第3話大人達の会話

 商人組合長の部屋、そこには現在二つの人影があった。

 片方は陸の王とも呼ばれ今回の戦争においては多数の勲章を獲得するなど英雄的な活躍を残したフィオレー、もう片方は商人組合長の会長であり先程まで面接を行なっていたマーチェントである。


 マーチェントは椅子に腰をかけたままフィオレーに断りを入れて葉巻に火をつけると、静かに語り始めた。


「フィオレー殿、あの子はまだダメだ、商人としてやっていけない」

「何故か理由を聞いても?」

「頭は確かに素晴らしく回っている、言葉遣いも丁寧だしこちらに対する敬意も感じられた。

 正直言って舌を巻いたよ、随分と大人びた子だ。

 だが経験がなさすぎる、あの子友達は?」

「……多分居ないな。私がそうだったし弟もそうだった、同年代の友達というのは持ったことがない」

「でしょうな。アレは大人達の会話だけを見て育ってきた弊害でしょう。

 大人の会話を模倣して喋っているから随分と大人びて見えるが本当の自分を偽って日々を過ごしているのだろう。

 商人としてその行動は間違っていないが、目のいい商人ならそんな姿を見て何か隠し事をしていると見抜くだろう。

 そうしてそう思われてしまったらもう疑いの目から始まる、他者を信頼する事こそが信頼を勝ち取るのに必要だと言っていた彼からしてみれば最初から信頼されていない状況というのはとにかく厳しいものがあるだろう」


 マーチェントとしては正直に言ってアルベールを手元に置いておきたい。

 何故かと聞かれれば先程アルベールに言ったことも勿論あるが、フィオレー達のこれからの活動にかかってくる様々な物資の調達にアルベールが所属している事で優先的に商人組合を使ってくれないかという打算があるからだ。


 そこから生み出される利益は途方もないものだろう、戦勝国としてこれから帝国は復興に向けて賑わっていくだろうしそれは商人にとってみればまたとないチャンスでもある。

 商人組合としては何としてもアルベールを手中に置き、その一家とのパイプラインを形成しておきたいところであった。


 だがアルベールが言った通り他者との信頼関係はお互いがお互いを信頼しようとしてできるものであり、そのためにマーチェントはあえてアルベールを積極的に自分の手元に引き込もうとはしないという手段をとった。


 短期的に見れば大きな損になろうとも、陸の王と呼ばれるフィオレーの信頼を買えるのであればそれでも安いくらいである。

 そんな気持ちからアルベールの事を案じたマーチェントに対して、フィオレーはそれならばと一つ提案をした。


「ならばそうだな、いまから五年間信頼できる教師のところにでも弟を学ばせに行かせるのはどうだろうか。

 商人として活動している経験のある人物ならなおいい、私から紹介状も一筆認めようじゃないか」

「それは悪く無い提案だとは思います。ですがそれを誰にやらせますか? 

 彼の価値は正直に言って手放したくは無いほどのものだ、教えた後にそのまま自分の家の商人として引き入れれば莫大な利益を生んでくれる。

 そうやすやすと手放してくれる商人など居ないと思いますよ?」


 人間は長い間同じ場所にいるとその場所に居つこうとする性質がある。

 商人はそのような性質を持つ事を悪とすることが多いのだが、実際人の性質がそうなのだからそれはどうしようもないことなのだ。


 そうして小さい頃から関わった人物にはどうしても恩義を感じるものであり、商人として生きていく上で重要な幼少期の頃に付けられた鎖というのは大きくなってからも足の間をじゃらじゃらとついて回るものなのである。


 出来ることならばそんな事は避けたい、商人とは冒険者の次には自由でなければいけないというのがマーチェントの考えである。


「王国の公爵ならばどうだろうか。

 私が終戦を迎えるにあたってお世話になった公爵が居るが、確かあの公爵は大商人を何人も子飼いにしていたはずだ。彼ならば問題ないだろう」


 だが冒険者よりも自由な人物が目の前にいたとをマーチェントは思い出す。

 敗戦国の公爵家で陸軍の中でも最高位に近いフィオレーが接触できる人物といえばほんの一握り、商人達がいま何としても関係を持とうと四苦八苦しているが国に停められている手前水面下で動くしかない大貴族。


「もしかして公爵と言いますと……ヘルツォーク家の方々ですかな?」

「そうだ。現当主セムブルグ公とはそれなりに付き合いもある、彼ならば私の紹介状があれば大丈夫だと思うがどうだ?」


 どうだ? と聞かれればそれ以上にはないと答えるしかない。

 商人として活動していく上で様々な国に活動拠点があるのは良い事だ、そしてこれから立場が強くなっていく人物のところにいくのもまた良い事である。


 ヘルツォーク家はこれから様々な商売のチャンスがやってくるだろう、それにあそこはいま帝国の民が行けば確実に白い目を向けられる。


 商人としてやっていきたいのであればその程度乗り越えられなくてどうしようか、それすら乗り越えられる精神力を身につけられればアルベールは商人として大成できるだろう。


「それならば問題は学習環境に問題はないと思いますが……最低でも一年は期間を空けなければ、いまの王国に行かせるのは危ないのでは?」

「それもそうか。ならば一年間私達兄弟でアルベールを鍛え上げ、それから向こうに送り出そう。

 一年間の間そちらからも誰か教師役として呼んでくれるか? その間に手回しも済ませておこう」

「でしたらそのように。一年間の間は簡単な商いをアルベール君にはさせましょう、そうして自信がついたら…という事でよろしいですな?」

「ああ、それで構わない」


 そうしてアルベールの行く先は大人達の手によって本人が預かり知らぬうちに決められていく。


 何故アルベールが商人として生きていく人生を決められたのか、それを聞かされていないフィオレーなりに可愛い弟のためを思ってのことである。

 こうしてアルベールの王国行きは軽く決定してしまったのだった。

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へっぴり腰のアルベール 空見 大 @580681

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