第四十七話 申し開き
――歓楽都市フォーチュン 東の郊外 リスティたちの客室
アムが浴室から出ていったところ、脱衣所にいたリスティたちにどう受け取られたかと言えば――考えうる限り、俺の信頼が危なくなる方向だった。
「ふぅん……アムが勝手に入ってきちゃって、マイトとしては困ってたわけね」
「あ、ああ……」
リスティたちはベッドの上に座り、椅子に座った俺を三方向から見ている。さっきマリノがドアを開けようとしたが、中の異様な雰囲気に気圧されて逃げていってしまった。
「ところで、俺は尋問されてるのか?」
「一人で風呂に入っているものだと思ったマイトが、誰かと一緒ということで少し驚いたのだ。それだけなのだがな」
「え、えっと……アムもその、褐色のエルフさんみたいな姿になると、やっぱりその……な、何ていうかですねっ……」
ナナセはとても言いにくそうにわたわたとしている――何を言わんとしているかしばらく分からなかったが、みんなの顔を見てようやく理解できてきた。
「俺は別に、やましい気持ちを持ってはいないぞ。そういうことで心を乱さないのが『賢者』だからな」
「そ、そんな言い方されたら、私達が勝手に心を乱してるみたいじゃない」
「あはは……まあ、ちょっと乱れちゃってる感は否めないですけど」
「ふむ、こういう時は年長者の私が場を収めるべきか……マイト、アムと一緒に風呂に入っても……その、平気だったのだな?」
「ああ、勿論……と言いたいが、一つ別の意味で驚いたことがあったから話しておくよ」
「えっ……そ、それってやっぱり……」
俺はラクシャの魔石をテーブルの上に置く。さっきまでは光っていなかったが、一度アムの身体を借りて実体化してからは、淡い光が石の奥に揺らいでいる。
アームドスライムは魔石を取り込んで、魔族の姿を再現できる――その状態のラクシャは俺に服従している。突拍子もない話というのは自分でも分かっているが、包み隠さず説明する。
「ラクシャが……魔族って、魔石になってもまだ生きてるってことなの?」
「魂が魔石に宿っているということか。アムを利用して復活するということなら厄介だったが、マイトの言うことは聞くのだな」
リスティが警戒するのはもっともだ――一方、プラチナはいつも通り落ち着いている。
ナナセはというと、ベッドで先に眠っているアムを見て、無邪気な寝顔をしばらく眺めたあと、こちらに向き直った。
「……アムの身体を使って、ラクシャさんが好き勝手なことをしたということは?」
「無いぞ。というか、好き勝手ってなんだ。俺はこう見えてなんだが、人の弱みにつけ込むことはしないぞ」
「そ、それは分かってるんですけど……ああっ、そんな返しをされたら、私の方が変な考えで頭がいっぱいみたいじゃないですかっ」
薬の実験で頭がいっぱいというのもどうかと思うが、それは言わずにおく。リスティを見やるとなぜか目を逸らされた――ナナセと同じようなことを、リスティも少なからず考えていたということか。
「……んみゅ」
「あっ……ごめんなさい、起こしちゃった?」
眠っていたアムが起きてこちらを見るが、半目になってぼーっとしている――スライムでも睡眠は必要だし、寝ぼけたりもするようだ。
「……そうよね、アムがマイトのところに行っちゃっても、それは無邪気な行動なのよね。まだ生まれたばかりなんだから」
「うむ、そういうことだな。いや、何かを心配していたわけではないのだ。念のためにというか、マイトも年頃の少年として悩みがあったりしないかを確かめたいと……」
「だ、だから駄目ですってそういうこと聞いたら。せっかくお話が無難な方向に着地しようとしていたのにっ……」
「っ……ナナセ、そんなふうにしても、私の動きは止められないぞ」
ナナセが慌ててプラチナを止めようとして、勢い余ってベッドの上に押し倒す――プラチナの言う通り、彼女の職業はレベルのわりに身体能力が高いので、ひょいっとナナセを抱えあげてしまう。
「ああっ、な、なんだか猫みたいに持ち上げられてるんですけどっ……」
「ふふっ……プラチナはいいわね、力持ちで」
「どちらかといえば力よりも、『白銀の閃光』らしく俊敏さを売りにしたいのだがな。マイトには全くかないそうにない」
「……それなんだが。俺は『賢者』になる前に――」
そろそろ仲間にも事情を話しておくべきか――そう思って話そうとしても、言葉が出てこない。
「賢者になる前に、身体をすごく鍛えてたの?」
「どんな鍛錬をしていたのか、ぜひ教えてもらいたいな。私の日々の鍛錬にも取り入れたい」
「ああっ、駄目ですよ。私だって付き合ってほしい実験があるんですから」
「それはまた今度、街にいるときに時間が空いたらね。冒険者なんだから、依頼をこなさなきゃ」
「はい、勿論それは承知の上です。でもマイトさんを予約しておかないと、ひょいひょいってどこか行っちゃいそうですからね」
ナナセの言うことはなかなか鋭い。ガゼルとエルクの動向を聞くために、早めにメイベル姉に会いに行く必要がある。
「……私もマイトに、強くなる方法を教えてもらったりはできる?」
「剣を教えるってのは専門じゃないからできないが、戦闘における身のこなしとかは教えられるかもな。合わせて魔物を倒してレベルを上げれば、着実に強くなっていくと思う」
「そうなんだ……良かった、私だけマイトに教えてもらうことが無かったら寂しいし……」
「私のレベルは7、リスティも同じになっている。ナナセも5なので、まだ上限には達していないな」
俺のレベルは2のまま変わっていないが、経験自体は積まれているはずなので、いずれは上がるだろう。俺の『ロックアイ』で見える錠前には白と赤が存在することが分かっているが、『赤の鍵』もおそらくレベルが上がれば出せるようになると考えられる。
「マイト、これからのことだけど……」
「ああ、その話をするんだったな。俺は、一度王都に行こうと思ってる。報酬を受け取るためだけじゃなくて、気になることもあるからな」
「……リスティ」
プラチナがリスティと無言で視線を交わす――そして、リスティは神妙に頷いた。
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