水没世界に人魚と二人
水没世界に人魚と二人
そしてイカダは陸を離れる。
立花兄妹には別れを済ませ、彼らに見送られて船は進んでいく。
「そうか……寂しくなるな」
「お兄ちゃんが悲しむから、私も悲しんであげる」
この島を出るって告げた時はそんな感じだったけど、
「行っちゃうんだ。もう会えない、よね。……気が向いたら帰ってきてもいいから」
出立前にはこんなふうに寂しがる里奈ちゃんがいた。裕也さんはそんな里奈ちゃんの頭を撫でてやり、この兄妹は仲がいいんだなぁと思わされる。
「ふええええええええん……おにいちゃぁんん」
「泣くな、里奈。皆川さんは新たな道を見つけるために進むんだ。その選択を喜ばなくては」
「でも、でもぉ……ひゃぅ。あ、そんなところ、いきな……んんんんっ」
「分かっている。それでも別れは寂しいものだ。その寂しさを埋めよう。一日中……いや、ずっとだ」
そしていきなり抱き合っていろいろ始める兄妹。あの、私がいるんですけど。いろいろタガが外れてませんか、この二人!?
「あー。その、時間も時間なんで」
「すまない、つい。別れを惜しむあまり、日常的行為に逃避してしまった」
「日常的行為なんだ、今の」
世界が変わる前から日常的にそんなことしてたのかよ、とツッコみたくなったけど『そうだが』と返ってきそうなのでやめた。そう言われたらなんて返せばいいのか。
「道中気を付けて。良い旅になることを祈ってる」
「そっちもお幸せに」
「お兄ちゃんといるんだから不幸せになることなんてないわよ」
別れの言葉の後に、イカダを出す私。その姿が点になって消えるまで、二人は私に向けて手を振ってくれていた。
3か月近くの付き合いだったけど、それなりに仲良くなった。出会いは痴女扱いだったり殺意向けられたり子供産まないかと迫られたりしたけど、なんだかんだで良好な仲だった。
そんな二人だけど、結局香魚の事は言い出せなかった。旅立つ理由も『新天地を目指したい』なんていう曖昧な理由だ。香魚や
「……これでよかったのかなぁ?」
仲のいい人達に秘密がある、というのは少しモヤモヤするけど、でも香魚は大事にしたい。あの二人が香魚をどうこうするとは思えないけど、それでもうかつに喋る気はなかった。
……まあ、出会うたびに兄妹でらぶらぶちゅちゅしてたんで、あまり喋る間がなかったっていうのもあるけど。
「よかったんだと思います。話を聞くに、私の存在が割って入る必要はありませんから」
水面から顔を出して答える香魚。二人の視界から届かない場所に移動するまで、ずっと水面下に潜んでいたのだ。あの二人には姿を見せない。私と香魚の間で話し合い、決めたことだ。
「下手に伝えると『飲み水を精製する存在』として捕まっていた可能性がありますし」
「そんなことするような人じゃないと思うけど」
「……むぅ。香織お姉さまは私があの二人に唇を奪われて色々されてもいいんですか? あーんなことやこーんなことをされても」
「……まあ、それは」
香魚は体内で水をろ過するので、その水を飲むには口づけする必要がある。それを想像して、首を振った。うん、その、ヤだ。好きな人が他人のモノになるのに興奮する嗜好があるらしいけど、私は御免だ。
「香織お姉さまの妄想の中でほかの人達に汚される香魚。それを嫉妬する香織お姉さま。やーん、香魚はどんな感じで汚されてるんです?」
「香魚も大概歪んでるわね。そんなこと聞いて楽しい?」
「楽しいですよ。お姉様にどういうふうに想われているかを考えるだけでも顔がにやけてきます」
「……なんで私なんかにここまでぞっこんになったのよ」
ため息交じりに疑問に思っていることを聞いてみる。香魚の気持ちを疑いはしないけど、どういうきっかけで私の事を好きになったかは聞いてみたかった。いつも同じ言葉で返されるんだけど。
「香織お姉さまがイケメンだからです」
うん、いつも通りだった。なんで私もいつも通りの答えを返す。
「私と香魚は同じ顔じゃない。少なくとも同じDNAなんでしょ?」
「だから顔の造形とかそう言うんじゃないです。性格とか魂の部分なんです」
「魂ねえ……」
「びびっと来たって言うか、きゅんて心を貫かれたって言うか、そう言うのです。信じてくれないんですか?」
よくわかりません、と肩をすくめる私。でもわかることは確かにある。
「びびっ、とかきゅん、とかはわかんないけど、香魚が私のこと好きなのはものすごく感じるわ」
「ふへへー。そういう所です。香魚の心をダイレクトに揺るがしてくれる香織お姉さまの行動と言動がイケメンなんです! ああん、つたわれー。つーたーわーれー」
胸に手を当てた後に、手を上下に動かす香魚。何かの超能力のつもりなのかもしれない。なにも伝わらないけど、伝えたいことはわかる。
「香魚の感覚はわからないけど、香魚の気持ちは十分伝わってるわ」
ちょっとウソ言ったかも知れない。必死になって気持ちを伝える香魚にドキッとしたりウズウズしてる。これが魂とかそう言うのだったとしたら、そういう事なんだろうなぁと思う。
恋の形。愛の形。
海底にいる
そんな理由で子供を産むなど真っ平御免だけど、あれはあれで香魚を想うが故の行為だったのだろう。受け入れるつもりはないけど、そこに同じ
立花兄妹は世間から歪と言われる愛だ。近親愛。兄妹の恋。世界が水に沈む前は禁忌とされた愛。抑圧されたがゆえに愛は歪み、愛を受ける里奈ちゃんは大きく悩みそして他人の事を考えないぐらいに愛が肥大化した。……まあ、あれは兄の方が悪いという説もあるけど。
二人はあの島に留まる選択をした。誰にも邪魔されず、誰にも何も言われない場所。あの二人に必要なのはそう言う場所なのだ。誰にも祝福されない愛。だけど、愛。
私と香魚も、他人から見れば白い目で見られるのだろう。女性同士。一日のうちに何度か唾液交換をしないといけない仲。人間じゃない存在。水面でしか交わることができない愛。だけど、確かに私と香魚の間に愛はある。
形になんかできない。香魚がびびっとしたりきゅんと貫かれたり、私がドキドキウズウズしたり。魂なんて見ることも感じることもできない部分で感じる愛。子供を産んだり、書類に残せない愛だけど。
「私も香魚の事が好き。イケメンとか魂とか分からないけど、好き」
「……っ! もー、もー! 香織お姉さまー!」
「わー、いきなり引っ張――っ!」
感極まった香魚に引っ張られて、イカダの淵から水に引っ張られる。ペットボトルライフジャケットのおかげで沈みはしないけど、着ている服は濡れ鼠だ。上がったら干さないといけない、なんて考える余裕もなく唇を塞がれる。
「んんんんっ、好き、好き、香織お姉さま……!」
「ば、香魚、いきな、は、ふぅ……香魚ぅ」
水中で抱きしめられ、口内を舌で攻められる。私も香魚に抱き着くようにしてその感覚を味わい、そのまま香魚を求めていく。少し冷たい水の中だから、香魚の暖かさが強く感じられる。
誰もいない水の世界で、私と香魚は愛し合う。
……………………。
……………。
……。
とまあこれだけ見ればそれなりにいい話(?)なんだけど、大自然はそこまでご都合主義じゃない。前も言ったけど、このイカダは基本的に香魚が引っ張って動かす仕様だ。
なんで香魚と私がこんなことしてばっかりだと、当然イカダは進まない。嵐や大波と言った災害が来ることもなかったからよかったけど、事あるごとに香魚とイチャイチャしてたんで予定していた渡航計画は大きく遅れてしまう。
「……しばらく、こういう事禁止」
「……ですねー」
缶詰などの保存食の残量がやばくなって初めて、私と香魚は真剣に協議した。このままだとマジヤバい。なんで控えることにしたんだけど……DNA交換はしなくちゃいけない。その度に香魚と交わりたい気持ちが大きくなっていく。
「ん、ぁっ……んくぅ」
「ぅ……ふぁ、あふぅ……ん、ちゅ」
水面の上で重る唇。絡めあう舌。響く水音。片方の手は逃さぬようにと頭をつかみ、もう片方の手は相手の手をつかむ。指を絡めあい、ぎゅっと握り占める。絡み合う手の動きは唇を重ねる行為が続くたびに強く激しくなっていく。
「は……ぁ……」
「あ、ぅは……っ」
――そして冒頭に戻るわけである。
「どうですか、香織お姉さま」
「ええ。もっとちょうだい、香魚」
私の唾液と、香魚がろ過した水を交換する。一日三回の行為。これが私達の絆。そして、愛。
交換の度に興奮した香魚が私を引っ張ったり、イカダに乗り上げたり。その度に濡れ鼠になったり香魚が呼吸困難になったり。求められるのは悪くないしむしろ心地よいけど、私まで暴走したらダメだと何とかギリギリのところでブレーキをかける。
「えへへ。ごめんなさい」
そして悪戯がばれたかのように笑う香魚。可愛いけど可愛いなんて言ってやるもんか。ここでそう言うこと言うと流されちゃう。理性を総動員して、自分を律する。香魚可愛い香魚可愛い香魚可愛い。でも落ちつけ私。今は我慢の時。
そして唱えるいつもの呪文。
(私はノンケ。私はノンケ。私はノンケ)
(キスは救命活動。キスは救命活動。キスは救命活動)
私は普通の子。女の子の体が好きなんじゃなく、香魚が好きなだけ。だから香魚の事を想って落ち着け私。香魚が好きだから、香魚を大事に。肉欲じゃなくて、心の底から香魚の全部を愛してるから。
だからキスは救命活動。命を救う行為。暴走しちゃダメ。私がブレーキをかけないと。だって私は香魚のお姉様だから。この子のために、毅然としなくちゃ。
(お互いこの世界で生きるために、仕方なくしていることなんだからっ)
そう。この行為は医療行為。香魚のDNA暴走を止めるための救命活動。私の飲水行為。生きるために必要な行為で、没頭しすぎると死んじゃうから控えないと。香魚と二人で生きていくための行為。
こうして私達のイカダは進んでいく。人魚と二人で水没世界を進んでいく。何もない水平線を、大波を、嵐を、何もない凪を。笑い合いながら、喧嘩しながら、それでも愛し合いながら。
「香魚」
「香織お姉さま」
そして今日も唇を重ねる。一日三回の必要な行為。暴走しないように自分を律し、香魚を感じていく。生きるため、香魚を守るため。
「はぁ……う……! が……我慢しないといけないって言ったじゃないの!」
「今のは香織お姉さまのせいです! あんな指の動きされたら香魚も勘違いしますよー! ばかー!」
「香魚の舌があんなに激しくするからじゃないの!」
「香織お姉さまの言葉が無かったら香魚だってあんな動きしません!」
旅は順調じゃないけれど、
「あー、もう。喧嘩両成敗!」
「きゃ! 香織お姉さまいきなりそんなとこ、ふ、あああ……っ」
「お互い明日頑張るってことで、今日は徹底的にしてあげるから!」
「ひやあっ……ひゃあ、んくっ、んんうっ、かお、り……お姉さまあああん!」
それでも私達は生きている。
水没世界に人魚と二人。愛し合いながら、生きている――
==================================
水没世界に人魚と二人
<完>
水没世界に人魚と二人 どくどく @dokudoku
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