シュレディンガーの箱

@Jalulu

シュレディンガーの箱

シュレディンガーの箱はとてつもなく硬い。


なんてったって箱の外から中の猫や猫を殺せる道具への干渉を完全にシャットアウトするのだから。


シュレディンガーの猫という思考実験、並びにそれを元にした実験の数々において、猫と猫を殺せる道具はひとまとめにされて中身の見えない箱に入れられる。それによって猫が生きているか死んでいるか分からないために、外側から見る限りは、箱の中には猫が生きている状況と死んでいる状況が重なっているものとして扱われる。


その間、猫と道具が入れられた箱の中身は決して見えてはならず、ひとたび見えてしまうと猫が生きているか死んでいるか分かってしまうから、その時点でこの実験は終わってしまうのだ。


そう聞くとおかしなものだ。シュレディンガーの猫と道具が入った箱は、外から見て、想像する分にはまるでビックリ箱のようにたくさんの量子力学者達の心を捉えて離さないのに、箱が空いた途端誰を驚かせるでもなく皆の関心の的でなくなってしまう。


話を戻そう。


現代の科学力をもってすれば、箱の中身を知るのにわざわざ箱の蓋を開けるなんて面倒なことをする必要はどこにも無い。


ちょっと箱の壁越しに超音波を放って帰ってきた音から猫がまだ動いているか確かめてもいい。


ちょっと箱の壁越しにX線を放って反対側の箱の壁から猫がぐたっとしてないか確かめてもいい。


ちょっと箱の壁越しに小さな穴でも開けて直接覗き込んで中を見てもいい。


だが、それらはできないのだ。何故か。もちろんそんな試みをしようとすれば世界中の量子力学者達が飛んできて力ずくででも止めようとするからとかではない。いや、もしかしたらそうかもしれないがそうじゃない。


シュレディンガーの箱は世界に存在するどんな力によっても決して傷つかず凹みもしないほど硬くて、あらゆる電波や音波、電流、ついでに念波や霊波の類も完全にシャットアウトし、かつ、箱の蓋は決して開けられないように厳重に閉じられているからだ。


それは、ちょっと箱の壁越しに何かしようなんて絶対に許さない箱なのだ。


だってそうだろう。箱の壁越しに箱の中が観測できてしまうのならそもそもこの実験は成立せず、なんの意味もないのだから。


けれども世の中のほとんど全員の量子力学者は今も箱に閉じ込められた猫にお熱になっていて、ほとんど全員がこの実験に意味はあると認めている。そう。この実験に意味はあるのだ。(もちろん人によって多少見解の相違が発生する余地はあるが、おおむね。)


ならば逆に考えよう。この実験に意味があるということは、箱の壁越しに箱の中身を知ることは決してできず、動物愛護団体の団員達は、きっと猫は生きている、そうに違いないと信じ続けることができるのだ。素晴らしいじゃないか。


結論を言うと、シュレディンガーの猫という実験において最も大切で特別なものは猫でも猫を殺せる道具でもなく、それらを外界から完璧に護ってくれている箱なのだ。猫は犬でもいいし、猫を殺せる道具は猫を一定確率でいつか確実に殺せるのであれば毒だろうが放射線だろうがとてつもなく臭い食べ物だろうが何だっていいが、完璧に硬い箱は完璧に硬い箱でなければならない。


完璧に硬い箱が完璧に硬くあり続ける限り、シュレディンガーの猫という思考実験はきっと、いつまでも、その特別性を保ち続けることだろう。


P.S.ここまで読んでくれた貴方は是非とも、友達に世界で1番硬いものは?と聞かれた時にダイヤモンドや何か適当な粘り気のある物を答えるなんてつまらないことはしないでカッコよく「シュレディンガーの箱さ。どうしてかというとね…」と言ってみて欲しい。それを言ってもまだ友達であり続けてくれる稀有な人は絶対にこれからも大切にすべきだと思うけれど。

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