第2話商人とは
そうして商人になったことが決まってからは話が早かった。
兄様達からのプレゼントは軍関係者とのパイプの製造に加えて、長男のハヒルト兄さまからは空を飛ぶ機能を持った馬車を航空権と共に頂いた。
長女のフィオレー姉さまからは優秀な軍馬を二匹、次男のタラサ兄さんからは遠方で取れるらしい薬草と鉱石をいくつかいただけることになった。
商人としてこの世界で生きていくのには十分すぎるほどの物資にコネ、これで失敗すれば兄様達や家に泥を塗ってしまうことになる。
誕生日の夜に父様や母様から生きていく術を教えてもらった僕は次の日、フィオレー姉さまと共に帝国商人組合へとやってきていた。
この世界で商人として生きていくうえで商人組合へと入るのは大切な事である。
商人とはつまるところ信頼が全てであり、商業的な活動を行う上で中間に入ってくれる商人組合が居るかいないかは最初の交渉ではかなり大きな作用を持つことが多くある。
ちなみに商人組合以外にも冒険者組合や魔法組合などなど様々な組合が存在しており複数の組合に参加している人物もそう珍しくない。
「フィオレー兄様は組合に所属されているのですか?」
「私はどこにも。ハヒルト兄さんも入ってない、タラサだけは海運組合に入ってたはず」
「そうですか……」
もし組合に入っているのであればそこで兄様達に会う機会もできるかもしれないと考えていたのだが、軍に所属している兄様達は組合に参加する必要性もないのだろう。
帝国内部では帝国軍に所属しているというだけでそれなりの信頼度を稼ぐこともできるし、それでなくとも王と呼ばれるような兄様達はその名前を出しただけで無条件に信頼してもらえる。
それは兄様達がこれまで頑張ってきた証であり、その力を帝国にいる人間の多くが信頼している証でもあった。
「大丈夫だよ、私たちが居なくてもアルベールなら何とでもできる。
君はこれから頑張って一人で生きていかないといけないんだ、私達の力を借りることはもちろんあるだろけれど、それでも最後の決定をするのは自分自身しかいない。
だから頑張って、私が手取り足取り教えられるのはこれがきっと最後だからさ」
フィオレー姉様は少し寂しそうな顔を見せながら僕の頭を軽くなでた。
確かにこれから家の力を借りるよりも先に僕は自分の力で解決していかなければいけない、そうして頑張って仕事をした結果兄様達の手伝いができるのであれば僕はやっていけるだろう。
組合の扉を開けて室内へと入っていくと、刺すような視線が周囲から向けられるが、それもほんの瞬きのような時間だけでまるで何事もなかったかのように視線を外すと商人たちは自分の作業へと戻っていく。
そうしてカウンターの方に向かって歩いていくと制服を着こんだ受付嬢がたっており、フィオレー姉様と共に僕はカウンターへと向かう。
「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか」
「僕の組合登録をしに来ました」
「組合登録ですね了解いたしました。
こちらの書類を上から下まで読んで頂いた後に筆記試験、面接、アンケートを行います。
あちらの扉から奥へと進んでいただきますと会場がありますのでそちらに入ってください。
お連れの方は面接会場に先にお願いいたします」
「それじゃあ一旦お別れだねアルベール。筆記試験は簡単な問題だけだから大丈夫さ」
「はい、頑張ってきます」
ほんの少しの心細さを感じながらも流れ作業のようにして、案内されるまま僕は部屋へと入っていく。
部屋の中には椅子と机、それに紙とペンだけが置かれておりそれ以外には特に何もない。
事前に何も勉強していないのに大丈夫なのだろうか、このテストにもし落ちてしまったら兄様達や父様母様からの期待を裏切ってしまうのだろうか。
どうにもそんな事を考えてしまい落ち着かないまま椅子に腰をかけてモジモジとしていると、受付嬢から作業開始を告げられれる。
「ではプリントを裏返し問題を受けてください。制限時間は十分、その間この部屋からの退出は認めません」
(難しいだろうけど頑張らなきゃ!)
プリントを裏返して問題文を上から下までじっくりと眺め、これならばなんとか解けそうだと判断しゆっくりと一問ずつ時間をかけて解いていく。
そうして丁度10分が経った頃に僕はペンを机の上に置くと、受付嬢さんがそれを回収していく。
「それでは次に面接を行なっていただきます。
面接では自分の気持ちに正直にお答えください、嘘はいずれバレますので」
「はい! 分かりました」
「……元気ですね。商人として生きていく上で元気なのは良い事です、できればそのまま元気なまま商人として生きて行ってください」
「はい? 頑張ります!」
一瞬だけ影のある表情を見せた受付嬢さんを見てなんだろうと疑問を覚えると同時に、僕はそれだけ商人の仕事というのは難しいのだろうと考える。
いろんな大人の人達が自分の利益のためにお互いを騙し合う、そんな場所に居れば確かに疲れてしまうのも無理はないだろう。
そうして案内されて向かった先は商人組合の一番奥の部屋。
商人組合長室と書かれたプレートのある部屋に入ると、大きな机の向こうで椅子に腰をかける大きな髭が特徴的な初老の男性が、こちらをキリッとした目つきで睨んでいた。
「ほう、ワシの眼光にも怯まんとは流石と言ったところかの。
ワシは商人組合会長のマーチェント・オリヴァー、よろしく頼むぞアルベール君よ」
「はい! よろしくお願いします」
「私の弟は軍の関係者と喋る機会も多いですからね、オリヴァー氏の眼光も苦ではありませんよ」
「陸の王フィオレー氏にそう言われてはたまりせんな、それと私のことはマーチェントと呼んでください。
長期的な付き合いができそうな人物にはそう呼んでもらうことにしているのです」
「それは光栄ですね。ではマーチェント氏、弟の面接をお願いします」
姉さんがそう言いながらオリヴァーさんの前に椅子を置くと、僕はそれに座り手を膝の上に置いて少し緊張しながらオリヴァーさんと目を合わせる。
先程は癖で目を合わせたものの実際にこうして目を合わせるとオリヴァーさんの目付きは凄く怖い。
戦場に居る頃の兄様達程ではないにしろ戦場経験のない将校ではその瞳の前に長時間いる事は耐えられないだろう。
そう確信できるほどの眼光を前にしても臆さないように手をギュッと握り締めると、僕はオリヴァーさんからどんな質問が来てもいいように心を構え直す。
「では面接を始めよう。まずアルベール君、君はいま自分の家がどれほどの価値があるか分かるかね」
「私の家の価値でしょうか…? 武家としては帝国内でもかなりの位置にあると思っています。
兄様達の影響力を鑑みれば周辺諸国の中でも有数の家になるのではないかと考えています」
「うんそうだね、その考えは間違っていない。アルベール君の家は世界中から見られている、一日の外出回数から訪れた人の数に食事内容から移動手段まで全て。
そんな君がこうして商人としてこの場に来たのは商人組合としては喜ばしい事だ、なにせ君の情報は金になる。
言うなれば君は歩くお金だ、その体を狙って様々な人間が来るだろうし、その命はすごいお金になる。
まず間違いなく君は普通の商人としての生活を送れないだろう、だって君を捕まえれば陸海空の王を抑えられる。
新たな戦争の火種になる可能性すらある、その事を君は理解しているかい?」
自分の行動が常に他者に監視されているのは、僕も小さい頃から教わってきた事だ。
ゴミは家の中で全て焼却処分するように言われたし、外出はなるべく少なくしてどうしても外に行かなければいけない時は、必ずラップと共に行動をするように言われていた。
攫われそうになったのも一度や二度ではない、その度に街中を逃げ回ったり兄様達助けに来てもらったりしていたが、これからはそれを自分の手でやらなければいけないのだ。
そうしてそれを失敗して捕まってしまったら兄様達に迷惑をかける事になる、戦争がようやく終わり幸せな時間を送れるようになる兄様達に迷惑をかけてしまう可能性を考慮に入れたまま僕はこれから生きていかないといけないのだ。
その事については商人になれと言われた時には既に理解していた、だから僕はその問いに大きく頷く。
「はい。僕は僕の家のことについてしっかりと理解し、自分の身に降りかかる危険性もしっかりと考慮に入れています」
「そうか、それは良いことだね。では自分の長所と短所を教えてくれるかな?」
「はい、僕の長所は行動力です。
常に何か行動をしようと周囲を見回す癖があり、しなければいけないと判断したことには積極的に取り組むことができます。
逆に短所は……短所は……」
「短所は何かな?」
「短所は無理をしてしまうところです。それで何度も兄様達には怒られました」
長所は事前に考えていたが、自分のことをあらためて見直してみると短所というのは意外にも見つからないものだった。
見つからない、というよりは自分でみつけたくないというのが相応しいだろう。
だから僕は普段から兄様達が注意してくれていることを咄嗟に思い出して口にした、本当は事前にこういった質問があることを想定して何か言葉を考えていればよかったのだろうが、受付嬢さんが言っていた通りに本心で返答するのであればこれが唯一の答えである。
「オリヴァーさん、その事についてはどうですかな?」
「確かにアルベールは無理をする癖があります、己の技量に見合わない行動をしようとして失敗することも多くあり私達の心をハラハラとさせてくれますが、しっかりと反省することもできる子です。
他者からの信頼に応えようとする時に特に無理をしますが、修正は十分に効くと思います」
「そうですか。では最後に質問です、信頼はお金で思うかい? また信頼してもらうにはどうすればいいと思う」
信頼がお金で買えるかどうか。
この質問の答えを僕は持っている、答えは買えないである。
兄様達が軍人として活動していく中で見限った人物達と何度か話をしたことがある、末の弟である僕に取り入る事で兄様達との関係性を修復しようとしたのだ。
だがその誰もが二度と兄様達と関係性を元に戻す事はなかった、それは信頼を裏切ったからなのだろう。
そうして一度裏切られたら二度目があるかもしれないと考えるのが人間であり、そうなるともう信頼で行う商売なんて成立するはずもない。
「信頼はお金で買えません、むしろお金で買おうとする事で失うとすら思います。
他者から信頼してもらおうと考えるのなら、その人を信頼することが大切であると考えます。
自分の事を信じてくれている人の事は信じたいですから」
「……そうか。退出してくれて構わない、ありがとう。
受付に行って商人組合のカードをもらってくるといい、少ししたらまたこの部屋に戻ってきてくれ」
「はい! ありがとうございました!」
大きな声で返事をしながら僕は部屋を後にする。
手の中に残ったのは交渉が確かに上手くいったという確信と、ほんの少しのドキドキ。
こうして僕の商人としての人生は幕を開けるのだった。
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