読書の終わらせ方

モーニングあんこ(株)

第1話

私は小説が好きだ。もちろん、今では書くのも読むのも好きだが、昔は読むことのみで書くなんて面倒なことはしたくなかった。頭の中で想像するだけで私には十分だった。


それは高校2年の時にガラリと視点が変わった。書くというのは自分の曖昧だった想像を具現化し、自分が本当に好きな世界やキャラを創り上げることができる。出来上がった時の達成感とどこから湧いてでたのか分からない優越感に酔っていた。いや、それは現在も変わらず精神安定剤として活躍している。


では変わったきっかけはなにか。


ミステリー好きならば名前は知っている人も多いかもしれない。『小林泰三』さんという作者が手がけた『アリス殺し』だ。


それまで、どの本を読んでも「面白かった」だけの薄っぺらく言葉一つ一つを汲み取った解釈は全くと言っていいほどしていなかった。それで読書をしていた気になっていた私は所詮、井の中の蛙だった。


『アリス殺し』は名作だ。現実の世界と不思議の国の世界がリンクした物語で、不思議の世界で死亡した場合、現実世界でも死亡する。不思議の世界ではハンプティダンプティ、グリフォンなどの不思議の国のアリス、鏡の国のアリスという2作の童話に登場するキャラが登場する。その可笑しくも不気味なキャラが次々と殺害され、主人公はその殺人犯を探す物語だ。


設定、世界観、キャラ、どれも素敵なのだが私が特に気に入ったのはキャラとの会話だ。


秘密の合言葉だというのに、皆に教え回ろうとする蜥蜴のビル。それに冷静にかつ適切に訂正しては突っ込んでいくアリス。物語上、関係ないといえばないのだが、彼らの関係性が少しずつ変わっていき、散りばめられた小さなヒントが隠されている。何度も読み返して気付く伏線、真犯人や衝撃の事実を知った上で読む『アリス殺し』は全く別の作品に感じた。


さて、ここまで読まなくてもいい私の『アリス殺し』語りを読んでくれた読者にはスタンディングオベーションを送りたい。心の中でだが。


この童話を扱った小説、実は全部で4作品ある。主人公であるアリスではなく、蜥蜴のビルの目線で描かれたいくつもの童話の世界を舞台としているのだ。『クララ殺し』『ドロシイ殺し』『ティンカー・ベル殺し』まであり、私は全作持っているのだが、最後の『ティンカー・ベル殺し』は未だに2ページだけ読んで止まっている。


それはなぜか。


2020年11月23日。58歳という若さで彼は旅立ってしまった。


死というものは誰しもに訪れる最大の理不尽であり、最大の平等性であると私は考える。生きているもの遅かれ早かれ死はやって来る。明日も生きているというパーセンテージは出せても「おそらく」という曖昧な結果となるだろう。


理解はしていた。理解はしていたのだが、訃報を無慈悲にも叩き出した自身のスマホにあそこまで失望したのは初めてだった。涙こそ出なかったが、急に彼の作品を読むことは出来ないと思った。確信に近かった。


ここで読めばもう彼の新作は出ない。私の中での『小林泰三』という作者が描く世界は崩壊する。絶望と焦燥感が足元からではなく、心臓を直接刺した挙句、脳内まで侵食されていった。


生まれて初めてだった、誰かの作品に感化されて自分も作品を書こうとする意欲が湧いたあの感覚は人生で一回だけだろう。ドーパミンが私の小さな脳をビタビタに浸す感覚は未だに忘れられない。


そんな感覚を与えてくれた彼の作品を今も読めていない。もう一年以上経っている。そしてあと一日で2021年も終わろうとしている。せめてもの報いとして掃除をして埃が被らないようにしているが、一作品だけ……最期の一作品だけが読まれた形跡もなく表紙も綺麗に残った新品に近いその姿を見て、いつも後悔している。


物語といものはいずれは終わりを迎える。それが諦め、飽き、完結、作者の死……どんな形でたれ終わりを迎える。そろそろ私は終わりを迎える必要があるのかもしれない。誰かが言うだろう、終わりにする必要なんてないと。


私は滅びの美学を愛している。だからこそ、彼の死を受け入れ、物語の永久的な終わりを受け入れたいのだ。


この中にも終わりを迎える事が出来ず、苦しんでは後悔している人もいるかもしれない。終わりとは自分が決めるものだ。参考程度にもならない私なりの『読書の終わり方』だが、終わりを迎えるきっかけや段階を踏めることを私は願う。ただ、終わるも留まるも決めるのは自分自身であり、どちらも正しいことも覚えていて欲しい。自分が決めた事が最適解であると信じ、私は『読書』を終わらせることを新年の抱負にしよう。





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