第17話 中学生!

 結論から言うと、ネカフェ入店から十分も経たずに唐突に伝えた俺からの告白は成功した。

 いじらしいいおりさんを抱きしめたいと思った時に、それをするなら彼氏彼女の関係になってから、と言う謎のポリシーからそれを守るために想いを伝えた。

 そんな俺の唐突な告白にいおりさんは『はい』の一言で答えてくれて、俺はすぐにいおりさんを胸の中に抱き寄せた。


 しかし、そこからまた俺はパニックに陥ることになった。そこからいおりさんは大泣きしてしまったのだ。シクシクとかメソメソみたいな大人しい泣き方ではなく、二十歳にもなる女性がしゃくりを上げながら俺の胸の中で泣き続けた。

 

 全く情けない事に、気の利いた言葉などでない俺は泣き続けるいおりさんにありきたりの言葉をかけることしかできず泣き止むのをひたすら待ち、いつの間にか手も握りただ泣き止むのを待ち続けた。


 どのくらい経ったか、ようやく落ち着きを取り戻したいおりさんは俺の手を握ったまま顔を上げまだ涙で潤んでいる目で笑みをこぼしながら言った。


「なにも変わっていないあの時から、秋頼さんの手は優しくて暖かい」


「ん?」


「あのオフ会でお父さんが大怪我で病院に運ばれたあの日、ずっと私に付き添ってくれて手を握ってくれていた時だよ」


「あ、ああ。覚えてるよ、あの時からなにも変わらず気の利いた事も言えないヘタレだろ?」


 俺も軽く笑いながら言うと、いおりさんは俺の手を握る力をギュッと強くして


「そんなことないよ。私はこの手にまた握ってほしくずっとずっと六年以上、秋頼さんに会いたいって思ってたんだから。私はね、あの日から秋頼さんがずっと好きだったんだよ」


 春姉ぇからそうだろうと聞いていたし、なんとなく自分でも予想はしていたけど改めてこう口に出されて面と向かって言われると、かなり照れくさい。


「あ、えっと。ありがとう」


「ごめんね、取り乱しちゃって。六年越しの夢だったから……」


「いいよ。その、泣いてるいおりさんも可愛かったし」


 そう言うと、俺から手を離して「もう!」と体を横に向けてしまった。照れているのか耳まで赤くなっているいおりさんを見ていると、愛おしさが倍増する。

 

 俺はいおりさんの肩に手を置き、軽くこっちに向かて力をかけた。こっちを向いてと言う意思を感じてくれたのか、いおりさんはゆっくり俺の方に向いた。そして、向き終わったと同時に俺は、いおりさんの唇に自分の唇を重ねた。


「ん……」


 俺にとってはたったの三週間だけど、いおりさんにとっては六年以上の月日をかけて俺たちはようやく結ばれた。


 ────


 その後は正直言っちゃえば、俺もいおりさんも異性との付き合いがお互い初めてで加減がわからないと言うか、どうしていいのかすら分からず最初のキス以降はむしろギクシャクするという、ウブな中学生カップルみたいになっていた。

 慣れているどころかベテランの領域にいる春姉ぇあたりが見たら腹を抱えて爆笑するんじゃないかってくらいの雰囲気だがどうしていいのか本当にわからない。


「あ、えっと、ご飯、そろそろなにか食べる物注文しようか?」


 そう言って、個室にある備え付けのパソコンからご飯のメニューを開いてからいおりさんを見ると、一瞬目が合ったと思ったらすぐに顔を赤くして目をそらされてしまう。


「……う、うん。お、お腹空いた……よね」


「それじゃどれにする? これメニューだから画面を見て」


 パソコンのモニターに並んで映し出された思った以上に多いメニューに軽く驚きながらいおりさんはメニューを眺める。俺自身は過去に何度か利用しているのでさほど驚きはないのだけども。

 カチッカチッとマウスをクリックする音と共にページが切り替わり、あるところで俺が画面に指差して


「ああ、これ以前食べた事あるけど結構美味しかったよ」


 と、身を乗り出しているから自然といおりさんとの距離、特に顔が近づいたときに目が合いまたしても二人して赤面して顔を伏せる。中学生すら笑うんじゃないかって位の二人の態度に自分でも笑えてくる。


 それでもなんとかご飯を食べ終えて、時間を見ると十九時半ほどでそろそろゲームにログインしても良い頃合いとなっていた。と言うか、サービス終了まで残り五時間を切っている事を考えたらログインしないとまずいだろう、ましてや俺はチームのリーダーだし。


 いつまでもグダグダしているわけにもいかないしと、そう切り出そうとした時ブーッブーッとスマホのバイブ音が聞こえた。俺のスマホか? と思い、バックから取り出したけど俺のではなかった。

 そうなると、といおりさんがの方を見るといおりさんがバックから取り出したスマホが鳴っていた。画面を見て怪訝そうな顔をして小さくフッと息を吐いてからいおりさんは俺の方に目でごめんねって顔を合図をしてスマホの通話ボタンを押した。


「もしもし……、うん、うん……。……分かってる」


 いおりさんの電話の相手は誰かわからないし、詮索する必要もないだろう。

 とりあえず一度席を外した方が話しもしやすいだろうからと、俺はドリンクコーナーに飲み物を取りに行くことにした。


 ドリンクコーナーに向かいながら、思えばネカフェに入店してから一人になったのは初めてだと気付いた。


 ──まさか、あんなタイミングで想いを伝えることになるとは予定外だったなぁ


 実は、今回いおりさんには想いを伝えるつもりでいた。ただ、俺としては入店直後なんて訳の分からないタイミングなんかではなくて、オンラインゲームのサービス終了を共に迎えた直後に伝えるつもりだったのだ。


 ──オンラインゲームは終わったけど、俺たちはこれからだね


 なんて、改めて思うと臭くて臭くてどうしようもないセリフと共に言おうとしたのだけど、どうにもあんないじらしい事を言われたら自分の勢いを止められなかった。


 ──まぁ、結果は良かったからいいのだけど……、その後が良くないな。二人揃って告白前以上に意識しちゃってる。どうにかしないとなぁ……。


 っと、いつまでも考え込んでないでそろそろ戻らないとな。


 何を飲むかドリンクコーナーで少し悩み、結局夕ご飯に脂っこいものを食べたこともあり口の中をさっぱりさせるためにウーロン茶をチョイスして個室に戻った。

 まだ電話が続いているかもしれないからソッとドアを開けると、


「もう! 分かったから! 切るからね!」


 そう少し大きめの声で聞こえ、そのまま少し不機嫌そうに通話をオフにする姿が見えた。まだちゃんと知り合ってから三週間程度でいおりさんの交友関係なんかはまるで知らないけど、なんとなく今の電話相手はわかる。

 軽いため息の後、電話を切ったいおりさんがドアから入ってきた俺に気付いた。


「ごめんなさい。お父さんだった」


「うん、なんとなくそんな気がしたよ。お父さんなんだって?」


「早くゲームにログインしろって……」


「ははは、仕方ないね。そろそろ始めようか」


 しかし、いおりさんはまだ不満があるようであまりゲームを始めることに乗り気ではないといった態度で


「で、でも……、ゲームを始めたら秋頼さんとの時間が──」


「大丈夫」


 被せるようにそう言って俺は伊織さんの横に座って、いおりさんの肩に手を回して自分に引き寄せた。


「ゲームをしてようが俺達は一緒にいるじゃんか。それに俺達を引き合わせてくれたのはこのゲームだろ? 正真正銘残り四時間が最後になるんだから二人で感謝を込めてプレイしようよ」


 そう言って引き寄せたいおりさんに笑顔を向けた。息遣いすら聞こえる程の距離でいおりさんの顔はいつも通り真っ赤に染まっていて、


「うん、わかった……、わかったから、もう一度キスして」


 いおりさんは目を閉じた。


「了解」


 そう言って俺は再びいおりさんの唇にソッと自分の唇を重ねた。

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