第28話 おいでませ!アルディオスの森へ!!人形狂い編4

「ド、ドグラは……どうなったの?」


 両目を失い蹲るルカに寄り添うキキは、彼のまだ幼い手を強く握る。


「ドグラのおっさんは、もう……」


 キキの悲痛な口調に、全てを察した少年は、悲しみと怒りが混じりあった感情が胸を突き上げた。

 定まらない足元をふらつかせ、立ち上がろうとするルカ。


「そんな目の見えない状態で戦うつもりっすか!?無駄死にするだけっす!」


「……それでもいい」


 短い言葉に込められたルカの自棄とも取れる覚悟に、キキはすかさず懐に忍ばせた小針を少年の首筋に突き立てた。


「……ルル?」


「ごめんっす。私等は、ルカっちをこんな所で殺させる訳にはいかないんっすよ……」


 即効性の睡眠針を打たれたルカは、朦朧としながらキキの体にもたれかかり、その意識を手放した。

 幼い体を抱き止め、複雑な表情を浮かべるキキは、ラムザの方へと視線を向ける。


「ラムザの爺ちゃん、もう少しだけ踏ん張るっすよ……」






 暴走してしまったドグラを追いかける形で、流れのままペロリアと戦闘を開始していたラムザ。

 変幻自在とも言える無軌道なラムザの剣さばきが、ペロリアを攻め立てた。

 ラムザの圧倒的な手数をしなやかに躱し続けるペロリアは、僅かな隙を掻い潜り攻撃に転じる。

 だが、ペロリアが攻撃を仕掛ける素振りを見せた瞬間、すぐさま距離を置き、再び仕切り直すラムザ。

 老練な動きで立ち回り、ペロリアを牽制しつつ攻撃を加える姿は、側から見れば有利に事が運んでいる様にも見えた。


「随分、私の手を警戒してるわね。そんなに見惚れる程のものかしら?」


「お前さんがやっとる事は恐らく、超高速で発動させた転移魔法で、触れた対象の中身を自身の手元に移動させておるんじゃろ? ルカやドグラが、お前さんの手に触れられた瞬間、目や心臓を消失しとったからのぉ。警戒して当然じゃわい」


 ペロリアは目を細め、愉悦そうな顔つきで口元を歪ませた。


「ふふっ。目ざといのね。ご名答よ。今、私が着ている子は、緻密な魔力コントロールで対象の一部分だけを移動させる事を得意としていた転移術者だったの。人の外見を傷付ける事も無く、中身をくり抜く事が出来るから、作業用に凄く重宝してる子なのよねぇ。ふふふふっ……」


「気味の悪い笑みをわしにむけるな。狂人めが……」


「酷いもの言いね。折角、もて遊んであげているのに、そんな心無い事を言われると速攻で殺したくなるわ。あなた達だけに時間を割いて上げられるほど、私も暇じゃないのよ?」


「おちょくっとんのかい……。化け物がぁ」


 額に青筋を浮かべ、静かに憤怒する老人を嘲笑うペロリア。

 彼女が、おもむろに指を鳴らし上空で漂っていた人形のうち五体が、ラムザに向かい奇声を上げながら襲いかかった。

 ラムザの剣が迫り来る人形達を討ち払わんと迎撃態勢に入った瞬間、人形達が突如その歪な体を肥大化させ爆散させた。

 辺りが血煙で覆われ、ラムザの視界を遮る。


「洒落臭いわい!疾風斬しっぷうざんッ!!」


 ラムザの勢いよく振り上げた剣が、突風を巻き起こすと血煙を瞬時に散らしていく。

 視界の端で動く微かな影を捉えながら、振り上げた剣の軌道を高速で切り返し、標的目掛けて横薙ぎに振るった。

 剣先から何かを切り裂く感触が伝わる。


「くッ!人形フェイクかいッ!!」


 斬り裂いた人形の背後から、嬉々とした表情で襲い掛かろうとするペロリア。

 振り抜いた剣を再び切り返そうとするも、自身の懐は既に彼女の手が届く間合いとなっていた。

 欺かれ、出し抜かれたラムザの思考に死がよぎる。


「あははははははっ! あなたの中身も抜いてあげーーッ!?」

「そうはさせないっす!!」


 ペロリアの右手が、ラムザの体に触れようとした瞬間、地面から無数の黒手が彼女の勢いづいた右腕に絡み付き軌道を逸らした。

 横っ跳びに回避したラムザの左腕に、軌道の反れた彼女の右手が触れる。

 寸前のところで死の危機を回避したラムザは、滑るように地面を転がり、すかさずペロリアへと視線へと向けた。

 視線の先には、無数の伸びた黒手が蠢き、瞬時に彼女の体を繭のように包み込む。


「秘技、黒繭呪縛くろまゆじゅばく!!」


 起死回生の一手となる魔法を発動したキキが、すかさずバチンッと両手を合わせると、ペロリアを包んだ黒い繭が一気に収縮し小さな黒玉となって地に落ちた。

 宙を覆っていた大量の人形達は、ペロリアの制御を失いボトボトと地面に落ちていく。

 深く息を吐き、背中を丸めて疲労をあらわにするラムザは、どさりと地面に尻もちをを着いた。


「ふぅ……。何とか生き残れたようじゃな」

「ラムザの爺ちゃん!大丈夫っすか!?」


 駆け寄ったキキが、ラムザのだるんと伸びた左腕を見やりながら心配そうに声をかけた。


「大丈夫じゃ、たかが左腕の骨を持っていかれただけじゃ。それよりもお前さんの拘束魔法も長くは保たんじゃろ。はようこの場から撤退するぞ」


「そ、そうっすね。ありったけの魔力を込めた黒繭も、あの化け物相手にどれだけ保つか分からないっすからね。……ラムザの爺ちゃん、ドグラの遺体はどうするっすか?」


「……ちゃんと弔ってやりたいがドグラの亡骸はそのままに置いておく。奴もハンターの端くれじゃ、どんな死に様であろうと覚悟はしとる」


 ラムザの言葉に寂しさと悲しみを胸に抱きながら、キキは小さく頷いた。


「ルカっちが、この事を聞いたらきっと怒っちゃうっすね……。ドグラのおっさんの事を実の父親みたいに思ってたっすから……」


「……そうじゃな。だが、わしらにはこの森で成さねばならぬ事があるんじゃ、感傷に浸ってる時間もドグラを悼む時間もない筈じゃぞ?」


「……うっす」




 意識を失ったルカを抱きかかえ、キキ達はドグラの亡骸にほんの僅かな黙祷を捧げ、死臭が立ち込める凄惨なその場から立ち去った。

 大量に残された人の遺骸と不気味な人形達の片隅で、小さな黒玉だけが微かに震えていたーー

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