第16話

瑠璃が誘拐された日の翌日。現在時刻は朝の4時ちょっと過ぎ。気温は15°程度。そんな朝早い時間帯の温泉旅館の一室で目覚めた真由美だったが、既に軽く朝支度を終えて少し暇になっていたので、持参した小説を読み始めていた。


「………」


目覚めた瞬間から冴え渡る思考を研ぎ澄ませ、真由美は少し思考に耽る。


それは、自分がこうして実家を飛び出し、瑠璃と一緒に探偵業をするに至るまでの経緯の事。


真由美は、何の変哲もない普通の家庭に生まれた1人の娘だった。神秘に一切の関係が無い、本当に普通の家庭だ。母親は被服関係の仕事、父親はIT関係の仕事をしている、極々普通の良くある家庭。


家族仲は良かった。3人で一緒に出かけたりもしたし、毎年毎年全員の誕生日をお祝いしていたし、寝る時は布団を横に並べて同じ部屋で眠っていた。真由美が中学生になってからはそれぞれの部屋で寝ていたが………それくらい、仲の良い家族だった。


だからこそ、家族全員が真由美の特異性を知っていた。


超能力は、自分の害悪の全てを他者に移す力。

異能は、凡そ人間の持つ機能全てを強化する力。

魔術は、あらゆるものを支配する力。

呪術は、仇を徹底的に探す力。


それぞれ使う力やエネルギーが違っていたから真由美もそれぞれを別のモノだと認識したし、家族にもそう話していた。


そして真由美の両親だが、別に真由美を気味悪がったり利用しようともせず、そういうオカルト的な事も起こり得るだろう、と受け入れ、納得していた。むしろ、うちの真由美は凄い!と持ち上げた程だ。


しかし………幸福は続かなかった。


真由美が中学2年生のある日。真由美は誘拐された。誘拐したのは神秘の世界に関係のある一派で、神秘的な才能を持つ者を探し当てる超能力の持ち主の力を使って全世界から才能ある子供を攫い、洗脳し、才能に溢れた実働部隊を作っている奴らだった。


しかし真由美は、一夜にして一派を壊滅させた。


洗脳の魔術を冷静に支配の力で跳ね返してその男の精神を破壊して作り直して味方にし、超能力の行使先を支配した男へと向け、異能による驚異的な身体能力を用いて誘拐先の建築物を制圧し、呪術によって自宅の位置を把握して、まるで何事も無かったかのように帰宅した。


超能力を常時発動出来ず、異能は何が出来るかの模索中、魔術は消費が激し過ぎて連続使用は出来ない、呪術は使い勝手が悪過ぎる。そんな未熟も未熟な状態であったとしても、御園 真由美は天才だったから。


故に、それを嗅ぎつけた神秘の世界のあちこちから狙われた。誘拐を繰り返して戦力を溜めていた一派の動きは各方面に監視されていたから、その一派が一夜にして消え去った事実もバレたのだ。


その次の日に殺されたから、真由美も事実を知る事ができた。偶然にも昨晩支配した男に超能力を使っていたから、初見殺しを回避出来た。もう少しで自分の命を失ってしまうという危機感を感じて………当時から頭の良かった真由美は、家族に迷惑を掛けないために、家を出たのだ。


家族を使に、逃げ出したとも言う。家を出る理由を書いて、家族を納得させられるような要因を残して………それから、自分勝手に逃げ出す事を許してほしいと、ずっとずっと愛していると、愛しているから逃げるのだと、置き手紙に書いて。


………まぁ。その判断すらも遅く、両親は無惨な結末を辿る事になってしまったが。それを知った時にはもう後の祭りだったというのが1番心に来たし、私の部屋に置いてあった置き手紙に一切手が付けられて居なかった事から、両親はその手紙を読む事なく、理由も分からないままに死んでいったというのにも絶望したが………それは、逃げ出した当時の真由美は知らない事だ。


そうして、真由美の逃亡生活は始まったのだ。追っ手が来たら支配、即座にまっさらにしてから精神を作り直し、手勢に加える。耐久力のある者は超能力の対象に選び、偵察が得意な者は呪術を使って使い捨ての道具にし、敵は基本的に異能と魔術でどうにかする。


更には、生活の為に神秘に依存しない天才振りを発揮して大金を稼ぎ、戦い続ける中で段々と自分の戦闘スタイルを確立し、果てには四種全ての神秘的能力も熟練していた。それ程までに過酷な人生を歩んで来たのだ。


しかしいつの日からか、神秘の世界も協力し始めた。そうして真由美は順当に追い詰められて追い詰められて、もう手駒も手勢も何も無くなった………そんな時。


『えっと………大丈夫?』


『………貴女は?』


『えっ?えっと、私は瑠璃。永墓瑠璃。えーと、そんなボロボロだけど………大丈夫?救急車とか呼んだ方が良いかな………?』


『………いいえ、気遣い不要よ。どっか行って』


『えっいや、ちょっと心配………』


『いいから。いいから………どっか行って』


そんな時、真由美は瑠璃と出会ったのだ。街中にある公園のベンチで、偶然にも。そしてその後、ボロボロだった当時の真由美を放っておかなかった瑠璃は真由美がどれだけ払い除けても着いてきて、そのまま真由美を狙う神秘の世界の男に人質にされてしまったが………


『真由美ちゃん!私は大丈夫だからやっちゃって!』


『っ………そんな、わけ………』


『大丈夫!死んでも蘇るから!』


『………はい?』


そんなこんなで、真由美は瑠璃の言葉をほんの少しだけ信じて攻撃したものの、首を掻っ切られた瑠璃は………


『あー、びっくりしたぁ。真由美ちゃんいつもこんな漫画みたいな日常送ってるの?だからボロボロだったんだ………大丈夫?怪我とかない?』


『それはっ………こっちのセリフよ』


『え?あ、そっか。いやぁ、ナイフ避けようかなーって思ってたんだけど、思ったより早くて普通に殺されちゃったや』


『そうじゃなくて………怪我は、無いの?』


『え、無いよ?言ったじゃん、私は死なないって』


──その時の真由美が瑠璃に対して思っていたのは、こいつ使えそう、だった。その後何度か検証という名の襲撃を受け、何度も殺されては生き返る瑠璃の姿を見たり、瑠璃に色々と質問を投げかけたりして………そして、最終的に真由美は確信したのだ。


この女は神秘を知らず、何より限界の存在しない不死だと。


神秘を知らない。それはつまり、真由美を追う追っ手ではない。嘘を見抜ける真由美を欺いている風には感じられ無かった。もしかしたら神秘の世界の奴らに知らないうちに利用されているかもしれないが、本人は敵では無いだろう。


不死である。それはつまり、超能力の対象にしても無限の耐久性があるという事。何の儀式もせずに不死に至る程の才能なら、限界まではある程度は保つだろうと。


その時の真由美の内心には、打算しかなかった。


………しかし。


『ねぇ真由美ちゃん、2人で探偵業やらない?ほら、依頼を受けて解決するのって楽しそうじゃん?』


『馬鹿なの?』


『突然の罵倒?!』


唐突に探偵業をやろうと誘われたから罵倒したり。


『えぇ?!不死って限界あるの!?』


『そう。貴女は後どのくらい?』


『えっと………多分無いです………?』


『はぁ?』


瑠璃の不死性が無限大であると知って使い勝手が良くなったり。


『真由美ちゃーん。今月もう20回以上襲われてるけどー、根っこから潰したりとかしないのー?そもそもアイツら何ー?』


『根っこから潰す………?考えた事無かったわね』


『えー、真由美ちゃんって意外と馬鹿?』


『は??』


『アッスイマセン』


毎月毎月変わらない頻度で襲いかかってくる神秘の世界に大報復をしたり。


『ね、真由美ちゃん。私、真由美ちゃんの事好きかも』


『っ、そ、そう』


『えー!そっけなーい!乙女の告白を流すなんて!せめて罵倒とかしてよ!』


『え?えーと、馬鹿?』


『あっもっとマイルドにお願いします』


………瑠璃に告白されたものの、あまりにヘタレ過ぎてそっかない態度しか取れなかったり。


『あははっ!真由美ちゃん楽しいねー!』


『………そう、ね………?』


『ジェットコースター楽しー!最高!』


『うん………楽しいわね』


『真由美ちゃんがデレたー!?』


………両親以外と初めて行った遊園地で、思ったより楽しんでいる自分に困惑したり。


『ね、真由美ちゃん?』


『………何?』


『なんか最近の真由美ちゃん、表情が固くなくなったね。顔が強張ってないと言うか』


『………そう?』


『うん。私と一緒に居るからかなぁ?うへへ』


『………そう、かもね』


………少しずつ、瑠璃を信頼している自分がいたり。


そうして瑠璃と共に過ごしているうちに、少しずつ少しずつ、互いを信頼出来るようになってきて………きっと。瑠璃に告白された日から、真由美は瑠璃を好きになったのだ。そうして瑠璃と数年を共に過ごして………今ではもう、瑠璃のいない世界を考えられない程に、瑠璃のことを愛していた。


「………ん」


真由美は一度手元の小説から目を離し、未だに眠りについていて、そこそこにだらしない瑠璃の寝顔を一瞥する。


「すぴー………むにゃ………真由美ちゃあん………」


寝言で自分の名前を呼ばれて若干びっくりした真由美であったが………ふと、とある事を思い付き、試してみる事にした。


「………瑠璃?」


真由美が瑠璃に対して小さく声をかけるが、当然反応など無い。まだ朝4時過ぎなのだ。普段の瑠璃は朝6時に起きるので、いつもと同じならば瑠璃はこれから2時間近く起きない計算となるのを、真由美は知っていた。


そうして真由美は瑠璃の寝顔を見て、まるで光に誘われる虫のように、瑠璃の枕元へと近づいていく。


「………瑠璃」


それでも、すやすやと眠り続けている瑠璃を見て。


「………愛してるわ、瑠璃」


──その小さく短い言葉に万感の思いを込めて、未だに眠る最愛の人に自分の気持ちを伝えるのだった。


瑠璃が起きていたら言うなんて考えられない。あまりにも恥ずかしいし、何より………もしも瑠璃がこの気持ちを受け入れてくれたとして………先に死ぬのは、どう考えても真由美の方なのだ。


真なる不老不死の瑠璃と、その恩恵を超能力で受けているだけの真由美。どちらが先に死ぬのかなんて、あまりにも明白。瑠璃に告白して、真由美を最愛だと思ってくれても………瑠璃は最後、ひとりぼっちだ。


永劫を生きる瑠璃と、本来は一瞬を生きる真由美。ほら、物語にはよくあるだろう?時間の差による悲しい物語ってやつが。


真由美は。瑠璃を心底愛しているからこそ、そのような気持ちを味わせたくなかったのだ。本当にそうなるかも分からないし、もしそうなった時に瑠璃がどう思うかも分からないし、意地でも何でも使って瑠璃と同じ時間を生きていたいとは思うが………ダメだったら悲しいだけだ。


なら、自分の恋心を秘密にして、いつか瑠璃と同じ時を過ごせるようになってから、貴女が好きだと告白すべきだろう。共に生きてくださいと、一生一緒に居るよと、永遠の孤独にはさせないと、そう言うべきだろう。


これは、半ば真由美の意地だ。同じ土俵に立ってからではないといけないと、真由美自身がそう思っているのだ。


「………ねぇ、瑠璃?」


すやすやと、とても安らかな顔をして眠っている最愛の人を見つめてから………真由美はその頬に、小さく小さくキスをした。


「………いつか、探すわ。貴女と同じ時間を、最後まで生きられる方法を」


それがいつになるのかすら分からない。もしかしたら、しわくちゃのお婆ちゃんになってからかもしれない。その間にも瑠璃の時間は止まったままで、世間から置いてけぼりにされてしまって、もしかしたら世間から爪弾きにされてしまうかもしれないけれど………


「………絶対、絶対に………探してみせるから。待ってて?瑠璃………」


もう一度だけ時間の止まった少女の頬にキスをして、それから。


「………」


神秘に愛され、両親の墓を守り、永劫を探す少女。御園 真由美は、まだまだ死んでなんていられない。死にきれてなんかいない。己の死すら超越して、最愛と同じ時間を過ごすまで。


それから真由美は、最愛を起こさないよう静かに、読書を再開するのだった。

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墓守少女は死にきれない 飛鳥文化アタッカー @asukabunka0927K

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