『現代ドラマ・整形女』配られたカードで勝負するしかない
あたしの大好きなスヌーピーは言っていた。
配られたカードで勝負するしかないと。たとえ、それがどういう意味であれ――
実家に帰る私はまるで泥棒だった。それもかなり計画的な犯人だ。
本日、両親には旅行の手配をしての帰省。
『いつ帰ってくるの?』という攻撃を金で封殺した形である。
もちろんモノは言いよう――忙しくて帰れないけど、両親のことは愛しているし感謝もしている。
だから、せめてもの気持ち――という体で旅行は用意した。
そうしてまだ明るい午後、私は三年ぶりの帰省を果たした。
しかし、見事なくらい何も変わっていない。
だからこそ、両親はいつまでたっても子供の私に執着するのだろう。
私は今年で二十九歳になる。
誰もが知っている大学を卒業して、またまた誰もが憧れる大企業に勤めており――両親からすれば自慢の娘であった。
それがここ最近になって風向きが変わってきた。親戚――特に従妹が結婚して、子供をもうけたのがきっかけだ。
いつ結婚するの? 早く孫の顔が見たい――と、よくある催促。
いわゆる女とクリスマスケーキは二十五までを鵜呑みにしてか、やたらと口煩くなってきたのだ。
そうなってくると、家に帰りたくなくなるのが心情であろう。
私もまた子供なのだ。口煩い親に対して、つい反抗的になってしまった。
また、親の話に度々出てくる同級生たちの結婚話が拍車をかけた。
やれ、どこどこの○○ちゃんは~という具合である。親はそれで不安を煽っているのかもしれないが、逆効果だと教えてやりたい。
そもそも、実家に帰らない女は地元が嫌いなのだ。
だから、同級生の名前を出されても共感などしない。皆と一緒がいい。そうじゃないと不安な性格だったら、県外に進学などしなかった。
そう、私は友達の少ない子供だった。
もっとも、その傾向は相変わらずである。
仕事仲間は沢山いるものの、プライベートでは話し相手すらいない。私用の携帯だと、三年前の着信履歴が残っているレベル。
その事実に気づいた時、私は整形を決意した。
もちろん抵抗はあった。実際、始めの内はエステや美容皮膚科を検討していた。
ただ、継続費用を考えると整形のほうがお得に思えたのだ。
幸いお金には不自由していなかったこともあり、私は整形を選んだ。というか余裕があった為、ついつい調子に乗って豊胸までしてしまった。
結局、特別なコンプレックスがなかったことが原因であろう。たいてい、整形などをする人はコンプレックスの解消が目的らしい。
一方、私が持っていたのは漠然とした変身願望。このままではいけないとわかっていたものの、具体的にどうすればいいかは皆目不明な状況であった。
だから、とにかく素敵な女性になりたいと希望した。自分の好みなど関係なく、異性から見て魅力的に見えるようにしてくれと。
そういう要望は珍しいようで、担当してくれた医者は喜んでいた。腕の見せ所と感じたようであった。
結果、色々とサービスされ私はほぼ全身を改造するに至った。
その出来栄えに不満はない。事実、周囲の人間の反応は劇的に変わったし、満足がいくモノだった。
その上、予想していた揶揄や悪評もなかった。
面白いことに、現実で面と向かって『整形』という言葉を吐くのは拳銃の引き金のように重たいようだ。
またもともと地味で堅物の印象もあってか、私の劇的な変化は整形かどうか判断しづらいらしい。
というより、ほとんどの人間が私の容姿に興味を抱いていなかったのだと思う。
その所為か、同性でさえ直接は訊いて来ない。ていのいい攻撃材料だろうに、何故か見逃してくれている。
中には、こっそり訊いてくる人もいたが単純な好奇心――自分も検討しているから、どういったモノか教えて欲しいという相談であった。
それらすべてに対し、私は正直に答えた。整形しましたと。
コンプレックスがあったわけではなかったからか、白状することに抵抗は感じなかった。
それがまた功を成した。
お笑い芸人が例であるように、コンプレックスに成り得るモノを気にしない態度は得てして人を引き付けることがある。
つまり、私の生活は整形を期により良いモノへと変わっていった。
現金なモノで、そうなってくると今度は過去が嫌いになり――こうして、実家に戻ってきた次第である。
今まで拘っていた自分らしさ。
過去の自分の象徴。
それらすべてを消し去りたくなったのだ。
誰もいない家の中、私は自分が写った写真を集め、一枚一枚破り捨てていく。
まとめて捨てるのでもなく、炎に投じるでもなく。
一枚一枚きちんと向き合って、その当時を思い出しながら――それでも、破り捨てていく。
当時はつまらないことで傷つき、泣いていた。
子供の世界と大人の世界は全然違う。
内気で優しい性格なんて、子供から見れば与しやすくて攻撃しやすいだけだった。真面目で大人しい性格も従順でつまらないだけ。
ニュースで虐めの事件が流れる度、学校側は気づかなかったというけど、もしかするとそれは本当なのかもしれない。
現に大人になった私には、子供だったあたしがどうして泣いていたのかがわからなかった。
憶えているのは、傷付けられて泣いていたこと。
でも、どうしてただ傷つけられるままでいたのだろうか? ぜんぜん、わからなかった。
オシャレをしなかったのも、恋人を作ろうとしなかったのも――どうして、なんだろう?
そんなことを考えながら部屋――過去の自分を整理していると、スヌーピーが大好きだったことを思い出した。
そしてだからこそ、ありのままの自分に拘っていたのだと気付く。
「馬鹿だったな、あたし……」
対象がキャラクターというだけで、何も変わらない。好きな人の言葉をうのみにする、馬鹿な女の一人である。
「そういう意味じゃ、なかったのにね」
You play with the cards you’re dealt …whatever that means.
子供の頃はわからなかったけど、大人になった今ならわかることもある。
「配られたカードで勝負するしかない。それがどういう意味であれ」
私はその言葉を頑張らない言い訳――辻褄合わせに使っていただけだ。
自分に配られた『カード』がなんであるか、本当の意味で理解していなかった。
顔や性格など、いくらでも変えられる。それらは配られた『カード』なんかではなく、プレイヤーの問題だったんだ。
「二十九歳か……」
毎年配られる『カード』を独り言ちて、私は実家を後にする。
もう用は済んだ。
両親もいないのに長居する意味はない。
外に出ると、眩しいほどの夕焼け空。
目が眩み、自然と涙が滲み出る。もはや慣れた仕草で私はハンカチを取り出し、雫を受け止める。
化粧を覚えた女にはもう、涙は流せない代物だった。
「あれ? ――さん?」
家の前で立ち止まっていると、見知らぬ男性に呼び止められた。
「憶えている? 高校の時、同じクラスだった○○だけど?」
その名前には記憶があった。
お世辞にも仲良しとはいえず、どちらかというと嫌いだった同級生。
しかし、こうして改めて見るとなんてことはない。
やはり、見知らぬ男性だ。
「えぇ、どうも」
私は澄まし顔で挨拶を返す。
「奇麗になったね。やっぱ都会に出ると変わるんだ」
相手は感心しながらも、何処かこちらを見下していた。
未だ、昔に拘っている様子。
「いえ、本人の生活次第だと思いますよ。それじゃ、急いでいるんで」
私は歯牙にもかけず、素通りする。
「えっ? ちょっ、せっかくあったんだから少しくらい――そうだ、○○とかも会いたがってたし」
同級生は私の記憶にない名前を並べたてる。その誰もがとても素晴らしい人間のように、誇らしげに言い連ねる。
「他にも、○○とか――」
と、そこで憶えのある名前。
一瞬で好きだった人の記憶が蘇るも、遅かった。
子供の世界観を持ち込まれても、私にはもう付き合いきれない。
「ごめんなさい。飛行機の時間があるから」
私は変わったのだ。
でも、それは過去をやり直す為なんかじゃない。ましてや、今までのマイナスを取り戻す為でもなかった。
「それじゃ、お元気で」
お高く止まった女のように私は歩き出す。
写真を捨てたからといって過去がなくなるわけではない。
思い出だって残っている。
それでも、拘るのはもう止めたのだ。
今まで、大事にしてきたからなんだと言うのだ。
昔好きだったからといって、今でも好きでいなければならない道理なんてない。
逆もしかり。
昔嫌いだったからといって、今でも嫌いでいなければならない道理はない。
昔は大好きだった。
昔は大嫌いだった。
けど、それでおしまいの話だ。
それにもう、私はあたしの涙に気づいてあげられない。
思い出の中のあたしが傷つき、泣いていたとしても置き去りにしていく。
それはまだ小さな棘のように刺さっているけども、大人になった私には充分耐えられる痛みであった。
空港に着き、飛行機を待っている間に私は母親にメールを送る。
――お盆には帰るよ、と。
「驚くかな?」
さすがに母親なら整形に気づくであろう。もしこれで気づかれなかったら、逆に悲しくなる。
飛行機に乗り、離陸してしばらくすると私は眠りについた。
そして夢の中、思春期のあたしが私を羨ましそうに眺めている。あんな風に奇麗になれたらいいのに、可愛く生まれたかったと思っている。
でも、そのコは決して口にはしない。
とても頑固で意地っ張りだから、ただただ黙って見ているだけ。
私は何も言わなかった。
それに自分の気持ちに素直になりなさいと言ったところで、あたしが聞くはずない。
だから、私は小さく微笑み返した。
だって、そんなあたしの生き方が今の私に続いているのだから――
そう、生活は続いていく。
整形しても――
たとえ、宝くじに当たったとしても――
配られたカードで勝負しなければならない時はやって来るのだ。
たとえそれがどんな意味であれ、ね。
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