理想の人生の終わり方

おかずー

理想の人生の終わり方

「ひいおじいちゃん、倒れたって」

 母親の言葉を聞いて、雄也ゆうやは危うく死にそうになった。正確に言えば雄也が扱っているコンピュータゲームのキャラクターが死にそうになったわけだが。

 コンピュータゲームを続けながら、雄也は曾祖父のことを思い出した。曾祖父はいつもしかめっ面をしていて、言葉数が少なく、煙草ばかりを吸っている。雄也にとって決して親しみやすい人ではない。

「雄也、いつまでもゲームしてないで準備しなさい。ひいおじいちゃんの家行くわよ」

 雄也はコンピュータゲームのキャラクターが死なないよう、必死に指を動かしてリモコンを操った。しかし、操作を誤ってしまい、キャラクターが呆気なく敵に倒されてしまった。


 曾祖父母が住んでいる家は、雄也の家から車で一時間ほどの距離にある。四方を田んぼに囲まれた一軒家で、今どき珍しく瓦屋根が乗っている。

 曾祖父母の家にはすでに親戚が集まっていた。曾祖父母には四人の子供がいる。正月などは三十人以上が曾祖父母の家に集まって食事をする。この日もすでに二十人近くの親戚が駆けつけていた。

「おじいちゃんの容態、どうだって?」

「今夜が峠だろうって」

「そんな兆候まったくなかったのに」

「もう八十歳過ぎてるからな。いつそうなってもおかしくないだろ。むしろこの年まで大きな病気をすることなくきたんだから大したもんだ」

 雄也の頭上で大人たちの会話が飛び交う。雄也にはとうげ、だの、ちょうこう、といった単語の意味は分からなかったけれど、曾祖父がいなくなるかもしれないということだけはなんとなくわかった。

「意識は?」

「さっき戻ったみたい。いまはおばあちゃんがついている」

「じゃあ雄也くん、今のうちにひいおじいちゃんに顔を見せてきてあげて」

 雄也は母親とともに曾祖父の部屋に入った。部屋に入ると古いろうそくのような匂いが鼻をついた。雄也が曾祖父を苦手な理由の一つがこの匂いだった。この匂いを嗅ぐたびに、なぜか胸がぎゅっとしめつけられるのだ。

「おじいちゃんの様子はどうですか?」

 母親が曾祖母にたずねた。

「意識はあるんだけどね。倒れた拍子に器官が傷ついちゃったのか、うまく喋れなくなっちゃって」

 曾祖父は畳に敷いた布団の上で、仰向けに寝ていた。目が薄く開いている。

「おじいちゃん。倒れたっていうから心配したじゃない」

 母親が曾祖父の耳元で告げた。曾祖父は視線を母親へ向け、無言で頷いた。それから雄也の方を向いて、微笑んだ。

 雄也は言葉を出せなかった。笑い返すこともできなかった。ただ黙って、曾祖父の視線を受け止めた。


 雄也たちが部屋から出て行ったあと、曾祖父と曾祖母は部屋のなかで二人きりになった。

 曾祖母は曾祖父の隣で正座をしたまま、曾祖父へ話しかけた。

「おじいちゃん、よかったですね。孫やひ孫たちに来てもらえて。みんな元気に暮らしているようです」

 曾祖父が曾祖母を見つめる。口元を震わせる。なにか告げようとしている。

「どうしました。はっきりと言ってもらわないと分からないですよ」

 曾祖父が唇を横へ、縦へ動かす。しかし、言葉が発せられることはない。

「あなたはいつだって自分の意見をはっきりと言ってきたじゃないですか。だから、最後まできちんと言葉にしてもらわないと」

「か……な……こ……」

 曾祖父のを聞いて、曾祖母が曾祖父の手を握った。目には涙が浮かんでいる。

「いやだ、雄介ゆうすけ、死なないで」

 曾祖母はまるで少女のような口調で言った。目から涙がこぼれ落ちる。

「死なないで」

 二人は手を握ったまま、しばらく同じ時を過ごした。


 その夜、曾祖父は息を引き取った。享年八十二歳。

 わずか半年後、曾祖母も後を追うようにこの世を去った。


                  Φ


「まあ、こんな感じかな」

 雄介が満足そうに言い切った。

「こんな感じって?」

 私は取るべきリアクションが分からず困惑した。

 私たちは川沿いのベンチに並んで座っている。雄也が話している間に、太陽が真上までのぼった。空には雲一つない青空が広がっている。

「だから、理想の人生の終わり方だよ」

 ふらりふらりと流浪猫のように行く先も決めずに二人で歩きながら話していると、途中でなぜかそんな話題になった。それぞれが思う、理想の人生の終わり方とはどんなものか、と。

「五十年以上先のことなんて分からないよ。ツッコミどころも満載だったしね」

「そんなにおかしなところあったかな?」

「あったよ。まずコンピュータゲームのところだけど、さすがに五十年後はリモコンなんて使わないんじゃないかな。それに、雄介の死とゲームのキャラクターの死をかけてるんだろうけど、うまくいってないし」

 雄介は映画が好きで、脚本家を目指して制作会社で働いている。話を作る際に伏線を張る癖がある。

「あと、雄介、煙草吸わないじゃん」

「おじいちゃんなんだから吸ってる方が格好いいだろ」

「それに子供四人って多すぎない? 教育費とか大変だよ」

「理想だからいいんだよ」

「一番気になったのは、いつだって自分の意見をはっきりと言ってきたってところ。いつもあやふやにする癖に」

 だんだんと雄介の表情が陰り始める。いけないと思っても、ついついきつく言ってしまう。我ながら可愛げがないなと思うけど、正直に言わないとすっきりしない性質たちなのだから仕方ない。

「でも、加奈子かなこが出てきたのは嬉しかったな」

「当たり前だろ」

 雄介が風船を飛ばすように軽い口調で言った。

「加奈子は? 理想の人生の終わり方は?」

 雄介が私の方を向いてたずねた。私は話そうと考えていた物語ストーリーがあったのだけれど、それがとてもつまらないことのように思えたので、話すのをやめた。

「私も雄介の理想と一緒でいいよ」

「ずるいぞ。真面目に話した俺がバカみたいじゃんか」

 雄介がすねるように唇を尖らせた。私は雄介の横顔を見ながら、胸の奥に灯った暖かい気持ちを大事にしようと決めた。

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