第5話 男だったらできないこと

 国王が――お父さまが死んだ後、彼の予言は半分当たり、半分外れた。


 隣国の王は隙なく王国を狙ってきた。

 王位継承権を主張して国に乗り込んできた。


 だけど、わたくしは対抗して王位を継ごうとはしなかった。

 わたくしがしたのは、たった一通、恋文を書き記したことだけ。


 隣国の王にあてて、わたくしを娶りませんか、と。

 彼の決断は早かった。

 話はとんとん拍子に進み、今やわたくしは――もとお父さまの住んでいた宮殿の玉座に座って、大きなお腹を撫でている。


 隣国の王にとって邪魔者であったわたくしも、同じ陣営なら話は別。

 それどころか彼の子まで孕んだのだ。

 夫は文句のつけようもあるまい。


 隣国の――いいえ、今やこの国の王である夫は、従順で愛らしいわたくしに疑いもしていない。

 わたくしにこの土地を任せ、大半は本拠地で過ごしている。

 夫を見送ったわたくしは、住み慣れたこの王都で羽を伸ばすだけだ。


 もちろん、お腹にいるのが誰の子かなんて、わたくしだって知らない。

 夫の子かもしれないし、カリングリア王権伯領卿の子かもしれないし、案外カイヤの子なのかも。


 昼下がりの謁見の間で、わたくしの背後からカイヤがそっと手を伸ばし、お腹の上のわたくしの手に自分の手を重ねた。


「この子はどちらでしょうね、男の子か、女の子か」

「さあ、どっちかしら」


 首を傾げ、斜めからカイヤの顎を見上げながら、わたくしは静かに微笑んだ。


「どちらでもいいわ。男ならこの国を背負って立つでしょうし。女なら……きっと、わたくしと同じ。男だったらできないことをするでしょう」


 カイヤは降参の証に両手を上げ、わたくしは無邪気に笑い声をあげた。

 今夜は、グリザリエン娼館に顔を出すつもりだから。

 さあ、このお腹がきれいに見えるドレスを選ばなくては。

 わたくしにしかできないことなのだし。

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レディグレイの娼館 狼子 由 @wolf_in_the_bookshelves

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