第37話 醒めない現実

 心地良い。


「…………」


 ずっとこのままで。


「……ヤ」


 何かが聞こえた気がするけど、どうでもいい。

 今の心地良ささえあれば、ほかは何もいらない。


「……ウヤ」


 うるさいな。今日は休みだろう。俺が高校を欠席したことなんて一度だってないんだから。無理に起こす必要なんてどこにも──。


「トウヤ! 大丈夫!?」


「…………ペレッ……タ?」


 重たい瞼をゆっくりと開いていく。未だに視界はまともに機能していないがそんなふうに話すやつはペレッタしか……。


 ──ペレッタ?


(なんで俺はそんな二次元のキャラクターみたいな名前のやつのことが………………そうだ……。俺は異世界に来て、それで……ペレッタたちと、三人で……)


「……ごめん。僕は彼女じゃない」


 瞳に映し出されたのはペレッタではなかった。


「…………ロイド……?」


「僕だけじゃないよ。周りを見て」


 ひどく重い身体を上げて目を凝らして見ると、数十名の男たちが四方に点在していた。


「冒険者のみんなだよ」


 冒険者たちがなぜこんな所に一箇所に集まっているのだろうか。

 Cランク冒険者であるロイドもどうして俺に構って…………俺は、何を……。


 ──逃げて!


 頭に鋭い声が響いた。ペレッタの声だ。何度も頭の中で繰り返される彼女の必死な叫び声。まるで命を懸けて大きな敵と戦う時のような──。


(大きな敵……?)


「……そうだ……三人は!?」


「え?」


「フィンペレッタシュナだよ! あいつらは!? 大丈夫なのか!?」


 全てを思い出すと、息苦しさや吐き気のような気持ち悪さが身体中を駆け巡る。


(大丈夫……大丈夫だ。これだけの人数が駆けつけたなら何事もなく終わっているはず。ロイドならそう言ってくれる。絶対に……!)


「彼らは……」


 手で頭を抑えたままロイドは言葉を続けようとしない。


「……は? うそ……だろ……。なぁ、嘘だよな……?」


 割れるような頭の痛み。心臓の激しい鼓動が耳まで届き、その先を聞かなければならないのに聞きたくないと訴えかけているようだ。

 だが受け入れなければこの胸の苦しみもどうにかなってしまいそうな心も落ち着かせることができない。


「とりあえずは大丈夫だから」


「とりあえずって……?」


「フィンについては重症だけど治療師によると大事にはならないと言っていた。シュナは外傷は特に見られないんだけど、ちょっと精神が危うい状況にあって……それでも命に別状はないから大丈夫、だと」


 否定してもあの時の光景がフラッシュバックする。

 為す術もないまま石壁に激突したフィン。受け入れ難い現実を前にして心を保てなくなってしまったシュナ。最も避けなければならない現実を実現させてしまったのだ。

 命がある──それだけが自分を支えられる唯一の救い。


「……そうか、よか……ペレッタは……?」


「……彼女は、今も治療中だよ」


「そんなことはわかってるッ! あいつは大丈夫なのか!?」


「逃げて」という声が鳴り止まない。ペレッタは灰霧竜の攻撃を受けて、そして……。


『あたしはもう……無理だから』


(うるさい! やめろ、違う。そんなわけがない。王国騎士所属で何度も俺たちのことを守って助けたんだぞ!? そんなすぐにやられるような──)


「ごめん……未だに意識は戻る見込みはない……と」


「……は……」


「正直、どうなるかはわからない」


「…………う……そ……」


 嘘ではない、と彼の真剣な表情が物語っている。

 本当のことなんだ。


「っ!!」


 どうしてペレッタなんだ?

 一番活躍して、俺のことを守って、みんなを守って、一番頑張ってくれていた。やっと仲間を見つけられたばっかりだったのに。

 こんなどうしようもない俺のことを──好いていてくれたのに。

 どうして俺から大切なものを奪っていくのだろう。


「でも、一つだけ確かなことはある。彼女は呪毒じゅどくに侵されていた」


「……呪毒……」


「一度かけられれば確実に死ぬ、まさしく呪いの毒だよ」


「確実に…………それなら治療しても……」


「そう、普通ならね。ただよく分からないんだ。呪毒に侵された形跡はあるけど今は引いている。意識だけが戻っていない状態のような。……ねえトウヤ、いったいどんなやつと戦ったの?」


「どんなやつって……三層のボスの灰霧竜だよ」


「灰霧竜……まさか……」


 ロイドは顎に手を当て、思いついたように言葉を口にする。


「灰霧竜に呪毒の攻撃はない。恐らく──白霧竜ヴァノエルドと呼ばれる魔物だろう。見た目が非常に似ていてね。……まさかここにも現れるとは……でもトウヤたちが挑んだ理由もわかったよ」


「挑んだ理由?」


「やつは戦う相手を定めて嵌めるように立ち回る。精神に干渉しているのかはわからないけど、圧倒的な差がある相手は勝てるかもしれないという気にさせるらしいんだ」


 ロイドの話を受け不可解だったものが結びつく。

 今になって、白霧竜と戦うまでは三人は俺のことを気遣っていたように思う。しかし仮に三層のボスであっても二層のモンスターでは比較にならない強さはあるはずだ。他冒険者の危険性や入り口が塞がれている状況とはいえ、真っ先に戦うという選択が取れる方がおかしかったのだ。


(なんで俺はもっと早く気付けなかったんだよ……ッ!)


 剣兎も白霧竜も無理に戦う必要はどこにもなかった。ましてや魔法が使えない状態で勝てる見込みがあるとどうして思えたのか。

 いや……単純に冷静ではなかったのだろう。魔法を使えないという絶望に取り憑かれていたんだ。


「でも本当に白霧竜なら、やつを倒すことができればもしかすると……意識を取り戻すかもしれない」


「…………助かる……ペレッタが……?」


「わからない。ただ呪毒は術者が解除するか存在しなくなるまで永続する魔法なんだ。だから、やってみる価値はあると思う」


「わかった」


 そうして俺は彼に背を向けて前へ前へと歩を進める。


「え? どこへ行くつもり?」


「勿論白霧竜の所だ」


「無理だ! 今の君じゃ……それに、ギルドは今総力を上げてやつを追っている。君が無理することは何も──」


「待っているだけの方が、地獄なんだ」


 冒険者たちが協力してくれるというのは有り難い。おそらくペレッタの為というよりもこのまま放置しておくわけにはいかないという理由だろうが。

 それを指を咥えたまま見ているだけなんて出来るはずがない。

 しかし行く手を阻むように誰かが俺の前に立っていた。


「何もできなかったお前に何ができる?」


「グラッド……」


 Cランク冒険者グラッド──レヴと戦った後に俺を非難してきた男だった。


「なんで戦いを挑んだ? 仲間を痛めつけてまで」


「それは……」


「グラッド、トウヤだって必死に戦ったはずだよ!」


「ほぼ無傷の身体で、か?」


「…………」


 言い返すことができない。

 俺だけは不思議とやつの脅威を肌で感じ取れていた。戦いを挑んだのは俺が戦うという選択を選んだからに他ならない。

 また、結果的に相手は俺に傷をつけなかった。殺すまでもないと思われたのか、戦闘に飽きたのかはわからないが、俺が必死で戦ったという証はどこにも無い。


「お前たちが何をしようが野垂れ死のうが俺には関係のないことだ。だが、一度剣を持つ覚悟を決めれば必死に抗え。痛みを伴おうが手足が無くなろうが最後の最後まで力と頭を振り絞れ。それさえできないのなら、お前に冒険者は向いていない」


 グラッドは冷たく言い放つ、だが侮蔑されたようには感じなかった。

 覚悟を決めてみんなを守ろうと剣を手にしたはずだった。でも。


「…………使えなかったんだよ」


「何?」


「魔法が……使えなかったんだ……っ!」


「そんなわけが──」


「いや待って。……確か白霧竜の霧は身体強化の魔法を……無効にする効果があった……はず……」


 ロイドは思い出すように言葉を並べる。

 身体強化の恩恵が受けられない、確かペレッタも似たようなことを言っていた。ただ俺が魔法を使えなくなったというのはそんな一部の話ではない。


「身体強化以外なら使えるだろ」


「そう。だから……これはもしも、もしもの話。だから気を悪くしたら申し訳ないんだけど」


 ロイドはグラッドに向いていた視線をゆっくりとこちらに向ける。


「前から何となく感じていたんだ。でも……」


 ロイドは俺なんかよりもよほど頭が回るし、賢い人間だ。些細な変化に気づくのもおかしな話ではない。

 どれだけプライドが揺らいでも、どれだけ困難な道でも関係ない。ペレッタを助けられるなら、何にだって立ち向かう覚悟でいる。


「言ってくれ。今のままじゃ誰も……いや、白霧竜を殺せない」


 落ちるところまで堕ちたのだから。もう何も失うものはない。

 そして、俺から全てを奪おうとする白霧竜だけは──絶対に許さない。


「…………わかった──」





 ──どうして。





 ***



「おい。お前本当のことあいつに言ってないだろ?」


「うん。……別に言ったところで何かが変わるわけでもないからね。変に思わせるよりはこの方がいい」


 ロイドたちがトウヤの元へ駆けつけた時には既に敵の姿はなかった。

 その場にいたのは四名、フィンは全身骨折の重症、シュナは恐らく精神ショックによる気絶、トウヤも同様に。


 そして──ペレッタは治癒士による鑑定の結果、死亡。


 見つけた時にはもう呪毒が全身を蝕みどうすることもできなかった。

 そのはずだった。

 フィンの治療を終え彼らを運び出そうとしたその時、彼女は再び息を取り戻した。

 呪毒による全身の黒い痣が消え失せ、突如として呪いの支配を逃れたのだ。身体も治療していないのにもかかわらず見た時には既に癒えていた。


 それでも目覚めることだけはなかった。どのような魔法を施しても、どのように起こそうとしても、おそらく──。


「何が起きているんだろうね」


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それでも勇者は失わない 沖葉 @zoldi1234

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