第24話 このお話も、そろそろ終わりそうですね。
銀行の窓口には、行列が出来ていた。
預金されているお金の出し入れと、税金の納付がほとんどだ。
建物の奥にある金庫への通路は、常に誰かが通り過ぎる。
頭取のエージは、吹き抜けの上の階段から様子を見ていた。
「今日はまた、お客さんが多いですねえ。金額は間違えないように扱ってくださいねぇ。」
その独り言を聞きながら、すれ違うように、銀行の相談役ケラムも、階段から降りてきた。
「では私も。そろそろ茶葉の団体が出発する頃ですから。」
「あ、ああ、もうそんな頃ですか。今回も、いいお茶を持ってきてほしいですね。」
「ありがとうございます。」
階段を下りたケラムは、店内の窓口の横を通って、出口へ歩いていく。
そのすぐ横を、青年が駆け足で通り過ぎた。それを追いかけていた、そのすぐ後ろの人に声をかけた。
「おや、フィラットさん。銀行で会うとは珍しいですね。」
「ああ、これはどうも。ほーら、アサフ、走り回るんじゃない。あぁ、すみません。」
「あぁ、いえいえ。元気なお子さんですね。」
「元気すぎて困ってますよ。ほら、こっち来て、見てろ。いいか。この書類をこうやって…、」
青年は座っても、頭をキョロキョロ回している。
銀行を出て、東の大通りに、馬車隊が並んでいる。
東に向かう隊列で、馬車にはこの町から積んだ荷物がたっぷり。
「どうかな、段取りは出来たかな。」
「あ、隊長。荷物は積み終わりました。片道20日分の食料、テント、馬の餌、衣服、武器防具、ですね。
ああ、今回は、いつも北の国に持って行ってるターコイズの宝石も、少し持っています。」
「おお、フィラットさんのあの宝石もですか。これはいい稼ぎになりそうですね。」
と、後ろから女性の声が聞こえた。
「あ、すみません。ケラムさんですか?」
「あ、はい、私ですが、どちら様で?」
「ああ、えっと…、宝石商のフィラットさんのところに働いているアサフという者の、母親でございます。」
「あ、あの青年ですか。先ほど銀行で見かけましたよ。」
「あら、そうなんですか…。実は、旅に出かける様子でしたので、この匂い袋を、お守りに渡したいと思いまして。」
「ほう、これは?」
「はい、この東の山に出てくるモンスターが、近寄らなくなる匂いが出るものです。そのモンスターが触ると死んでしまう毒も含まれてます。ですが人には無害ですので、ご安心を。」
「あ、これがそうなんですか?ほう…、そういうものがあったんですか。」
その匂い袋を手に受け取った。ふわっと、なにかの草の香りがしてきた。
「ほうほう、これで寄ってこなくなるのですね。不思議なものですね。」
「これは報酬金王から、この作り方を教えてもらいまして。」
「え?報酬金王から?」
ケラムのモンスター討伐依頼を、よく受けていたという人だ。数年にわたって討伐していたので、よく覚えている。
「あ、ああ、今は投資家を名乗っています、ハヤチさんという人です。」
「あ…、」
ハヤチだったら、よく知っている。地震の時に奔走していた、ついこの前会った、あの人か。
「ああ、報酬金王、あのハヤチさんだったんですか…。あのモンスターを…」
急にぼろぼろ涙が溢れてきて、周りの人を慌てさせたが、
「そうだったんですね……そうなんですか……、それで投資家を……。ありがとうございます…」
ぎゅっと匂い袋を握りしめた。そして涙を拭いた。深く息を吐いた。
「…っ、はぁー、そうですか、私はもう出発しなければならないので、ハヤチさんには、帰った時に会いましょう。お礼を言わなくてはねえ…。」
と、また大粒の涙が流れてきた。
「匂い袋は、たくさんあります。一人ひとつ、お付けください。」
「あらー、こんなにたくさん。あの人も喜びますわ。」
深く深く、お辞儀をした。
「(…この袋、あの時に、あの人が持っていたら…)」
気持ちが落ち着くまで、まだ時間はかかりそうだった。この匂い袋を見るたび、また泣き出しそうだから。
でも、それでも、私は行かなくては。私がやらなくては。
「はーっ、よしっ、みんな、この袋は持ったね?じゃ、行くかな。」
「よし、それじゃ、出る人たち、集まってくれ。出発するぞー。」
すると、周りの住民たちがざわざわしてきた。すぐ横で、音楽隊が軽快な音楽を流してきた。
「ほお、今回はずいぶん賑やかな出発式ですねえ。これは、しっかり稼いでこなければですね。」
いつもの調子に戻して、気丈に振舞ってみた。
先導の武装団が合図を受けると、二人の持つ槍を掲げ、カシャーンと音を鳴らした。
* * *
歓声が上がる。馬車も歩き出した。
馬車団が東の関所を通り、そして姿が見えなくなるまで、住民たちは見送っていた。
おわり
転生者であろうと、税金は払っていただきます! 明久 亜伸 @make_a_scene
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