親を紹介された話

森山智仁

親を紹介された話

20代後半の頃、エイシンフラッシュ並の速度で親を紹介されたことがある。

会合の場は田端の居酒屋で、確か僕は着慣れないスーツを着込んでいき、「30までに演劇で食えてなかったら就職します」的なことを言った。

そして30になった時、演劇で食えそうな気配は微塵もなく、どうしたかというと、特に誰に相談するでもなく、しれっと次の期限を35に延期した。

今は別の方面でフリーで食えてるからいいものの、実にイイカゲンな話である。

※なお、その延期とは(たぶん)関係なく、彼女は別の男のところへ行った。


信じると盲信するは違う。

冒険と無謀は違う。

個人的な挑戦なら勝手にやればいいけれど、他人を巻き込み、競合が存在する世界なら、計画は現実的であらねばならない。

「何故かうまくいく」という線は薄い。

だいたいの成功には真っ当な勝因がある。


 ◆ ◆ ◆


「30までに食えていなかったら就職します」と言ったのは、彼女を溺愛していたわけでも覚悟があったわけでもなく、単なるカッコつけである。

でも決してその場の思いつきではなく、20代前半の頃から漠然とそう考えていた。

何故か、不思議と、どうにかこうにかうまくいくと思っていた。


果たして僕に「演劇で」食える才能があったかどうかは、そのルートを下りてしまったからもうわからない。

食えると言っても色々な食い方があって、一番食えるのは若者から月謝を取る講師であり、兼業なのか専業なのか定義づけも色々ある。

演劇関係の稼ぎがあるかというだけのゆるい観点なら今でもある。

「劇団で」食っていくのは、キャラメルボックス運営のネビュラプロジェクトが破産したことからも明らかなように、不可能に近い。


不可能に近いことを成し遂げるには、運を含む多方面のパラメーターが突出していなければならない。

僕は「脚本」だけは自信があった。

しかし、確定的に不足している要素が存在した。


観劇が好きではなかったのである。


小劇場はハズレが多くて自然とみんな嫌いになっていく……というあるあるを抜きにしても、僕は観劇が好きではなかった。

知り合いからの告知は、徴税とか予防接種のお知らせのようなもので、受け取って嬉しいものではまったくなく、都合がつかなければホッとした。


これは致命的と言っていい。

普通に考えて、観劇が好きでない人間にキャラメルボックスを超える劇団を作れるわけがない。

トレンドを知るにもスカウトをするにも、格上の人間と会話をするにも、豊富な観劇体験は基礎になる。

最近売れてきている劇団や俳優の名前すら知らずにのし上がれるわけがない。


この欠点には相当早い段階で気づいていて、何かしらの対応が必要だった。

僕は気づいていないフリをした。

登山なら典型的な遭難パターンである。

おかしいと思ったら引き返さねばならない。


一方、「30までに」という線引きは理に叶っている。

守らなかったし、守るためのアクションは(幸運を祈ること以外)何もしなかったが、期限を決めること自体は正しい。


僕の思惑を整理・評価すると以下の通りである。

・30までに何とかしよう←◯

・観劇は好きじゃないけど何とかなるだろう←×


 ◆ ◆ ◆


人の親なら、交際相手が「夢追い人」なのはあまり思わしくないに決まっている。

どういう会話の流れで「30までに」という話が出たのかは忘れてしまったが、僕のほうから言い出したことではなく、向こうから切り出したのは間違いない。


他人事なら何だって構わないのだ。

無責任に応援できる。

自分が関係するならそうはいかない。

今にも沈みそうな船に誰が乗るだろう。


観劇が嫌いで業界のことなんてさっぱりわかっていなくても、口コミで話題になって、あれよあれよという間に三谷幸喜みたいになれる可能性が、1%ほどあったかもしれない。

僕はそこに賭けていた。

繰り返すが、個人的な挑戦なら好きにすればいい。

他人を巻き込むならダメだ。

※仲間や伴侶が「あなたを支えます」と言っているなら好きにすればいいが。


他人を巻き込むなら「賭け」ではダメだ。

PDCAでもOODAでも何でもいいが、勝率を上げる行動を取らねばならない。

僕の場合は、観劇嫌いを克服するか、あるいは嫌いでも何でも歯を食いしばって見まくるといった対処がどうしても必要だった。

そうすることでうまくいったとは限らないが、そうしたほうが絶対に勝率は上がったはずで、やらない理由が無い。


金が無いから働けばいいし、時間が無いなら作ればいい。

言い訳は無限に用意できてしまう。


 ◆ ◆ ◆


「観劇も含めた」演劇が心底大好きな奴には、きっと敵わないんだろうな。

薄々、いやほとんど確信に近く、そう思いながら、僕は30になった。

幸運にも――あえて幸運にもと言おう――35になる前に、劇団は解散となった。


あの日々で学んだことは多い。

しかし僕が勝率を上げる行動を怠り、期限を守らなかった事実は消えない。


親父さんはどうしているだろうか。

今ならまたあの田端の居酒屋で、少し話してみたい気がする。

「50までに未踏のロングトレイルをやりたいんですよ」と、そんな話ができると思うのだ。

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親を紹介された話 森山智仁 @moriyama-tomohito

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