共通の敵スイッチ

ちびまるフォイ

絆のいけにえ

【チームの結束力を高めます!】


とうたわれた怪しげなパーティグッズを酔った勢いで買った男は、

無駄に長ったらしい説明書を読まずに忘年会の席で持ってきた。


「えーー。宴もたけなわということで、

 来年もますますチームとして結束力が高められるように

 このボタンを押したいと思います!」


このチームには結束や団結などといった言葉がないように、

男の言葉は誰も聞いちゃいない。誰もがスマホに夢中だった。


誰も聞いていないが男はスイッチを押した。


天井から真っ黒い穴が出てきて、ぼとりと宴会場に化け物が現れた。


「コロス……コロシテヤル……!」


「きゃああ!?」

「なんだよあれ!?」


歓談タイムから一転して緊迫した空気に包まれた。


「ミンナコロシテヤルゥゥゥーーーーッ!!」


化け物は近い人間に向かって襲いかかった。

口を開けてのどぶえに噛みつこうとしてくる。


「みんな! はやくこいつをなんとかするんだ!!」


男の言葉にそれまで完全に無視していたチームのみんなが従った。

協力してなんとか化け物を抑え込むと、動かなくなるまで殴り続けた。


「はぁっ……はぁっ……なんとかなった……」


化け物の体は粉のようにくずれて、スイッチの中へと吸い込まれていった。


「部長が助けてくれなきゃどうなっていたか……」


「いや、俺こそみんなの協力がなかったらどうにもならなかったよ」


一時は命の危険をも感じたが、死線をくぐりぬけたことで

あんなにもまとまりのなかったチームには絆ができたような空気になった。


「部長、あのスイッチは?」


「ま、待て! 触るんじゃない! また化け物が出てくる!」


「ば……化け物……!?」


「さっきはあのスイッチを押したら化け物が出てきたんだ。触っちゃいけない」


「はぁ……」


男は誰にもスイッチには触らせずに、ひとりで処分しようと持ち帰った。

家に持ち帰ってあらためてスイッチをまじまじとながめた。


「共通の敵スイッチ……。チームの結束力を高めます、か」


読み捨てていた説明書に目を通すと、スイッチを押すと今倒せるぐらいの共通の敵が出ると書いてあった。


「とにかくこんな危ないものはすぐに……あっ!」


スイッチを手から滑らせてしまうと、床によってスイッチが入ってしまった。

ふたたび黒い穴が現れてくる。


しかし今度出てきたのは化け物ではなく普通の人間だった。


「あ……あれ? 人間……?」


現れた人間は自己紹介することもなく、ごく自然に外へと出ていってしまった。

男は装置の誤作動かなにかだと自分を納得させて追いかけることもなかった。


数日後、近所で連続殺人が起きると犯人の似顔絵が公開された。


「こっ……こいつは……!」


見まちがうはずもなく犯人は、共通の敵スイッチで現れた人間そのものだった。

見た目は人間でも化け物以上に危険な生物だった。


あのとき逃してしまった自分を男はひどく責めた。


警察はどこか他人事で真剣に犯人を捕まえようとしない。

自分が作り出した人間である責任を感じた男は町内会や同僚に声をかけて自警団を結成した。


「みんなでこの街を殺人鬼から守るぞ!!」


「「 おおーー!! 」」


警察の懸命な捜査よりも、地元を知り尽くした自警団のほうが効果は大きかった。

すぐに殺人鬼の居場所を特定し、追い詰めることに成功した。


「隊長、この殺人鬼どうしますか」


「どうせこのまま逃したら、こいつはそこそこの刑にこそなるが

 数十年したらまたこの外の世界に戻ってしまう。

 これ以上の犠牲者を出さないために、我々が手をくだす必要がある」


「さすが隊長!」


「正義のために!!」


「「 正義のためにーー!! 」」


集まった自警団は思い思いの武器で男を攻撃して息の根を止めた。

仕留めるころにはみんな達成感と強い絆を感じていた。


「やりましたね隊長……!」


「ああ、みんなのおかげだ。このチームは最高だ!」


今まで自分がチームを先導したりすることがなかった男は、

こうして一致団結する気持ちよさにすっかりハマってしまった。


気づけば毎週末には「共通の敵」を作り出してはみんなで追い詰めるイベントが続いた。


「そっちにいったぞ! 逃がすなーー!!」


逃げ道のない場所に共通の敵を追い詰めると、

人間の形をした敵は必死に命乞いをした。


「ひぃぃ! 悪かった!! 許してくれ! 反省してる! 本当だ!」


「……本当か?」


「本当だとも!! 心をいれかえる! だから許してくれ! なにも殺すことはないだろう!?」


「隊長、どうします?」


チームのひとりがうかがうように男へたずねた。

男の目はまっすぐ敵を見たまま動かなかった。


「お前は共通の敵だ。処分以外の道はない」


「さすが隊長! 正義のために!!」

「「 正義のためにーー! 」」


相手がどんな姿かたちをしていても、共通の敵であることに変わりはない。

正義の鉄槌はつねに迷いなく振り下ろされた。


「隊長。今日も正義を守れましたね」


「ああ、みんなのおかげだ。このチームはやっぱり最高だ」


「しかしなんだか今日はあっさり片付いたので物足りません。

 隊長、今日はもう1体ほど共通の敵を作れませんか?

 余力があるのなら、この世界を少しでもより良くしたいのです」


「ああ、もちろんだとも。それじゃ今日はもう1体共通の敵を出そう」


男はいつものように共通の敵スイッチを押して、敵を呼び寄せた。

空に現れた黒い穴からは共通の敵が現れた。


男はその姿を見て固まった。


「な……なんで俺と同じ見た目をしているんだ……!?」


とまどう男は自分自身に攻撃ができなかった。

けれどすっかり戦闘モードのメンバーは歯止めがかからなかった。


「どんな見た目だって関係ねぇ! あいつは共通の敵だ!」

「そうだ! だってスイッチを押してから現れたんだ!」

「スイッチで出てきたものは全部共通の敵だ!」


「「 正義のために!! 」」


いちはやくボコボコにしようと、チームの人間が押し寄せてくる。

うりふたつで区別もわからなくなり本体と共通の敵のどちらもかまわずボコボコにしてくる。


「ちっ、ちがう! 俺は共通の敵なんかじゃないっ!」


「うるせぇ! 命乞いなんか聞かねぇ!!」


さっきまであれほど絆を感じていたチームメンバーの手によって、

男はもう人間とも言えないような姿にまでボコボコにされた。


共通の敵を倒すことで育まれていた結束力は消え失せ、

男の心には復讐心と殺意だけが生まれていた。


「ころす……お前ら……絶対……許さない……」


「こいつまだ息があるぞ!!」

「正義のために早く始末するんだ!」


男は共通の敵スイッチもろともメッタ打ちされて消えた。




その後、また別の人間が共通の敵スイッチを購入した。


「共通の敵……ねぇ。いったい何が出るんだろう」


ボタンを押すと天井に黒い穴が現れると、

穴からボトリと化け物が床に落ちてきた。


「コロス……コロシテヤル……!」


「うあああ!? な、なんだ!?」


「コロスーーッ!!」


変わり果てた姿の男は人間への復讐にかられておそいかかったが、

その場に居合わせた複数人の手によって今度はちゃんと葬られた。


「危なかった……もう少しで殺されるところだった……」


醜い化け物をやっつけて、彼らは固い絆で結ばれた。

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