アラブの石油王に萌え絵を売ったら、何故か犯罪組織の抗争に巻き込まれました

@HasumiChouji

アラブの石油王に萌え絵を売ったら、何故か犯罪組織の抗争に巻き込まれました

「何、呑気な事言ってんですか? 全部、あなたのせいですよ」

 髪を派手な色に染め首筋にまでタトゥーが有る人相の悪いアジア系だが……日本人より明らかに彫りが深いあんちゃんが、文字で書けば丁寧だが怒気を含んだ口調でそう言った。

 辺りには死体が転がっていた。

 アジア系、白人、アフリカ系、中南米系、中東系。ポリコレに配慮したような多様な人種構成だ。

 始まりは、ある年の年末のコミケだった。


「あの……年末に、とんでもない収入が有って……」

 青色申告の前に税理士に相談せざるを得ない事態になった。

「ええっと……何ですか、これ? その……暴力団なんかのマネーロンダリングに関わったりしてませんよね?」

 コミケにブースを出していたら、いかにもアラブの石油王と言った感じの人物がやってきて「自分の為だけに萌え系のイラストを描いてくれ」と頼まれた。

 そして、前金を即金で俺の銀行口座に振り込んでくれた。

 完成品を引き渡したら、同じ額を振り込んでくれると言う。

 題材は何でも良い。ただし、指定の印刷所で紙に印刷する事。

 前金だけでも、一流企業のサラリーマンの年収2〜3年分か……下手したら、それ以上。

 カツカツの生活のエロ同人誌作家にも春が巡って来たのだろうか?


 数ヶ月後、完成品は無事、アラブの石油王に引き渡されたが……その後、出版社やゲーム会社なんかから、何の声もかからなかった。

 しかも、更に数ヶ月後、税理士に頼んだのに、所得税の申告漏れのミスが見付かり、追徴課税の通知が来て……ああ、くそ、中古とは言え仕事場を兼ねたマンションを即金で買い、作画用のPCを新しく買い……要はアレだ「悪銭身に付かず」と云うヤツだ。

 仕方ない。

 その手のショップサイトで「アラブの石油王が買った萌え絵の複製画」を売る事にした。

 一応、問題の「石油王」の事を調べてみたが、実在していて、写真を見る限りコミケにやってきた人本人で、何十番目からしいが、中東のある王国の王位継承者だった。


 そして、SNSで「こんな下手な絵買う石油王って、どんだけ目が腐ってんだよwwwww」「なに、この嘘松wwwww」とか散々に嘲笑され始めたが……俺は、それ所では無かった。

 問題の石油王が何者かに殺された、と云うニュースが流れ……。


 そんな最中に参加した中規模の同人誌即売会に変な客が来た。

 温厚そうな二十代後半ぐらいのイケメン……だが、格好は、この場に似つかわしくない小洒落た……まぁ、要はウェ〜イ系な感じのモノだった。

「あの……ボク、この前亡くなった○○王国の××殿下の知り合いで……」

 微かな中国訛りか韓国訛り……。

 その男が見せたスマホの画面には……あのアラブの石油王と握手しているスーツ姿のこいつの写真が表示されていた。

 渡された名刺には、中国系らしいIT企業の役員と云う肩書が有り……。

「ボクの為にも萌え絵を描いて欲しいんですが……」

「は……はぁ……」

「謝礼はこれ位で……」

 提示された金額は石油王が出したモノよりデカかった。

「では、その……条件は……」

「すぐに」

「へっ?」

「可能なら、明日の朝までに印刷可能な状態にして下さい」

「ちょ……ちょっと……」

「最高クラスのPCを既に用意しています。今からボクに付いて来て、作画にとりかかって下さい」

「む……無茶です……」

「お金が足りませんか? さっきの額の3倍までなら出せます」

「えええええ?」

「あと、ボクの為に作った絵をネットで公開したり他人に売ったりする事は禁止です」

「あ……あの……」

「ああ、金額が足りないんですね。ちょっと待って下さい」

 どうやら、中国のIT長者らしき男は、どこかに電話をかけながら居なくなり……。


「何だったんだ……一体……?」

 ドンッ‼

 いつの間にか戻って来ていた自称・中国のIT長者は俺の前にトランクケースを置いた……。

 そこには、最初の言った額の5倍以上の札束が入っていた。


 北野武のヤクザ映画に、そんなシーンが有った。

 とんでもない額の札束を積まれると……積まれた側が逆に恐怖を覚える……。

 俺は、そんな状態だった。

「今から来て……萌え絵を描いてもらえますね?」

「……は……はい……」

 その時、どこの国の言葉か判らない怒号……そして……。

 何で、同人誌即売会の会場で銃声がするんだよ?

 よく見ると……いつの間にか会場には……白人・黒人・東南アジア系っぽいの・色んな人種の混血らしきヤツ……明らかに日本人じゃなくて、オタクっぽい格好じゃない上に、妙にガタイが良い奴らが入り乱れていた。

「ぐ……ぐげっ……」

「うわああああッ‼」

 目の前に居た自称・中国のIT長者は血を流しながら倒れ……。その背中には無数の穴が空いていた。


 駆け付けた警官達も、謎の集団にあっさり銃殺され……そして謎の集団同士の殺し合いも続いていた。

 気付いた時には夜になっていた。

 どうやら、会場は警察か自衛隊の特殊部隊に包囲されているらしい。

「な……なんなんだよ……一体?」

「何、呑気な事言ってんですか? 全部、あなたのせいですよ」

 大乱戦の数少ない生き残りの1人である東南アジア系らしい髪を染めタトゥーを入れたヤツは、舌打ちをしながら、そう言った。

「は……? えっと……俺のせい?」

「ああ、聞いた事ないみたいですね? 私達みたいな組織の間でマネーロンダリングの為に美術品が使われる事を……」

「へっ?」

「そう。マネーロンダリングの為なんで、本当に価値が無くても良い。価値が有るかもと云う幻想が有って……価格が乱高下しないモノがね……。だから、門外漢には、どう評価すればいいか判らない現代美術なんかの方がいい。あと……日本で云うなら『萌え絵』とか」

「へっ?」

「まだ、判りませんか? あなたに『萌え絵』を依頼した中東のどこかの国の王族は、犯罪で得た金のマネーロンダリング用の『美術品』として、あなたに『萌え絵』を発注したんですよ。そうとは知らず、あなたは複製品を売って、あなたの『萌え絵』の価値を下落させた。そのせいで……あなたの『萌え絵』を媒介に金のやりとりをしてた犯罪組織の間で、とんでもないトラブルが起きたんですよ。ええ、ここで出た死人なんて誤差に思えるぐらいの人死が出るようなトラブルがね……」

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