クラムチャウダー

オールマイワード

真っ白い瓦斯が目の前を塞ぐ。鼻腔に刺すような神経刺激を感じ、私は肺病患者のように噎せ返った。水に覆われた眼で見回すと、それは一面の白に見えた。頭上高くまでのべつなく拡がる白。

煙を吸い込まないようにぐっと息を堪えていたが、それは大抵幾ばく保たず、苦痛と死の予感と共に、それが有害と思われる瓦斯の靄であろうと吸い込んでしまわざるを得ないだろう。ただ不思議な事に、再び吸い込んだその瓦斯は、今度はむしろ仄かに甘い芳香を湛え、ひと呼吸、ふた呼吸と、緩やかに全身に回れども全く障りを齎す気配はなかった。

「此処は何処だろう」

と、誰かの声が聴こえた。否、それは間違い無く自らの喉から発せられた音であったのだ。しかし鈍重な扉の軋みを思わせるような、男や女の声というよりは無機物の響きを感じさせるものだった。

「お前は死んだよ」

と私の喉は喋った。

それはぐぁぐぁ、若しくはぎぃぎぃと鳴る断続的な音であると聴こえたが、しかし私には確かさを以って、そう聞こえたと思われた。これは死神の声だろうと私は思った。

しかし、死神ならば、私が死ぬ前に背裏などに現れて私の脈を止めるのではないか? あの恐ろしい大鎌を持って、私の腑を捌くのではないか、とも思われる。

ならば、これはやはり、きっと私自身の声なのだろう。


私はゆっくりと、静寂に沁み込むように身体が消えていった。初めは指先から、呼吸をする度に。やがて、それは私の脳髄まで溶かしてしまうようだ。

そうして自意識が消えてしまっても、私はまだ宇宙の暗闇に目を持っているだろう。雲中を羽ばたく翼を持っているだろう。繰り返し諍いや、静かな不幸を視ているだろう。

ただ私は渾然とした一体として、還って行くのだ。一つはおそらく、あの潮くさい海の一部に。

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