クランベリーソースを塗りたくる18時に、君は誰かと愛を育む。後編



水たまりを避けて進む街路樹の植えられた道は、いつものように人で溢れているな。


アイツは今、どこにいるのか。ここでラインなんてしても、きっと既読もつかないだろうし。それに、そんなに頻繁に居場所確認をするのも気が引ける。

モラハラとか言われそうでイヤなんだ。アイツはそんなこと言わねえだろうけど。



あれ。スマホのバイブが鳴っているのか。ディスプレイにはアイツの名前が表示されている。



「あれ、友達と映画に行ったんじゃないの?」

「うん。早めに終わったから。ご飯食べた?」

「パンケーキしか食ってない。むしろ、しょっぱいヤツが食べたい」

「ずる〜〜い。一人でパンケーキ食べちゃうなんて。わたしも食べたい」

「……分かった。付き合うよ」

「ありがと。じゃあ、駅前で」

「ああ」



予想以上に早く事が済んだってことだろうな。俺はいったいなんなんだ?

俺は単なる飯を一緒に食うためだけの暇つぶしのパートナーなのか?

冷たい息がマスク越しにメガネを曇らせて、目をらす。

改札から出てくるアイツを見つけて、手を振ってやった。



「おまたせ。行こっ!」

「あ、ああ」

「……なんか怒ってるでしょ?」

「怒ってないよ」

「あ〜〜〜友達に嫉妬してるんだ?」

「してないって。友達って女だろ?」

「まあ、そうだけど」

「ならしてない」




さっき会計を済ませたばかりなのに、再び来店したことを不審に思わないだろうかなんていう俺の心配をよそに明るく振る舞う彼女は……席に着くなりメニューを眺めた。




「そんなの見てもどうせ頼むのはいつも一緒だろ」

「へへへ。バレたか」

「特製クランベリーソースのパンケーキだろ?」

「うん。あ、すみませーん」



パンケーキとゴルゴンゾーラパスタをオーダーして、彼女は俺と向き合った。

なにか言いたそうな目だが。



「ねえ……今日は話したいことがあるの」

「うん? 何かあったか?」

「別れたい」

「は?」

「って言ったら?」

「と、突然なにを言い出すんだよ」

「……迷惑掛けそうだから」

「どういうこと?」

「……言っていなかったんだけど——わたし借金があるの。それもちょっと普通じゃないような額の」

「知ってる」

「え? な、なんで知っているの?」

「調べた」

「なんで……なんで調べたの? そんなに信用なかった?」

「そういうわけじゃないけど……俺……真剣に考えたことがあったから。お前との……将来を」



観念したか。うつむいて……泣きそうな顔して。



「ごめんね。でも、どうして調べようって思ったの?」

「お前の元カレ……見たことがあるんだ」

「え……?」

「お前の家の前で……ウロウロしていて。誰なのか気になって。探偵使って調べたんだ。そしたら、お前の元カレで借金して逃げていたヤツだって知って」

「……うん」

「金……返してもらったのか?」



首を横に振る彼女に正直苛立いらだった。じゃあ、なんであの男が彼女の家の前をウロウロしていたんだっていう話になる。



「わたしも……居場所突き止めたの。そしたら……お金はもうないって。少しずつ返すからって。それで話し合いに来てくれた日なんだと思う」

「……持ち逃げした挙げ句、使い込まれて? 連帯保証人になって金を返す羽目に?」

「うん。だから、迷惑掛けるから、もう終わりにしようって」

「それで……パパ活なんてして、お前は最低だよ」

「……ッ! そ、そんなことしていないよッ!! う、裏切るような真似なんて」

「友達と遊んでいるのも嘘。借金していることも嘘。あげく、また嘘ついてんだろ。パパ活なんてしてッ!! もう、俺はお前を信じられねえんだよッ!!」

「……ひどい。本当にそんなことしていないって。なんでしているって思うの?」



お前が……二〇歳以上も離れた男と仲よさげに歩いていたからだよ。ふざけるな。

俺が、どれだけ悩み苦しみ、涙したのか。お前には分からねえだろうよ。



「見たから。お前の家の近くで」

「いつの話?」

「付き合ったときから。それも、決まった時間に何度も見た。お前は……何度も俺を裏切って、そうやって……何食わぬ顔で俺と会って……」

「だから……キスもしてくれなくなったの? 手も繋いでくれないの? だから、わたしを避けていたの? 何かと都合つけて会えないなんて言って。わたし……悩んだよ? もしかしたら、わたし何かいけないこと言っちゃったのかなとか。それで……きっと借金のことバレちゃったんだって」

「……もういいよ。分かった。別れよう」

「それ……わたしのパパだから」

「やっぱりそうじゃねえか」

「違うよ。本当のパパ。わたしのパパ弁護士なの。苦しくて、切なくて、もう死んじゃいたいって思って……でも死ぬくらいなら相談しようって。そしたら……色々と手続きしてくれて。元カレも探してくれて。だから……」



……え? 



俺もしかして、とんでもない勘違いをしていたってことか?

だって、拾の父親と腕組み……するほど仲が良いってことか?



「だから、勘違いだと思う」

「……ご、ごめん。俺——そんなことで悩んで」

「それでも別れたい?」



許してほしい。借金だって、目処が立ったということでいいんだよな?

俺……本当に好きなんだ。愛くるしい目も、どこか憎めない悪戯心たっぷりの言動だったり、時に優しい気遣いだったり。

コイツが俺の世界の中心にいて、そこからすべてが成り立っているんだ。

だから……。



許して欲しい。疑ってしまったこと……を。




「別れるなんて言うなよ……。頼む。俺が悪かった」

「……わたしこそ……ごめん」




二人で頬張ったパンケーキは酸味がきいて、そして苦味がほとばしった。

こんなに苦くて美味いパンケーキは初めてだった。



「ほら、泣かないの」

「泣いてないって」

「嘘ばっかり」

「嘘つきはどっちだよ」




俺は……やっぱりコイツのことが好きだ。







————

【作者より】

長編につづきます。

この女はとんでもない嘘をついています。

ヴィランズ的ヒロインの悪女の物語を執筆予定。

乞うご期待をッ!





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クランベリーソースを塗りたくる18時に、君は誰かと愛を育む。 月平遥灯 @Tsukihira_Haruhi

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