海
高央みくり
海
海がここにやってきてからもうすぐ一週間になる。海というのは頭に黒くて短い毛の生えた、茶色くてくりくりした大きな目が特徴の地球人の男の子だ。僕は今日から、父上に連れてこられた海という男の子の監視係兼遊び相手になったのだった。
でも海はすごく変わった子だった。だって海は黙ったままで何も話さない。それに四六時中、自分で持ち込んだという道具を使って絵を描くのに必死なんだもの。僕がいてもいなくてもずーっと描いている。というか、僕が海のいる部屋に来た時点ですでに絵を描いてた。もう何時間描き続けているんだろ。まさか僕が来たことすら気づいてないんじゃ……?でもまあ、きっと悪い子じゃないよね。父上の「この部屋から絶対に出てはいけない」という言いつけはちゃんと守っているらしいから。脱走を図るやつも結構いるっていうのに。
それにしたって暇すぎるよ。二人きりでさ、会話の一つも無いの。部屋の中の音がさ、海がひたすら描いてる音しかしないの。カリカリ、カリカリってそれだけ。どこまで行っても真っ暗な窓の外眺めてたって飽きるしさ。ゲームだって一人じゃつまらないしさ。
僕はぐるぐると部屋の中を歩き回る。もー、暇で暇で。退屈で退屈でしょうがない!海は絵ばっか描いてて飽きないのかな?!僕だったら五分で飽きちゃう……そうだ、絵だ。
僕はぐるぐると部屋の中を歩き回り続けていた足を止めた。海の方を見てみる。海は部屋の端にあるソファに膝を縮めて座りながら、相変わらず絵を描いている。
そうだよ。どんな絵を描いてるのか聞いてみればいいじゃない。
僕はそーっと海に近づいてみる。海の瞳は忙しなく指先を追い続けている。まじまじと見るのも失礼かもしれないけどかなり真剣そうな顔をしてる。
「よいしょっと」
僕は海の座っている横に腰かけた。僕がいつも座ってる椅子よりちょっと固い。近くにいるからか、さっきよりも海が道具を動かす音が大きく聞こえる。カリカリカリ、シャッシャッシャッ。
何を描いているのか横目で覗き込んでみる。ちらっと隙間から見えるこれは……青いぐにゃぐにゃと、白いもこもこ?なんだこりゃ。ああそうだ。これを話題にしてみよう。
僕は微笑みを浮かべながら海に話しかける。
「あのー、ちょっといい?それなに?」
「……」
カリカリカリ、シャッシャッシャッ。反応なし。
「ねえ、それ楽しいの?飽きないの?」
「……」
カリカリカリ、シャッシャッシャッ。
「僕と遊んだ方が楽しいと思うんだけど」
「……」
カリカリカリ、シャッシャッシャッ。
「……っ!」
僕は椅子から勢いよく立ち上がった。僕の背後から遅れてバタン!と椅子が倒れた音がする。その音にさえ、海は気を止めもしない。
無視しやがってムカつく!海ってやっぱり変なやつ!
ズンズンと窓際のベッドの方に向かって歩き始めた時、後ろからすごい音がした。
ぐぎゅぎゅるる……。
「へ?」
地を這うような音に僕は驚き、素っ頓狂な声を上げて振り向いた。茶色くて大きな海の瞳が僕の呆けた顔を写す。それはまた一つ瞬きをして閉じられる。海はそのまま目をそらすと、恥ずかしそうに呟いた。
「えっと……お腹空いちゃって……」
「ごめんねえ、無視してたわけじゃないの。」
「ふーん。……僕も悪かったよ。誰だってやってることを邪魔されるのは嫌だもんな」
僕たちは向かい合って座り、シェフに用意させたご飯を食べながら話している。今日はお肉に醤油と呼ばれる液体と砂糖とかいう甘い粉となんだっけ……なんか黄色くて硬い塊をすりおろして混ぜ合わせたものをかけて焼いたものと、白米という白い穀物。海はこの白いやつをご飯と呼んでいた。それから茶色いスープ。こっちは味噌汁っていうんだって。味付けは海が住んでいたところで食べられていたものの味付けに似せられているらしい。
お皿の上の食べ物から漂ってくる出来立てのご飯の香りが食欲をそそる。まずは肉を一口。
これはなかなか……もぐもぐ。美味しいものを食べてたんじゃないか……もぐもぐ。甘くて辛くてしょっぱくて……これは食が進むな。もぐもぐ。この白米ってやつと合わせると本当に止まらないな。もぐもぐ……って食べてる場合じゃなかった。僕は海と話をしてるんだ。
舌に残る味を噛み締めながらさっきのことを話したら、海はすぐに謝り始めた。海曰く、何かに集中し始めると他のことが全く入って来なくなるんだって。お腹が空いてやっと切れる集中力って……。
でも海が言っていたことは本当なんだと思う。集中してただけで無視してたわけじゃないってやつ。だって、ごはんの用意を待つ時間から僕たちはずっと話を続けている。故意的に無視していたんだとしたら、きっと海は今も口をつぐんだままだ。
「君もぼくの言葉がわかるんだね」
海はそう言いながら二本の棒を使って器用におかずをとっては口に運ぶ。箸っていって、さっき色を塗っていた棒と似てるけどこれはご飯に使う用の棒なんだって。
「ああ、そうさ!この翻訳機があれば、どこのどんな言葉だってわかるよ。海だって同じものをつけてるじゃないか」
僕たちは父上が作った翻訳機をそれぞれ身につけている。これをつけるだけで相手との意思疎通が簡単に出来るようになる。言葉の壁をなくすことが出来る優れものだ。
「だからぼくにも君の言葉がわかるんだね。話が出来るのはありがたいなあ。ぼくは争うよりも話し合う派だから」
海は言い終えるなり再び食べ物を大きく開けた口の中へ運び込んだ。もぐもぐとよく噛み砕いて飲み下し、それからまた大きな口で一口。しかし本当にお腹が空いてたんだろなあ。すごい食べっぷり。
「争うなんて物騒な……ずっと気になってたんだけど何描いてたんだよ。さっきの」
僕は今度はなにかを漬け込んだ食べ物を口の中に放り込む。ぱりぱり。かじるたびに小気味のいい音とじゅわりとあっさりしていながらもしょっぱい味が口の中に広がる。これも美味いな。
「海」
「うみ?」
「君の住んでるところには無いの?」
「初めて聞いた言葉だなあ。海ってどんなもの?」
「海はねえ……あ、その前におかわりあったらちょうだい」
「はいはい」
初日にご飯三杯も食べたって話は本当だったんだなあ。絵を描くってそんなにエネルギーを消費することなのかな。ご飯のおかわりを盛りながらしみじみ思う。
海はご飯を盛っている間に海が住んでいたところにあったという海の話をしてくれた。
「海は青くて冷たくて綺麗で……舐めるとしょっぱい水がたくさんある場所だよ。それからどこまで続いているのかわからないくらい広い。あとね、海って字はぼくの名前と同じ漢字を使うんだ。……あ、漢字っていうのはぼくが住んでいたところで使われていた文字の事ね」
海はそばにあった絵の端の白い部分に漢字でも書いて見せてくれた。
「同じ字なのに読み方が違うんだな。君の名前はカイ、君が描いてたのはうみ」
「そうそう」
ご飯をよそった皿を手渡すと、海は再び口いっぱいにご飯を頬張り始めた。しっかし海は美味しそうに食うなあ。僕は空になった自分の皿を机の横に避け、頬杖をついて考える。
さっきの絵のあのぐにゃぐにゃが海なんだ。綺麗なのはあの絵を見たらわかるけど、あれが冷たくてしょっぱい……?それは全然想像がつかないな。窓の外はどこまでも続く真っ暗闇な景色しかないし、外の世界はこの景色しか知らない。海の住んでいたところはずいぶんとカラフルに色づいた場所だったんだな。
「ねえ。さっきの絵さ、完成したら見せてよ。見てみたいんだ、海」
絵の方を指差す。遠くからでもわかる、青ではっきりと描かれたぐにゃぐにゃの線。
海は口に入っていたご飯を飲み込むと僕の方を見て笑顔で頷いた。
「もちろんさ。ぼくはここにいる間、海以外にもぼくの住んでいたところにあったものをたくさん描くつもりだ。だからぼくの住んでいたところの事をたくさん教えてあげるよ」
海がやってきてもう数ヶ月になる。海は出会った日と変わらず、常に絵を描き続けている。ご飯を食べる時とトイレと風呂の時、それから寝る時以外。話をするのは初日から食事中の僅かな時間だけ。食欲も相変わらずだ。
海はたくさんの絵を描いた。高い建物が並んだ景色、街にエネルギーを供給するために使われていたという塔、カラフルな羽の生き物たち。どれもこれも見たことがないものばかり。そして絵にまつわる場所や物の話を僕にたくさん教えてくれた。それを海の絵を頭に思い浮かべながら想像すると、無機質で味気ない部屋の中もカラフルな海の描いた絵の景色みたいに彩られていくような気がした。
あ、一つだけ変わったことがある。それは僕も海に倣って絵を描き始めた事だ。僕の使っている道具とは違って、海はいつも原始的な道具で絵を描いている。どうやらいつも海が使っているそれは、海が住んでたところからここへ来るときに持ち込んだものらしい。一度だけ借りてみたことがあるけど、あまりにも使いづらくてすぐに返してしまった。海が使っている細長くてたくさんあるそれは、決まった色しか入ってないし僕が使うには先が硬くてどうにも書きにくい。
いつものように向かい合ってご飯を食べながら僕は海に訊ねる。
「どうして海はあのペンを使わないの?便利だよ。ほしい色をね、思い浮かべるだけで好きな色が出せる。持ち手もやわらかくて描いていて疲れない。偉大な父上が開発したあのペンならね。……海の使っているそれは不便じゃない?色が決まってるから一度塗っただけじゃ欲しい色にならないし、硬いから使っていて疲れるし、時間がかかって面倒だよ」
海はおかずに箸を伸ばしながら言う。
「それがいいのさ。君の持っているそのペンはたしかにすぐに好きな色が出せて便利かもしれない。でもね、色を重ねていくうちに自分でも思っても見なかった色が出来ていたりしてね。それが楽しいんだ。それにね、時間がかかっても自分の思い通りにならなくても、描いている時間があればあるほど良いんだよ」
「ふーん」
僕には海の言ってることが理解できなかった。変なの。時間は有効活用したほうがいいに決まってる。面倒でも時間がかかってもあの道具で絵を描くことにこだわるなんて、本当に海は変わってるなあ。……でもあの道具だからこそ、海は自分の思い描く世界を描くことが出来ているのかなあ。おかずのハンバーグを一口サイズに切りながら僕は考える。
「でももうだいぶすり減ってきちゃったなあ、この色鉛筆も。そろそろ潮時かな」
僕は思わず箸を持った手を止めてしまった。海がいつものにこにことした朗らかな表情からは想像もつかないくらい冷たい目をしていたからだ。
「潮時って色鉛筆のことだよね……?色鉛筆がないなら別の道具で描けばいいじゃないか。色鉛筆じゃなくても絵は描けるだろう?」
海があの色鉛筆にこだわっていたのは知ってる。でも僕が使っているペンみたいに、描くために使える道具ならここにだってある。色鉛筆が無くなったからって海が絵をやめる必要なんてない。そう伝えたかったのに、海は僕の言葉を聞こうともしてくれなかった。
「いいや、ぼくの世界はこの色鉛筆でしか描かない。無くなったらおしまい。だから潮時さ」
「じゃあさ、父上に頼んで色鉛筆を用意してもらおうよ!そうすればまた海も絵を描け……」
「かわいそうに。君は知らないんだね」
海の一言を聞いた瞬間に胸がギュッと締め付けられるみたいに痛く感じた。僕は知ってる。憎悪に滲んだ表情を。何か大切なものを奪われたことがある人がするその表情を。
僕の顔をあの茶色くて大きな瞳が捉えている。やめて、そんな目で僕を見ないで。僕がかわいそう?なんで?そう聞き返したいのに口は恐怖でわなわなと震え、声にはならなかった。自分が海に哀れまれる理由がわからない。それに僕は海からは何も奪ってない。
僕は精一杯に喉を震わせて海に訊ねる。
「海は何を知ってるの」
絞り出すような声で言った瞬間、視界には海の姿ではなく天井が映った。それから顔の右半分に鈍くて重い痛みが走る。
……僕、海に殴られたんだ。
理解するよりも先に僕の体は地面に強く叩きつけられた。叩きつけられた衝撃で息が詰まる。目の前が白黒する。
さっきまで使っていたお皿が何枚か落ちて割れたらしい。海はその割れた皿に気を取られることなく、つかつかと僕の前まで歩いて来た。僕の体を跨ぐようにして立ち止まり、僕の顔を覗き込むと、もう一度僕の顔を殴って、それから僕の体に跨った。
「代わりなんかないんだよ。だってもう作れないんだもの」
聞いたこともない低い声だった。海は言い終えるなり僕の首を両手で掴むと、ギチギチと音を立てるほどの強い力で絞め始めた。息が出来なくて苦しくて、今にも殺されてしまうんじゃないかという恐怖で目から涙が溢れ出した。
「何?泣いてんの?」
表情一つ変えることなく海は続ける。
「……ねえ、どうしてぼくがここにいるか知ってる?君のお父さんのせいさ。君にとっては『偉大な父上』かもしれないけど、ぼくたち原住民にとっての君のお父さんはただの『侵略者』でしかない。なぜ君たちがそんなに高度な文明を持っているか知ってる?力で支配しては全てを奪ってきたからさ。だから力には力だ。この手で奪い返すまで。ぼくの全てを奪った親の息子の君と話し合う気なんかぼくにはない」
酸素が足りず、混迷した頭で考える。
ああ、僕は無知だった。海の住んでいた星はもう無い。僕の住んでいた星だってもう無い。でもきっとそのことを海は知らない。僕たちが今いるところは僕の生まれた本当の星じゃない。生きてあの星を出るために作られた小さな船に過ぎない。今いる星は代替え品みたいなものなんだ。海にとっての色鉛筆と同じだった。代わりなんてない。別のものを用意したって、それと同じものにはならない。
「ごめ、んなさ……お、ねが……い……離し、て」
僕たちが海たちにしたことは許されないことだ。でも生き延びるためには仕方のないことなんだ。父上が持って帰ってきた新しい"家畜"である君たち人間だって、今まで生きるために食べ物を食べてきただろう。食べ物を食べなければ生き物は生きていけない。だから仕方のないことなんだ。海、君だってわかるだろう?君だって食べ物を食べて今も生き続けているんだから……!
「家畜相手に何してる」
低く落ち着きのある声とともに僕の上に影が降りた。この声の主は父上だ。先ほどまで首元にかけられていた圧力がゆっくりと緩んでいく。
「……っ、ゲホ!ガホッ!」
解放されるとともに、苦しさから浮かんだ涙が僕の目からこぼれ落ちた。涙で歪んだ視界の中にだらりと力無く下がった海の腕が映る。きっと父上が海を止めてくれたんだ。ああ、よかった。海とはちゃんと話し合いたかったんだ。話をすればわかってくれるはずだ。だって海も争うよりも話し合いたいって言ってたし。
「海、さっきは悪かったよ。僕は何もわかってなかったんだ。だから今度は落ち着いて話そう?」
……何かがおかしいと思った。いくら話しかけても海から返事が返ってこない。それに何か、僕のお腹のあたりに生温かい何かがべったりと侵食していっている気がする。触れてみる。鉄と何かが入り混じったような独特の臭いとぬるっとした真っ赤な液体。僕は手にべったりとついているこの大量の液体を見たことがある。
「海……?」
僕は恐る恐る液体が付いていない方の手で涙を拭って、海の方を見た。僕は目の前のものへの恐怖で声も出なかった。海の首から上、あるはずの頭がどこにもなかったのだ。液体はそこからぼたぼたと止まることなく流れ出ていた。食べ物、それも肉を用意する時に家畜からたくさん出る液体。
「ヒッ、うっ……ううっ……うえっ……」
涙と嗚咽が混ざってぐちゃぐちゃになる。僕の肌に触れたままの海の体がどんどん温度を失っていくのがわかる。
海が死んじゃった。海が死んだのは僕のせいだ。僕が海を怒らせるようなことを言ったから。父上は僕のために海を殺したんだ。父上が海を殺さなかったら死んでいたのは僕だった。
「だからやめておけと言ったのだ。知能のある家畜に関わるとロクなことがないと」
父上はなだめるように僕の肩を優しく抱いた。海は僕にとっては大切な友達でも、父上にとっては他の家畜と変わらない。だからきっと父上から見た僕は、情が湧いたペットが死んでしまったかわいそうな息子くらいにしか見えていない。
「父上、海は家畜ではありません。僕の大切な友達です」
「大切な友達とやらはお前を殺そうとするのか?」
「……」
僕は何も言い返せなかった。父上の言う通りだ。これは僕の自己満足だったんだ。海は僕のことを友達なんて思ってなかった。だって僕は侵略者の子どもだったから。きっと海は僕のことを恨み続けていたんだ。友達になんて最初からなれっこなかったんだ。
だからこれは、僕と同じように住んでいた星を滅ぼされて住む場所を失ったかわいそうな子どもに対して抱いてしまった、ただの同情心からの罪滅ぼしのようなものでしかない。
僕は僕の体に覆いかぶさったまま倒れていた海の身体をそっと床に寝かせ、普段、海が使っていた布団をかけてやった。それから父に促されるまま、部屋を後にする。清掃係とすれ違う。これからこの部屋のものを処分して、海が来る前と同じ状態にすると父上が仰られていた。僕はもうこの部屋に来ることはないだろう。
部屋の扉が閉まる寸前に海が昔描いた地球の海の絵が見えた。ぐにゃぐにゃの青色の線。どこまで続いているのかわからないくらい広くて綺麗な水。それはどれだけ美しかった事だろう。窓の外が真っ暗闇じゃなくて、海だったらよかったのに。同じどこまで続くかわからないものなら、海の方が絶対に良い。それはとても綺麗で、海の住んでいた星みたいで、海が見ていた景色を僕も一緒に見ることが出来て……。
それから部屋の壁を囲むように飾られている海の描いた何枚もの絵が目に入った。海の目を通して描かれた、今はもうどこにもない星の姿の一部。きっと地球という星は、本当に美しい星だったのだろう。だって海の描いた景色はどれもとても美しかったのだから。
父上の腕を握りながら、狭い廊下を進む。窓の外にはどこまでも続く真っ暗な闇。
「父上、僕は知りたかったのです。僕たちが滅ぼした…以前の地球がどんな姿をしていたのか。彼ら地球人が何を見て生きてきたのか。我々と同じように高い知能を持つ生き物がどんなものなのか」
いつだったか、海から教えてもらった話を思い出していた。海が絵を描き続ける理由。
「もうぼくしか知らないんだよ、ぼくたちが住んでいた場所のこと。ぼくたち人間は忘れてしまう生き物なんだ。……忘れたくなくてもね。だからぼくが覚えてる間に描き残さなきゃ、何もなかったことになってしまいそうで怖いんだ。絵があればさ、たとえぼくが忘れてしまってもそういうものがあったって形としては残るだろう?」
生まれ故郷がなくなったという同じ境遇を持つ僕にとって、その話は深く心に刻み込まれていた。住んでいた場所が失われても、そこに住んでいた人たちの記憶には残っている。……まだ生きているんだ。海の中で、地球という星は。
そうだ、僕も絵を描こう。僕は外の世界も生まれた星の景色も知らないけれど、僕が生まれた星が完全に失われてしまうのは嫌だ。だから描くんだ。同じ星から出てきたここのみんなの中で、僕たちの星も生き続けるように。世界が失われてしまわないように描き残し続けていた海のように。
真っ暗な闇の中を進み続ける小さな星。その星は、どんなに周りが真っ暗闇でも、中はたくさんの色彩の海で溢れていたという。
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