第18話 終わり!

 結果的に俺といおりさんを結びつけてくれたオンラインゲームは予定通り土曜日の深夜0時を迎えたと同時にそのサービスを終了した。


 ログインしてからの最後の四時間は七年に渡り一緒にプレイし続けた皆と別れを惜しみつつ時間の許す限り感謝とお別れの言葉を交わしあった。

 たかがゲームと言えど、何気なく始めてから七年も生活の一部となっていたゲーム、顔は知らなくても苦楽を共にした仲間達、このゲームで得た知識や教訓は実際の生活にだって活きていることが多々ある。

 

 画面に表示されたゲーム画面の真ん中にはサービス終了を現実のものとしてプレイヤーに見せつけるように“サーバー接続エラー”という表示とエラーコードの英数字が表示されていた。


 サービス終了のお知らせを初めて見たときは確かに衝撃を受けたけど、いざサービス終了を迎えてももっとこの状況をあっけらかんと受け入れられると自分では思っていた。明日からは何をしようかなぁ、なんて気楽に笑っていられると思っていたのに、気付けば涙が出ていた。


 すぐには声を上げるほどではないけど、涙がポツッポツッと頬を伝っていつの間にか片手で顔を抑えながら完全に俯いていた。

 もう、どんなに望んでもそのゲーム世界には戻れない。皆には会えない、オフ会に参加しないって決めていたのに後悔すら湧き上がってくる。

 

──やばい、止められない。こ、声が……。


「うっ……、ぐっ」


 時間が経てば経つほど感情が溢れてきて、泣き声が漏れそうになってくる。

 肩を震わせて、なんとか鳴き声を我慢していると、ふい肩に人の手が触れた。顔を上げるといおりさんが蹲る俺の肩に手を回してくれていて、いおりさんは目が潤んでいた。


「終わっちゃったね」


「ん、ああ……、そうだね。俺、思っていた以上にショックだったみたいで……、全く情けないよ」


「情けなくなんてないよ」


「ありがとう、俺みたいに泣かないでいおりさんは強いな」


俺がそう言うと、いおりさんは少し強引気味に蹲る俺の体を起こさせてきた。されるがまま体を起こし胡坐かいた所でいおりさんは俺の方に倒れこむように抱き着いて来た。


「やっぱり私もショックだし少しだけ涙でちゃったよ。でも、いいの。私は今こうしていられるのが一番幸せだから」


俺の腰に手を回して頭が俺の太腿を枕にするような体勢のままそう言ってくれるいおりさんを見て自然と言葉がでた。


「ありがとう」


俺はそう言って涙を拭い、いおりさんの頭に優しく撫でるように手を置いた。


そうだ、もうあのオンラインゲームには戻れなくても、今の俺にはいおりさんがいる。ゲームが結んでくれた縁だ、言っちゃえば何も終わってないし、むしろこれからなんだ。


ゲームのように決められた事をすれば上手くいくとは限らないけど、きっといおりさんとなら上手くやっていけるそんな気がする。そのためには経験不足だからなんて甘えた言い訳なんかしてないで俺がもっと強くならねばならない。


「いおりさん、いや──」


俺の言葉に顔を上げ不思議そうな表情をするいおりさん。


「秋頼さん……?」


いおりさんの両肩を持って体をたてさせ、まっすぐ目を見て言う。


、六年も俺の事を想ってくれていてありがとう。おかげでいおりと出会えることができた」


突然の呼び捨てと、俺から感謝の言葉に少しだけ戸惑い固まる


「え……、えっと……。ち、ちがうよ? 私は結局想っていただけで自分からはなにもできなかったもん。忘れた? 私に会おうと言ってくれたのは秋頼さんだよ」


「それ結果論だろ。たとえいおりがガイを演じていたとはいえ、オフ会に対して酷く臆病な俺が実際に会ってみたいと思わせたの間違いなくおいおりさんの気持ちだと思う」


「臆病なのは私の方、お父さんに言われてガイを演じて、秋頼さんを探して色々な人に声をかけて色々話をして、ようやく秋頼さんが秋頼さんだってわかった時には本当の事を言えないくらいに秋頼さんは私をガイだと思っていて、今更あの時の女の子ですなんて言えなかった」


「そうか、でももしすぐに打ち明けられていたら俺はガイさんに会おうなんて言えなかったと思う。驚きは大きかったけどそれはそれでよかったんじゃないかな」


「そう……なのかな?」


「そうだよ、だからさ。本当にありがたいんだ。俺なんかの為に六年もガイ演じてくれて、だから俺はいおりに出会えた」


いおりは黙ったまま俺の言葉を聞いている


「これからは想ってくれた以上にいおりを俺が想う、誰よりも何よりも大切にする、ずっと苦労させたぶん俺に甘えて欲しい必ずそれに答える」


目いっぱいに涙を浮かべ小さく「うん、うん」と頷くいおりに顔を近づけ


「ありがとう、愛してる」


と思いを伝えるといおりは目を閉じて少し顔を上げ小さく、催促するように


「ん……」


とだけ言ってきた。それだけで十分だ。


俺はそれに答えるように唇を重ねた。


ネカフェに来て三度目のキスは今日一番の長く深いものとなった。



────


 こうやって、七年にわたり続いたオンラインゲーム一辺倒だった俺の人生はサービス終了と共に人生初の彼女を得て次のステージに入った。


 空いた時間のほとんどをオンラインゲームに費やし、臆病で、リアル友人も必要最低限しかいなくて、社交性もコミュニケーション能力も低いと引け目を感じ、こんな自分ではと、どこか人並みの人生を諦めていた俺にとっては信じられないまるで夢のような話だ。


 まだ始まったばかりでわからない事ばかりだけど、いおりとならきっと上手くやっていける。そのためにも、


「臆病な俺は卒業して、いおりを引っ張って行ける強い人間になるよ」


広いベッドの上、気持ちよさそうに寝息をたてるいおりの頭を優しく撫でながら俺はそう小さく呟き誓った。

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サービス終了! ラー油 @re-yuuki

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