第29話

「おかえり」

「・・・ただいま」


目を開けて病院のベッドだと思った場所は、姉さんの寝室だった。大きい二人用のベッドの真ん中で右腕は点滴が繋がれ左手は藤岡輝石の手と繋がっていた。今体を起こすには不具合があり過ぎる。


「何日食ってない?お前から送られてくるバイタルデータが安定していたから分からなかった。いつそんな芸当を身につけた?」

「慣れじゃない?人間は慣れる生き物だから。」


強く握られた手に圧迫感が加わる。


「お前は俺と一緒に暮らしたいみたいだな。残念ながらこのマンションには余りの部屋がありすぐにでも引っ越せる準備もしてある。幸運にも早苗もスージーもいないから、俺はお前の女関係には口を出さない。連れ込みは認めないがな。」

「なっ、何言ってるの?」

「俺が何も知らないわけないだろ。スージーから色々な情報が早苗に上がっていた。お前が成長するにつれて、女の子が群がるようになったのはお前の所為じゃない。だが、彼女の情報収集能力は凄かったぞ。早苗は統計の専門家だからが客観的に見るかと思ったが、データが更新されるたびに、お前と話した方がいいかと俺に相談してきてな。思春期が遅かったお前に青春が来たんだから、ほっとけって俺はアドバイスをした。」

「僕は何も悪い事はしていない。」

「いたって普通の若い雄の行動だ。女の趣味は理解できないが・・・」

「概念獣保持者のプライバシーは守られているはずでは?」

「大丈夫だ、ちゃんとデータにプロテクトが掛けられている。緊急事態で、尚且つその時の案件に参考になりそうな時だけ観閲が許可されるだけだ。」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・嫌だなそれ。」

「俺は別にどっちでもいい。24時間俺に手厚い監視を受けるか、24時間外から監視されるかの違いでしかない。この家に住むのなら俺がルールだから、掃除はお前の担当になる。」

「選択肢が悪すぎる。僕はご飯を食べるテーブルに物を置きっぱなしにしたり、冷蔵庫から出した食べ物を放置して腐らせたり、食事中にこぼした食べ物をそのままにしたり、食べた皿をシンクにもって行かない、水にも付けない、カ゚ピカピの状態で放置する家で、家政婦の真似事をするのだけは絶対に嫌だ。」

「そのうち慣れるよ」

「生理的に受け付けないんだよ。」

「早苗は何も言わなかったぞ。いつも家は整頓されてたしな。」

「・・・・姉さんはどうやってこの家で生き延びたか知らないけど、僕は無理だ。」

「中学の頃早苗は授業中よく昼寝をしていた。」

「・・・・・・?」

「いつも外を見たりノートに落書きをしているような人物が俺の隣の席だった。到底同じ高校に来るとは思ってもみなかった。」

「・・・・・だから?」

「DNAの検査はしてある。お前たちは間違いなく血の繋がった姉弟だ。自頭も良かったと思うが、早苗は圧倒的に要領がいい。その血を受け継いでるお前も要領がいい。」

「僕は普通だよ」

「あの研究所のプログラムは大学進学の為のプログラムじゃない。年齢に適した基礎的な教育を施す程度の物だ。ファン・カルロス、あれは天才だが、スージーは大学進学の為の勉強を欠かしていなかった。大多数の被験者が多くの時間を勉強に費やしていたのをお前が知らないのは、ファン・カルロスといつも読書をしていたからだ。それでも、お前は何事もなくトップの大学に入学し卒業も早かった。俺たちと1年間世界旅行に行ってたにも関わらずだ。」

「・・・・・・だからって、この家に住むのは無理だ。」

「じゃあ、約束しろ。」


滞在中は卵料理が続き、3日目にようやく藤岡輝石のマンションから解放された。空は青く空気は澄んでいて今日も世界は回っている。夕飯の買い物をしようと駅前のスーパーマーケットに足を運んだらまだカレーフェスティバルをやっていた。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、特売の肉と初めて料理をした時に使ったカレールーを買い物かごに入れ、レジに並んだ。前に並ぶ多くの人は世界の味を家に持ち帰ろうとしていた。


久しぶりに、今日はカレーの気分だから。


新しく始まる明日の為に、今日も食べる。


               


             概念獣 佐藤晋編

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