第15話
真由美が偽物の瑠璃を殺すほんの少し前に、瑠璃は目を覚ました。
「う………う………?ここどこ………?私の温泉は………??」
目を覚ました瑠璃の頭の中を支配したのは、ここが何処か分からない困惑よりも、大好きな真由美と共に温泉に入れていないという事実によるガッカリであった。お前はそれでいいのか??
「うそ………なんでぇ………うぅ………温泉………温泉………」
フェイスタオル一枚だけの瑠璃が身体を起こす。瑠璃が周囲を見回すと、そこは何処かのガラス張りの箱の中。箱の外はどっかのSF世界の研究所みたいな前面真っ白の部屋の中央であり、その部屋の中には白衣姿の研究者っぽい人達ばかりであった。
というかよく見てみると、箱の外にもう一枚分厚いガラスみたいなのがあり、こちらの声は箱の外には届かないだろうし、箱の外の声はこちらに届かないだろう、という状況になっている。まぁ瑠璃は今ガッカリしているのでそれどころではなかったが。
『やぁ、やっと目を覚ましたかい?被験体』
「温泉………温泉………?」
箱の天井に設置されているスピーカーから男のような声が聞こえて来ても、瑠璃はガッカリからか、『温泉』とだけ呟くおもちゃになってしまっている。今の瑠璃には『温泉』しか語彙が無い。そんなになるくらい、真由美との温泉が楽しみだったのである。
だって考えてもみろ。好きな子と一緒にお風呂だぞ?裸の付き合いだぞ?期待しない人間など存在しないだろう。少なくとも瑠璃はめっちゃ期待していた。ラッキーなハプニングとか起こらないかなぁ、と待望する程度には。
『とりあえず、君には聞きたい事が幾つもあるんだ。ちゃんと答えてくれたら、痛い思いをさせないであげるよ?』
「温泉………?」
………瑠璃的に言わせて貰うと、"痛み"というのはというのは生者の特権である。死者になり、己の肉体が腐敗して霧散し、世界中に分散した所で、痛くも痒くも何とも無いのだ。死んでいる時に五感なんて無いし、死体に口など無いように、痛みなんていう触覚も同様に存在しないのだ。
だから瑠璃は、不死特有の身体操作能力で肉体の痛覚をOFFに出来るというのに、それをした事がない。不死とは厳密に分類するならば死者であり、"痛み"が無ければそれは生者足り得ないからだ。
痛みを感じてでも、瑠璃は"生者"でありたいのである。
『ではまず一つ。貴女は不死者ですね?』
「おん………?………あぁ、まぁ、はい?」
流石の瑠璃も巫山戯るのをやめて、普通に返答し始めた。いやだって、痛いんでしょ?と瑠璃は思った。幾ら瑠璃が痛覚をOFFに出来るし不死だからって痛いもんは痛いのだ。一瞬で殺されるのは確かに痛くないのだが、ギロチンレベルの殺害スピードだと普通に痛いのである。
せめてやるとしても、体内から爆散するとかそういう人間の知覚できないレベルのスピードで、肉体を一瞬で粉々にしてほしい。そっちの方が痛くないからだ。首を切られても考える頭が残っているんだから痛いに決まっているだろう。考える暇も無いくらいのスピードで死ねば痛くないなんて明白だろう。ギロチン?あぁあれ?あれめっちゃ痛いから。不死者だと尚更痛いから。
『よろしい。では貴女ですが、一体どのような手段で不死へ至りましたか?薬ですか?それとも未知の神秘でしょうか?それとも修行でもなされたとか?』
「えー………?えーと………死んだから………?」
『そうですか。1発お願いします』
「え」
パァンッ!という音が檻の中で響き、瑠璃はその脳天を見事に頭上から撃ち抜かれた。それと同時に瑠璃は死んだものの、立っていても少しふらつく程度で蘇生した。
『ちゃんと言わないとダメだろう?』
「はぁ………?えぇ………?ちゃんとって言われても死んだだけなんだが………?」
瑠璃はただ死んだ。死んだから不老不死になったのだ。そこに一切の虚偽など無く、故にこうして困惑している。
いやまぁ、分かるよ?普通はもっと違うアプローチで不老不死に至るらしいのは知ってるよ。薬とか道具とか儀式とか修行とか、色々となんかあるのは知ってるんだよ。
でも私そんなんした事ねぇ!どないせいっちゅうねん!
『ほら、もう一度。どうやって不死になったんだい?』
「いやだから、私が死んだから………」
『もう1発お願いします』
鳴り響く銃声と共に即死する瑠璃だが、しかし即座に蘇生して、更なる困惑顔へとなっていく。だってめっちゃ理不尽だし。本当の事を言ってるのに嘘って断定されてるし。
「えー………あー、もういっか」
瑠璃は半ばヤケになり、唯一自分の姿を隠せるフェイスタオルを畳んで枕のようにして、檻の中でほんの少し気怠げな気分になりながら横になり始めた。
『寝てもいいけれど、寝る前に話してくれないかい?』
「嫌でーす。私の話を信じてくれないお馬鹿さん達に教えることはもうありませーん」
拗ねた瑠璃は横になったままに目を閉じて、割と本気で寝ようとし始めた。だって、ちゃんと本当の事を言ってるのに撃ってくるし。そんな対応をされると、瑠璃としても不死の秘密(そこまで秘密でもない)を言う気が無くなってしまう。
………後、なんか全身が気怠いし。多分、そういう事だし。
『ふーむ………まさか、嘘偽りが無い?という事は、本当に天然の不死者という事ですか………?』
「知りませーん」
瑠璃は真由美から色々と話を聞いたりはするが、神秘関係の話はいまいち分かりづらいのだ。正直言って、自分が辿った以外の不死へと至る道とか知らないのだ。興味も無いのである。
そもそもの話、瑠璃が知りたいのは不死を得るなんてくだらない方法ではなく、才能が無くても神秘を扱う方法だ。不老不死への至り方?んなもん一回死ねば良いんだそれより神秘の才能寄越せ。
『………では、そうですね。仕方が──』
ドゴンッッッ!!!!!!という、まるで巨大な金属に穴が開いたかのような、もしくはどっかで何かが爆散したかのような音がしたのと同時に、スピーカーから聞こえていた男の声が完全に途切れた。
「真由美ちゃん駆け付けてくるのはっや」
そう、真由美が瑠璃を助けに来たのだ。瑠璃が途中、拗ねるようにして横になったのは気怠さが全身を覆ったからだが、これは瑠璃の命を高速消費して魔力を吸い出されている合図なのだ。『今から助けに行くから引きつけて』という合図であり、真由美の『支配』の魔術による空間転移の魔力消費でもあった。
そうして待つ事、凡そ2、3分。瑠璃がフェイスタオル1枚で軽く姿を隠しながら待機していると、急に瑠璃の視界から見える景色が切り替わり、旅館の一室というか、予約していた梅伍の部屋にまで戻ってきていた。
「うおっ、なんだびっくりした」
「瑠璃」
背後から真由美の声が聞こえて振り向くと、そこには行きのバスの中で見たのと変わらない格好の真由美が立っていた。無論、真由美に一切傷は無い。怪我は全部瑠璃が受けるので。
「あ、真由美ちゃん。助けてくれてありがとね」
「いえ、別にそれは良いのだけれど………貴女、短時間で拉致されるのやめてくれるかしら?」
「拉致られたのは自分の意思じゃないんですけど………無茶言わんでもろて………」
「というか、どうやって攫われたか覚えてる?」
「えーと………なーんか、いつの間にか気を失ったんだよね」
「んー………似たような姿形の存在同士の位置を入れ替えるタイプの能力かしら………?」
「え、私の偽物居た?」
「えぇ。絞め殺しておいたわ」
「あらま。ちなみにその偽物、真由美ちゃんに余計な事とか言ってないよね?」
「えぇ、私が対応を間違えていたらそうなったかもしれないけれど、支配して確認したわ。瑠璃に関する記憶は無かったわよ。多分あれは条件を満たすまでは外見だけを模倣するタイプね」
「なーんだ、良かった良かった」
瑠璃はその言葉を聞いて安堵した。知られたく無い秘密というのは、誰にでもあるからだ。
「それで真由美ちゃん。私を拉致したのってどんな奴らだったの?めっちゃ来るの早かったけど」
「あぁ、そうね──」
──真由美が言うには、今回瑠璃を拉致した組織は、完全な不死者を作り出す組織だったらしい。ただし、この場合の"不死者"というのは不老不死の存在の方ではなく、所謂ゾンビとかスケルトンとかゴーストなどの、霊的存在や動く死体である"アンデット"の方らしい。
なんでも、この組織では不老不死へ至った存在というのは、その全てが『再生能力が非常に強力で、人間並みの知性と理性と感情を併せ持つ高位アンデット』と見做されているらしく、そんな強力なアンデットを大量生産する為に、今回瑠璃が拉致られたのだとか。
そんな話を聞いて、瑠璃は呆れた。
「はぁ………?アンデットと不老不死は天と地くらいの差があるんですけど………??」
「ちなみにどっちが天?」
「え、そりゃ、どう考えてもアンデットでしょ」
「あら、そうなの?」
「いや、どう考えてもそうじゃん」
「………そう」
瑠璃はその先を言わない。真由美もそれを察したのか、アンデットの方が天である理由を聞かず、そのまま話を続ける。
話の続きだが、今回瑠璃が攫われたのは、そんな不老不死の存在というアンデットを大量生産する為に不死者を探していたら偶然見つけた、というだけらしい。
それは、今年の春。瑠璃がとある現場に遭遇し、影を操る超能力持ちの男に切り刻まれ、肉片になるまで爆散させられたその日。あの時、気配や殺気や視線を感じ取ることの出来ない瑠璃は気が付かなかったが、普通にこの組織の一員にその一部始終を見られていたらしいのだ。その組織の本部が瑠璃の住む街に近かったのも理由の一つらしい。
「あれ見られてたのかよ………!あ!?ねぇそれってもしかして私の全裸見られてないよね?!大丈夫だよね!?」
「バッチリ見られてたらしいわよ」
「うぬぐわー!!!!!」
瑠璃は羞恥心にやられて撃沈した。いやあんなん仕方ないやん!だって私一瞬で殺されたんやで?!服も一緒に切り刻まれたから………あぁだとしても恥ずかしいぃぃいぃいぃ!!!!
「見てた奴は消しておいたから安心なさい」
「それとこれとは違うじゃんうぬぅうぅぅぅうぅう!!!!!!!」
違うの!誰かの記憶に残ってるのが嫌なんじゃないの!知らない誰かに裸を見られたと言う事実が私を襲うの!恥ずかしい、恥ずかしいよぉ!いやまぁさっきまでフェイスタオル1枚だけだった私が言うのも何だけどさぁ!!でも違うじゃん!タオル1枚と全裸は天と地くらい違うじゃん?!うぐぬぅぅ!!
「ほら、暴れるなら服を着なさいな」
「うぐぅ………着ます………」
瑠璃はもう暴れる!という寸前に真由美から旅館備え付けの浴衣を差し出されたので、律儀に浴衣を着てから横になり、全力で暴れ出した。
「うぐぬわぐぬぅはまぬしちなほとるちのおぉおぉぉおおぉおぉぉおおぉぉぉぉ!!!!!!!」
「まぁ、他のお客さんの迷惑にならないよう、振動は全部カットしてあげるわね………」
流石の真由美も、眼下で羞恥により暴れている哀れなイキモノの為に、音を含むあらゆる振動が部屋の外に漏れ出さないように魔術で支配しておく。瑠璃はストレスをあまり溜め込まず、溜め込んだとしてもひとしきり暴れて勝手に直るタイプなのだ。
真由美はそれを承知しているので、とりあえず暴れさせるという名の放置を行うことにしたのである。これが1番早いし楽なので。
「ふぅ、ふぅ………落ち着いてきた………そんで?その組織はもう壊滅したの?」
「えぇ。本部と支部だけの小さい組織だったの。支配を使えば早かったわ」
「前々からずっと思ってたけど、支配の魔術って情報を抜き出すのにこれ以上便利な魔術とか存在して無いよね………」
「便利で良いじゃない。不殺制圧が出来るのもポイント高いわよ?まぁ、魔力消費が激しすぎて並大抵の人間じゃそもそも扱うことすら出来ないようだけれど」
「でも私がいればタダなんでしょ?」
「まぁそうね」
「うへー。等価交換とかどうなってんだろ」
瑠璃はそう言いながら、先程暴れて乱れた着物を軽く直し始める。軽く爆発して落ち着いてきたので余裕が出て来たのだ。
「いやー、にしても今回の相手はぬるかったねぇ」
「貴女は捕まってただけだからそう思うのはしょうがないと思うけれど………そこまでぬるい相手だとは思わないわ」
実際、誘拐と成り変わりの手際は凄まじかったと真由美は話す。真由美には異能と魔術による空間把握能力が、そして呪術に超能力による瑠璃の位置把握能力があると言うのに、ほんの数秒だけでも瑠璃の位置を追跡出来ていなかったのだ。真由美が本気を出せば分かる程度の隠蔽でしか無かったが、逆に言えば本気を出さざるを得なかったとも言う。
「………そういえば、瑠璃」
「んー?何?私のスリーサイズ?えっとね、確か上から──」
「スリーサイズは知ってるから要らないわ。そうじゃなくて………貴女、捕まってる間に何もされなかったのよね?」
真由美は少し心配そうな目を瑠璃に向ける。瑠璃としては何故真由美ちゃんが私のスリーサイズを熟知しているのだ………?!と内心ちょっとだけ焦っていたが、目の前の超人ならナチュラルにやりかねないよな………とも思ったのでスルーしたのだった。
「えーっと………あぁ。確か、不老不死に至った経緯を聞かれたかなー?」
「………答えたの?」
「いやまぁ答えたよ?死んだから不死になったんだーって。他に言い方無いし」
「そう………他には何もされてないのね?」
「うん。あ、裸だったけどえっちな事もされてないよ?」
「そんな事聞いてないわよ………」
呆れる真由美。先程まで謎の組織に誘拐されていたとは思えない瑠璃の態度を見て若干心配になったものの、こうなったのは確実にここ数年の体験が元よね、と諦めたのだった。
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