クランベリーソースを塗りたくる18時に、君は誰かと愛を育む。

月平遥灯

クランベリーソースを塗りたくる18時に、君は誰かと愛を育む。前編



パパ活なんて可愛げのある言葉で包みやがって。結局は単なる金を無心するための、売春行為じゃねえか。



クランベリーソースが手に付きやがった。ベトベトしやがる。

甘い薫りが鼻孔びこうを突き、不快な感触が舌を撫でる。

このパンケーキは美味い。間違いなく美味い。けれど、甘すぎるクランベリーソースは不快だ。食っていて、どうも気分が悪い。



それは……彼女が今、別の男——それも20歳も年上の男に抱かれていると思えば、胃もおかしくなるってもんだ。



俺が何も知らないとでも思っているのか。

平然と「友達と映画を観に行くの」なんて白々しくラインを寄越しやがった。



胸が苦しくなるのは淡い思い出なんて言えばメルヘンだろうけど、そんな幻想掛かった出会いを思い出すと涙が出そうになる。

面白可笑しくて。



ラーメン屋のカウンター席で、派手にぶちけやがったんだ。アイツ。

それで俺まで被害被り、挙句の果てにスラックスがラーメン臭くなったんだから、いい迷惑だろ。これから取引先に行くっていうのにそれはないよな。



お詫びをしたいのですが、今から取引先にいかないといけないので——なんてアイツ言ったんだぜ? 

それは俺も同じだって。

だが、笑って許してやった。



泣きそうなつらと、その必死に謝る姿が可愛かったんだ。




彼女は借金をしていた……正確に言えば……連帯保証人になっていた。

理由は……元カレが借りた金を持ち逃げしたらしい。

俺が、この情報を持っていることを彼女は知らない。

探偵使って調べたのだから、俺も人のことは言えないけどな。



切り分けたパンケーキ……いつもなら、彼女が半分頬張ほおばるんだが、今日は独りだ。結構美味いって評判なんだぜ。この店のオリジナルソース。

俺には甘すぎるけどな。



小麦粉の味に絡みつくソースの匂いが鼻を抜けていく。ねっとりと舌に絡む酸味のきいた味は……アイツ好物だもんな。俺はそうでもない……のに。

なのに、なんで……一人で来ちまうのかな。



四枚重なったパンケーキの一つを再び切り分けて口に運ぶ。



窓際から階下を見下ろす。ぽつりと落ちた雨粒が次第に強くなってきて……ああ、これは激しく降り出すだろうな。ざぁざぁって音が鳴って、窓に打ち付ける雨がなんだかノイジーに感じる。



ウェイターの持ってきたコーヒーがいつもよりも苦いような。口の中で他の何かと混じり合って喉元を降りていく頃には別の何かに変わっているんじゃないか?

目頭が熱くて、やけに喉の奥が締まるような気がする。



駅から出てきた、一つの傘に収まる中年男性と若い女性の姿が視界に入った。

まさかと思って見るけれど、さすがにアイツじゃねえな。

こんなところほっつきあるっているわけがない。

今頃……ベッドの上で。



あんな、あんな年上のヤツと……。



俺が何をした? 

俺のなにがいけない?

ああ、確かに人並み程度の収入しかないし、お前を楽にしてやることなんてできない。お前が苦しんでいるとき、僅かな金銭しか援助してやることはできないよ。

それが……苦しいよ。

どうにもならねえんだよ。



パンケーキにナイフを刺して真っ二つに切り分ける。

断面にソースが垂れて、甘い血液は滴りながら絶命する生地を彩っていく。

俺は彼女のことが好きだ。

大好きだ。

泣きたくなるほどに。



別れられないよ。



今さら、彼女と別れてどうやって生きろというんだよ。

アイツがしたたかで、俺を欺いているとしても……それを分かっていたとしても。

別れることなんてできない。



雨がひどくなってきたな。



店内に流れるジャジーでLofi風の曲が耳をつんざくように、頭に響く。

音量はそこそこでも、なぜか耳にさわるような気がしたんだ。

雨音と混じって、乱す心の波が静かに心臓を叩くような。

そんな心情と言ったら分かりづらいが、要は穏やかではないといったところか。



ともかく、店を出よう。




少し雨に打たれたい気分だしな。

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