NADDs ー超自然犯罪対策室ー

たけむらちひろ

file:1-1 空飛ぶ凶器と捜査官 

 三月十五日 東京 


 高層ビルと樹木が並ぶレンガ調の大通り。その一角に、北欧カフェ『ブリース』はあった。レトロでお洒落な店の様子や可愛いケーキが話題となり、いつも女性たちのお喋りとスマホのシャッター音が溢れている人気のお店だった。

 そんなカフェの壁際に座る、一組の若い男女。

「――考え直すってわけにはいかないの?」

 重たく、真剣につぶやいた女は、手にしていたフォークで可愛いケーキを何度もブスブスと突き刺している。

「…………無理、だよ」

 対面している男が困った顔で髪を掻くと、男女の間には再び長い沈黙が訪れた。

 愚痴と恋話、それから趣味や家族や学校仕事その他もろもろ。華やぐ洒落カフェのそこだけは、まるで呪いにでもかかったかのようで。

「嫌だって言ったよね。わたし」

 ぶすりと洋菓子の奥深くまでを貫いた銀の凶器を手離した女は、問い詰める様に男を睨む。

「…………ごめん」

 申し訳ない気持ちをこらえる様にぐっと唇を結んだ男は、一瞬だけまぶたを伏せて。

「心配してるんだよ、私は。文句があるとかじゃなくて、心配なんだよ、ちー君が」

「…………」

 急に優しくなった姉の声に惑わされぬよう、覚悟を決めるかのように息を吸って。

「……決めた、んだ。自分で、もう、決めた……から。大丈夫。俺は……このまま、ナッズで――」

 その時。

『いい加減にしてよね!』

 店の入り口付近から響いた大きな声が、店内を静まり返らせた。

『予約したじゃん! なんですぐに入れないの!?』

 見れば、ヒステリックに叫ぶサングラス姿の女性に店長らしき男性が困った顔で対応していて。

「ですから、ご予約のお時間に何度も電話をさせて頂いたのですが――」

 聞こえてきた会話の断片から察するに、無断で予約の時間に現れなかった『お客様』が大幅に遅刻をしてやってきたという事態のようだった。

「うわー最悪、何あの人――」「自分が遅刻したんじゃん――」「てかさ、あの人○○じゃない? ほらほら、この人。カフェとかをすごい紹介してる人――」

 どうやら同じ推測を浮かべたらしい店内の客は、あれやこれやをひそひそと。

 そして。

『だからさ! あたしは間違ったこと言ってないでしょって!』

 失笑を浴びたクレーマーの怒鳴り声が、男の目の前のカフェラテを波立たせ――。

「……?」

 カタカタカタ――カタカタカタカタカタカタ!

「なに? 地震……キャッ!」

「!?」

 テーブルというテーブルから聞こえ始めた食器が揺れる音は、すぐに悲鳴と床に落ちたカップが割れる音に変わり。瞬きする間にぶわっと空中に舞い上がったカップと食器がぐるぐると頭の上を飛び回り、ぴくりとその動きを止めたあと、一気に店の入り口へと突進していって。

「嫌ぁッ! 痛っ! 何っ?!

 叩きつけられる皿やコップの衝撃と破砕音の中で頭を押さえてうずくまった女性の頭上に、銀色の凶器が煌めいた――直後。

「ちー君!!」

 ケーキとコーヒーを共にしていた姉の叫び声と、うずくまっていた女性の前に飛び込んだ弟の身体にナイフやフォークが当たる音。

 そして。

 目と顔を守るために上げていた両腕をゆっくりとおろした彼は背後の女性に視線を落とし、自分の足元に落下した空飛ぶ凶器と手の甲にできた刺し傷を見比べた後、呆然と立ち尽くしていた店長らしき人を振り向いて。

「……通報、してください。警察と――NADDs超自然犯罪対策機関に」

 姉には見せたことのない厳しい表情でそう告げると、店の中の人間をぐるりと見まわした。


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