第4話

 遠藤先生からメールで連絡があったのは、その日の夕方だった。

『まず、ごめんなさい。薄城うしろくんにかかってた疑いは冤罪えんざいでした。宇井ういさんの意識が戻ったため事情を聞き、無事、誤解を晴らすことができました。明日から正式に編入となります。明日から学校来れますか?』

 先生からの嬉しい報告に、心がおどる。やっとだ。やっと学校生活を送ることができる。

 宇井というのは、おそらく気絶してた女子の苗字だろう。ここまで来て、初めて彼女の名前を知ったことが何だか不思議に感じる。

 俺はもちろん『お願いします』と即座に返信した。

 そのあとは先生と明日の登校時間などの事務連絡をして、メールアプリを閉じた。

 遠藤先生との一連のやりとりが終わったあと、緊張が解けたのか、どっと疲れがおそってきた。俺はそのままベッドに倒れこみ、今朝強打した鼻をさする。

 めちゃくちゃ長かったな、今日。まだ何もしてないのに。

 今日の出来事を振り返りながらそんなことを考えていると、俺は段々と眠たくなってきて、いつのまにか眠っていた。




 ピンポーン。

 明るい電子音に眠りから引き起こされる。

「ん......。宅配か......?」

 いや、ここ数週間は引越し作業であわただしかったため、通販で注文などはしていなかったはずだ。

 じゃあ何なんだ?

 ピンポーン。

 二度目のインターホンが鳴る。

 俺は疑問を抱きながらも、ベッドから体を起こす。

 ピンポーン。

 寝室から廊下に出たあたりで三度目のインターホンがなった。

 俺はそこで、先ほどから鳴っているこのインターホンがエントランスのものではなく、玄関前のものだと気付く。

 あぁ、そういうことか。

 俺は、ある確信と共に玄関ドアについた魚眼レンズを覗き込む。

 そこには予想通り、髪が長めのイマドキ少女。気絶女子高生の宇井さんが立っていた。




「ご迷惑をおかけしてすみませんでした!」

 ドアを開けた途端とたんに、宇井さんが頭を下げる。朝も見たよこの光景。怒っても無いのに謝られるのって、なんか罪悪感ざいあくかんすごいな。

「いやいや、あれ事故でしたから! 大丈夫っすよ、痛みもれも無いんで」

 大丈夫、大丈夫と言うと、宇井さんはちょっとホッとした様子で、「よかった......」とつぶやいた。空気が少し和らぐ。

「こっちもすみません、見苦しいものをお見せして。挙句あげく気絶させちゃって」

「いや、そんな事ないですよ! そもそも原因作ったのも私ですし。ほんとに、すいませんでした......」

 宇井さんが再び頭を下げる。うーんこれ、キリがないな。

「じゃあ、おあいこって事にしましょ。転入して初めて出会った人と変にわだかまりを残したくないんで。はい、引き分け!」

「え、あ、は、はいっ」

 俺がまくし立てると、宇井さんは勢いにまれて首をぴょこぴょこと縦に振る。何この子、可愛い。




「実は私、めっちゃビビりなんですよ」

 その後、お互いの自己紹介をしていたところ、気絶女子高生こと宇井うい橙子とうこさんはそう言った。


「ビビり症がひどすぎて、今日みたいに驚きすぎて気絶、なんてことが小さい頃は多かったんです。それも気絶は約半日間。体育祭とか音楽会とか、大きな音が出たりするイベントにはあまり参加できませんでした。高校に入ってからはほぼ無かったんですけどね。治ったのかと思ってました」

 あはは、と宇井さんが笑う。

 なるほど、どうりであんなに起きないわけだ。遠藤先生のメールによると、宇井さんは6限が終わる十五時あたりまで全く目を覚さなかったらしい。


「そっか」

 最終的に、俺はなんと返せばいいのか思いつかなかった。


 その後も、好きなこと、好きな食べ物など、当たりさわりりのない話題を一通り続けた。

 ひと段落して、あまり長時間立ち話をしても風邪をひくから、ということで解散の流れになる。

 俺たちはもうすっかり打ち解けた。

「じゃあまた学校で、会いましょう」

「そうっすね、また明日」

「あ、そういえば、薄城くんって一年の何組なんですか? 私は一年B組なんですけど」

「あぁ、俺はわかんないっす。遠藤先生が担任ってことだけ」

 そう言うと、宇井さんは突然「えっ!?」と嬉しそうな声を漏らす。

「一緒です! うちの担任、遠藤先生です!」

「あ、そうだったのか。なら遠藤先生言ってくれればよかったのに」

 宇井さんは俺の手を両手でぎゅっと握る。突然のひんやりとした感触と、近づいた宇井さんの顔にドキッとする。なんかいい匂いがした。

「よろしくお願いしますね、クラスメートくん」

 宇井さんは茶目ちゃめたっぷりにそう言う。彼女の耳は赤く、頬も若干じゃっかん紅潮こうちょうしていた。彼女はきっと、興奮すると気持ちと行動が自制心じせいしんの先を行ってしまう人なのだろう。

 今の状況が恥ずかしくなってきたのか、肌や耳がどんどん鮮やかなピンクに染まっていく。お、耐えきれなくなってうつむいた。

「えっと、よろしく」

 俺は握られていない方の手で、宇井さんの手をがし、握手の形へ握りなおす。何だこれ。


「それじゃあ、本当に、さようなら......。また明日、です......」

 俺が返事をする間もなく、未だ赤い顔を俯けながら、消え入るかのような声で別れを言い、宇井さんは隣のドアの中に消えていった。

 確認はしなかったが、やっぱりお隣さんだったのか。

 俺も自分の部屋に入り、玄関の鍵を閉める。

 冷え切った廊下を歩きながら、今日起こったことを思い返す。

 鼻血出して、気絶した女の子をおんぶして登校して、疑いかけられて、疑い晴れて、初友達ができて、その人がたまたま同じクラスで、さらにたまたまお隣さんで。

「何かに取りかれてんのか? 俺」

 んなわけないかと呟き、先ほどと同じようにベッドに体を預けていると、眠気が襲ってきた。どれだけ体力ないんだよ、と自分に対して苦笑しながらも、俺は再び眠りに沈んだ。

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