第27話 おいでませ!アルディオスの森へ!!人形狂い編3
ペロリアは再び指先を鳴らす。
すると、彼女の背後が蜃気楼のように揺らめき、古ぼけた大きな木造りのワードローブが現れた。
おどろおどろしい死神骸骨の絵が彫られた両扉が、重々しい音を立てて開いていく。
「しょ、正気じゃないっす……」
ワードローブの中身には数え切れない全身の人皮が、洋服のようにズラリと並べられていた。
それを見たキキの声が恐怖で掠れる。
彼女だけではなく、他の仲間達も目の前で繰り広げられた光景に息を呑んだ。
「ふふ。わたちのお気に入りの着ぐるみ達でち。えーと、作業用の着ぐるみは確かこの辺りに……。あ! あったでちよ〜」
ペロリアは大量の人皮の中から、白衣を着た女性と思われる皮を取り出した。
だるんっと伸びた人皮の口元を掴んで、大きく広げると、ズボンを穿く要領で彼女は片足を突っ込む。
皮は裂ける事も無く、ゴムのように伸び縮みすると、少女の全身を包みこんだ。
薄っぺらな皮が徐々に膨らみ、血肉を通わせた成人女性の形を成していくその様をハンター達は、ただ愕然とした表情で見つめるしかなかった。
「ありえねぇ……。どういう理屈でああなるんだよ……」
「私が知る訳ないっす……」
「真性の化け物じゃな……」
お世辞にも、美しいとは言えない野暮ったい細身の女性が白衣をたなびかせ佇む。
少女から女性へ、ペロリアは新たな姿となり妖しく微笑んだ。
「私はね、特殊な魔術紋を仕込んだ着ぐるみを着る事で、生前その人が最も得意としていことを模範する事が出来るの。例えば、最初にあなた達が壊したあの太った女。あの子は生身の拳で大地を破壊する程の膂力の持ち主だったわ。私は、あの子を着る事で凶悪な膂力を模範していたのよ。あなた達のせいで、もう使えなくなったけどね」
「なるほどのぉ。人形狂いが人の皮を集めていた理由が、真の意味で理解出来たわい。なれば、二番目の少女は糸を操る事を得意とした着ぐるみ……と言ったところか」
「やはり、あの魔糸が見えていたのね。でも残念、アレは私の自力よ」
「……じゃぁ、さっきの子が君の本来の姿って事なのか?」
ルカの問いに、ペロリアは獲物を見据えるように赤の瞳を細めると、地を蹴り出し猛然とハンター達に向かい襲い掛かった。
「来るぞっ!!」
疾風の如く駆けるペロリア。
迎え撃つハンター達の鋭い刃の連撃を最小の動きで掻い潜りながら躱し、瞬く間にルカの背後を取って彼の両肩に手を添えた。
死人のように冷たい指先が、ルカの肩口を妖しくなぞる。
「少年の言う通り、アレが私の本来の姿……いえ、
ペロリアはルカの体を抱擁し密着すると、羨めしそうに彼の顔を覗き込んだ。
不気味な赤の瞳が少年の心と体を恐怖で縛り付け、声を詰まらせる。
「本当に綺麗な蒼の瞳だわ……。お嬢様と同じ淀みのない完璧な蒼。私はね……この世界で最も尊くて愛らしい、お嬢様と同じ姿をしたお人形になりたいの。……何故だか分かる?」
マルゴレッタに対する捻じ曲がった偏愛が、ペロリアの顔を狂喜で歪ませる。
彼女は、おもむろにルカの両目を手で塞ぐように優しく触れた。
「私、お嬢様に愛されたいの。ねぇ、至高の愛らしさを持つあの方と同じ姿の人形になれる事が出来れば、お嬢様は私だけを愛してくれるとは思わない?」
「訳の分からん事をほざいてんじゃねぇ!! ルカから離れやがれっ!!」
ペロリアの理解不能な言動に、堪らず割って入るドグラ。
彼の振り下ろした刃が、密着した二人の距離を断つ。
跳び引いて距離を取ったペロリアは、心底嬉しそうな表情で両手に摘んだ眼球を眺め舌で舐った。
「あぁぁぁ……。なんて綺麗なの……。これで私は、お嬢様にまた一歩近付く事が出来る……」
「ルカっち! 大丈夫ーーっつ!?」
ルカの様子を伺ったキキの顔が青ざめる。
何かしらの攻撃を受けた訳でも無いのに、彼の美しかった双眸が空洞となって、血の涙を流していたのだ。
自身の両目が消失した事に気付いたルカは、遅れてきた痛みと共に蹲り、呻き声をあげる。
「な、何も見えないよ……ぼ、僕の……目がぁうあ"あぁぁ……。」
痛々しい姿を見せる幼い仲間の姿に、手に持った得物を強く握り込んで激昂するドグラは、その激情に身を任せ単騎の特攻を仕掛けてしまう。
「てめぇぇぇ!! ルカに何しやがったぁぁ!!」
「や、止めるっす!!」
「馬鹿者がぁ! お前が暴走してどうするんじゃ!!」
仲間達の声に耳を傾ける事もなく、ただひたすらに高速の一太刀をペロリアの首筋に振り抜くべく狙いを定めるドグラ。
「くたばりやがれぇぇぇぇ!!」
ありったけの殺意を込めた鋭く、疾い、男の渾身の横薙ぎ一閃を、ペロリアは口端を上げながら、事もなげに躱す。
彼女は不用意に自身の懐に飛び込んだドグラの胸に手を添えると、二人の一騎打ちは呆気ない結末で終わってしまった。
ペロリアの体に寄り掛かり、そのまま糸が切れたように地面に倒れ伏すドグラ。
彼の口元は血で溢れ、憤怒の表情を残したまま事切れてしまう。
暗く冷たい眼差しが、物言わぬ骸に向けられる。
「ふふ……。あの子に何をしたかって聞いたわよね? 今、私が着ている着ぐるみの力で、あの子の眼球を抜いたのよ。こんな風にね」
ペロリアの手には、僅かに脈打つドグラの心臓が握られていたーー
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