悪あがき

 階下からは、突入してきた強襲係員の声がする。

 どうやら、隠れていた非戦闘員を相手しているらしい。

 それ以外の音は無く、この屋敷内に俺達を相手に戦える人間はもういない事を示している。

 窓からは薄く朝日が入り込み、電気が点いていない廊下を微かに照らす。

 俺は首を回し、イリナは顔に飛んだ血を拭いながら、三階への階段を昇った。

 相も変わらず、このフロアも静まり返っている。

 廊下の奥には扉が一つ。脇にも部屋があり、その扉は半開きになっている。

 中途半端な扉を蹴り、全開にする。

 誰も居ない。しかし、人がいた形跡はあった。

 この部屋は寝室らしく、馬鹿げた大きさのベッドが置かれている。

 イリナが乱れたリネンと毛布の隙間に手を入れ、こう呟く。


「まだ暖かい」


 カッカして茹で上がった神経にキンキンに冷えた水をぶっかけられた様な、そんな感覚が全身に巡らされた血管を走る。

 俺は手近にあったクローゼットを開けた。当然、銃を構えながら。

 でも、そこにあったのは女児用の衣類だけだ。

 何もかもが新品で、袖を一度でも通した様子は無い。

 この状況から察するに、この部屋はエレナにあてがわれていたのだろう。

 いくら男が変態でも、着られもしない服を寝室には置かないはずだ。エレナが着ることを想定して、服をここに置いたに違いない。

 そして、まだ布団が暖かいとすれば、彼女はすぐ近くにいるのだろう。

 今、この瞬間逃げ出そうものなら音で分かるし、階段が一つしかないのに一度もすれ違ってないから、まだこのフロアにいるのは確定である。

 俺とイリナは無言で顔を見合わせた。

 お互いに何を言いたいかは、察しが付いている。イリナはそんな顔をしているし、俺もそんな顔をしているはずだ。

 同時に頷き合い、俺達は部屋を出た。

 残る部屋は奥の一つだけ。

 その前に立ち、イリナと呼吸を合わせる。


「……………………」


 しばらくの沈黙の後、同時に扉を破壊した。

 銃撃と打撃によって気品漂う扉は、アッという様に木屑と化す。

 破片を踏みつけ、部屋の中へ押し入る。


「く、くるなっ!」

 

 震えた声でそう叫んだのは、この事態を創り上げたクソッたれ男だった。

 手には45口径の拳銃。そして、その隣にはエレナがいる。

 予想こそしていたが、実際に目の当たりにするのとでは訳が違う。

 男への怒りが突沸しだすが、娘のか細い声で我に返る。


「おじさん……お姉ちゃん……」


 俺達が入った直後は固まっていたエレナも、状況が飲み込めたのか泣きながらも笑顔を浮かべた。


「ちょっと待ってろ! そこにいるアホンダラ、ぶっ飛ばすから!」


 ぶっ飛ばすという単語に、男は狼狽えながらこちらに銃口を向ける。


「……う、撃つぞ!」

「そんなブレブレの銃口で、的に当たると思ってるの?」

「こちとら、ライフル弾二発喰らってんだ。……今更、そんな弾で殺せると思ってんのか?」


 当たり前だが、弾が命中すれば死ぬ可能性もある。

 だが、そんなことで俺達が止まるわけがない。リスクなら、この身で突入する以上途轍もない物を背負っている。

 鉛弾一発くらい、喰らう覚悟はある。

 そんな俺の覚悟とは裏腹に、男は恐れをなしていた。


「そうだ……なんで、生きてるんだ……。撃たれたら、マトモに動けないだろ!」


 半狂乱で喚き散らす。最近のガキだって、もう少しは大人しく騒ぐ。

 ……大の大人がみっともない。


「ああもう、めんどくさい……」


 俺が内心苛ついていると、イリナが本格的にキレ始めた。


「死なない程度に痛めつけて、後で話をゆっくり聞くわ」


 言ってる事は物騒極まりないが、内容に関しては賛成する。


「そうだな」


 口でも賛同の意を示し、93Rを構えた。ストックの力もあるとはいえ、こちらは銃口のブレはほとんど無い。


「……一応、警告しとくぜ。女の子から離れて、銃捨てて、腹ばいになれ、それから両手を頭の上に置け。今から、三つ数えるうちにだ」


 やらなければ撃つ。威嚇射撃なんてしない。

 いままで、俺達がやって来た事が十分に威嚇に値するからだ。


「三」


 男は動かない。


「二」


 彼は呼吸を乱し、俺達とエレナの間で視線を彷徨わせる。


「一」


 俺の指が引き金に掛かったと同時に、男は拳銃を捨てた。

 床に叩き付けるようにしてだ。自棄になって、言われるがまま従ったような感じがした。


「……そのまま、エレナから離れろ」


 男は光を失った目で俺達を眺めたまま、まったく動こうとしない。


「腹ばいになりなさい」


 イリナがそう言いながら男へ歩み寄ったが、彼は肩を震わせ狂ったように笑いだした。


「?」


 イリナはマチェットの刃先を男に向け、俺も指を深く掛ける。

 

「腹ばいに――」


 もう一度イリナが警告しかけたが、言葉は男の叫び声にかき消された。

 男は服をまくり、醜い腹肉との間で隠していたMkII手榴弾を出した。

 殺す間も無く、ピンを引き抜くと男は高らかにそれを掲げる。


「ぶっ殺してやる!」


 そして、それを一番近いイリナの方へ投げた。

 血の気が一気に引き、全ての動きがスローモーションに見える。

 アドレナリンが瞬間的に放出されたせいだろう。

 イリナの顔が恐怖で歪んでいくのが、コンマ単位で分かった。

 俺は咄嗟にベレッタを投げ、手榴弾にぶつけた。金属同士がぶつかる音がする。


「伏せろ!」


 手を伸ばし、イリナの襟首を掴んで自分の方へ引き込む。

 銃をぶつけた事で軌道がズレた手榴弾は、明後日の方へ転がり爆発した。

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