第四十八話 本当の職業

「……私の本当の職業だけど……剣士じゃなくて、『姫騎士』っていうものなの」

「ええっ……そうだったんですか? 姫騎士……姫……姫?」


 ナナセの動きがピタッと止まる――そして。


「お姫様……リスティさんが……!?」

「ええ……全然見えないでしょうけど、実はそうなの」

「い、いえっ、いつも品が良い振る舞いですし、剣を振るう姿も様になっているなと思っていたんですけど、まさかお姫様だなんて……私、いろいろ無礼なこと言っちゃってませんでしたかっ」

「ううん、ナナセは会った時からずっといい子だし、私に気を遣ったりする必要もないわ。私は王位を継ぐ可能性だって無いしね」

「リスティ、それは……いや、私から何か言うことではないか」


 プラチナが言いかけたのは、おそらくリスティの言ったとおりではなく、彼女に王位継承権があるということだろう――だが、リスティ自身にその気はないようだ。


「王都の近くに魔族が現れてから、国王陛下……お父様は、何も手出しをできないでいたの。でも魔族は人間を敵視しているし、放っておいたら王都は危険にさらされてしまう。そうなったら、私の大切な人たちも……だから、私は強くなりたくて家を出たの」

「私はリスティ……ノイエリース殿下とは幼い頃から友誼を結ばせて頂いている。彼女が冒険者になると聞いて少しだけ迷ったが、本当に少しだけだ。『ロイヤルオーダー』は王家に仕える家に時折生まれる職業で、私も生来彼女を守ることを使命としてきた」

「プラチナには迷惑をかけてしまったけど、凄く感謝してる。子供の頃からすごく正義感があって、真っ直ぐで……武術も男性に混じって習っていて、騎士の鎧を着て馬に乗ったりするところもすごく格好良かったのよ」


 プラチナは珍しく照れてしまっている――二人の仲が良いことは分かっていたが、幼い頃からずっとその関係が続くというのはなかなか得難いことだ。


「王女に仕えるってことは……プラチナも相応の身分ってことだよな」

「私は公爵家の五女で、きょうだいが多いのでな。家を出ることについては父には秘密だが、上の兄と姉たちには伝えている。家を離れていることについては心配は無用だ」


 そう胸を張るプラチナだが、心配はされているんじゃないだろうか――公爵家の娘が王女と一緒に冒険者をやっているなんて、よく今まで世間に広まらなかったものだ。


「……そうか、リスティっていうのは冒険者としての名前で、それで通してるから大丈夫だったのか。でもその青髪はかなり目立つよな」

「フォーチュンにはいろんな色に髪を染めている人がいるから、そこは大丈夫だったみたい。私は地毛だけどね……お母様も同じ髪の色なの」


 『お母様』という呼び方にナナセが反応している――なぜ目を輝かせているのか。本物の姫様を前にして感激しているということか。


「私の赤髪も、そう目立つことはない。鎧は多少目を引くようだが、こればかりは『白銀の閃光』として変えるわけにはいかないからな」

「そ、そうか……まあ、バレなかったならいいのかな」

「素性が簡単に分からないようにする魔道具も使ってるの。この『隠者の指輪』を使ってると、ギルドでも職業を伏せたりできるから……嘘をつくのはよくないことだけどね」

「受けた仕事をしっかりこなしてたってことで、そこは大目に見てもらおう」

「うっ……マイトさんと会うまではなかなか上手くいかなかったので、冒険者以外のアルバイトもしてたんですよね」


 初めて会ったとき、リスティたちはゴブリンが落としていったという箱を持っていた――ゴブリンを退治できていたわけではないので、運が良かったということだろう。


「君たちも色々苦労してきたんだね」

「ひゃぁっ……ウ、ウルスラさん、いつの間に入ってきてたんですか」

「話に熱中してるうちにこっそりとね。あるじ様に気づかれないのなら、ボクもなかなか捨てたものじゃないな」


 そう言って、ウルスラは俺の膝の上に座る――小柄だからといって無邪気に振る舞っているが、懐きすぎではないだろうか。降りるようにとも言いにくいので、仕方なくそのまま話を続ける。


「王都に行くなら、魔族と戦うことも考えないとな……ラクシャの話では、王都を狙ってる魔族は吸血鬼だ」

「吸血鬼……というと、血を吸う鬼か。生半なまなかな相手ではなさそうだな」

「ええ……それでも、絶対にやっつけないと」

「王都に眷属が入り込んでる可能性もあるから、警戒する必要がある。眷属に血を吸われてしまうと奴らの仲間にされるからな」

「吸血鬼化については、薬師のあいだでも研究されているんです。今は特効薬はありませんから、おおもとの吸血鬼を倒すしかないって言われていますね」


 ナナセの言う通りだが、『暗夜のサテラ』という魔族を倒しても、吸血鬼化した眷属は支配から解放されるだけで、自然に元に戻ることはない。


(吸血鬼化を解くには、解呪を行う必要がある……それは、シェスカさんの役割だったな)


 シェスカさんほどの大神官でなくても、王都の教会で力を借りれば、吸血鬼の攻撃衝動を抑えることはできるだろう――いずれにせよ、これ以上サテラを放置することはできない。


「王都に行くのなら、ボクもついていこうかな。助力できることがあれば協力するよ」

「ありがとう、ウルちゃん」

「明日は一度ギルドに顔を出して、その後で王都に向かうことにしましょうか」

「うむ、それがいいだろう。では、そろそろ消灯して休むとするか」

「ああ。それじゃみんな、また明日……って」


 椅子から立ち上がると、ウルスラが服の裾を掴んでくる。


「ウルスラもここで寝るんだぞ、俺は一人で……」

「せっかく3つベッドがあるんだから、二人ずつで寝ればいいんじゃないかな?」

「な、何故そうなる……?」


 またウルスラが何か企んでいる――と思ったのだが、リスティたちはなぜか顔を見合わせるばかりで何も言わない。


「……えっと……マイトさんが良ければ、同じ部屋で寝ます?」

「パーティの中で白一点とはいえ、毎回一人だけにするのは良くないからな。ウルスラも皆一緒が良いようだし……」

「どちらかというと、ボクは女の子がいっぱいの方が嬉しいからね。主様と二人だと緊張してしまうし」

「それなら、やっぱり俺は向こうの部屋で……」

「どうしても一人が良いのなら、無理強いはしないが。寝る時に仲間がいることに慣れると、案外落ち着くものだぞ」


 ――マイト、昨日の夜はどこに行ってたの?


 ――宿のお部屋がひとつしかないからって、自主的に野宿なんてしちゃ駄目よ。


 ――マイト様の『野営』技能は優秀ですね。今度私もご一緒させていただけますか。


 俺はまた同じことを繰り返そうとしていた――だが、仲間が良いと言うからといって全員同室が当然ということには、物申したい気持ちはある。


「お、俺は……けっこう孤高なところがあったりする人間なんだが……」

「ふふっ……残念だけど、私たちのパーティでは孤高は禁止だから」

「でもそうですね、フォーチュンにあるお家では別室を許可します。落ち着きたいときもあるでしょうし」

「孤高という言葉には惹かれるものがあるが、集団の和も同じくらいに大事なのでな」


 プラチナがランタンの明かりを消す――俺は夜目が効くので、空いているベッドに入らせてもらう。リスティとナナセ、プラチナとウルスラ、そしてアムと俺で一つずつベッドを使う。


「はぁ~、リスティさんと寝ると程よく暖かくて落ち着くんですよね。後ろにプラチナさんがいるとさらに……」

「あ、あのね……真面目な話をした後なのに、人の胸を枕にするのはどうかと思うの」


 俺のパーティメンバーは仲が良い――なんてことに感心しつつ、目を閉じる。


 プラチナの言う通り、思ったよりも落ち着いて寝られそうだ――アムとウルスラのおかげで、リスティたちとの距離が隔てられているというのも大きいが。

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