追放されるダークエルフ暗殺者! ~勇者に残した最後の言葉が呪いとなってパーティ壊滅したみたいだけど、そんなの知ったことじゃない!

どくどく

追放されるダークエルフ暗殺者、ミレーヌ

「ミレーヌ、キミをこのパーティから追放する!」


 勇者アークはダークエルフの暗殺者ミレーヌにそう告げた。


 ここはとある宿屋の一室。アーク達一行がこの町で拠点としている場所だ。部屋にはミレーヌとアークのほかに、半天使の聖女ニースと魔物使いのバルバトがいる。ニースとバルバトは勇者の宣言内容を前もって知っていたのか、硬い表情でミレーヌを見ていた。


「なんでよ!? アタシが悪い事でもしたのかい!」


 突然の宣告に言葉を返すミレーヌ。糾弾されるようなことは何一つしていない。むしろパーティには強く貢献していた。忍び足を生かして先行して情報を仕入れたり、様々な情報を独自のネットワークで仕入れて共有していた。戦闘でも暗殺者の技術を生かして多くの敵を倒してきたのだ。


 仲間ともいい関係を築いてきた。女性同士ということでニースとは話が合うし、バルバトは基本無口だが拒絶はされていない。正義一辺倒な勇者アークとは意見が対立することもあるけど、基本的には折れてフォローに入る。対立らしい対立はそれぐらいだが、追放されるほどではないはずだ。


 もしかしたら小さなことが積み重なったのかもしれない。ともあれ話し合いは重要だ。アークも決して話が分からない人間じゃない。それは長い付き合いで分かっている。とにかく理由を聞こう。ミレーヌはアークの言葉を待った。


「ミレーヌ、キミの姿と行動がポリコレに違反しているからだ!」

「……………………はい?」


 はい? 小首をかしげるミレーヌ。


 ポリコネ。正式名称ポリティカル・コレクトネス。直訳すれば『政治的な正しさ』だ。最初は言葉通り政治的に正しくあるようにと言う政治家への是正の意味があったが、それがいつしか社会的な正しさを求めるようになった。


 種族や性別、その他いろいろなことに配慮して不快感が出ないようにするための表現を心がけようというモノである。過剰な暴力や不快にさせるような行動は控えましょう、と言う考えだ。


「あの、ごめん。わけわかんない。マジでアタシ何か悪いことした?」


 明後日の方に飛んだ話についていけなくて、ミレーヌは頬をかく。そんなひどいことをした覚えはないんですけど、と目線で訴える。その態度にアークは、苦渋の表情で言葉を紡ぎだした。


「ミレーヌ。暗殺者と言うキミのジョブが犯罪を想起させるんだ」

「はあああああああああ!?」


 その言葉にわけわかんない、とばかりに叫ぶミレーヌ。


 暗殺者。その言葉通り暗殺を生業とする存在だ。政治的、宗教的、実利的な理由で対象を殺すための技術を持つ職業。歴史的に見れば暗殺者が暗躍した事例は多く、そのほとんどが実行者が分からない。


「殺人を肯定するジョブは社会道徳的に認められないと……どくしゃの声が……!」

「いや待って。それこそ職業差別じゃない!? っていうかホント待って!」


 あまりの予想外の理由に慌てるミレーヌ。そんなこと言われても困るんですけど!


「あと、毒を使うキミの戦い方からもそう言った声が聞こえてきた、相手を苦しめて殺すなんて、残虐すぎると」

「子供が見て真似をするのがよくないということだそうです」

「……無常じゃな」


 仲間からの追撃。それぞれが苦渋の表情を浮かべていた。彼らもこの理由には納得いかないようだ。


「さらにはキミの肌も、人種差別を彷彿させるという啓示クレームがあって……」

「黒い肌をした人が人殺しをするなんて、差別的表現だと」

「……無常じゃな」


 さらなる追撃。あまりの理由に反撃の言葉を失ったミレーヌ。


 仲間達も『いやおかしいだろ、これ』と思ってはいるようだ。だがどくしゃの言葉には逆らえない。そんな顔だ。


「それと――」

「……まだあるの!?」

「キミの胸がジェンダー的に許せないという意見もあって」

「胸を強調するのは女性を性的消費していると」

「……無常じゃな」

「それこそセクハラじゃないの!」


 胸を隠すようにして叫ぶミレーヌ。勇者と賢者はこっそり目をそらした。あ、こいつら実は。いや、いまはどうでもいい。


「…………わかったわ。つまりそういう理由でアタシはパーティから追い出すわけね」

「すまない。もう決定事項なんだ」


 正義のために戦う勇者アーク。彼は正義を示すために行動しなければならない。傷つくものから誰かを守るのが正義なら、誰かが傷つくような行動はできないのだ。たとえそれが、仲間との絆を失うこととなっても。


「いいわ。出て行ってあげる。

 でも覚えておきなさい、アーク。あなたはいずれ破滅する。貴方のその正義が、貴方の剣を奪うのよ」


 言ってダークエルフ暗殺者のミレーヌはアークに背を向ける。扉が開き、そして閉じた。


 仲間との絆を閉ざすように――


★        ☆       ★


「ニース、キミをこのパーティから追放する!」

「どうしてですか、アーク様!」

「特定の神を優遇するのは宗教的ポリコレに違反している、という意見があったからだ!

 あと天使と言う特定宗教に属する種族も現実にある宗教を優遇していると――」

 

 そして半天使の聖女ニースは追放された。


★        ☆       ★


「バルバト、キミをこのパーティから追放する! 理由は動物に命令するキミの姿が動物虐待を想起させるからだ!」

「……無常じゃな」


 そして魔物使いのバルバトは追放された。


★        ☆       ★


「炎の魔剣が火災事故を想起させる!? ……く、仕方ない『真紅炎紋剣』を封印しなくては――!」

「建物を崩壊させると地震経験者にトラウマが!? ……魔力を押さえて戦わないと……!」

「暴力で解決するなんて子供に見せられない……!? 分かった、相手の攻撃に耐えて、言葉で説得を……!」


★        ☆       ★


 ――その後、勇者は『まだ幼い子供に戦わせるなんて許せない』『世間の荒波を知らない子供があんなこと言えるはずがない』などの言葉を受け、世間の荒波に飲まれるために仕事についたという。


 ミレーヌはそんな話を耳にして、あーあ、と肩をすくめたとか。


「真に怖いのは魔王でもなく人間だった、ってことね」


 こうして世界は魔王の闇に包まれ人類は崩壊に進むのだが、ポリコレは守られたので政治的に問題はなかった――

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