第16話 ネカフェ!

 気が付けばサービス終了の土曜日を迎えていた。

 今夜の24時、つまり日付が変わったその時がサービス終了となる。


 昨晩はサービス終了の前日で、しかも金曜日という事もあっていつもより遅くまでチームのメンバーとチャットで盛り上がった。いおりさんの所属しているチームも似たような状況だったらしくチャットをしながらいおりさんと電話もするといった状態にもなった。


 そして今、俺はいつものオンラインゲームをプレイするのに使用しているノートパソコンを大き目のバックに詰めて、○○駅にある広場に向かっている。そのバックにはいおりさんとペアで買ったお守りを下げている。


 ここでいおりさんと待ち合わせするのは三回目だなぁ


 なんて考えながら駅構内から出て広場まで続く道を歩く、今の時間は十七時を過ぎた所で待ち合わせの十七時半までは少し余裕がある。

 さすがに十一月末日だけあって冬に向けて本格化してきた寒さが増してきて冷たい空気が肌に染みてくる。


 早く合流しないと風邪ひきそうだ、恐らくいおりさんなら先に来ているだろうけど……


 そう思って広場に入ってすぐに見渡すがそれらしい人が見当たらない。土曜日の夜だけあり人が混み合っているが、それでも見つけられないって事はないだろう。


「うーんいない、珍しいな。まぁでも、まだ時間じゃないしな……」


 と、一人呟いたところで、首の後ろ側に強烈な冷たいなにかが触れた。

 ただでさえ寒いのに、そんな所に冷たいものが予告無く当たればこっちは当然驚く。


「うわっ! 冷たっ!」


 体を捩りながらその冷たい何かから逃げ、何事かと後ろを振り向くと


「こんばんわ」


 クスクス笑いながら掌をこっちに向けているいおりさんがいた。


 あー、もう可愛いなっ! 


 と思うと同時に冷たいなにかとはその手であることも察した。


「こんばんわ、後ろにいたの気付かなかった、さすがに冷たくてびっくり」


「でしょ? 三十分くらい待ったからね、ほら冷たいでしょ?」


 そう言って掌を向けながら俺の方に両手を差し出してきた。

 ああ、そう言う事かと俺はその手を両手でそれぞれ握る、その手は確かにこの寒空の下でよく冷えていた。


「本当冷たい、三十分も待たせてごめんな」


「秋頼さんの手あったかい。いいのいいの、早く来たのは私の勝手だから」


「風邪ひいちゃう前に早く入ろうか」


「うん」


 俺たちは自然と手を繋ぎ、今日の目的のお店に向かって歩き出した。


 先週の日曜日から俺たちはより密に連絡を取り合うようになった。昼間は他愛のないメールを送りあい、夜はオンラインゲームの後にどちらかが眠くなるまで話す。

 まだお互いの気持ちを口には出してはいないが、恐らくもう察しあっている。そんな状態が先週から続き、ここ何日かはいおりさんの気持ちが言葉の端々から滲み出ているのを感じる。いくら鈍感でバカな俺でもわかるくらいに。


 目的のお店までは少し歩く。狭い歩道で行き交う人にぶつからないよう身を寄せ合うように並んで歩きながら、いおりさんに話を振った。


「今日、お父さん大丈夫だった? ダメ元で誘ったからまさかオッケーになるとは思ってなくて逆に驚いたよ」


「もちろん、お父さんから大反対されたよ。でもお母さんが説得してくれて」


「ああ、そうなんだ。お母さんはオッケーなんだね」


「うん、お母さんはむしろ喜んでくれてる。休日にほぼ一日中部屋から出なかった娘が毎週のように出かけるようになったって」


「ははは、それにしても今日は帰りが午前様になるの確定なのに」


「お母さんも秋頼さんの事覚えてたから、あの時の子なら大丈夫でしょって」


「そっか、覚えてくれてるんだ」


 俺は六年前のあの日の病院の事を少し思い出してみたが、いおりさんのお母さんとは騒動の経緯を話したくらいで一緒にいた時間はほとんどなかったから結局ぼんやりとしか思い出せなかった。


 と、そうこう話しているうちに目的のお店に着いた。

 そのお店はいわゆる“ネットカフェ”だ、それもカップル可の完全個室のあるネカフェ。


 ここに来た理由はただ一つ、サービス終了の瞬間をいおりさんと一緒に過ごすためだ。

 言い出したのは俺、と言っても俺のチームメンバーに所属しているカップルプレイヤーがサービス終了の瞬間はパソコン並べて迎えると言うのを聞いて、俺もやってみようと思った程度なのだけど。


 はじめは一昨日の電話で特に方法も考えずにそう提案したのだが、お互い実家住まいで実現するのは少し難しいかもとなり諦めた。

 そもそも、正式に付き合ってもいない若い男女が午前様確定の遊び方をするのもどうかという思いもあった。しかし、どうにも俺自身諦めがつかずダメ元でネカフェ案を出したのが昨日の夜というか深夜で、いおりさんは想定外にその案にノリノリで明日起きたら意地でも親は説得すると意気込んだ。

 で、結局今日のお昼に「大丈夫! 行けるよ!」と連絡があり、今のこの状況になったのだ。


 二人で受付を済ませ、指示された個室に入ると座椅子が2つ置かれたフラットな部屋で思った以上にしっかりとした造りになっていて驚いた。ネカフェは初めてではないけど彼女なんかいた事のない俺は当然カップル御用達の個室は利用したことなどなかった。


 部屋に入り上着を脱いでハンガーにかける。俺の横でいおりさんも同じようにいつもの黒いショートコートを脱いでふわっと鼻を優しく刺激する香りにドキッとしてしまう。


 大きめのバックから自宅から持ってきた自分の使い慣れたノートパソコンを取り出して起動する。ちなみにいおりさんはゲームパッドだけを持参してネカフェに備え付けられているパソコンでプレイをする。ゲーム自体はネカフェ公認なのでプレイに問題はない。


 時間を見るとまだ十八時にもなっておらず食事をするにはまだ早い。どうしようかといおりさんの方に視線を向けると、上着を脱いで小柄な体が更に小さく見えチョコンと正座で座っているいおりさんと目が合って、ニコッと笑ってくれた。思わず照れ臭くなりつい目をそらしてしまう。


「あ、えっと、どうする? もうログインする?」


「まだ後でいいと思う」


「そっか、なら先にご飯でも注文しておこうか?」


「まだお腹空いてない、かな」


 元々ネカフェでご飯も済まそうと話していたのだけど、確かにまだ時間的に早いのか普通に断られた。やっぱり、ちゃんとした所でご飯位は食べるべきだったかな?なんて少し後悔した。


 しかし、そうなると何をするんだ? そもそも一緒に肩を並べてゲームをしよう、サービス終了の瞬間を共に迎えようってのが目的なのにゲームはまだ後でとか言われると、なにをしていいやら……?


 それなら、逆にいおりさんをどうしたいのかと思って様子を窺うと、相変わらずニコニコして俺の方を見ていた違ったのはいつの間にか足を正座から崩していて所謂女の子座りになっていた事だ。

 可愛らしいその座り方にドキドキが止まらないところに、なぜかその時になって改めてこの狭い空間に二人きりでいることを意識してしまい軽くパニックになった。


 あ、あれ? な、なんでこんな状況に!?


 自分で誘って今の状況を作っておきながら現状を理解できないと言うかキャパシティオーバーしたようで何も考えられず、思わずいおりさんから大きく目をそらす。


 畳2畳分程度の広さしかない完全に密閉された俺といおりさんしかいない静かな空間で、聞こえるのは僅かなパソコン本体のウィーンという音と、体を僅かに動かしたときに聞こえる下に敷かれたマットの小さな擦れる音、そして一番大きいのは間違いなく自分の心臓の音。

 まるで心臓が耳に直接当てられているんじゃないかってくらいにバクバクする音と、血管の中を流れる血の量が倍増しているんじゃないかと思えるくらい血管の脈動を感じる。


 緊張のあまり思わず喉をゴクリと鳴らしてしまう。


「そ、それじゃなにをしようか?」


 ここで自らは何も提案できないヘタレな俺は選択権をいおりさんに丸投げ、すると。


「なんでもいい、ただゲームはまだ後にしよ?」


「で、でも、そのためにここに来たんじゃ?」


 俺がそう言うと、いおりさんは顔を俺から背けていじけるように言った。


「ゲーム始めちゃったら、せっかく二人だけなのに私とだけの時間がなくなっちゃう……」


 いおりさんのそのいじらしい言葉が耳に入った時、俺はハッとなり唐突にこの間春姉ぇに相談した時言われた言葉を思い出した。


『ずっと会いたいと願っていた人に会えた以上、いおりちゃんはその次だって期待しているよ。引っ込み思案だろうが女は我儘だし覚悟を決めたら強いんだから』


 あ、ああそうか。俺はサービス終了を共に過ごせれば良いって程度の思いだったけど、考えてみれば、女性であるいおりさんからすればこんな狭い密室で二人きりになるような提案を軽い気持ちで受けている訳ないよな。


 春姉ぇの言う通り、俺よりもよっぽど意志が強くて先を期待している。全く俺ってやつは情けない、いい加減経験不足なんて言い訳は通用しない事に気付くべきだ。


 目を閉じ一度大きく深呼吸をして、頭を少しでも冷静にさせる。


 どうする、どうすればいい? いつもの俺ならどうしてる? 


 一瞬だけ考えた後に、俺はパッと頭にある答えが浮かんだ。それが正解なのは分からないけど、きっと普段の俺なら順番を守る。そう思ったのだ。


 俺は意を決して、片膝立ちになり両手をいおりさんの肩に伸ばして手を置いた。突然の事でいおりさんも少しびっくりした顔をして俺の顔をやや上目遣いで見てくる。

 少し赤く染まっている顔がまた可愛らしく愛おしい。


 そして


「いおりさん好きだ! 俺と付き合ってくれ!」


 そう言った。

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