第14話
「温泉だー!」
「っ、海に行ってテンションの高い子供みたいに叫ばないでくれる?」
「えー、真由美ちゃんは温泉楽しみじゃないの?」
「だからって叫ばない。迷惑よ」
「はーい。気を付けるね」
温泉旅行当日。山奥の有名な温泉旅館にまでバスに乗って来た瑠璃がバスから降りて一歩目で放った一言は、隣を歩いている真由美の瑠璃LOVEメーターを破壊する勢いで満たしたのだった。
海みたいな感じで叫んじゃう瑠璃めっちゃ可愛い!好き!って自分も叫びたくなった衝動をすんでの所で止められたのは、偏にバスから降りる他のお客さんが居たからだろう。ギリギリセーフであった。ちょっと漏れたかもしれないが、まぁバレてなければ無傷である。
「ねぇ真由美ちゃん。私一個思ったんだけどさ」
「何かしら」
「温泉旅館に探偵ってさ、物語だと事件発生のフラグだよね。ここ割と山奥だし。道一本しか無かったし。この後に土砂崩れでも起こるのかなぁ?」
「まぁ、定番も定番の設定ではあるけれど………貴女の場合は貴女が被害者じゃないかしら?」
「えっ」
「その場合、探偵の活躍するミステリー小説じゃなくて、死んだ人が蘇ってくるとかいうホラー小説になりそうだけれど」
「そんなん言ったら真由美ちゃんなんて現代ファンタジー小説の主人公じゃん………」
「スプラッター作品の被害者役に言われたくないわ」
「私どうあっても殺される側じゃん………いやまぁ、全然間違ってないけどさぁ………」
現代ファンタジーの主人公が似合う真由美にスプラッターの被害者役が似合うと言われた瑠璃は、そこはかとなくモヤモヤとした気持ちを抱えながら、和風で趣のある温泉旅館に入り、そのまま今日と明日分のチェックインをする。
そうして瑠璃達に与えられた部屋は梅伍の部屋。旅館の中でも1番小さな部屋である『梅』ランクの五つ目の部屋だ。別に異性でも無いのだしわざわざ部屋を分ける理由も無い為、瑠璃は真由美と全く同じ部屋(ベッドは二つの所)にしたのである。流石の瑠璃もベットを一つになんて抜けている事はしないのだ。
「とりあえずチェックイン終わったよー、真由美ちゃん。この後どうする?温泉行くー?」
「そうねぇ………折角だし、荷物を置いて、早めに温泉入っちゃいましょうか」
「やったー!おーんせんっ♪おーんせんっ♪」
「はしゃいでるわねぇ………」
普段は結構な割合で瑠璃の可愛さにやられている真由美だが、真由美は決して瑠璃に対して性的な興奮を覚えたことは一度もない。瑠璃と一緒に温泉というイベント程度、神秘に愛される真由美には容易い、事である。
………嘘です瑠璃と一緒にお風呂入った事ありますけど内心心臓バクバクでしたし、裸見たこともありますけど毎回直視出来なくて視線逸らしてますごめんなさい。しかも今回は温泉という特殊環境で瑠璃と一緒に裸の付き合いとか絶対心臓持ちません爆発します………でも水の滴る瑠璃は凄く可愛くてえっちなのでは………?などと、真由美は高性能な頭を使って冷静に混乱していた。いつもの事である。
「私は先行ってるねー!」
「えっちょ、待ちなさいっ」
梅伍の部屋にまで到着した瑠璃は荷物をささっと部屋の隅に置くと、着替えと部屋備え付けのタオルを手に持って、そのまま温泉へと駆け出した。それを見た真由美は出来るだけ急ぎつつ、ある程度の荷物整理を終えてから瑠璃の後を追いかける。
ここは旅館。他のお客さんだって普通に居るので、流石に超人的なスピードで疾走する訳にはいかない。誰かと衝突して相手を壁のシミにでもしたら大変だからだ。
例え異能による気配察知能力を用いていたとしても、魔術による空間認識能力を用いていたとしても、何事にも偶然はあるからである。ちょっと前に瑠璃相手にやらかしたので気を付けているのだ。
「あーもう、どれだけ楽しみにしてたのかしら………まぁ………」
そんな所も可愛いけれど………なとと思っている内に、温泉の入り口にまで到着した真由美は、他の客の迷惑にならないようにと気をつけながら静かに扉を開け、中に入る。真由美は脱衣所に瑠璃が居るかなと思ったが、別にそんな事は無かった。
「着替えるの早いわねぇ………」
真由美はほんの少しの羞恥を覚えながら、脱衣所の中にある籠を手に取り、そこに自分の着替えを入れてから、どうせ瑠璃は脱衣所の先に居るんだからと急ぐこともなく、ゆっくりと服を脱ぎ始める。
肩ベルト付きのダークピンクのロングスカートを脱ぎ、更にその下の白いワンピースを脱ぎ、そして黒色の下着を脱ぐ。最後に履いていた靴下を脱いでから、籠の中に脱いだ衣服を畳んで整頓しておく。
一応、流石の真由美も全裸は恥ずかしいのでフェイスタオルで上手い具合に胸と腰を隠しながら、脱衣所を抜けて浴場に入っていく。
「ふぅん………良い場所ね」
浴場の中は全体的に和風であった。まぁ、旅館の温泉であるので当然ではあるのだが。浴場において最も重要である湯船は室内のものが一つと、屋外の露天風呂が一つあるようである。
「瑠璃は………何処かしら」
どうせならと、真由美は瑠璃を探し始める。正直言って瑠璃と湯船で相対するのはめっちゃ恥ずかしいし、瑠璃の裸を直視する事など無理であると断言できるのが真由美であったが、それはそれ。瑠璃と共に風情ある温泉を楽しみたいと言う気分であったのだ。
「おーい!」
そうして瑠璃を探そうと真由美が歩き始めた時。瑠璃のような声が露天風呂の方から聞こえてきたので、真由美はそちらを方向を見る。すると瑠璃のような姿の人物が、真由美に向かって歩いて来ていた。
真由美は即座に気が付いた。目の前の瑠璃が偽物であるという事実に。何かは分からないが、瑠璃がこの短時間で偽物に変わるという程の何かが起こったのだという事に。
神秘というモノは、驚くほどに軽々しく人の世界に干渉する。全世界で行方不明者が後を絶たないのは、行方不明者の八割近くが神秘的なナニカに巻き込まれたからだという事実からも、その軽々しさが分かるだろう。
「あら、そっちに居たのね」
しかし真由美は、表面上に一切の動揺を見せず、まるで本物の瑠璃と相対しているかのように接する事にした。謎の相手の情報を少しでも多く抜き取る為である。
そしてそれと同時に、真由美は自身の呪術を展開した。
「いやー、湯船最高だよ!後で一緒に入ろ?」
「えぇ。その前に身体を洗ってくるから、貴女は先に入ってて良いわよ」
「私も一緒に洗うよ!」
「はいはい」
──呪術、とは。
それは、人の仄暗い願いの結晶。呪われろと願い続ける人々の呪詛を操り、その願いの意思をエネルギーとして抽出し、現象として具現化する技術である。魔術が星由来のエネルギーを用いている術だと言うのならば、呪術は人由来のエネルギーを用いて行う術であると言えるだろう。
それ故、呪術師と名乗る者達は人の悪意を有効に扱う術に長けており、神秘界においても不幸と災厄の化身や象徴として君臨する程に、人類の代表的な技術でもある。
また他の特徴としては、元が人から生まれた呪詛を効率良く扱う術である為か、呪術へ適正のある人物は悪辣な性格をしている事が多く、何より他の神秘的な力や技術の持ち主達以上に適正者が多い事も挙げられるだろう。呪術は他の神秘的技術や能力と比べて人と適合しやすい、という事だ。
「ね、私が髪とか洗ったげようか?」
「遠慮しておくわ。貴女にはそんなに信用ないもの」
「えー、ひどーい」
呪術にも魔術と同じように固有の属性が存在しており、呪術の場合はそれを属性ではなく、呪詛を扱った際における呪詛の向き──『方向性』と呼び、自身の呪詛操作能力は一体何に向いているのか、という基準にもなるのである。
そして、肝心の真由美の方向性は、『仇探し』。探査系の呪術の中でも最高峰と言って過言ではない程の精度を誇る呪術こそ、真由美の呪詛の最も優れた方向性である。
『仇探し』とは、人類が最も理解し易い人探しの呪詛。敵討ち、仇、怨恨など、何かされたお返しにやり返す………という、呪いの中でも非常に根源的な呪いの内、やり返す為に相手を見つけるとした側面の一つ。
探査系の呪術の中で最も人探しに向いている呪術と呼ばれる程にとても性能が高い方向性であり、人探しに限るならば探す相手が曖昧だろうと発見可能だし、本物の異世界の存在だろうと何だろうと、人を探すという呪術ならば、右に出るものは無いと謳われる程である。
その代わりこの方向性の呪術師は、他人を害する呪術を用いることができない。つまり、どれだけ目的の相手を探し出せたとしても、対象を遠隔からの呪詛などで呪い殺したりなんて到底出来ないし、ほんの少し呪いで転ばせる事すら出来ないのが、『仇探し』の方向性なのである。何処まで行っても探索特化という訳だ。
また、この『仇探し』という呪術は、事前に呪いをかけておき、その対象に危害が加わった場合にのみ──具体的には、呪いにかかっている対象が再起不能以上の怪我及び死亡した場合にのみ──使用できる、という制限もあった。そのせいか、この方向性は人探しの能力にだけ優れているだけのゴミ、と揶揄される程度には使用者の居ない呪術でもあった。
………まぁ。真由美の場合、瑠璃相手に呪術を使っているので制限が制限になっていないし、攻撃は異能や魔術ですればいいだけなのでデメリットがデメリットになっていないのだが。
「この後どうしよっかー」
「そうね………まぁ、貴女が決めた旅行だし、貴女が決めなさいな」
「えぇ、余計迷うなぁ………」
真由美は目の前の存在が瑠璃ではないと気配で感じ取った瞬間に、仇探しの呪術を使用して瑠璃の位置を把握した。人探しという範囲に限定すれば魔術でも敵うものの存在しない程の性能を発揮できるのが、仇探し。例え相手が隠密系の術で隠されていようとも問答無用で炙り出す、神すら凌ぐ絶対の一手。"絶対に見つけて殺してやる"という呪いの具現。
まぁ、本格的な発動には対象が怪我を負うか死ぬかのどちらかが必要にはなるが、呪いをかけた対象の位置を探るだけなら、そんな事をしなくとも簡単に出来はするのだ。他の呪術なら事前にかけていなくても似たような事が出来るから無意味なだけで。
そして、真由美は当然ながら、瑠璃の正確な位置を把握した。そして同時に目の前の瑠璃もどきが存在している必要が無くなってしまったので、真由美はここから先、強引に情報を抜き取る事にした。
まぁつまり、偽物に偽物だと突きつけるのである。
「ねぇ、貴女は誰?」
「………あれ、気が付いてたんだ」
「えぇ、初めから」
「なーんだ………つまんないの。だからこいつの名前を呼んでくれなかったの?」
「貴女だって、私の名前を呼ばないじゃない」
相手の名前を呼ぶという行為は、幾つかの呪術の方向性の力を発揮する為のトリガーである。更に、真由美には今回の瑠璃の偽物の呪術が恐らく"成り変わり"系統の呪術である事も見抜いていた。
成り変わる人物の姿となり、その人物と親しい者に名を呼ばれる事で成り変わる前の人物を呪殺し、その記憶の全てを奪い取るという、非常に悪辣な呪術である。
「今ここで貴女の名を呼んだら大変な事になるでしょう?貴女、呪術師よね」
「あはっ、正解。流石は神秘に愛された子だ。優秀過ぎて反吐が出る」
「こっちのセリフよ。私じゃなくて私の連れを狙うなんて、あまりにも愚かで軽率なんだもの」
「ふんっ、強がっていればいいさ。どうせお前の連れは今頃、我らの本拠地で死んでいるだろうからな」
「そうねぇ、死んでるでしょうねぇ」
「………っち。多少なりとも人情はあると思ってたが、そうでもなかったか」
「まぁ」
本物の不死者に死んでるかどうかの心配とかする必要無いし、と真由美は思ったが、言わない事にした。瑠璃が不死だと知られるとそれはそれで面倒なので。
だって、瑠璃は不死者だ。しかも、他の紛い物と比べてしまえば、段違いだと言ってしまうほどの不死なのだから。
瑠璃が不死者の才能に溢れ過ぎているだけで、本来不死者には大なり小なり限界が訪れるものなのだ。端的に言うと、死に過ぎると生き返らないのである。
しかし、瑠璃には決してそれが無い。他の不死者にとって生とは有限であるというのに、瑠璃の生には終わりがない。本当の無限そのものだ。
瑠璃は本物の不死へ至った存在、天然の不死者。不老不死を渇望する存在がどれだけ願っても届かない、"不老不死"という才能の極地。それこそがあの、いつも元気いっぱいな脳筋型白髪不死身美少女、永墓瑠璃なのだから。
………それに。何度でも使い回せるモルモットなど、神秘の技術者達がこぞって欲しがるに違いない。四つの神秘に愛された子を死ぬまで追いかけ回し、その子の両親の尊厳と命を軽々しく奪う事くらいはする奴らだ。真由美は兎も角、瑠璃には戦闘能力が皆無であるので、狙われないのならそれでいいのだ。むしろ真由美が目立ちに目立った方が良いまでもある。
「まぁ、その辺りはどうでもいいのよ」
「がっ?!」
真由美は異能を活用し、こちらに攻撃的な呪術による危害を加えてこようとした目の前の瑠璃モドキの首を瞬時に捕える。これほどまでの戦闘能力があるなど理解していなかったのかなんなのか、瑠璃モドキは驚いた顔をしていた。
「私が怒っているのは、あなたにだってわかるでしょう?」
ほんの少しずつ、ゆっくりと、緩やかに………その首を絞める力を、強くしていく。真綿で首を締めるようにゆっくりと、しかしその首を押さえる力は万力のようにがっちりと。決して逃すものかと言うかのように。
「あなたが、どうしてその姿になったのかは知らないけれど………」
力が、じわじわとかかっていく。本来塞がらない筈の気道すら圧迫する莫大な力で、その首をへし折るのだと言うように。
「でも、私にとってあなたを殺す理由はひとつだけ。たった一つだけ、あればいい」
真由美の力によって握られた首が、本来立ててはいけない音を出す。メキメキと、そんな音が。とうの昔に瑠璃モドキは意識を失っており、己の末路なんて知りもしないだろう。知りたくもないだろうが。
「あなたは
そうしてあっけなく、瑠璃モドキは死んだのだった。
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