第5話

 翌日。

 俺は一年B組の教室の前に遠藤先生とともに立っていた。時刻は朝の八時半。昨日とは違い、始業時間に間に合った。

「なんか、緊張してる?」

 遠藤先生が苦笑気味くしょうぎみに言うので、正直に「はい」と少し笑いながら答えた。自分でも笑ってしまうほど緊張している。体の末端、主に指先の震えが止まらない。

「準備ができたら行くけど、いけそう?」

 心配そうに遠藤先生が聞いてくる。俺はほほを両手でパチン、と叩き、気合を入れなおす。

「お願いします」

 遠藤先生は無言でうなずくと、教室のドアを開けた。




「みなさん、薄々うすうす気が付いてるとは思いますが。今日からうちのクラスに転入生がやってきます~!」

『うぉおおおおおおおおお!』

 先生の言葉に、教室はまるでライブ会場のように盛り上がる。そんなに期待値を上げられると出ていきにくいからやめてください……。

「せんせー! 男子ですか、女子ですか?」

 クラスメートの内の一人が聞く。滅茶苦茶めちゃくちゃいい声だなこいつ。

「男子です!」

 先生の言葉に、女子は沸き立ち、男子は盛り下がっていた。おいやめろ。女子のハードルを越えるのが一番難しいんだぞ。もっとさらっと入学させてくれよ遠藤先生。


「じゃあ、薄城うしろくん。入ってきて!」

 教卓の上から遠藤先生がアイコンタクトを取る。一度、深く息を吐いて、吸い込む。よし。

 俺は教室に足を一歩踏み入れ―――

 シン。

 瞬間、世界から音が消えた。

 さっきまでのわくわくと緊張が入り混じったような甘酸っぱい青春への期待的な感情はすべて吹き飛び、やばいの三文字で埋め尽くされる。なんだ? 俺は何をやらかした? 服装か? 髪型か?

 背中を冷や汗が伝う。

 クラスメートとなる約三十人の視線をひしひしと感じる。なのに、一人も声を発しない。


 とりあえず黒板の前まで歩いてきたものの、俺はここで何をすればよいのか全く知らなかった。

 助けを求め遠藤先生の方をチラッと見る。しかし、先生はこうなることを全く予想していなかったのか、わたわたしているばかりで、あてになりそうもない。

 うーん、困った。とりあえず自己紹介でもしとくか。

「えー、こんちには。転入生の薄城幸です。これからよろしくお願いします」

 何のひねりもない自己紹介。俺がぺこりと頭を下げると、静寂を破るように拍手が聞こえた。それにつられたのか、拍手がクラス中に広がっていく。お、なんかよくわからんが上手く行ったみたいだ。

 顔を上げて拍手中心を視線で探すと、教室の真ん中あたりで小さく手を振っている女子生徒が目に入った。

 それは昨日、俺が最初に出会ったクラスメート、宇井橙子さんだった。




「それじゃあ、薄城くんの席はあの空いてる席ね」

 クラスの雰囲気が和んだことにより我を取り戻した先生は、クラス後方に明らかに後付けされたであろう空席を指さした。廊下側だが最後列で学生にとっては良い席。

 俺はクラスメートたちの間を通り抜けながら、自分の席にたどり着く。

 途中、「ウェイ!」と男子生徒の一人から拳を突き出された。どうやらこのクラスはテンションの高い人たちが多いらしい。

 俺は困惑しながらも、なんとか「う、うぇーい……」とこぶしを突き合わせることに成功した。

 ここで若干の迷いが生まれるてしまうのが、俺がノリ悪いと言われる所以なのだ。中学時代はすべてに対して斜に構えた言動で、完全な中二病だったので、彼女はおろか、友達すらできなかった。当時の自分を殴り飛ばしたい。

 だが、高校生活は違う。俺は大人になった。今度こそ、まともな学生生活を!

「薄城? だ、大丈夫か? 険しい顔してるけど」

「あ、あぁ。なんでもない」

 突然立ち止まった俺に、その男子は心配の声をかけてくる。

 俺はそそくさと、与えられた自分の席へ向かった。


 俺の第一印象は果たしてよかったのか、悪かったのか。モヤモヤを残したまま、俺の学校生活は始まった。

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俺と不幸の親和性が高すぎる 名還フェガ @fega_nakan

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