Cold Me

高柳神羅

Cold Me

 僕は、毎日決まって同じ夢を見る。




 夢の中で、僕は働いている。

 何処か既視感のある、灰色で広々とした部屋が僕の仕事場だった。

 出入口はひとつしかない。でもその扉は専用の認証キーがなければ外側からも内側からも開けられない扉で、そのキーを持たない作業員の僕はこの部屋から出ることはできなかった。

 室内にあるものは、鋼鉄製の巨大な回転炉がただひとつだけ。

 回転炉って何かって? 奴隷が強制労働させられる時に回している持ち手のある杭みたいなやつ、って言えばイメージしやすいかな。回転櫓と言ったりもするね。ああいうやつだよ。

 三十人で一組となり、ひとつの回転炉を休憩なく回し続ける。それが、僕に与えられた仕事だった。

 与えられたノルマは十二時間。それを昼夜交代で二十四時間、止まることなく延々と延々と。

 そうして動力エネルギーを生み出して、人間が生活するために必要な電力エネルギーを得る。


 この世界では、全て人力で生活に必要なエネルギーを賄っているのだ。


 火力、水力、原子力。僕たちにとって御馴染みだった発電方法は、この世界ではとっくの昔に廃れていた。

 大気中の二酸化炭素濃度が上昇し、それに伴いこの星は温暖化。現在、気温はこの辺りでは平均五十度くらいになる。元々高温地域だった別の国では更に暑くなっていることだろう。何処だったかの国では平均七十度近くにもなっているらしい。

 当然四季なんてとっくに消滅した。天気は晴れっぱなしのまま雨も降らないから自然界に貯蓄されている水の量は減っていくばかり。環境に適応しきれずに殆どの生き物は死に絶え、植物は元々高温に強い種以外は全て枯れて土地は更地になった。単に砂地になってないってだけで殆ど砂漠と変わらない。川も海も既にお湯状態だから魚もみんないなくなった。

 こんな環境を生み出す原因となった二酸化炭素の発生源の主原因となった火力発電は利用禁止となり、水力発電は飲料用にできる真水の確保の方が優先だからと発電に水は使用しなくなり、廃れた。原子力は何処かの馬鹿な国が核兵器を盾にして貴重な資源を諸外国から脅し取ろうとしたもんだから、今後第二第三のそういう国が出てこないように核燃料の保有自体が全世界で禁じられた。昔から散々騒がれてたのに今更かよって思う。

 地上にあった核燃料は全部ロケットに積んで宇宙の彼方に飛ばしたってニュースで報道されてたけど、宇宙を汚すなよってちょっぴり思ったことが何となくだけど記憶に残っている。この夢を見るようになってからこの部屋から一度も出たことないはずなのに、どうしてそんなことを『覚えて』いるんだろう。不思議だ。

 まぁ、夢なんて所詮は御都合主義の塊みたいなものだ。そんなもんなんだろうけれど。



 この世界がこんな環境になったことで、人間社会にも随分と変化が起きた。

 まず、農業や漁業が消滅した。人間が食用にできる生き物がほぼ絶滅してしまったからだ。

 農業や漁業が消滅すると、次に消えるのはそれらを仕入れて販売する業種だ。卸市場なんかは残らず潰された。最初は別の施設として再利用していたものの、結局それらも長続きせずに最終的に放置されて風化していった。

 供給される食糧の数が激減し、加えてこの猛暑を超えた極環境。冷を得るために必要とされる機器を動かすにも氷を一粒作るにも求められる電力は、今や人間が人力で賄っている状況だ。量が限られた資源は、あっという間に人類同士での奪い合いとなった。

 流石に即武力行使で、なんてことにはならなかったものの、瞬く間にそれらの価格は高騰していった。

 更に追い打ちをかけるように、一般企業の倒産が相次いだ。当たり前だ、今日びこんな世界で持っていても役に立たないような商品を扱う会社が利益を出せるはずがない。失職者が続出し、その余りの多さに国も遂に匙を投げて生活保護制度を廃止した。国家予算を丸ごと費やしても賄いきれないレベルだもの、当たり前だよね。ついでにいつの間にか年金制度も消滅してたけど、元々僕らの世代になったら破綻してただろうと言われてた制度だ。今更感満載で文句も出てきやしない。

 元々そこまで貯蓄を持ってなかった低所得者層の人間は、暑さや飢餓に耐えられずに次々と死んでいった。周囲で面識のある誰かが亡くなっても、それを悼む人もいなくなってしまった。明日は我が身だから他人のことまで気にする余裕がないんだよね。共同墓地という名の国が用意した投棄場所に亡骸を放り込んで、それでおしまいだ。



 そんな中で、新たに生まれたものもある。

 その中のひとつが、今僕が就業しているこの仕事。発電炉を稼働させる動力となる『発電士』という職業だ。

 現在、世界中に存在する工場系施設の九割以上が、人力発電所である。残りの一割が食品関連の工場だ。

 どちらも国が運営しており、生産した電力エネルギーや食品は全て国が一度買い上げる。そうして今度は国が専門の卸業者に商品として販売し、国から商品を買った卸業者が販売店に売る。僕ら一般人はその販売店から……という仕組みで電力エネルギーや食品の供給が成り立っているというわけだ。

 発電士の給料は、正直に言って安い。パートの最低賃金レベルの収入しかないと思う。

 だがその代わりに、工場で生産した電力エネルギーの一部を利用することができるから、工場内の環境は空調設備が整っていて過ごしやすい。室温は二十三度で一定、気温五十度オーバーの屋外とは雲泥の差だ。

 だから、誰もがこぞって発電所に就職したがる。従業員には少ないけれど食事の配給もあるし、発電士でいる限りは少なくとも飢える心配がなくなるからだ。

 人手があればあるだけ、発電できるエネルギーの量が増える。利益が伸びれば建物を増築して発電炉を増やすことができる。そうすれば更に多くの人に就職の場を用意できて……

 一見すると、国のお陰で社会は問題なく回っているように見えるかもしれない。

 でも──


 こんな環境下に身を置いてまで生き長らえたい理由って何だろうな、とも考えてしまう。




 目覚めると、僕は自宅のベッドの上で。

 窓の外を見ると、ちらほらと雪が降っていて。

 僕は一般企業に勤めるごく普通の平凡なサラリーマンで、この星の環境は崩壊などしていないのだということを思い出す。

 朝なのに疲れたなと独りごちながら、ろくに朝食も食べずに自分の車に乗って出勤していくのだ。


 電気がなければ今の人間は生きていけない。それは現実も夢の世界も同じではあるんだけれど。

 既に悪化しきった環境を今以上に悪化させないために車もスマホもエアコンも手離して苦労して生きるくらいなら──

 もう既に落ちるところまで落ちたんだから後少しくらい環境が悪くなったところで同じだろ、それなら楽な生き方をさせてくれたっていいじゃないか、と考えてしまう僕は間違っているのだろうか。




 今日も、僕は夢の中で発電炉を回している。

 いつかの時代の奴隷みたいに、二十九人の仲間と共に延々と同じ場所をぐるぐると回っている。

 働かない者は、生きられない。だから、身を粉にして働いている。

 生活保護があるじゃないか、なんて言える時代はとっくに終わったのだ。これが現代社会における人間の生き方。働かない者生きるべからず、なのである。

 どんなに疲れても、体の何処かが悪くなっても、動ける限り働き続ける。若かろうが、老いていようが、皆平等に。

 働かなくていいのは、ごく一部の限られた人たちだけ──元々金持ちだった奴か、国を動かす立場にいる人間とその親族くらいのもの。

 昔から税金という形で僕ら下の者から命を搾取してきた『選ばれし者』たちは、今も形は変われど下の者から頂戴した命を糧にして生きている。

 きっと、彼らにとっての『下の者』がいなくなるまで、続くのだろう。

 ……いや。

 下の者を食い尽くしたら、その時は周囲にいる誰かを追い落とし、下の者を無理矢理生み出して糧としていくのかもしれない。



 発電士の仕事は、過酷な肉体労働である。ただ発電炉を回し続けるだけ、それだけの単純な作業ではあるけれど、就労している者にかかる負担は莫大だ。

 回り続けた歯車が摩耗してしまうのと同じように、長期に渡る労働で体を壊し、働けなくなってしまう者は多い。

 発電士として働けなくなった者には、別の役割が与えられる。

 これは、発電士に限らず別の職業に就く社会人にも等しく訪れる機会なのだが。

 そちらの任務も、社会に貢献し人々の暮らしを守っていくために必要不可欠で大切なものだ……と上の者たちは説いている。

 実際、その通りではある。仲間から外れて去っていったその者たちが背負った『役目』は、僕ら人類をこの過酷な環境下でも生き続けていられるように明日への活力と希望を与えてくれているからだ。

 ……しかし、そんな人類の救世主みたいな扱いをされている役割を、自ら進んで与えてほしいと願い出る者はいない。

 彼らのお陰で救われる人々は、その殆どが上の者たちで──僕ら下の者がその恩恵に与れることは、ゼロではないけど殆どないのだ。


 それでも、僕らは自分以外の誰かがその『役目』を担ってくれることを望まずにはいられない。

 こんな酷い世界でも。いつかは自分がその役割を背負うことになる、それが分かり切っていたとしても。

 その瞬間が訪れるまでは──生きていたいと、本能が今ある命にしがみついてしまうのだから。




 今日も僕は、現実で馴染みのコンビニに行き適当に目についた弁当を買って会社に行き、

 夢の中で『役目』を与えられ食用加工された元仲間を材料にした合成食糧で腹を満たしながら、ごく一部の限られた者たちを生かし続けるために働き続けている。

 いつかは、現実の世界も夢の世界のようになってしまうのだろうか。

 ……きっと、遅かれ早かれ似たような形にはなってしまうのだろう。

 それを薄々と察していながら、敢えて気付いていないふりをして、快適さを追求した生活を求めて生き続けている。


 せめて、自分が生きている間はこのままであってほしい──そう、願いながら。

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