第28話

切断された脚は客の腕の中…太腿から切り離されたそれを強く抱きしめられていては、帰るものも帰れない。

両脚からの多量の出血に喘ぐ小さな猫、柳を指名したのは女の客。

色買いに訪れる客のほとんどは男だが、女が来ないわけではなく、男の殺し方よりは、女から殺される方が、手段がより陰惨で、満足感を得られる猫も多い。

柳を指名した女、水柿は、柳の脚を好んでいた。

「いいね…この細さ。根元の骨まで脆そうで。よくこんなんで立っていられるよ」

「お気に召して、いただけて…光栄です…」

ひゅっ、ひゅっ、と末期呼吸を起こしながらも、柳は満足げに笑う。

どれだけ残酷な方法を使われようと、終いには一瞬で命を奪うような、男がよくやる早漏な殺害より…程度な痛みを与えられ、放置されながらも少しずつ死に近づいていく、倒錯的な残酷さもまた良しと、柳は恍惚と瞳を潤ませていた。

水柿のような女だからこそ許せること…切り落とした脚を愛でる彼女は、柳にとどめを刺そうとはせず、失血で勝手に死んでいくのを、偶に声をかけながら楽しんでいる。

「ちゃんと食べてるかい。まあ、あんまり太くなられても困るから、このくらいを保ってくれよ」

「ははっ…お客様のご嗜好も、人それぞれ…皆様のご要望に、お、お応えできる、身体を作るのも…かひゅっ、ごひゅっ…」

「ああ、死ぬのかい。だったら一旦、これは返すよ。また改めて切り落とすからさ」

「は、ひ……ひっ、くっ……!」

柳は今際の際で頷き、かくりと脱力した。

確認した水柿は抱きしめていた脚と、転がしていたもう片方を抱え、柳の胴へ運ぶ…切断面に押し付ければ、骨、肉、神経、血管などが絡みつき、縫合され、傷跡もなく元の姿に戻る。

そしてまた動き出す。

ぱちりと目を開け、柳は身体を起こし、自分の身体を見下ろした…襦袢の下半身は真紅に染まっているが、切り落とされてはいない。下着こそ履いていないが、裸体が晒されているわけではない。

とはいえ…柳は笑う。

「根元を切り落とすとなると…興味がなければ恥じらいもないと?」

「そうだね。ぼくはそういうの気にしない。だから君を指名するのも、君が男の子だからってわけじゃないよ」

「正直なのは良いことです。好きですよ」

「はは、嘘だね」

水柿は女だが、一人称を男のように『ぼく』と名乗る。初対面の際に、その意味をなんとなく訊ねてみれば、彼女は『何の不都合がある』とさらりと流した。彼女には性別の壁がないらしい。

だから猫の脚を切り落とす時も、性を象徴する場所を気にすることなく、より根元に刃物を当てて切り落とす。布越しでは肉に布地が絡みつくから、必ず地肌を狙い、直に切る。

「次は何で切ろうか…あ、糸鋸仕入れてたんだっけ。綺麗に切れそう」

「お気に召すままに」

戸棚を漁った水柿は糸鋸を取り出し、柳の横へ座り、片足を持ち上げる…刃を押し当て、脚の肉を削り始めた。

「ふぐっ…ぎっ…いあっ!」

柳は両手で顔を覆い、潰れた声を上げる。全身に鳥肌が立ち、発汗し、傷口から出血が始まるにつれて、血の気が引いていく。

「ぐ、ひっ…ひごぉっ…!」

「いい声だね。ねえ、顔見せて」

糸鋸の手は止めず、水柿が黒い瞳で柳の顔を覗く。

指示通りに柳が両手を退ければ…浮かべているのは陶酔に歪んだ笑み。涙とよだれを垂らし、蒼白の顔で口角を上げて善がる猫の顔。

水柿はふ、と笑う。

「どうせ演技だろ?」

「でも、あ、貴方は…好き、でしょう…?」

「いい子」

ごぎり、ごぎり、と骨が削られ、残りの肉まで一気に切断される。

「あがっ、がっ、ひぎああっ‼︎」

柳は快楽のあまり身体を仰け反らせ、天井を仰いだ。同時にずる、と片脚が胴から外れる…柳の下半身の下には、失禁したかのように血溜まりが広がった。

切断を終えた水柿は、外れたそれを拾い上げ、断面を眺め、皮膚を舐め、爪先を食み、ぎゅっと抱きしめる。

「…きれいだ」

「かはっ…う、上手く、出来ましたか…」

「うん…見る?」

失血に喘ぐ柳の目の前に、柳自身の脚を差し出し、断面を見せつける…その美しさは自分の身体の中にあるもの。柳もまた満足そうに笑う。

水柿はする、と身体を寄せる。

「ねえ、今日は君が食べてみてよ。この前、お医者に言われたんだ。人間は生肉を食べちゃいけないんだって。猫の君なら、食えるだろ」

「たとえ中毒を起こそうと、死にやしませんものね」

「なら食べて」

「承知しました」

近づけられた己の脚の、露出した生肉部分に柳は牙を立てる…噛みちぎり、咀嚼する音に水柿は耳を澄ます。

「…西洋の神話に、自分の身体を食べる化け物が居るんだって。そいつは永遠の象徴なんだ」

「永遠…ですか…」

「猫は永遠に生き続ける…でも、永遠に死ねない…ねえ、真の永遠は、どちらのことだと思う?」

生きること。

死ぬこと。

問われた柳は即答した。

「死こそが永遠ですね。終わりの先に、始まりなどありませんもの」

「そう…そうかな。でも、万物は流転すると聞いたことがないか」

「猫は万物に含まれませぬ…猫は始まった時点で、終わりなのです」


「猫は産まれた時点で死んでいるのです。そして永遠に死ぬのです。猫は永遠に生きながら、永遠に死んでいるのです」

「ふふ…くだらない」

水柿が糸鋸を掲げる。

「これが最期の死だったらどうする、柳くん?」

柳は微笑んだ。

「貴方が相手でしたら、喜んで」

「嘘つきだね」

柳の頭部は胴から外れた。


×


「ただ…」

帰り際の水柿を呼び止める。

「うん?」

「猫にも、本当の終わりがあると聞きます」

「…へえ」

「水柿様は、永遠を信じますか」

「あは…その言い方じゃ、君は、自分を永遠だとは思っていなかった、ってこと?」

問われた柳は、深く俯いた。

「…永遠を終わらせる方法があるのなら」

水柿に見えぬ場所で。

「手に入れたいのですよ」

邪悪に笑う。

あははっと水柿が吹き出した。

「はじめて聞いた。君の本物!」


猫のくせに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の箱 四季ラチア @831_kuwan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ