桃本日記

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　異動を知らされてから2週間が経ってしまった。

　今は年末年始の忙しさは夢だったかのように落ち着いて……いや、暇すぎるくらいだ。

　毎日ほぼ定時で退勤できている。

　そんな穏やかな日々にそそのかされたわけではないが、もう少し今の会社にいてみようと決意した。

　最初は、異動前に辞めた方が自分にとって最善なのではないかと思った。

　異動して中途半端に引き継ぎをしてからやっぱり辞める、と言い出したら周りにも迷惑をかける。

　でも、留まると決めたいちばんの理由は、別工場への異動ということで、転職欲が満たされたからだと思う。

　転職欲なんて言葉は聞いたことがないが、たぶんわたしの中にはそういう気持ちがある。

　そもそも、わたしにはリセット願望がある。おそらく、転職欲はその表れのひとつだと思う。

　わたしには幼なじみと呼べる友人はいない。

　小学生のときの友だちとは、ひとりも交流が続いていない。中学の友だちもそうだ。

　高校からの友人も、毎年誕生日に「会おうね」と言い合うばかりで、このコロナ禍もあってなかなか会う機会がなく、結局疎遠になってしまった。

　飼っているうさぎをメインにしたTwitterのアカウントを作って2年ほど投稿していたが、コメントのやりとりが面倒になって今では放置状態だ。

　リセットというよりは、フェードアウトというか、徐々に関係を薄れさせていくという感じだ。

　他人に執着しないタイプで、自分からは滅多に連絡しないから、自然と人間関係がリセットされていく。

　そんなリセット願望が、仕事に対して生まれたとき、転職欲になるのだと思う。

　慣れた環境に居続けることが、唐突に苦痛になってしまう。

　そして、すべてが面倒になってしまう。

　そんな気持ちの中での異動命令は、わたしにとってある意味救いだったのかもしれない。

　人間関係は一新される。

　仕事内容も、今とはまるで違う。はじめてのことばかり。

　今の工場より他部署、店舗とのやりとりが少なく、自分の作業に集中できる。

　それに、ケーキ作りの腕前を磨くためにも、異動先の仕事はやってみたいと思っていた。

　もはや、これは転職ではないだろうか。

　社内転職。

　そう考えたら、胸の内でわだかまっていた思いがすっと溶けてしまったようだった。

　もちろん、責任者にはなりたくない。

　そこだけは変わりない。

　でも、異動してすぐ重大な責務を負わされるわけではないだろう。

　とりあえず、もう少しだけ働いてみよう。

　正社員に戻ることは大変だけど、派遣社員や自営業になることはいつでもできる。

　開業資金を貯めて、副業になりそうなスキルを磨いてからでも遅くない。

　転職を機に「働くこと」について見つめ直そうとはじめたこの日記が、まさか転職せずに終わるとは、自分でも想像していなかった。

　だけど、心の整理はついたし、行動に移しさえすればすぐに生活は変えられることにも気づけた。

　この日記は、一旦ここで閉じることにする。

　また転職欲が湧き上がってきたら再開するかもしれないが。

　いや、再開するときは開業日記になることを、淡く願っておこう。