『現代ドラマ・社会人女』紙とペンと迷子の私

 正直、お金はある。見た目もそう悪くはない。 

 なのに、結婚できないまま私は三十を過ぎた。


 いわゆる、アラサー。

 恋愛結婚を望むのなら、そろそろ相手がいなければマズい年齢だろう。

 少なくとも一年。いや、二年は付き合ってからじゃないと結婚なんてできはしない。 


 だって、最悪な職場でさえ一年は耐えきれたのだ。二年もなんとかなった。

 だけど、三年目を迎えたいとは思わなかった。


 そして、結婚は繰り返し。一年や二年じゃきかない年月を共に過ごさなければならない。

 最初は何事も新鮮で楽しいだろう。でも二年目になると比較が始まり、三年目は想像しただけで嫌気がさす可能性もある。


 実際、これまでがそうだった。


 ――もっとも、私が知っているのは仕事だけだが。


 気づけば、私にとって恋人の存在は創作上にしか存在しなくなっていた。

 しつこいようだが、私の見た目は悪くない。

 現に恋愛面で友人から心配された記憶はないし、好みじゃない相手になら告白されたことだってある。


 それでも、意中の相手だとてんで駄目だった。その理由の一つに、職業は絶対に関係しているだろう。

 職業に貴賤はないという言葉はあるが、あんなのは嘘っぱちだ。仕事内容が十八禁というだけで、大半の人間は拒否反応を示す。

 たとえそうでなくとも、私自身が胸を張って言えやしない。


 けど、それは私だけじゃない。同僚たちもまた家族や恋人、子供たちに仕事を偽っている。

 どうしても、胸を張って話すことができないからだ。


 結果、下の人間に当たり散らす。もしくは誰とも知れない相手に慰めを求め、ネットでイキりまくる。

 前者は編集などの裏方に多く、後者は作者などのクリエーターに多い。

 

 金や肩書きだけで満足できればいいが、そうでなければ悲惨である。

 大学を卒業し、専門的な勉強をして、ひたすら努力を続けた結果がこれなのかと。


 金の為、家族の為、生活の為――そんな風に思って、この道に進んだわけじゃない。

 それなら、まっとうな仕事に就いていた。


 紙とペンさえあればなんにでもなれると夢みた学生時代。

 あの時、想像した自分はもっと輝いていたはず。

 自分の内から溢れ出る『楽しみ』を皆にも伝えてやりたかった。

 だから絵を描き、物語を紡ぎ、文章を記して――届けようとした。


 誰かに、皆に――いや、違う。

 たぶん、最初はもっと身近な家族や友人に教えてやりたかった。


 ――なのに、今ではどうだろう?


 身近な相手には隠さなければならない。いつの間にか、自分の仕事を伝えることができなくなってしまった。

 決して、認められていないわけではないのに。

 むしろ、一部の人間には持てはやされているのに。


 それでも、本当に認めて貰いたい人たちには認めて貰えず、伝えたい人には伝えることができなかった。


 それこそ十八禁に限らず、客層が明確な業界のジレンマ。


 嫌なら辞めればいいとわかっていても、そこがなりたかった自分に繋がる以上、簡単に手放せはしない。

 皆いつかを夢見て、自分を消費していく。

 ただ自分を持てはやしてくれる人に、お金を落としてくれる人に――

 たとえそれが見下している相手であっても、かつて軽蔑していた相手であろうとも――


 けど、それは生活の為じゃない。お金を稼ぐ為じゃない。

 少なくとも、かつての私が紙とペンに求めた未来にその二つはなかった。


 紙とペンが好きだった。それこそが、自分を表現できる術だったから。

 紙とペンが好きだった。思い出のすべてがそこに残されているから。

 紙とペンが好きだった。だから、それを仕事にしたいと思った。

 紙とペンが好きだった。それを嘘にしたくないから、ただしがみ付いている。

 

 だけど、いつからか『好き』が薄れていってしまった。


 紙とペンと好き。

 紙とペンと夢。

 紙とペンと希望。

 紙とペンと未来。


 もう、探そうとしなければ見つけることもできやしない。


 紙とペンと金。

 紙とペンと仕事。

 紙とペンと時間。

 紙とペンと労力。


 散らかった現実が邪魔をする。こんなお金が欲しかったわけじゃないのに。生活の為に働くのが嫌だったはずのに。

 気づけば、紙とペンにそれを求めるようになってしまった。

 たぶん、先に裏切ったのは私のほうだろう。

 いつかの自分に期待するのなら、もっと他にあったはず。

 なのに、私は目先の報酬に飛びついてしまった。目に見える対価に、賛辞に、反応に惹かれて溺れていった。


 目に見えない価値のほうが大事だと、誰かの紙とペンから学んだはずなのに……

 私は創作において、唾棄すべきキャラクターと同じ選択をしてしまった。

 一度片付けなければ、このまま落ちていく予感がする。

 もしくは捨て去らなければ、私は何者にもなれないまま終わってしまうかもしれない。


 かつて、私に沢山のモノをくれた紙とペン。


 それを捨てれば、そう悪くない未来が待っているだろう。

 結婚を意識するのなら職業は大事だ。

 また職業を変えれば、おのずと生活も変わっていく。


 かつて、私の全てだった紙とペン。


 それを捨てれば、つまらない自分しか残らない。

 でも、そんな自分を求めてくれる誰かもいる。


 かつて、夢を描いたのは紙とペンと私。


 だけど、その『私』は今の私とちょっとだけ違うのかもしれない。

 だから、かつての『私』を取り戻せば――

 

 もう一度だけ、紙とペンに夢を描けるのかもしれない。


 というわけで――

 

 もう少しだけ、よろしくお願いします。

 紙とペンと迷子私。

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姫様は自分だけの恋を探している 安芸空希 @aki-yuu

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