友達想いな人

 翌朝、いつも通りの時間に学校に行った。少しだけ肌寒い道を制服のポケットに両手を突っ込んで歩いて、校内に入るとまもなく馴染みの音色が耳を響かせた。

 トランペットの音色が、二つ響いている。

 最近ではお馴染みの音色。一人は博美さん。もう一人は……最近では毎日のように聞くようになった音色だ。音色ソムリエの僕であれば、間違えるはずもない。これは恐らく……。


「小日向さんね」


「うわあっ!??」


 音色に耳を傾けるあまり油断した背後から聞こえた声に、僕は飛び上がった。

 悲鳴を上げながら振り返ると、そこにいたのは白石さんだった。


「お、おはよう」


「おはよう。二日振りね」


「そうだね」


 二日振りの再会を喜ぶ白石さんは、なんと微笑ましいことか。


「朝からあなたの情けない悲鳴が聞けたこと、凄く嬉しい」


 二日振りに僕をからかうことを喜ぶ白石さんは、なんといじらしいことか。


「最近、あの子練習熱心よね」


 僕をからかい飽きたのか、はたまたこれ以上イジメるのは酷と思ったのか、白石さんは早速話題を変えてきた。


「そうだね。すっかりあの音色も聞き慣れてきた」


「休み時間とかで廊下を歩いていると、あの子よく明智さんの教室に行ってるわよ」


「へえ、よく知ってるね」


「すれ違う度に挨拶されるから」


「なるほど」


 礼儀正しい良い子だなあ。


「礼儀正しいし練習熱心だし、出来た子よね」


「そうだねえ」


「そんなあの子に惹かれ始めてたりしない?」


「しないねえ」


 どんな意図で、白石さんは今僕にこんなことを聞いているのだろうか。

 ……ジェラシー?


「……真面目に答えて」


「ジェラシーだった……」


 呟いて白石さんの方を見ると、ぷくっと頬を膨らませたリスみたいな彼女がそこにいた。

 これは、キチンと答えるほかないのだろう。


 ただ、真面目に答えて、と聞かれても。

 言い方に誠意はなかったが、僕の発した言葉は真面目な答えそのものなのだ。


「生憎僕は、何人もの人に好意を抱けるくらい器用な男じゃない」


「知ってる」


「知ってたか」


 まあ、白石さんとの付き合いも長いし、当然か。


「……鞍替えしたいとか思わないの?」


「思わないよ、これっぽっちも」


 白石さん、まだ体調は万全ではないのだろうか。

 いつもならここまで面倒くさ……臆病な一面、見せないのに。


 そう言えば、いつもなら僕が教室に着く頃には席に座って読書していると言うのに、今日は少し登校が遅めなんだな。やっぱりまだ、体調は万全ではないのだろう。


「……まあ、良い」


 ふくれっ面のまま、白石さんは話を変える気分になったらしい。


「それで、どうするの?」


 続けて、白石さんは的を得ない質問をしてきた。何をどうする、と質問しているのだろうか。


「朝倉さんの件、どうするの?」


「……ああ」


 その話か。

 ただまあ、どうするの、と問われても困る。鳳にその気がまるでない以上、僕の口から伝えることは朝倉さんの想いを袖にする言葉なのだ。本当に、どうして他人の色恋沙汰に首を突っ込み、嫌われ役をさせられなきゃいけないのだろうか。


 ……ただまあ、度々あいつにも僕のせいで嫌われ役を買ってもらっているわけだし、お互い様か。


「言うのね、駄目だったって」


 僕の沈黙から察したのか、白石さんは悲しそうに呟いた。


「うん。そうだね。そうするしかないと思う」


 そもそもの話、鳳にその気がない以上、朝倉さんのためを思っても宙ぶらりんなままにするべきではないと思った。

 だってそうだろう?

 その気のない相手にアプローチを続けて、相手が振り向く可能性はあるのだろうか?

 まして、相手はあの我が強い鳳。


 そんなの、結果は見えているし……ただ虚しいだけじゃないか。


「教室に着いたら、どんな風に彼女に話すか決めましょうか」


 変わらず寂しそうに、白石さんは言った。チラリと隣を見ると、白石さんは俯いていた。その顔からは、彼女の真意は読み取れなかった。


「ありがとう」


 一先ず、お礼を言った。


「お礼は一番最後。一番の正念場はこれからなんだから」


「……ありがとう」


 本当、白石さんがいるというのは、なんと心強いことか。

 彼女と一緒に話し合えば、朝倉さんに話す時角が立たないようにすることくらい造作がないのではないかと思えてしまう。


「……多分」


 白石さんへ尊敬の念を抱いていると、白石さんは言った。


「多分、まずは小日向さんを懐柔するべきね」


「……小日向さんを?」


 白石さんの言葉に、僕は首を傾げた。確かに、朝倉さんと鳳の仲を取り持つ相談の場に、小日向さんはいつもいたが……サクラでもして欲しいって魂胆だろうか?


「……さすがのあなたも、女子間の空気はわからないか」


「一番疎いと言っても過言ではない」


 白石さんは静かに笑った。遠くから件の人のトランペットが響く。


「そもそも、可笑しいと思わない?」


「何を?」


「朝倉さんの色恋沙汰に小日向さんが介入していること。普通、他人の色恋沙汰に介入しようだなんて思わないじゃない? だって、相談されたことで答えたことが仇になったら、恨まれるかもわからないじゃない」


「確かに」


 まさしく今、僕が朝倉さんの想いを袖にする言葉を伝えることを後ろめたく思っていることに他ならない。


「男の子なら、一人でさっさと決めていくんでしょうけど……女子はそうじゃないのよ」


 なんとなく、白石さんの言いたいことがわかってきた。


「朝倉さんの鳳へのアピールは、本人主導のものじゃないってことか」


 確かに、朝倉さんはここまで彼女の相談を受けた限り、自ら鳳への想いを伝えるような気を起こす人には見えなかった。最初……部活動紹介の時はあんな質問をしたから突飛な人だと思ったけど、第一印象で人の感性は推し量れないものである。


「そうね。朝倉さんは多分、誰かに先導されてその場の空気でやっているわ」


「じゃあ、誰が朝倉さんを先導しているのか」


 それは、僕達の元に朝倉さんと一緒に来た人物。


 まさしく、小日向さんになるわけだ。


 僕が話を悟ったタイミングで、白石さんは大きめのため息を吐いた。


「この手の話で場をかき乱すのは、第三者って言うのは相場が決まっているのよね」


「……アハハ」


 白石さんのため息に真っ先に浮かんだ光景は……女子が男子を告白するために呼び出した際、何故か背後に女子の女友達がいる光景だ。

 男子が女子の想いを無下にした場合、男子を鬼の首を取ったように叩くのは決まって女子の女友達なのである。


 本当、学生時代に告白されたことがなくて良かったって、その時ばかりは思ったことだ。


 ……告白されなくて、良かったのだろうか?


「小日向さんは、礼儀正しく練習熱心で……そして、友達想いだわ」


 まさしくこの現状で一番場をかき乱すタイプ、というわけか。


「わかった。お昼休み、小日向さんの教室に行こう」


「そうね。まずは、なんて話すか朝礼までに決めましょう?」


 僕達は教室に向かった。

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サラリーマン、高校生になる。 〜25歳サラリーマン、不可抗力で高校生に取り憑いたので社会のノウハウを活かして青春謳歌〜 ミソネタ・ドザえもん @dozaemonex2

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