一家族の話

 飛び散った破片によって、腕などに擦過傷や切り傷を作ってしまったが致命傷にはならなかった。

 イリナも同じで、眉のあたりを切ったようだがそれ以外の傷は無い。

 俺が引き込んだ際に、姿勢が立っている時より低くなったからだろう。


「……やってくれんじゃねぇか」


 刺さった破片を抜き、ビビッて腰を抜かしている男を睨む。

 イリナも頬まで垂れた血を拭った。

 男の視線は泳いでいたが、自身が捨てた45口径の方を見た途端それを掴もうとした。

 しかし。

 伸ばした手はそれ以上、動かない。イリナがマチェットを腕に突き立てたからだ。

 異音を発しながら肉や骨を貫き、肘より先の機能を無効化する。

 痛みより先に、途轍もない状態に驚きの声を挙げていたが、男の叫びは徐々に生々しい痛みを代弁するかのようになっていく。

 だがそれも聞くに堪えず、俺は男の頭を蹴飛ばして黙らせた。

 じきに、矢上達が来る。銃声も無く、何の連絡も無いという事は、何も問題は起こっていないという事だろう。

 そう思うと疲れがドッと湧き上がってきた。

 だが、まだ倒れる訳にはいかない。

 俺とイリナはエレナの前に立ち、手を差し出した。


「……約束、守ったぜ」

「……遅いよ」


 そう言いながらも、彼女は笑っていた。滲み出る涙を拭い、俺達の手を掴んだ。


「――帰ろうか」

「うん――」

「……その前に、やる事が山積みですよ」


 矢上がそう突っ込みながら入ってくる。声色は俺達の再会を喜んでいる様にも見えるが、その表情はキツメの苦笑。


「調書含めた後始末。その他諸々の帳尻合わせ。……三日三晩は、マトモに寝られませんよ」


 そのセリフにげんなりしつつ、遠のいていた日常が戻ってきた事を実感した。


 結局、俺とイリナは病院へとんぼ返りする羽目になった。

 重症の身で無理をしたのだから、医者は怒りで真っ青な顔をして俺達の相手をする。

 リハビリと治療の繰り返し。

 退院には二か月。職場復帰には四か月掛かった。

 病院にいた間はエレナは毎日会いに来てくれたし、家に帰った時は甘え癖が一時発症した。

 それから、いつの間にか俺の事を「お父さん」。イリナの事を「お母さん」と呼ぶようになっていた。

 最初こそぎこちなかったが、一週間もすればすっかり慣れてしまう。

 人間何にでも慣れてしまうものだ。

 職場復帰する頃には、エレナのお父さん・お母さん呼びも板が付いて来たし、受け答えも様になってきた。

 そして、家庭裁判所に届け出を出してから半年が経った日。


『以下の子の親権は、石田亮平・イリナ夫妻へ正式に移る旨を告知する。東京家庭裁判所』


 そんな文が記載された、内容証明郵便がアパートへ届いた。

 これで名実共に、エレナは俺達の子供になったのだ。未来永劫破られる事が無い、正式な文書が手元にあり、戸籍謄本には石田家の籍にエレナの名が載った。

 矢上や指導している局員は勿論、アメリカにいる赤沼からもお祝いの電話を貰う。


「親になったからには、責任取るんですよ。変な事したって聞いたら、日本に帰ってシバキ倒しますからね」


 めでたいと言われた後に、赤沼はそう付け加える。説得力がある言葉だ。

 彼にはそれが出来るだけの、戦闘力も行動力もある。

 先のことは分からずとも変な事はしない。と、彼に返答する。

 すると、彼は笑って俺達の前途を祝し電話を切った。


 エレナを攫う事を画策した男について、俺は詳しい事を聞いていない。

 聞く権利はあれど、それを行使する気は夫婦共々ないからだ。

 何か深い理由があるかもしれないし、理由なんて何もないただの変態かもしれない。

 憶測こそできるが、真実は手にしない。同情なんてしたいくないのと、俺達家族にとって関わっても損しかない人物だからだ。

 塀の中に何十年も入るのが確定しているだけで、十分溜飲が下がる。

 もっとも、イリナは一生レベルで根に持つそうだが。


 ――様々な事が波の様に押して来て、一気に引いていった。

 傷も癒え、仕事も安定してきた。

 だから、俺はある決意をした。

 なんてことは無い。引越しをすると決めただけだ。

 これからは自分の事じゃなくて、エレナの事を第一に考えて暮らしていかなければいけない。

 家賃の安さだけで決めた今のアパートは、快適とは言い難いし小学校からも遠い。

 今後の事を思えば、決断は遅すぎたぐらいだ。

 休みの日は三人揃って、不動産屋を巡って物件を見学している。

 手を繋ぎ、街を歩きながら他愛もない事を話す。

 店を冷かしたり、自販機でジュースを買ったりしながら、近い未来の事を話すのだ。

 その日暮らしの傭兵が、未来を語れるようになるとは。

 いい意味で、俺は変われた。

 何か一つでも選択肢が違っていたら、こうはならなかっただろう。

 未だに下らない事を考えて酸素を無駄に消費していたか、親とは呼べぬ何者に成り下がっていた。

 親は子が居なければ親にはなれない。子供は親を選べないからこそ、親が自覚を持ち背筋を正す必要がある。

 だからこそ、家族になれる。

 俺は改めてそう思った。

 世間の荒波を戦いながら、親は親として成長していく。

 子供は親の戦闘理由なのだから。

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戦闘理由 タヌキ @jgsdf

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