   



 ウルカヌス、その地下墓地カタコンベ


 第二層にある聖女の小聖堂。普段は巡礼者であふれているそこに、今、多くの人の姿はない。

 いるのは、白と銀で出来た法王の式典の衣装に身を包み、黄金の冠を頭に乗せたパウロ十三世の、若い姿。その後ろに居並ぶのは、これもまた式典用の赤い衣をまとった枢機卿たちだ。


 法王の後ろ、ひときわ高く祭壇のようになっている場所には、ガラスの棺に入れられた聖女が横たわる。白い衣に、乙女の証たるオレンジの花冠を被った……マリア。

 その祭壇の下、法王や枢機卿たちが並ぶ、前には二つの棺が置かれている、紅の棺と、黒い鉄の棺。


 そして、それぞれの棺の前に立つのは、祭壇のマリアの〝息子達〟、ユイアベールとヴィルカインだ。

 深紅の神父服をまとったユイアベールの前には、紅い棺が。そして、黒の神父服をまとったヴィルカインの前には鉄の棺が。


「……そういえば、スコット王が亡くなったので、ブリテンに異端を捨てて、こちらに復帰するように言ったんだけどねぇ……」


 棺にユイアベールが片足を突っ込んだところで、パウロが暢気な声を出した。


「ところが前の王が亡くなったっていうのに、国教会はそのままだってブリテンからお返事がきちゃったんだよ」

「そりゃ、小うるさい上に、上納金を納めろって強慾なところから、やっと抜け出ることが出来たんだから、今さら戻る気は無いって意味じゃない?」


 棺に横たわりながら、ユイアベールは答える。

 若い上に監獄塔に閉じこめられていたヘンリー王子、もとい、今はヘンリー王に判断出来る訳も無い。おおかた、暴君スコット王が居なくなって、復活した古参の大臣と議会の老練な議員の意向だろう。

 今さら坊主にあれこれ政治に口を出されたくないという。


「やっぱり、そうだろうねぇ。せっかく君達にブリテンまで行ってもらったのにね」

「ブリテンが国教会を放棄しなかったのは、俺達の責任ではない」


 さらにぼやくパウロに、ユイアベールと同じく棺に横たわろうとしていたヴィルカインが一言。少し身体を起こして、黒い瞳でギロリと法王を見る。


「そ、そうね、君達のせいではない」


 ぶるりと身体を震わせてパウロが言う。そして、二人が完全に棺に横たわったのを見ると、左右の枢機卿たちに目配せする。赤い服の彼らが、二人ずつ兄弟の棺に近づき、その蓋に手を掛ける。


「では、良き眠りを……」

「最後の審判の時まで」

「そうなるといいね……」


 パウロがこのときだけは厳かに言い、ヴィルカインがそれに応えるように続けた。ユイアベールはそうならないだろうなぁ……とばかりににつぶやき。

 ぱたりと棺の蓋が閉じられた。




   End



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死神とダンピール 志麻友紀 @simayuki

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