第四十九話 夜更けの夢

   ◆◇◆


 夜も更けてから、マイトの借りた客室に近づく者がいた。マリノ――ミラー家の一人娘である。


(マイトさんに、改めてお礼を言っておきたいから……なんて、私が考えてることなんて分かっちゃうよね……)


 前にマイトたちが泊まった時にも、マリノはマイトと二人で話したいと誘おうとしたが、もう遅いからと母にたしなめられてしまった。


 ドアをノックして起こすわけにもいかず、緊張しながら扉に手をかける。部屋の中は明かりがついていない――それどころか、マイトの姿が見当たらない。


(……あれ?)


 部屋の中を確認し、マイトがいないことを確かめたあと――マリノはマイトがどこに行ったのかに思い当たる。


(……一人だけで寝るのって寂しいし、話し合って一緒に寝ることにしたとか……ええっ、マ、マイトさんって凄く落ち着いてるし、孤高な感じの人なのに……?)


 農場の危機を救ったマイトの人物像は、マリノの中で日々変わりつつあった。


 具体的には美化が進んで、マリノの中では『女性三人のパーティを見守りつつ支える冷静沈着な男の人』ということになっていた。


(私よりちょっと年上なだけだと思うけど、凄く大人っていうか……リスティさんたちのほうがマイトさんより年上だけど、引っ張ってるのはマイトさんで、でも控えめで……)


 考えが止まらなくなり、マリノはこのままではいけないと思いつつ、マイトを探しにリスティたちの寝室に向かう――そして。


 扉を開けて中を見て、その光景に気が遠のくように感じた。


「うーん……主様……」

「マスター……」


 リスティたちと同じ部屋にマイトがいる――そしてマイトのベッドの中にいるのは、ウルスラとアムだった。


(……どうしたらこんなことになるの? ウルスラさんってそんなに寝相は悪くないはずなのに。それに、この女の人、誰……?)


 マイトの背中にウルスラが寄り添っていて、アムはダークエルフの姿になり、マイトの胸に寄り添って眠っている。アムの人間形態を見たことがなかったマリノには、事態が全く飲み込めない。


「……すー……」


 他のベッドに視線を移す――リスティは寝相が良かったが、ナナセに抱きつかれており、ナナセの手が変なところに入り込んではだけてしまっていた。


「……マイト……もっと欲しいのだな……」


(ええっ……プラチナさん、どんな夢見てるの? もしかしていつもマイトさんとしてるようなことを……?)


「……魔力……」


(魔力……ってあげられるものなの? 冒険者って凄い……)


 マリノはよく分からないながらも感心しつつ、プラチナが剥いでしまっていた毛布をかけ直す。


 マイトはというと静かに眠っていてほとんど微動だにもしない。このメンバーで寝ていても一切心を乱さないその姿が、マリノには立派な『賢者』に見えた。


「……おやすみなさい」


 マリノはそのままそっと部屋を後にする。アムが何者なのかは気になったが、それよりも彼らを起こしてはいけないという考えが勝った。


   ◆◇◆


 ――マリノが部屋に入ってきた時は何事かと思ったが、どうやらちょっと様子を見に来ただけらしい。


(それにしても……ウルスラのやつ、俺が寝てる間に移動してきたな)


 俺の後ろに回るには、一旦ベッドから降りる必要がある。マリノが来た時に目を覚ましたように、盗賊時代の癖で誰かが近づくと目が覚めるのだが、ウルスラには一瞬眠りに落ちた隙を突かれてしまった。


 そして、後ろからそのウルスラに目を塞がれている――一体何をするつもりなのか。


「ふふっ……見られちゃったね、仲がいいところを」


 後ろから囁くような声が聞こえる――まるで俺の心を読んでいるかのような物言いだ。


「普通に寝てるだけだが……なんで目隠しされてるんだ、俺は」

「ちょっと驚かせちゃうかと思ってね。そろそろいいかな……」


 ウルスラの手が外れる。一つのベッドに三人はさすがに狭いので、ウルスラにはプラチナのベッドに戻ってもらわなくては――そう思いつつ振り返ると。


「(っ……だ、誰だ……?)」


 目を塞ぐ手が少しウルスラのものにしては大きいような気がした――それで無造作に振り返ったのはさすがに迂闊うかつだった。


 他の皆の気配が消えて、別の場所に飛ばされる――いや、これは幻術の類か。


 ベッドが天蓋のついた豪奢なものに変わり、目の前にいるウルスラは――もはや女性だということを見紛うことのないほど、成長した姿になっている。


「……また何かのいたずらか?」

「うん、まあね。駄目だったかな?」

「いや、駄目というか……色々使えるんだな、魔法」


 ウルスラは俺の目の前に、ベッドに肘をついて寝そべっている――アリーさんに用意してもらったいつもの子供服ではなく、大人びた就寝着だ。


「これがボクの本来の姿だよ。この地方での信仰が戻って、何年も経つとこの姿になるんだけどね。夢の中では、本来の姿を見せられる」


 赤みがかった長い黒髪に小麦色の肌。そして、子供の姿のウルスラからは想像もできないような豊かな起伏のある体型――服がゆったりしていて胸元も開いているので、少し動いたら危ういような状態だ。


「……良かった。この姿でも無反応だったら寂しいからね」

「反応というか、そんな格好だとさすがにな……地霊はそういう衣装を着るものなのか」

「神霊が身につけるものは、自らの威容を示すもの……なんて、そこまでボクは考えてないけどね。ボクに舞いを捧げる大地の子らと、近い装いだね」


 ウルスラが女性だとわからないうちは、露出の多い格好を強いる暴君なのかと思っていたが、今のウルスラの格好を見せられると見方が変わってくる。だからと言って、恥ずかしがっているのにあの衣装を着せるのは褒められたことではないが。


「……改めて、一つ聞いておきたいんだが。ウルスラは、なぜあの場所で縛られてたんだ?」

「昔のことだから忘れてしまった……と言いたいけどね。主様は、レベルの制限というものについてどう思う?」

「レベルの制限……レベル帯のことか? 当たり前にあるものだから、特に思うところはないが」

「この地域にはこのレベル以下の人々しか住めない。そう決められている中で、魔族はレベルの制限を無視しているけど、『それを許されなかった場合』はどうなるのかな」


 ウルスラの言わんとするところは、彼女が高レベルであることを許さず、地の底に封印した者がいるということなのか。


 ウルスラが記憶を無くしている以上、今は推測することしかできないが。他ならぬ彼女自身が、『自分が高レベルだったこと』が封印された原因だと感じている。


「封印なんてしなくても、他のレベル帯の地域にボクを移動させるなりすれば良かったのに、そうならなかった。封印されていても地霊として恩恵を与えることはできるから、ボクはそれだけをやっていればいい……ということだったのかな」

「……舞いの奉納が途絶えていなかったら、俺たちはウルスラを外に連れ出せてない。ミラー家の人たちには申し訳なかったが、依頼を受けてここに来られたことは良かったと思ってるよ」


 実際怪我をしたマックスさんのことを考えると、野菜を魔物化させたことはやってはいけないことだったが――彼が元気になってもウルスラのことを許してくれたことには、感謝しなくてはならない。


「それは、マイトが慕われているからだよ。だからボクは主様って呼ぶし、隙あらばお礼をしたいって思っているからね」


 ウルスラが身体を起こす――そして、仰向けに寝ている俺の顔を覗き込んでくる。


「……お礼っていうのは? 答え次第じゃ、即座に起床することになるが」

「ふふっ……『賢者』でもちょっと動揺したりするんだね。普通の男の子みたいに……普通じゃないけどね」

「そのことなんだが……」

「ううん、話さなくてもいいよ。あまり抜け駆けをしようとするのは悪いからね」


 この状態は抜け駆けではないのか――というか、ウルスラの身体が当たっているが、その感触は現実となんら変わりがないように思える。


「アリーに色々教えてもらったから、一つずつ試してみたいんだ。今日のところは……」


 思わせぶりな顔をして、ウルスラは耳元で何か囁いてくる。一体何を言われるのかと身構えていた俺だが、これくらいなら許可を出せるような内容だった。



「……主様、もっと楽にしていいんだよ。身体が強張ってる」

「そう言われてもだな……かなり照れるんだが」


 ウルスラがくすくすと笑っている――彼女が試したいことは、有り体に言って膝枕だった。


 まず、こうしていると顔が隠せないのが良くない。いつもフードを被って顔を隠すことに慣れているから――と言うと負けを認めるようなものなので、何も言えない。


「それにしても……」

「実際に成長したらこうなるかは分からないけど……ちょっとプラチナを参考にしてしまってるかもね」


 皆まで言わずとも先回りされる。膝枕した状態では、ウルスラの顔がせり出した胸に阻まれて見えづらい――やはり誘惑されているのでは、と詮無きことを考えてしまう。


「主様は、いつでも起きられるように意図的に眠りを浅くしてるよね。でも、時々は深く眠った方が魔力も回復すると思うよ」

「そうは言っても……だな……」


 ――急激に睡魔が襲ってくる。地霊は色々な魔法が使える、そう自分で今言ったばかりだ。


「ボクが見てる時は、安心して眠っていいんだよ」

「……起きる、時は……」


 リスティたちに膝枕されているところを見られたら――というのは杞憂だった。


「あくまで夢の中のことだからね。おやすみ、主様」


 頭を撫でられる――こんなふうに眠るのは、どれくらいぶりだろう。


 思考はやがて途切れる。眠りに落ちる間際に、頬に何かが触れたような気がした。


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ラスボス討伐後に始める二周目冒険者ライフ ~はじまりの街でワケあり美少女たちがめちゃくちゃ懐いてきます~ とーわ @akatowa

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